(TOPページ「読者の皆様へ」2014-07-03 04:47:16に頂いたコメントより)
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こちらに頂いたコメントは昔の札幌と現代の札幌の違いがわかる貴重なコメントです。
こちらのコメントを読んだときは私の中の札幌という生まれ故郷の懐かしさを感じた瞬間でもありました。
私が幼少期の頃は父親に連れられて札幌駅ー大通り方面をよく歩いたものです。
その頃は札幌も平成初期の時代でしたが(昭和末期生まれの私が共感できるということは)こちらのコメントの方が書いてあるような昭和末期の空気が程度はあれどまだ残っていたのだと思います。
>>対、人との係わり、モギリ、駅内・ホーム放送も生の肉声と人の往来も活気で今のようにすれ違う人間が冷めておらず、温かみがあり、人情味もあった。
>>駄菓子屋さんの商店もあり、買い物に行くたびに頭をなでてもらったり、声をかけてもらったり、サービスしてもらったりしていた。
>>その当時、本当に温かみがあった。いまでは見る影もない。
全くだと思います。今の札幌社会を見渡すと信じられないかもしれませんが、その当時はまだ札幌社会にも温かみがあったのでしょう。
一体何故、何時から、誰がこんな札幌にしてしまったのか…。
私が幼少期ながらも「すれ違う人間が冷めておらず、温かみがあり、人情味もあった」札幌社会を感じ、当時の札幌社会を知っている者としては本当に寂しい限りです。
その当時の札幌社会が私の故郷です。
現代の札幌社会はもう私の故郷ではなくなりました。
同じ札幌でも全くの別物に変わってしまったからです。
本当に寂しい限りです。
>>子供の頃乗っていた地下鉄 当時は乗ることが楽しみだったのが今では乗ることさえ気分が悪い。これも思い出深かった。
私も地下鉄が大好きでした。そして愛着がありました。
幼少期に街中に行くときによく乗せられた地下鉄、小学校の遠足で乗った地下鉄…
今では大嫌いになってしまいました。
好きだった地下鉄、愛着のあった地下鉄をこれほど積極的に避けるようになるとは思ってもいませんでした。
(参照:昨日、1年ぶりに地下鉄に乗りました)
>>子供の頃よく知る風景、思い出が打ち壊されていき、新しい姿に懐かしさを感じないのがさらに愛着を薄くしていってるように感じます。
そうですね。この札幌はもう私の故郷ではなくなってしまったのです。
さようなら。私の札幌。