
キューにパワーは存在しない。
それは、ただの棒だから。
車両や航空機や船舶のエンジン
のように、パワーという出力は
存在しない。
だが、パワーがあるキュー、無い
キューと呼ぶ大誤謬が日本では
蔓延している。
これもハイテクシャフトが登場
したあたりから。
多分だが、高反発力を発する棒の
事を「パワーがある」と呼んでい
るのだろうが、物理的にあり得な
い事を言っている妙な現象だ。
まあ、何というか、ある種のデムパ
ですね。
かつて、20年ほど前、懇意にして
いる撞球上級者の全国選手が私に
言う。
「パワー、パワーと世間では言っ
てますが、キューにパワーがある
無いって、あれはなんなのですか?」
と。
私も人に訊きたい位だ。
彼は法学士だが、概念と言辞の齟齬
や論理の欠缺は明確にこれを拒否す
る人だ。
「パワーがあるキューと言う意味
が解らない」と言う。
その通りだと思う。
「見越しがあるキュー」と同じ
レベルの言い方なのではなかろ
うか。
世の中、100人いて、99人が嘘を
言って一名が真実を言っていたと
して、その嘘が真実になる事は
絶対に無い。
嘘は嘘、虚構は虚構である。
嘘を真実であるかのようにしたがる
人間は腐れ社会にはまことに多いが、
それらはやはり「不実の人」である
と私は確信している。
銃にパワーはあるのか。
無い。
弾薬にあるのである。
さらに厳密に言うならば、弾薬の
発射薬を燃焼させる事により発生
する。
銃本体はただの鉄の構造物だ。
ビリヤードのキューにパワーが
あるのか。
テニスのラケットにパワーがある
のか。
野球のバットにパワー、ゴルフ
クラブにパワー。
無いのである。
道具にパワーがあるのは、電動
工具やチェーンソー等の事だ。
ビリヤードのキューにはパワー
などは存在しない。
反発の度合いが高い物、低い物
はキューにも存在する。
進行した速度が同速度であると
して、個体により撞いた玉の動
きが異なる現象は発生する。
だが、それはキュー本体にパワー
があるか無いかという問題ではな
い。物体の衝突の結果、どのよう
な物理的な現象が発生し、それに
どのような差異があるかどうかの
問題であり、キュー本体にパワー
などは無い。repulsive forceは
あってもcueにpowerなどは存在
しない。