渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

モーターサイクルの楽しみ

2023年11月16日 | open

 


極めて優雅で、上層階級的な
物腰と喋り方、言葉遣い。
まるでそのうち鹿鳴館での舞
踏会にでもお呼ばれしそうだ。
四輪でも庶民がとても買えな
い、維持できない高級西欧車
を何台も持っていそうな階層
の方々の二輪車談義。
レポーターは二輪四輪のその
道の方なので、単なる金持ち
成金趣味ではなく、二輪の本
質的な楽しみを押さえて品良
語る。
今回招かれたゲストもとても
「お上品」である。
 
トークセッションでも、二輪
の楽しみについて、本質的な
ところを突いてはいるの
るが、何だかとても違和
感が
ある。
それは何かと探った。
それは、私も二輪が好きで乗る
人間ではあるが、「経済的な
余裕があるから二輪に乗れる」
という現実的なカタチをこの
方々はさらに純化させて、「富
層にしか味わえない世界」
立って二輪を語っている事が
見えた時に一つの答えが出た。
この方々の立ち位置は、富裕層
のそれではあるのだが、私のあ
たりの一般的二輪乗りも実は
この人たちと同じ位相的内実に
あるのでは、という疑問が
生じ
るのである。
つまり、平和な時代のプチブル
的な立ち位置を享受する事によ
り、初めてモーターサイクルに
触れられる、という。
これ、本当にそれでいいのか、
という思いが私はどうにも払拭
できない。
この動画に登場した、ロールス
ロイスに普通に乗れるような
階層ではない人々が現在モーター
サイクルを日本では楽しんでは
いるが、それは生活必需品と
ての四輪車のような立ち
位置と
は大きく異なる。
それは、本当のモーターリゼー
ションの発達した社会とはいえ
ないのでは、と私は思うのだ。
極言すれば、自転車のように
国民にモーターサイクルが普及
してこそ、二輪は本当の意味で
モーターリゼーション、車社会
の一員となれるのでは、と。
お金持ちだけしか所有できない、
富裕層の道楽趣味としてしか
二輪が提供されされない。
だとしたら、それらは根本的
な部分で歪んでいるのでは、
と思えるのである。
これは、かねがねハーレーの
立ち位置に対する疑問、金を
得た芸能人や芸人たちが誰も
がハーレーハーレーと言い
して所有したがる位相感
覚へ
の疑問とも通じる。
社会の深層部分の成熟度とし
ても。意識性の問題と経済格
差の関連性においてをも。
アラブの石油王が灰皿が汚れ
からと車を買い替える、
ールドで出来た軍用銃を
誇る、
といようなパター
ンがモー
タービクルにあ
っていいの
か、とい疑念
が私にはある。
数百億円する高級クルーザー
が富裕層の趣味で乗られる
と同列に二輪車があって
いい
のだろうか、という。
最近、あるファッションブラ
ンドが1台数千万円するビリ
ヤードテーブルを作った。
実にくだらない事だと私は感
じる。
 
 
 

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