嫌札幌~札幌が嫌いなブログ

札幌生まれ、札幌育ち、札幌在住な私が札幌を批判します。札幌嫌いな人集まれ!

私は函館に来ている 繰り返す 私は函館に来ている2

2016年01月03日 00時20分27秒 | 嫌札幌
(続き)

続きを書くつもりは無かったのだが気が変わったので続きを書いてみることにする。

この年末年始を札幌ではない自分の好きな地域(函館)で過ごしてきたことは本当に良かった

おかげで今年はめちゃくちゃいい年になりそうな予感がしてわくわくしている

思い返してみると年末年始の年越しの瞬間を札幌以外の地域で迎えるということは私にとって初めての経験であり、良い意味での何時もと違う感覚に非常にわくわくしていたのだ。

このわくわくするという感覚、私は凄く大事にするようにしている。
(参照:札幌を嫌いになったことで得た夢とロマンは強い)


そして函館に行くたびに思うことがある。

他の読者様の言葉をお借りするが、札幌以外の地域だと現実的に「人と人の壁」が無いのだ。

それは観光スポットなどではなく、例えば身近なコンビニやガソリンスタンドなどでも感じられる。

もっと言えば買物施設に居る他の買い物客、歩道を歩いている通行人などからも感じられる。

この感覚を理解してわかる方が札幌市内に一体どれほど居るのだろうか?

明らかに札幌社会には独特の空気、閉塞感、居心地の悪さが存在し、それを感じ取っている感性の持ち主が居ることも間違いない。


前の記事で書いた函館のニトリで感動したエピソードもそう。

また11月に函館に行った際にもブックオフで感動したこともあった。
(参照:函館市内のブックオフにお礼の手紙を送ってみた)

だから買い物が楽しいし、無駄遣いではなく良い意味でお金を使いたいと思えるし、人間が人間らしくいられるし、そういったところに本来の豊かさ、真髄があるのだと思う。

念のために書いておくが函館のブックオフやニトリ等の心温まるエピソードというのは氷山の一角である。

たまたま入ったコンビニ、たまたま給油したガソリンスタンド、たまたま予約した格安ビジネスホテル、たまたま行ったラッピの店員と客層の良さ、たまたま行った初詣の神社など、

どれを取っても札幌社会のそれとは明らかに違うものを感じられる。

ちなみに、たまたま函館が好きだから函館に行ったエピソードを書いているだけで、他の地域でもそれを感じることも多々ある。

読者様それぞれに自分の好きな地域を「函館」から置き換えて想像していただきたい。

そして現段階での結論を言おう。

他の地域が良いと言うよりは、本来ならそれが一般的で、札幌社会のそれが異様で異常なだけなのかもしれない

とにかく札幌社会のそれが異様で異常なことに間違いはないだろう


(続く)