渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

特殊な研ぎ

2021年05月20日 | open


親戚から大昔の包丁が出てきたので
研いでほしいと依頼あり。
送られたのを見ると赤イワシならぬ
赤ヒラメだった。ここまでひどい錆
状態の包丁は見たことがなかった。
赤錆がまるで粒あんぼたもちのよう
に凸凹にこんもりと盛り上がって
包丁の刀身表面に固く付着している。
なぜこのようになったか原因は推測
できる。
厚いボール紙の鞘に入っていたのだ
が、濡れたまま入れたか、あるいは
湿気を呼んだのかで半密閉の紙鞘で
悪い錆大繁殖の好条件が整ったから
だ。これが鞘など無く、大気中放置
だったならば不働態が形成されるの
で、極悪錆とはならず、表面全体が
薄っすらと霧が立ち込めたように
錆びるだけだ。下手に鞘などに入れ
て、しかも刀身と鞘内が接触などし
ていた場合、まずとんでもない悪錆
が発生する。

手作業でようやくここまでにした。
黒染め仕上げ部分は剥げてしまうが
それは仕方ない。


この黒い雲がもわもわと立ち込めている
ように見える部分がすべて錆である。


日本刀でいうならば「朽ち込み」と
いう状態で、つまり表面がクレーター
状態になってしまっている。錆切り
(錆落とし)をするとそれが判明する。


大きな二つのクレーターあり。これは
鎚痕かもしれないが、宜しくない。


棟側、ややよじれあるも総じて真っすぐ
な部類。鎚打ちでのゆがみ修正なしでも
このまま使える範囲。


刃道側。ほぼ真っすぐで問題なし。
これなら桂向きもできる。


しかし、クレーターがあるような炭素鋼
菜切り包丁の場合、一般的な研ぎによる
完全錆落としをしてはならない。
なぜならば、重ねの厚み1.6(業界用語
テンロク)のように薄い包丁は、表面が
クレーター状態を除去して平らに均そう
とすると、薄いゆえに利器材の外側の
地鉄部分が消滅してしまう可能性が高く
なるからだ。

これは包丁の断面図。
この図で黒線が本来の包丁の表面レベル。
緑線が今回の包丁の出精による朽ち面。
一般的な錆切り本研ぎ(日本刀などの
場合の)は赤線部分まで表面を研ぎ下げ
ないと悪しき錆が発生した箇所や表面
の面一化が得られない。
当然にして刀身は身痩せする。
日本刀や鉈等ではそれができても、薄い
包丁ではそれはできない。利器材でも
手打ち合わせ物でも鋼単一の本焼きで
も、薄い刀身の物ではできない。
どんどん薄くなるからだ。
また利器材や刃金と地鉄の合わせ物は
薄くなったら地金から下の鋼部分が
まだらに露出してしまうことになる。

ではどうするか。
クレーターの表面をなぞるように錆を
除去して、凸凹のままそれ以上身を
削らないようにするしかない。

そのためにはどうするか。
モーターツールを使うのである。
そして、凸凹表面をその凸凹形のまま
ツルツルに仕上げる。バフを使って。
刃を付けるのは刃先だけだ。
そうでなくば、「使えるようにする」
ことにはならない。
苦渋の策だが、いたしかたない。
薄い刃物の朽ち込み物の研ぎの基本は
「表面をさらう」のだ。
面一まっ平に削り均さない。
なので「特殊な研ぎ」の部類に分類
できるのではなかろうか。

極端な事を言うと、「日本刀では刀身

彫刻部分に出た錆はどうやって落と
して、どうやって研ぐの?」という
ような事と同じだ。
ただし、日本刀ではバフなどは使わ

ない。まして彫刻部分ではなおさら。
樋だけでもチリの部分をなめてしまう
し、梵字や龍などの彫りではモーター
ツールを使うとエッヂを丸くしてし
まうから。
鋼部分の彫刻などは、一度削り落として
しまうともう大変。二度と永遠に生えて

くることは無い。日本刀などは、泣く泣
く、時代物はやむなしと平地は面一のR
面成形で研師たちは研いでいる。
なので小龍景光なども彫りが消えかけた
りしている。
しかし、包丁は道具であるので、再生の
ために存分に電動工具を用いて削った
磨いたりすることができる。
グリーンパウダーを使ったりもする。



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