川本ちょっとメモ

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生命のふしぎ―遺伝子ノックアウトマウス異常なし

2007-08-30 13:05:13 | Weblog

2007/08/20
生命を構成する細胞―タンパク質―アミノ酸―DNA
2007/08/24
すばらしい生命―遺伝子は自己複製する
2007/08/26
原子は絶えず不規則運動をする、生命との関係は?
2007/08/27
生命とは、分子や原子の「流れそれ自体」
2007/08/28
生命を構成するタンパク質は作られる際から壊される
2007/08/29
遺伝子複製ミスのことを「突然変異」という
2007/08/30
生命のふしぎ―遺伝子ノックアウトマウス異常なし



講談社現代新書『生物と無生物のあいだ』福岡伸一著を読み終わってのノート(その7・了)です。


■タンパク質GP2をノックアウトする■

GP2はすい臓の細胞に存在するタンパク質である。GP2は、すい臓の消化酵素を運ぶ分泌顆粒の膜に結合しているタンパク質のうち、もっとも大量に存在している。重要なものだからかこそたくさん存在しているのだ。

ES細胞(胚性幹細胞)の内部のゲノム上で、GP2をコードする遺伝子を意図的に欠損させたものを作り出すことができる。しかし、その確率は100万分の1以下というものだ。

「胚」とは、受精卵が分裂を進めて一定時間が経過した細胞のかたまりである。

「幹細胞」とは、分化細胞のもととなる母細胞の総称。生体のさまざまな組織の細胞に分化する能力と,分裂を繰り返しながら増殖していく能力をもち,それぞれの組織の生理的再生に関与する。骨髄幹細胞や神経幹細胞などの体性幹細胞と生体のさまざまな組織に分化する可能性をもつ ES 細胞がある。

「ES細胞(胚性幹細胞)」とは、受精卵が分化を始める前の段階の胚(はい)である胚盤胞の内部細胞塊から取り出した細胞。生体のさまざまな組織に分化する可能性があるため,再生医学において重要な役割を果たすと期待されている。


■GP2ノックアウトマウスに不具合なし■

苦労の末に、GP2ノックアウトマウスを誕生させることができた。このマウスにはGP2が一分子も存在しない。このマウスのすい臓細胞膜ではとてつもない膜の異常が展開しているはずだ。

しかし! GPノックアウトマウスに何の異常も見られなかった。細胞内部にはまったく正常な形状の分泌顆粒が存在していた。

どう調べてみても、DNAレベルでの遺伝子ノックアウトは完璧であった。このマウスはまちがいなく、一分子のGP2も持っていなかった。それにもかかわらず、マウスはぴんぴんしていた。


■プリオンタンパク質ノックアウトマウスは狂牛病にならず■

プリオンタンパク質ノックアウトの結果も同様に、不都合は見つからなかった。プリオンタンパク質ノックアウトマウスは正常に誕生し、成長後も健康そのものだった。

マウスの寿命は2年ほどだが、ノックアウトマウスは短命になることもなく、寿命終盤になっても特別な神経症状を発することもなかった。


■システムを最適化する複数の反応系■

生命現象にはあらかじめさまざまな重複と過剰が用意されている。類似の遺伝子が複数存在し、同じ生産物を得るために異なる反応系が存在する。システムを最適化する応答性と可変性を持っているのだ。

酵素のようなピースの欠落によって、ある反応が進行しなければ、別のバイパスを開いて迂回反応を拡大するだろう。構造的なピースの欠損が、レンガ積みに穴を作るのであれば、似たような形状のピースを増産してその穴を埋めるようにするだろう。

ある遺伝子をノックアウトしたにもかかわらず、受精卵から始まって子マウスの出産にまでこぎつけたということはそういうことである。

とはいえ、過去に試みられた遺伝子ノックアウト実験では、誕生を迎えないまま胚がその分化を止めてしまうような致死的なケースもあった。

その遺伝子が発生上欠くことのできない重要なピースであり、代替が困難なピースであることを、致死的なノックアウト実験は示している。そして、それがどのように必要とされるのかわからないままプログラムは閉ざされる。


