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渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

チョップド

2021年02月21日 | open


薪の使い方で、最近キャンプ場などでも
見ない方法がある。
20年程前は毎週土日はキャンプしていた。
毎週である。歴は長いが、今まででの人生
で一番キャンプ場泊まりが多かった時期
だ。
薪は嫌というほどに割ったし燃やした。
そこでも私はやっていたことがある。
それは1960年代からやっていた方法だ。

1980年代初期、二輪仲間たちとキャンツー
に行った。
すると、同級生の奴がおもむろにでかい
ナイフを取り出してやり始めた。
薪を割るだけではなく、斜めに鉈のよう
に叩きつけて薪に切れ込みを入れるのだ。
「おー!知ってるねえ」とは思わなかっ
た。ごく普通の方法だったからだ。
今ならもっと細かいフェザーを作るのと
同じ意味があった手法だろう。
薪に切れ目を枝のように入れて燃やし易く
する方法だ。

1987年。職場の上司に誘われて、現地集合
で奥多摩のキャンプ場に行った。
私は車で3人で向かった。
現地では、上司がやはりごくさりげなく
薪に鉈を斜めに打ち込んでいた。
割った後の薪をチョップするのだ。

2000年。
毎週末に行くキャンプ場で佐冶の七寸剣鉈
それをやった時、管理人さんが「えー!」
と言った。九州の人なのだが、そのよう
に薪に斜めに切り込みを入れる方法など
知らないと言うのだ。
どうするの?と尋ねると、薪を今のように
焚き木になるほど小割りにして区分けして
使うのだという。
いや、それはそうだし、それが本式。
でも、適度な細さまで割ったら、あとは
チョップド状態で関東では火に放り込んで
いた。特に湿気持ってる薪などはさらに
皮むきするようなこともして。
九州式と関東式がどちらが大雑把かは一概
に言えないが、何だか野外で薪燃やしにも
地方色というものがあるのかも知れない。
斧や包丁の形も違うくらいだから、野外で
のノウハウも地方色があるのかも。

私がこのチョップドを最近見ない、と思う
のは思い違いで、今西日本の中国地区に
いるから見ていないだけなのかも。
もしかすると、関東の人たちは、薪を小割
りにした後、ナイフや鉈で薪に切れ込みを
入れる事をまだやっているのかも知れな
い。

ただ、最近は猫も杓子もフェザー、フェ
ザーですね。
シャグマみたいにするフェザーも昔から
あったのだけど、完全に焚き付けとして
の機能を持たせるためだった。
今のように北欧式の火口としての役目を
付与させる発想は日本には入って来てい
なかった。

フェザーにメタルファイアで点火させて
火をつけるのは案外簡単。マッチ棒がよく
燃える原理を考察すればいい。
しかし、その発火したフェザーから余計
な動作を加えないで自然に木を燃やすと
ころまでもっていくのはかなり難しい。

火口や焚き付けでかつて日本で一番多用
されたのは新聞紙だ。
新聞紙は被服の中に入れての防寒材にも
なるし、器具の包装紙にもなるし、火口
や焚き付けにもなる。とても便利だ。
ねじれば薪代わりにもなるし新聞紙で米
も炊ける。
私も野泊パックの中には新聞紙を入れて
る。
鉄道やバスなどを使ってのキャンプでは、
最終駅の売店などで新聞を購入したりも
していた。何かと便利だからだ。
そして、新聞紙の一番便利なところ。
それは、記事が読めるということだ。
ネットなどではない活字で情報が読める。
紙の新聞を捨象する風習に文明は存せず、
と私は思っている。
文明とはよく言ったものだ。文字通りだ。
文字をペンで書き、書かれた文字や印刷
された文字を読む。
これをやめたら人類おしまい、と思って
いる。
無人島に漂着して、電子機器が使えます
か?ということなんだよね。
砂浜にSOSと大きく書いたり、石を並べて
シグナルを作るほうが実用的でしょ?
例えとして。

アウトドアでの活動というのは、そうした
根源的な何かを学ぶ事なのではと私個人は
考えている。
人の生命、生存には何が大切なのか、を。
なので、個人的には、キャンプ場で電子
機器で音楽かけたり、映像を投影したり、
スマホに長時間見入ったり、そういう事
はナンセンスだと私は考えている。
そんなことは街中や自宅でできるのだか
ら、貴重な時間を無駄にしているなあ、
とか私は思う。

人それぞれ楽しみ方はあるだろう。
好きにやればいい。
隣りのサイトで馬鹿騒ぎしたり、尋常なら
ざる広いエリアを独占占有して我が物顔で
居座って振る舞わないならば。
しかし、今、常識が通用しない連中もキャ
ンプ場にかなり多く流れ込んで来ている。
水場でも譲り合いもせず、挨拶さえしな
い。
スカタンみたいなのが大挙してキャンプ
場に押しかけてきて荒らしまくっている。
どんどん、「キャンプ場」でのキャンプ
が世の中ではつまらなくなって来ている。
キャンプがつまらんのではなく、キャンプ
場がつまらん。
面白いように思わせるのは、虚構のブーム
を演出しているだけだ。
現実は、今のキャンプ場はひどい有様だ。
今、世の中はそんなところ。

長生きはするもんだ。
いろんなものが見えてくる。


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