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渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

解禁もうすぐ

2021年02月20日 | open





中津川は幼稚園の頃、何度も父に連れて
行ってもらった。
当時は魚影が濃かった。

フライフィッシングを始めるようになって
から父が珍しい物を見せてくれた。
1960年前後の日本製フライだ。
目黒の釣具屋で、当時「最近日本に入って
来たアメリカの毛鉤釣り用の毛鉤だ」との
ことで購入したらしい。
見ると、まだタイイングとか日本人は知識
が無かったのだろう。
伝統的な和式毛鉤とも異なる洋式方法で
懸命に巻いたような稚拙な毛鉤だった。
40年近く持っていたのだという。
プラケースにいくつも入っていた。
訊くと、父はフライフィッシングをやろう
と思ったが、日本にはタックルがまだ存在
しなかったのだという。
そして、輸入物などは超高価で手に入れら
れなかったのだそうだ。
まだ日本人の海外旅行が自由化されておら
ず、政府から特別な許可を得た者しか海外
に行けなかった時代。日本人が巻いた毛鉤
は、今見ると児戯のような毛鉤だ。
しかし、何か温かい。
その毛鉤は使うことなどはせずに、保管し
てある。1960年頃の洋式毛鉤。
珍しいといえば珍しい。
父と二人でフライフィッシングの釣行を
するようになったのは、20世紀末期から
だった。お互い、楽しんでいた。
渓流のマス釣りは、良い。
空気も水も、人の心も。



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