碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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『ブラッシュアップライフ』が、見逃せない1本になったワケ

2023年02月24日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

『ブラッシュアップライフ』が

「見逃せない1本」になったワケ

 

気がつけば、安藤サクラ主演『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)が、毎週「見逃せない1本」になっています。

もしも未来が分かっていたら、踏まずにすんだ地雷があったはずです。

もしも生き直すことが可能なら、岐路での選択も違ってくるでしょう。

『ブラッシュアップライフ』は、そんな「やり直し人生ゲーム」のドラマです。

秀逸な「設定」と「配役」

まず、基本設定が秀逸です。

ヒロインの近藤麻美(安藤)は突然の交通事故で死亡しました。

気がつくと奇妙な空間にいて、案内人の男(バカリズム)から「来世ではオオアリクイ」だと告げられます。

オオアリクイと知って、「今世をやり直す」ことを選びました。

麻美は、誕生から社会人へと至る「2周目の人生」を歩み始めます。

ただし、以前の人生よりも何かしら「徳を積む」ことが必要です。

保育園で女性保育士と園児の父親との不倫を阻止したり、売れないミュージシャンという未来が待ち受ける同級生(染谷将太)を救おうとしたりします。

人生に修正を施すため、周囲に悟られることなく善行に励む様子が何ともおかしい。

また、幼なじみたち(夏帆と木南晴夏)とのレディーストークも、ユーモラスでリアルな言葉と軽快なテンポが心地いい。

「配役の妙」と言える3人のシーン、ずっと見ていられます。

そんな麻美のやり直し人生も、すでに4周目。

薬剤師からテレビプロデューサーへ。職業も変化する飽きさせない展開は、「バカリズム」によるオリジナル脚本の成果です。

それを体現する、「安藤サクラ」という俳優のうまさも特筆ものです。

磨きがかかる「バカリズム脚本」

バカリズムが初めて脚本を手掛けた連続ドラマは、2014年秋の『素敵な選TAXI』(関西テレビ制作・フジテレビ系)でした。

トラブルを抱えた人物が偶然乗ったタクシー。それは過去に戻れるタイムマシンです。

運転手役は竹野内豊さん。乗客の話をじっくりと聞き、彼らを「人生の分岐点」まで連れて行ってくれる。

タイトルの「せんタクシー」は「選択肢」を意味しています。

たとえば、駆け落ちする勇気がなかった過去を悔いる民宿の主人(仲村トオル)。

不倫相手である社長と嫌な別れ方をした秘書(木村文乃)。

さらに、恋人へのプロポーズに失敗した売れない役者(安田顕)などが乗車します。

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、タイムマシンの役割を果たしたのは、ガルウイングドアの「デロリアン」でした。

このドラマでは、40年以上前の古いトヨタ「クラウン」のタクシーというのがうれしい。

乗客たちは問題の分岐点まで戻って新たな選択をします。しかし、だからとって何事もうまく運ぶわけではありません。

物語には苦笑いしたくなるような〝ひねり〟が利いており、よくできた連作短編集のようなドラマでした。

この作品で、「第3回市川森一脚本賞」の奨励賞を受賞しています。

そんな第1作と今回の最新作に共通するのは、「時間」を最大限に活用した脚本でしょう。

懐かしさの「設計」

時間軸の操作は、見る側を捉えて離さない引力を生み出します。

自分の意図に合わせて時間を操ることは、脚本家の特権の一つでもありますが、そのSF的世界観にリアリティーを与えるのは容易なことではありません。

このドラマでのタイムワープは、大昔ではなく、近い過去へのもの。見る側が自分の体験と重ねることが出来る、懐かしさの「設計」が巧みです。

その上で、鋭い人間観察と独自のユーモアセンスで仕掛ける、絶妙なエピソードの連打。

ヒロインである麻美の人生だけでなく、バカリズムの脚本もまた見事にブラッシュアップされているのです。

 


「正義の行方〜飯塚事件 30年後の迷宮〜」(NHK)が示す、ドキュメンタリーの力

2023年02月24日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

ドキュメンタリーの力

 

今月15日、令和4年度(第77回)文化庁芸術祭賞の贈呈式が行われた。

テレビ・ドキュメンタリー部門の「芸術祭大賞」を受賞したのが、BS1スペシャル「正義の行方〜飯塚事件 30年後の迷宮〜」(NHK)だ。

1992年に福岡県飯塚市で2人の女児が殺害された「飯塚事件」。犯人とされた男性は2008年に死刑が執行された。

しかし、えん罪を主張する再審請求が何度も提起され、事件をめぐる動きは現在も続いている。

番組の軸となっているのは当事者たちからの詳細な聞き取りだ。警察官、法医学者、新聞記者などの証言を丹念に再構成していく。裁判で特に重視されたのが、検察によるDNA鑑定と事件当日の目撃証言だ。

番組が進むにつれ、どちらの信ぴょう性も危ういことが分かってくる。

中でも興味深いのが事件を伝え続けた新聞記者たちだ。男性が犯人だとする警察発表をベースに記事を書いてきたが、死刑執行から約10年後に独自の「調査報道」を開始する。その調査対象には自社の記事も含まれた。

記者の一人が言う。「司法というのは信頼できる、任せておけば大丈夫と思ってきたけれども、そうではないと。このことこそ社会に知らせるべきだし、我々の使命だと思っています」

この番組が優れているのは、「えん罪か否か」をテーマとしていないことだ。制作した木寺一孝ディレクターがこだわったのは、事件の当事者がそれぞれに抱える「真実」と「正義」だった。

そのために立場の異なる人たちの考えを多角的に取材し、双方がぶつかり合う様子も提示している。飯塚事件では、決定的な証拠や自白がない中、集められた状況証拠によって死刑判決が下された。

今となっては本人に疑問点を質すことも不可能だ。自分ならどう判断するのか。番組を通して「人が人を裁く重さ」を体感してもらうことが最大のねらいであり、結果的に事件の全体像と司法のあり方に迫る秀作となった。

文化庁芸術祭の公演や作品への贈賞は、今年度で終了することが決まっている。77年を経てメディア環境が激変しつつある現在、テレビ・ドキュメンタリーの持つ力を示してくれたこの作品が、最後の大賞を受賞したことの意義は大きい。

(しんぶん赤旗「波動」2023.02.23)