■不完全プリオンタンパク質ノックインマウスは発病した■

プリオンタンパク質ノックアウトマウスに正常遺伝子を戻してやると、その結果はもちろん健常なマウスであった。不完全遺伝子を戻してやったマウスは致命的な異常を起こした。

生れてからしばらくは何事もなかった。しかしこのマウスは次第におかしな行動を取るようになり始めた。歩行の乱れ、台からの落下、身体の震え。このような症状は、脳の障害に起因する。やがてマウスは衰弱して死ぬ。不完全なプリオンタンパク質は、脳の仕組みを徐々に変調させていったのである。


生物には不可逆的な時間の流れがある

機械には時間が無い。原理的にはどの部分からでも作ることができ、完成した後からでも部品を抜き取ったり、交換することができる。そこには二度とやり直すことのできない一回性というものがない。

生物には時間がある。その内部には常に不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折りたたまれ、一度、折りたたんだら二度と解くことのできないものとして生物はある。

時間軸のある一点で、作り出されるはずのピースが作り出されず、その結果、形の相補性が成立しなければ、少しだけずらした線で折り目をつけて次の形を求めていく。できたものは予定とは異なるものの、全体としてバランスを保った平衡状態をもたらす。

もしある時点で、形の相補性が成立しないことに気づかずにいれば、その折り目のゆがみはやがて全体の形までをも不安定にする。時間を遡行して修正を加えることはできない。生命を機械的に、操作的に扱うことの不可能性が明らかになった。

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遺伝子複製ミスのことを「突然変異」という

2007-08-29 02:31:46 | Weblog

2007/08/20
生命を構成する細胞―タンパク質―アミノ酸―DNA
2007/08/24
すばらしい生命―遺伝子は自己複製する
2007/08/26
原子は絶えず不規則運動をする、生命との関係は?
2007/08/27
生命とは、分子や原子の「流れそれ自体」
2007/08/28
生命を構成するタンパク質は作られる際から壊される
2007/08/29
遺伝子複製ミスのことを「突然変異」という
2007/08/30
生命のふしぎ―遺伝子ノックアウトマウス異常なし



講談社現代新書『生物と無生物のあいだ』福岡伸一著を読み終わってのノート(その6)です。


■自然界の遺伝子複製ミスのうち重大なものを「突然変異」という■

たとえば大腸菌の場合、多数の突然変異が発見され、生物学の研究材料となってきた。

大腸菌は単細胞生物で、ゲノムDNAは一つしかない。大腸菌は数十分に一回分裂して子孫を増やす。2が4に、4が8に、8が16になる。その都度、ゲノムDNAが複製される。

しかしこのとき、ある一定の、きわめて小さな確率で複製ミスが生じる。遺伝暗号のスペルが変わったり、欠落したりする。

このようなミスはDNAの塩基配列上にピンポイントで発生し、非常に軽微なものから、コードされているタンパク質をひとつ丸ごと無効にしてしまうような重大なミスもある。


■ノックアウト実験■

生命体を形作っている要素は、タンパク質である。あるタンパク質が、生命現象においてどのような役割を果たしているかを知るための最も直接的な方法は、そのタンパク質が存在しない状態を作り出し、そのとき生命にどのような不都合が起こるかを調べればよい。ところが実際には、生体内に何億もの分子が存在していて、一斉に「存在しない状態」にするのは不可能だ。

このため、自然界の「突然変異」を発見し、遺伝子上のミスとたんぱく質の機能の欠損、そしてその欠損がもたらす異常との関係が対応づけられるようになっていった。そして今では、遺伝子を人為的に破壊したり削除したりして、波及効果を調べることが行われている。遺伝子を人為的に欠落させる方法を「ノックアウト実験」という。
                                     
                      ※このノートは次回につづきます


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生命を構成するタンパク質は作られる際から壊される

2007-08-28 00:50:30 | Weblog

2007/08/20
生命を構成する細胞―タンパク質―アミノ酸―DNA
2007/08/24
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2007/08/26
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2007/08/27
生命とは、分子や原子の「流れそれ自体」
2007/08/28
生命を構成するタンパク質は作られる際から壊される
2007/08/29
遺伝子複製ミスのことを「突然変異」という
2007/08/30
生命のふしぎ―遺伝子ノックアウトマウス異常なし



