碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

【新刊書評2022】5月前期の書評から 

2022年08月28日 | 書評した本たち

 

 

【新刊書評2022】

週刊新潮に寄稿した

2022年5月前期の書評から

 

坂 夏樹『危機の新聞 瀬戸際の記者』

さくら舎 1760円

著者は元毎日新聞記者。新聞がデジタル化の波に飲まれる過程を目の当たりにしてきた。しかも社内には問題点を指摘できない雰囲気があった。その結果、極端な人減らしで記者たちは孤立化。デジタル版ではニュースの価値より速報性や話題性が優先されていった。しかし真実とフェイクが判断不能の今こそ、「プロが練り上げた結晶の固まり」である新聞の可能性を信じたいのだと著者は言う。(2022.04.09発行)

 

伊集院 静『タダキ君、勉強してる?』

集英社 1650円

自分はいかにして今の自分になったのか。そこには導いてくれた「先生」の存在があると著者。しかも本書に登場するのは小学校や中学時代の恩師だけではない。広告制作会社のワンマン社長は「世のなか」の先生。競輪の車券師は「遊び」の先生。「作家」という先生では城山三郎など。そして高倉健は「友」という先生だ。「家族」もまた先生であり、書名は今も忘れない母の言葉からきている。(2022.04.10発行)

 

瀬戸内寂聴『遺す言葉~「寂庵だより」2017-2008年より』

祥伝社 1540円

「寂庵だより」は著者が編集長を務めた私家版の新聞。1987年の創刊時から書いてきた随想の書籍化だ。本書は晩年の10年分。新しい文章から過去へとさかのぼる構成だ。大病を乗り越えながらの執筆活動や東日本大震災への思いなどがリアルタイムで語られる。まるで読者も一緒に同時代を旅しているかのようだ。この本全体が、遺言を書かなかった著者の滋味あふれる遺言として読むことができる。(2022.04.10発行)

 

土方明司、江尻潔『リアル(写実)のゆくえ~現代の作家たち 生きること、写すこと』

アルテヴァン 3300円                             

人はなぜ「まるでそこにあるような」写実表現に魅かれるのか。2017年に開催された「リアル(写実)のゆくえ」展。本書は公式図録兼図書の第2弾だ。高橋由一などの絵画だけでなく、高村光雲や平櫛田中の彫刻や工芸作品も紹介している。さらに安藤正子ら現代作家の作品とエッセイも多数収録。フェルメールやレンブラントといった西洋芸術とは異なる、「日本の写実」の過去と現在が見えてくる。(2022.04.10発行)

 

谷川俊太郎『にほんの詩集 谷川俊太郎詩集』

角川春樹事務所 1980円

「にほんの詩集」シリーズの刊行が始まった。昭和から現在まで、現役で詩作を続ける谷川俊太郎がトップバッターだ。本書では「二十億光年の孤独」を始めとするポピュラーな作品はもちろん、初期詩篇の「僕と神様」や現代社会を活写した「底抜け未来」などの未刊詩篇も読むことができる。ネットやSNSのインフラ化によって、言葉が大量消費される時代。この詩集で「言葉の力」を再認識する。(2022.04.18発行)

 

蓮實重彦『ショットとは何か』

講談社 2420円

カメラを止めずに撮影された映像。その始まりから終わりまでが「1ショット」だ。「ショット」は映画の基本単位である。ショットが集まった「シーン(場面)」を分析する人はいても、映画をショットで語れるのは著者くらいだろう。「理論がいまだ映画に追いついていない」ことを前提に、グリフィス、フォード、ゴダールから小津安二郎までを引用しながら、ショットの持つ意味を探っていく。(2022.04.29発行)

 

内田樹:編『撤退論~歴史のパラダイム転換にむけて』

晶文社 1870円

なぜ「撤退」なのか。国力が衰微し国民資源が目減りしている現在、それは喫緊の論件だと編者。また政府も対策を決定しているが開示されないという。そこで16人の論考を集めたのが本書だ。政治学の白井聡は、民主主義からの撤退が不可能ならば、何を覚悟すべきかを語る。感染症医の岩田健太郎は「理性的な悲観論者でありたい」と自戒する。無謀な前進か、理知による撤退か。検討の価値はある。(2022.04.30発行)

 

柴崎祐二:編著『シティポップとは何か』

河出書房新社 2695円

シティポップは、80年代生まれの「都会的ポップミュージック」と定義されるのが一般的だ。しかし音楽ディレクターの柴崎は、より「多面的な存在」だとして本書を編んだ。たとえば山下達郎や吉田美奈子、角松敏生などの楽曲が、時代や世代を超えて支持され続ける理由を探っていく。ニューミュージックとの違い。「シーンメイキング」の機能。その衰退と展開の歴史は、一種の壮大な物語だ。(2022.04.30発行)