【新刊書評2022】
週刊新潮に寄稿した
2022年4月前期の書評から
本川達雄『ラジオ深夜便 うたう生物学』
集英社インターナショナル 1870円
著者は『ゾウの時間 ネズミの時間』で知られる生物学者。深夜のラジオ番組で話した内容、2年半分をまとめたのが本書だ。珍しい星形には訳がある、ヒトデ。省エネの達人、ナマコ。完全介護状態を体現する、サンゴ。さらに通勤電車と虫かごの関係をはじめ、体の大きさや長寿をめぐる深い考察も。生物学の視点からヒトとその日常を眺めることで、思わぬ発見が飛び出してくる抱腹エッセイだ。(2022.03.09発行)
古谷敏郎『評伝 宮田輝』
文藝春秋 2420円
宮田輝は昭和のアナウンサーを代表する一人だ。『のど自慢』や『紅白歌合戦』、そして『ふるさとの歌まつり』などの名司会者だった。後に政界入りして国会議員を16年務めた。本書は後輩アナによる初の評伝だ。草創期のテレビに、人や風景を映像で伝えることの醍醐味と可能性を感じた宮田。「生放送」と「参加感」にこだわり、地域に暮らす視聴者と歩んだ軌跡は、生身の昭和放送史でもある。(2022.03.10発行)
原田ひ香『古本食堂』
角川春樹事務所 1760円
「古書」と「食」の組み合わせが秀逸な連作小説集。舞台は神保町にある古書店だ。北海道から上京し、亡き兄・滋郎に代わって店の経営を始めた珊瑚(さんご)。彼女の 親戚にあたる国文科学生で、本好きの美希喜(みきき)。2人が訪 れた客に本を薦めていく。それは本多勝一『極限の民族』や橋口譲二『十七歳の地図』などだが、意外な「美味」がからんでくる。さらに物語を支える、不在の滋郎が何とも魅力的だ。(2022.03.18発行)
紅谷愃一『音が語る、日本映画の黄金時代~映画録音技師の撮影現場60年』
河出書房新社 2970円
映画は監督と俳優だけでは作れない。カメラマンや照明技師と並ぶ主要スタッフが録音技師だ。本書は60年のキャリアを持つ著者による、映画人と作品をめぐる一代記である。あの高倉健に「セリフが分かりにくい」とダメ出しした『野生の証明』。毛布やカイロで録音機を温めた『南極物語』。黒澤明監督には知らせずにワイヤレスマイクを仕込んだ『夢』など、撮影現場の臨場感に満ちた一冊だ。(2022.02.28発行)
森 達也『千代田区一番一号のラビリンス』
現代書館 2420円
この小説、タイトルからして問題作の香りが漂う。千代田区一番一号は「皇居」の住所。ラビリンスは「迷宮」。著者を思わせる映像作家が挑むのは、退位を前にした「天皇」の日常がテーマのドキュメンタリーだ。しかも是枝裕和監督はじめ登場人物の多くが実名であり、フィクションとはいえ「明仁」や「美智子」といった表記にドキリとする。一個人が天皇に会いたいと思った時、何が出来るのか。(2022.03.20発行)
幸田文:著、青木奈緒:編『幸田文 生きかた指南』
平凡社 1980円
独特の感性で綴られたエッセイが並ぶ。たとえば避けられない不仕合わせを根に咲く花もあるとして、「私はこういうたちの幸福が好きなのだ」と言う。また本書の読みどころの一つが、新聞紙上での「人生相談」。著者は「手おくれでしょう」と厳しい一方で、悲観の材料よりも手持ちの希望に目を向けさせる。「点のとれるところをさがそうじゃありませんか」の言葉は、幸田文ならではの名言だ。(2022.03.25発行)