講談社現代新書『生物と無生物のあいだ』福岡伸一著を読み終わってのノート(その5)です。


■タンパク質の相補性は振動している■

相補性は生命現象の特性だ。DNAの二重ラセン。彼らは互いに他のかたちを規定しながら対を形成している。その対は、塩基と呼ばれる4種のピースのうち、2組のペアが、ちょうどレゴをはめるように結合することによって成立し、これがDNAラセンの“階段板”として、下から上へずっと連なっている。

DNAの相補性と同じように、あるタンパク質には必ずそれと相互作用するタンパク質が存在する。2つのタンパク質は互いにその表面の微細な凹凸を組み合わせて寄り添う。それは化学的な諸条件を総合した相補性である。

筋肉の構成単位は、アクチンとミオシンと呼ばれるタンパク質が組み合わさって相補的な構造である。そこにさまざまな別の制御タンパク質が参画して機械的な運動を生み出す。複数のタンパク質の相補的結合から構成された分子装置は細胞のあらゆる局面に位置し、生命活動を営む。

生命を構成するタンパク質は作られる際から壊される。それは、生命がその秩序を維持し続ける唯一の方法である。しかし、なぜ生命は絶え間なく壊され続けながらも、もとの平衡を維持することができるのだろうか。

答えは、タンパク質の形かたちが体現している相補性にある。生命は、その内部に張り巡らされたかたちの相補性によって支えられている。タンパク質は次々と作り出される。

新しく作られたタンパク質は、自らのかたちが規定する相補性によって、自分の納まるべき位置をあらかじめ決定されている。原子や分子、DNA、アミノ酸であれタンパク質であれ、ランダムな熱運動をくり返し、欠落した部分の穴と自らの相性を試しているうちに、納まるべき場所に納まる。

和田郁夫・福島県立医科大学教授が一分子のタンパク質が一分子のパートナータンパク質と相補的な結合を行う様子を観察した。二つのタンパク質はぴったり合うものの、がっしりと結合しているのではなかった。くっついたり離れたりを定期的にくり返していた。相補性は「振動」しているのだ。

それぞれが恐ろしいまでのスピードで互いの相補性を求め合い、一瞬の逢瀬の後、たちまち失われてしまう。たとえば何億という数のインシュリンは全身の血液をかけ巡り、さまざまな細胞表面にある何億という数のインシュリンレセプターとの間であらゆる微分的な時間において、ついたり離れたりをくり返している。そしてこのような相補性のネットは、天文学的数字、より正確には生物学的数字によって幾重にも輻輳している。


■異常タンパク質は取り除かれ、新しいタンパク質が素早く生成補充される■

増大するエントロピーを排出するということは、タンパク質のことばで説明するとこうなる。

常に合成と分解をくり返すことによって、傷ついたタンパク質、変性したタンパク質を取り除き、これらが蓄積するのを防御することができる。また合成の途中でミスが生じた場合の修正機能も果たせる。生体はさまざまなストレスにさらされ、その都度、構成成分であるタンパク質は傷つけられる。酸化や切断、あるいは構造変化をうけて機能を失う。糖尿病では血液の糖濃度が上昇する結果、タンパク質に糖が結合し、それがタンパク質を傷害する。

しかし、このような異常タンパク質は取り除かれ、新しいタンパク質が素早く生成補充される。結果として生体は、その内部に溜まりうる潜在的な廃物を系の外に捨てることができる。

ところが、この仕組みは万全ではない。ある種の異常では、廃物の蓄積速度が、それをくみ出す速度を上回り、やがて蓄積されたエントロピーが生命を危機的な状態に追いこむ。タンパク質の構造病であるアルツハイマー病や狂牛病・ヤコブ病などのプリオン病は、その典型例である。
※このノートは次回につづきます
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生命とは、分子や原子の「流れそれ自体」

