【旧書回想】
週刊新潮に寄稿した
2020年9月前期の書評から
杉本貴司『ネット興亡記~敗れざる者たち』
日本経済新聞出版 2200円
日本人のインターネット利用者が10人に1人もいなかった1990年代半ば、新たな産業の創生に挑んだ若者たちがいた。ヤフーの孫正義、サイバーエージェントの藤田晋、楽天の三木谷浩史、ライブドアの堀江貴文などだ。本書では彼らが体験した栄光と挫折の軌跡から、後に続くmixi、LINE、メルカリといったサービスの隆盛の裏側までを一望できる。いわばIT版「大河ドラマ」だ。(2020.08.25発行)
坪内稔典『俳句いまむかし』
毎日新聞出版 1980円
「同じ季語」で詠まれた新旧の俳句が並ぶ。その数、二百組で四百句。俳句読本としてシンプルかつ魅力的なコンセプトだ。たとえば春の章には種田山頭火「春の雪ふる女はまことうつくしい」と連宏子「春の雪語れば愛が崩れそう」。また秋なら東西三鬼「中年や遠くみのれる夜の桃」と三代寿美代「桃すする他のことには目もくれず」。毎日新聞で十年をこえる連載「季語刻々」から選ばれた。(2020.08.30発行)
筑摩書房編集部:編
『コロナ後の世界~いま、この地点から考える』
筑摩書房 1650円
「現在進行形の危機」である新型コロナウイルス。人間と社会の「これから」をどう捉えたらいいのか。12人の論客たちが寄稿している。免疫学の小野昌弘は「免疫の疾患」として冷静に分析する。精神医学の斎藤環は反復の可能性を踏まえて「インターコロナ」の世界と呼ぶ。そして社会学の大澤真幸は国家や経済の新たな姿を探っていく。問われているのは「どのような価値を守るべきか」だ。(2020.09.01発行)
中村桂子『こどもの目をおとなの目に重ねて』
青土社 1980円
生命科学を専門とする著者が、「生命誌」の視点から語りかけるエッセイ集だ。ロボットやAIなど機械論が氾濫する中、「人間は生きものであり、自然の一部」だと静かに訴える。グローバル化した金融資本主義社会が、生活者の願いとは逆の方向に動くこと。宮沢賢治の童話はこどもたちに「この世界ではあらゆることが可能」と伝えるために書かれたこと。こどもの目で人間と社会を捉え直す。(2020.09.10発行)
中野京子『中野京子の西洋奇譚』
中央公論新社 1870円
人はなぜ「怖い話」に惹かれるのか。平穏な日常からの一時離脱。苦境にある人にとっては現実逃避。ドイツ文学者である著者がどちらの望みも叶えてくれる。「ハーメルンの笛吹き男」に隠された底知れぬ残酷さに怯え、「ファウスト伝説」の基となった実在のファウスト博士の過酷な運命に震えあがる。さらに『エクソシスト』『タイタニック』といった「怖い映画」の異色ガイドとしても有効だ。(2020.09.10発行)
村岡俊也『新橋パラダイス~駅前名物ビル残日録』
文藝春秋 1760円
新橋駅前に2つの名物ビルがある。西口のニュー新橋ビル。東口は新橋駅前ビル。ほぼ半世紀前に建てられたビルの中は完全に昭和だ。「日銭って面白い」と笑う図書館司書だった立ち呑み屋のママ。母親が開いた西洋居酒屋を守る自称ぼんぼん息子。また焼きビーフンが名物の台湾料理店は有名人も特別扱いしない。新橋で働く人にはオアシス。訪問客にとっては大人の迷宮。それが新橋パラダイスだ。(2020.09.15発行)