碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

新入社員諸君へ~作家・山口瞳さんからの伝言

2014年04月03日 | 本・新聞・雑誌・活字

この3月に卒業した元ゼミ生たちから、「入社式を無事終えました」というメールが届きました。ほんの数日前まで学生だった彼ら、彼女たちが、今、社会人と呼ばれ、新入社員と呼ばれています。

毎年、この時期に読み返すのが山口瞳さんの『新入社員諸君!』です。手元にあるのは、自分が社会人になった昭和53(1978)年の春に購入した角川文庫版。かなりよれよれですが、今年もページを開きました。

「新入社員に関する十二章」という文章があります。元々書かれたのが昭和38年頃で、今年の新入社員である皆さんにしてみれば、気の遠くなるような歴史の彼方、はるか昔かもしれません。

しかし、山口さん自身が文中でおっしゃっているように、「時代が変わっても、変わらぬ人生の知恵がある」と思うのです。

以下に、山口さんが十二章として挙げた項目を抜き出してみます。

1 社会を甘くみるな 勉強を怠るな
2 学者になるな 芸術家になるな
3 無意味に見える仕事も厭がるな
4 出入りの商人に威張るな
5 仕事の手順は自分で考えろ
6 重役は馬鹿ではないし敵でもない
7 金をつくるな 友をつくれ
8 新人殺しに気をつけよ
9 正しい文字を書き 正しい言葉をつかえ
10 グチを言うまい こぼすまい
11 思想を持て ビジョンを描け
12 節を屈するな 男の意地をまげげるな

これらを眺めるだけでも、かなり色々感じることがあるのではないでしょうか。

たとえば山口師曰く、「まず、会社へはいったら、学校とちがっていろんな人間がいることを知っておいてください」。

そう、キツネもタヌキも、オオカミだって生息するのが会社です。でも、だからこそ一人ではできない仕事も可能になる面白さがある。

また師曰く、「誠心誠意ではたらき有能な社員になってください。有能な社員とは、役に立つ社員のことです。そして役に立つ社員とは、何か自分のものを持っている社員のことです」。

これも至言です。いま“自分のもの”として何を、どれだけ持っているのか。新人じゃなくても常に再点検すべきなのです。

さらに山口さんは言います。「新入社員よ、ボヤキなさんなよ。ブウブウいうなよ。キミタチは新人なんだよ。一所懸命やれよ。勉強しなさいよ。勉強といってもいろんな勉強があるんだよ。それを知るのが勉強なんだ」。

社会に出ると自分がいかに無知であるかがわかってきます。そんな時、この言葉に励まされました。

とはいえ、皆さんには、まだ「なんのことやら」かもしれませんね。

でも、ちょっとだけ頭の隅に置いておくといいと思います。いつか、何かの形で心当たりがあるはずですから。

というわけで、我が教え子たちを含む新入社員の皆さん、しばらくは大変でしょうが、まずは「一人前」を目指してください。 

元気で!

チューリング、小津安二郎、小沢昭一

2014年04月03日 | 書評した本たち

かつて千歳科学技術大学での同僚であり、現在もまた、上智大学で同僚となっているのが、理工学部の高岡詠子准教授です。

その高岡先生から、新著「チューリングの計算理論入門」(講談社ブルーバックス)を頂戴しました。

超文系人間である私にとって、ブルーバックスは理系の敷居を少し下げてくれる、ありがたいシリーズです。

ページをめくっていくと、人間にとって「計算」とは何か、機械に「計算」をさせるとはどんなことか、といった具合に、コンピュータへとつながっていく試行錯誤が、わかりやすく書かれています。

さすが、計算機科学のエキスパートによる入門の書でした。




さて今週、「読んで書評を書いた本」は次の通りです。

大場健治 『田中絹代と小津安二郎』 晶文社

月村了衛 『機龍警察 未亡旅団』 早川書房

城内康伸 『昭和二十五年 最後の戦死者』 小学館

小沢昭一 『写真集 昭和の肖像<芸>』 筑摩書房

樫原辰郎 『海洋堂創世記』 白水社


* これらの書評は、
  発売中の『週刊新潮』(4月3日号)
  読書欄に掲載されています。


BPO「ほこ×たて」意見書への違和感

2014年04月03日 | メディアでのコメント・論評

フジテレビ「ほこ×たて」のやらせ問題に対して、BPOが出した「意見書」。

2日の日刊ゲンダイに、この件に関する記事が掲載されました。

その中で、解説しています。


「ほこ×たて」やらせ問題
「八百長勝負」を容認したBPO

昨年10月に放送が打ち切られたバラエティー番組「ほこ×たて」(フジテレビ系)が断罪された。

きのう(1日)、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会が、「制作過程に重大な放送倫理違反があった」とする意見書を発表した。

「矛」と「盾」が勝負をしたらどうなるか――だれもが見たい“真剣勝負”を提供し、人気になった対決型バラエティー。

ところが、昨年10月20日の放送は、戦ってもいない相手と戦ったかのように見せた。これを出演者が暴露し問題が発覚。BPOは「存在しなかった対決を作りだし、出演者や視聴者との約束を破った」と指摘した。

もっとも、BPOが考える“約束”は視聴者とずれているようだ。

意見書はバラエティー番組について、<制作者と出演者が協力して、ある種の「虚構」を作り上げ、それに視聴者が安心して身をゆだね、楽しむ、という二重の了解の上に成り立つ>と定義している。

要するに、作り手も受け手も「虚構」であることを前提にしているから、「虚構」の有無は問題にならないというわけだ。

対決前に勝敗決定?

例えば「ほこ×たて」は、なんと、対決前に勝敗を決めていたという。勝負はしているが、結果は八百長。それでもBPOは「二重の了解」が成立していたと問題視しない。

今回のケースは、出演者の暴露で制作者との協力が破綻し、「二重の了解」が崩れたことが問題との結論である。視聴者は八百長と知った上で対決を楽しんでいたという判断だ。

しょせんテレビなんてそんなものとシニカルに捉える人もいるだろうが、バラエティーであっても「真剣勝負」をうたうなら八百長は許されないのではないか。

上智大教授の碓井広義氏(メディア論)もこう言う。

「視聴者もバラエティーに演出があることは理解しています。ただし同番組の場合なら、フェアな戦いのための条件整備までと思っているはずです。結果も演出とは想像していないでしょう。虚構ではなく本当の真剣勝負と受け止めたからこそ、視聴者は支持した。それが同番組に数々の賞をもたらしたはず。“虚偽は了解されている”とする意見書には違和感を覚えます」


BPOの姿勢も問われているのだ。

(日刊ゲンダイ 2014.04.02)