2007-08-27 01:36:35 | Weblog

2007/08/20
生命を構成する細胞―タンパク質―アミノ酸―DNA
2007/08/24
すばらしい生命―遺伝子は自己複製する
2007/08/26
原子は絶えず不規則運動をする、生命との関係は?
2007/08/27
生命とは、分子や原子の「流れそれ自体」
2007/08/28
生命を構成するタンパク質は作られる際から壊される
2007/08/29
遺伝子複製ミスのことを「突然変異」という
2007/08/30
生命のふしぎ―遺伝子ノックアウトマウス異常なし



講談社現代新書『生物と無生物のあいだ』福岡伸一著を読み終わってのノート(その4)です。


■エントロピー最大の状態=死■

100個の微粒子を水を張った四角い容器の右隅に溶かしこんだ場合、拡散の原理によって、「平均として」徐々に濃度の薄い左方向へ広がっていく。やがてそれは、一様に広がり均一化して、平衡状態に達する。物質の勾配、温度の分布、エネルギーの分布、化学ポテンシャルと呼ばれる反応性の傾向も、同様に均一化する。物理学者はこれを熱力学的平衡状態、あるいはエントロピー最大の状態と呼ぶ。これはその系(システム)の死を意味する。

エントロピーとは乱雑さ(ランダムさ)を表す尺度である。すべての物理学的プロセスは、エントロピー最大の方向へ動き、そこに達して終わる。これをエントロピー増大の法則と呼ぶ。これは、生体を構成する成分にとっても共通する法則だ。したがって生きている生命も、絶えずエントロピー最大の状態、すなわち死に近づいていく傾向がある。


■「生き続ける」とは、エントロピーを排出すること

高分子は酸化され分断される。集合体は離散し、反応は乱れる。タンパク質は損傷を受けて変性する。しかし、構成成分の崩壊を待たずに分解し、エントロピーの増大速度よりも早く再構築して更新するなら、それは増大するエントロピーを系(システム)の外部に捨てていることになる。

エントロピー増大の法則に抗う唯一の方法は、システムの耐久性と構造を強化することではなく、むしろその仕組み自体を流れの中に置くことなのである。つまり、流れこそが、生物の内部に必然的に発生するエントロピーを排出する機能を担っている。

生命は、通常の無生物的な反応系がエントロピー最大の状態になるのよりもずっと長い間、熱力学的平衡状態にはまりこむことがない。その間にも、生命は成長し、自己を複製し、怪我や病気から回復し、さらに長く生き続ける。


■食事の意味 タンパク質→分子レベルに分解→新タンパク質を形成■

1930年代にシェーンハイマーが大発見をした。

彼は、実験ネズミに重窒素で標識されたアミノ酸を含む餌を3日間与えた。ネズミは必要なだけ餌を食べ、その餌は生命維持のためのエネルギー源となって燃やされる。そうすれば、アミノ酸の燃えかすに含まれる重窒素はすべて尿中に排出されるはずだった。しかし予想はまったく外れた。

この間に尿中に排泄されたアミノ酸は27.4%、糞中に排泄されたのは2.2%だった。56.5%は身体を構成するタンパク質の中に取り込まれていた。取り込まれた場所は、臓器その他のありとあらゆる身体部位に分散していた。実験期間中、ネズミの体重は変化していない。

重窒素アミノ酸を与えると瞬く間にそれを含むタンパク質がネズミのあらゆる組織に現れるということは、恐ろしく速い速度で、多数のアミノ酸が一から紡ぎ合わされて新たにタンパク質が組み上げられているということである。

ネズミの体重が増加していないということは、新たに作り出されたタンパク質と同じ量のタンパク質が恐ろしく速い速度で、ばらばらのアミノ酸に分解され、そして体外に捨て去られているということを意味する。ネズミを構成していた身体のタンパク質は、たった3日間のうちに、食事由来のアミノ酸の約半数によってがらりと置き換えられたということである。

さらに、体内に取り込まれたアミノ酸は、もっと細かく分断されて、あらためて再分配され、いろいろなアミノ酸を再構成していた。それがいちいちタンパク質に組み上げられる。絶え間なく分解されて入れ替わっているのはアミノ酸よりもさらに下位の分子レベルということになる。驚くべきことだ。


