『感性創房』kansei-souboh

《修活》は脱TVによる読書を中心に、音楽・映画・SPEECH等動画、ラジオ、囲碁を少々:花雅美秀理 2020.4.7

・社員教育の果てに(中―1)

2010年05月20日 20時12分05秒 | ■世事抄論
 
 S常務はその場にいた七、八人に、穏やかな口調で語りかけた。
 『仕事に関する話は、部屋でゆっくりやりましょう。先生も話し足りないことがおありのようなので……。30分後に私の部屋でいかがでしょうか?』
 筆者に向けられた表情には笑みがあり、思わずうなずいていた。

 『いいですね。私も参加します』
 そう応えたのはM課長だった。何人かの若手の肩を軽く叩いている。M課長はS常務と一緒に筆者主催の大阪講演会に参加した一人だった。そして筆者を今回の講師として強く推してもいた。

 “一瞬にして”その場は収まり、社員達はそれぞれの席に戻って食事を続けた。

 今振りかえるとき、S常務の“咄嗟(とっさ)”の提案と、それをタイミングよく受け止めたM課長にあらためて感心した。それは常務の温厚な人柄によるものであり、その人柄に全幅の信頼をおく課長の機転だった。

 30分後――。S常務の部屋(本来、社長との相部屋だったようだ)には、懇親会(夕食会)のときとほぼ同じ人数が集まった。だがその半数は新たに加わったメンバーであり、一、二を除けば全員がその年の新卒採用か若手クラスだった。

 『やはり“彼ら”は来ませんでしたね』
 M課長の言葉に、S常務は納得したようにうなずいた。

 “彼ら”とは「中堅・ベテラン」の男子社員であり、筆者に「苦言を呈した社員」もその一人だった。“彼ら”は「売買仲介営業部隊」の中心メンバーであり、大半が“中途採用組”という。

 ……ほぼ十年間、司法試験をめざしていたという三十半ばの社員をはじめ、前職は有名私立中学の社会科教師という社員。そして自衛隊の元幹部候補生や海外勤務を経験した元総合商社マンもいるという。

 それは『バブルの時代』を象徴する不動産業界への“中途参入者”でもあった。“彼ら”は上昇一途の不動産価格同様、引き下がることを知らなかった。“行け行けどんどん”の「営業部隊」であり、関西独自の文化を背景とする“海千山千の兵(つわもの)”と言えた。だがそういう“彼ら”を一人で束ねるM課長の手腕に、S常務も筆者もあらためて感心した。

 S常務は筆者に対してこのたびの謝意とさきほどの社員の非礼を詫びた。そして集まった社員に向かって、次のように語り始めた。

 『銀行マンである私には、不動産仲介の営業活動がどうあるべきかなど、正直言ってわからない。それでも先生が指摘された「優しい上品な営業マン」とは、お客様の側に立つ一人としてよく理解できる。それは一言でいえば、自分に関わる全ての人に“人間そして常識人として、当たり前のことを当たり前に実践できる人”のことだと思う。しかし、このもっとも基本的なことが、残念ながら当社の営業マンことに中堅・ベテラン諸君に一番欠けているように思えてならない』

 次第に真剣さと熱を帯びていくS常務の言葉に、誰もが惹きつけられていった。

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