■生命とは、絶えず通り過ぎていく分子や原子の「流れそれ自体」■

外から来た重窒素アミノ酸は分解されつつ再構成されて、ネズミの身体の中をくまなく通り過ぎていった。しかし、そこには物質が「通り過ぎる」べき入れ物があったわけではなく、ここで入れ物と呼んでいるもの自体を、通り過ぎつつある物質が、一時、形作っていたのである。

ここに固定的なものは無い。すべてが通り過ぎていく。あるのは、絶えず通り過ぎていく「流れそのもの」でしかない。

私たちは、自分の表層である皮膚や爪や毛髪が絶えず新生しつつ古いものと置き換わっていることを実感している。そのほかにも身体のあらゆる部位、臓器や骨や歯も、その内部では絶え間ない分解と合成がくり返されている。

余分のエネルギーを貯蔵する脂肪組織も同じことだ。脂肪貯蔵庫の外で需要と供給のバランスがとれているときでも、内部の脂肪を運び出し、新しい脂肪を運び入れている。

すべての原子は生命体の中を流れ、通り抜けているのである。

「お変わりありませんか」「相変わらずです」と、私たちはあいさつを交わす。が、半年、一年と会わずにれば、私は分子レベルではすっかり入れ替わっている。かつて私の一部であった原子や分子は、私の内部にはもう存在しない。

私たち生命体は、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかない。しかも、それは高速で入れ替わっている。この入れ替わるという流れ自体が「生きている」ということである。


                     ※このノートは次回につづきます。

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原子は絶えず不規則運動をする、生命との関係は?

2007-08-26 04:21:44 | Weblog

2007/08/20
生命を構成する細胞―タンパク質―アミノ酸―DNA
2007/08/24
すばらしい生命―遺伝子は自己複製する
2007/08/26
原子は絶えず不規則運動をする、生命との関係は?
2007/08/27
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2007/08/28
生命を構成するタンパク質は作られる際から壊される
2007/08/29
遺伝子複製ミスのことを「突然変異」という
2007/08/30
生命のふしぎ―遺伝子ノックアウトマウス異常なし



講談社現代新書『生物と無生物のあいだ』福岡伸一著を読み終わってのノート(その3)です。


■細胞と原子■

量子力学の先駆者エルヴィン・シュレーディンガーが1944年、『生命とは何か』を著わした。シュレーディンガーは、生命現象は最終的にはことごとく物理学あるいは化学のことばで説明しうる、と予言した。この予言は、遺伝子の本体がデオキシリボ核酸(DNA)という化学物質であることによって後に証明された。

この著作の中でシュレーディンガーは「原子はなぜそんなに小さいのか」と問いかけた。この問いの意味は、「われわれの身体は原子にくらべて、なぜこんなに大きいのか」ということである。

原子の直径は1~2オングストローム。生命現象をつかさどる最小単位である細胞は、30万~40万オングストローム。1オングストロームは1メートルの100億分の1、1センチの1億分の1である。

細胞には膨大な数の原子が含まれている。


■原子の不規則運動と「平均」的なふるまい■

原子は、不規則で無秩序な、予見できないランダムな運動をしている。原子は絶えず不規則に動きまわっていて、じっと止まるということがない。これをブラウン運動という。

「絶えず不規則に動きまわっている」のが原子だ。だから細胞の内部は「常に揺れ動いている」ことになる。それにもかかわらず、われわれの生命は秩序を構築している。

100個の微粒子からなる集団を想定してみよう。これらの微粒子を空気中にばらまいたとする。微粒子は空気中の分子にこづきまわされながら、ブラウン運動によって四方八方にさまよいつつも、重力の影響を受けて「平均として」下方に落下していく。

別の実験として、100個の微粒子を、水を張った四角い容器の右隅に溶かしこんだ場合を想定してみる。微粒子は水分子と衝突してランダムにたゆたいながらも、拡散の原理によって、「平均として」徐々に濃度の薄い左方向へ広がっていく。

すべての秩序ある現象は、膨大な数の原子(あるいは原子からなる分子)が、いっしょになって行動する場合にはじめて、その「平均」的なふるまいとして顕在化する。

原子の「平均」的なふるまいは、統計学的な法則にしたがう。その法則の精度は、関係する原子の数が増えれば増えるほど増大する。

ランダムの中から秩序が立ち上がるというのは、実にこのようにして、集団の中である一定の傾向を示す原子の平均的な頻度として起こることなのである。


■仮定:100個の原子で成り立つ生命体■

100個の微粒子の大多数は、空気中にばら撒かれれば落下する。水溶液の一隅に溶かしこまれれば濃度の薄い方向へ拡散する。しかし粒子のうちいくつかは、落下ではなく上昇し、濃度の薄い方向から濃い方向へ逆行する。

平均から離れて、例外的なふるまいをする粒子の頻度は、平方根の法則(ルートn法則)に従う。100個の粒子があれば、およそルート100=10個ほどの粒子が平均から外れたふるまいをする。

仮に、たった100個の原子から成り立つ生命体を考えてみよう。例外は100個のうち10個。生命は常に10%の誤差率で不正確さをこうむる。高度な秩序を要求される生命活動において、これはまったく致命的な精度である。


■仮定:100万個の原子で成り立つ生命体■

生命体が100万個の原子で成り立っていればどうか。「平均」から外れる粒子数はルート100万=1000個で、誤差率は1000÷100万=0.1%。誤差率は格段に下がる。

実際の生命現象では、100万どころか、その何億倍もの原子と分子が参画している。生命体が、原子ひとつにくらべてずっと大きい物理学上の理由がここにあると、シュレーディンガーは指摘したのである。


■原子の誤差率を乗り越えて■

生命現象に参加する粒子が少なければ、「平均」的なふるまいから外れる粒子の誤差率が高くなる。粒子の数が増えれば増えるほど、平方根の法則によって誤差率は急激に低下する。

生命現象に必要な秩序の精度を上げるためにこそ、「原子はそんなに小さく、生物はこんなに大きい」必要がある。
                         ※このノートは次回につづきます。
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すばらしい生命―遺伝子は自己複製する

2007-08-24 01:26:56 | Weblog

2007/08/20
生命を構成する細胞―タンパク質―アミノ酸―DNA
2007/08/24
すばらしい生命―遺伝子は自己複製する
2007/08/26
原子は絶えず不規則運動をする、生命との関係は?
2007/08/27
生命とは、分子や原子の「流れそれ自体」
2007/08/28
生命を構成するタンパク質は作られる際から壊される
2007/08/29
遺伝子複製ミスのことを「突然変異」という
2007/08/30
生命のふしぎ―遺伝子ノックアウトマウス異常なし



講談社現代新書『生物と無生物のあいだ』福岡伸一著を読み終わってのノート(その2)です。


DNAは相補的なセンス鎖とアンチセンス鎖がペアになって(対構造になって)、ラセン状に巻かれて存在する。これが二重ラセンだ。センス鎖はある情報を配列としてダイレクトに持つ鎖。アンチセンス鎖は、センス鎖の「映し鏡」としての鎖。

このDNAの二重ラセンがほどけると、ちょうどポジとネガの関係となる。ポジを元に新しいネガが作られ、元のネガから新しいポジが作られると、そこには二組の新しい二重ラセンが誕生する。

あるいはこうも表現できる。二重ラセンがほどけると、センス鎖とアンチセンス鎖に分かれる。それぞれを鋳型にして新しい鎖を合成すれば、そこには二組のDNA二重ラセンが誕生する。

DNAが相補的に対構造をとっていると、一方の文字列が決まれば他方が一義的に決まる。あるいは2本のDNA鎖のうちどちらかが部分的に失われても、他方をもとに容易に修復することが可能となる。

DNAは紫外線や酸化的なストレスを受けて、配列が壊れることがある。たとえばATAAという部分配列がなくなったとしても、相補的なもう一方の鎖にTATTという構造が存在していれば、自動的に対合する文字配列を再生することができる。

DNAは日常的に損傷を受けており、日常的に修復がなされている。これが生命の自己複製システムである。





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生命を構成する 細胞―タンパク質―アミノ酸―DNA

2007-08-20 02:56:44 | Weblog

2007/08/20
生命を構成する細胞―タンパク質―アミノ酸―DNA
2007/08/24
すばらしい生命―遺伝子は自己複製する
2007/08/26
原子は絶えず不規則運動をする、生命との関係は?
2007/08/27
生命とは、分子や原子の「流れそれ自体」
2007/08/28
生命を構成するタンパク質は作られる際から壊される
2007/08/29
遺伝子複製ミスのことを「突然変異」という
2007/08/30
生命のふしぎ―遺伝子ノックアウトマウス異常なし



講談社現代新書『生物と無生物のあいだ』福岡伸一著を読み終わってのノート(その1)です。


◆細胞◆

アメーバや大腸菌のような単細胞生物からヒトにいたるまで、生物は細胞からできている。

◆タンパク質◆

細胞はタンパク質からできている。ヒトの生命は二万数千のタンパク質で成り立っている。

タンパク質は、生命活動そのものを作動し、制御し、反応させる実行者である。

タンパク質は紐状の高分子であり、アミノ酸という構成単位を数珠玉のように連結して作られている。数珠玉の数は数十から数百、場合によっては数千のものさえある。

アミノ酸が数百個連なってできるあるひとつのタンパク質は、天文学的な順列組み合わせの可能性から選抜されてできたものである。

◆アミノ酸◆

アミノ酸は20種類存在する。アミノ酸が二つ連結しただけでも、その結果できうる順列の可能性は、20×20で四百通りもある。

生物がタンパク質を形成するときは、アミノ酸を一定の結合順序でつなげていくシステムが必要になる。この一定の結合順序は、タンパク質の設計図であるDNAの配列に由来する。

◆DNA(デオキシリボ核酸)=遺伝子◆

遺伝子の本体は、酸性の物質、核酸、すなわちDNAである。DNAは長い紐状の物質で、真珠が連なったネックレス状の構造をしている。個々の真珠玉はアルファベット、紐は文字列にあたる。

DNAの真珠玉、すなわち構成単位は化学用語で「ヌクレチオド」と呼ばれる。それはたった4種類しかなく、A、C、G、Tのアルファベットで表現される。すなわち、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)である。

DNAの二重ラセンの中で、アデニンは(A)はチミン(T)と結合し、グアニン(G)はシトシン(C)と結合する。

ヌクレオチドは,3個が一組になって,あるアミノ酸を表す。

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はだしのゲンと私の母と原爆ドーム

2007-08-11 22:19:10 | Weblog


昨晩、テレビで「はだしのゲン」を見ました。原爆のシーンでは、涙が出ました。いま、その後編を見ています。

私の母がこの6月15日に亡くなりました。82才でした。

母は1945年(昭和20年)8月7日、単身、広島に入りました。広島のどこかの兵営にいるはずの夫をさがしに行ったといいます。そのとき母は、私を身ごもっていました。私は6ヵ月半の胎児でした。

私は、母から原爆ヒロシマの話を、くり返しくり返し聞いてきました。

広島駅では、列車が横倒しになっていて、つり革を持った人たちがそのままの形で、炭のように黒焦げになっていました。

市内の川の水際には息絶えた人たちが折り重なっていました。水をください、水をください、と助けを求める人がたくさんいました。

腕の皮膚がずり下がって手首のところでとどまり、その形のままの皮膚だけの手首をひきずって歩く人がたくさんいました。

広島の電話局で電話交換手をしていて被爆した、夫の親類の娘さんは建物内にいて外傷が無かったのに、2か月ほどして苦しんで亡くなったそうです。

3年前、母は思い立って、広島に写生旅行に行きました。

母は原爆ドームの絵を仕上げました。ニュースで見る原爆ドームとは色合いが違っています。建物は暗いゴールドが基調で、建物の背景が赤と黒の混じりあった色彩で仕上がっています。

母は明るい表情で広島から帰ってきましたが、仕上がった原爆ドームの絵には、その時代の母の人生とそれを思い返す晩年の母の思いが詰まっています。

母が描いた原爆ドームの絵は、私には名作のように見えます。私にとってかけがえのない、母の遺作です。

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