福岡に戻った翌日。兄弟三氏とS常務、それにM課長他数人の社員諸君に礼状を送った。
数日後、三兄弟の連名による公式の礼状が届き、少し遅れてS常務のハガキが届いた。だが気になっていた“会社のその後”については“ひとこと”も触れられてはいなかった。
それから約三か月後、ようやくS常務から長文の書簡を貰った。書簡は「前篇」と「後篇」に分かれ、まず『近況のご報告』と書かれた前篇に眼を通した――。
……研修後、あまりにも多くのことが目まぐるしく続き、書簡を送るタイミングを逸したようだ。「緊急役員会」(三兄弟とS常務)や「部課長会議」が何回も開かれ、そのたびに数多くの議題が俎上に上ったという。
ことに経営方針の変更や物件の買取・販売をめぐっては、「銀行と会社の間」、「三兄弟の間」、さらには「社員同士の間」に“三つ巴”の≪α……、β……、θ……≫が生じ、微妙なバランスを保ちながらも複雑に絡み合って……と、表現が“ぼかして”あった。
≪αβθ≫に当てはまる一文は、おそらく≪駆け引き……、対立……、妥協……≫という趣旨のものが入るのだろう。「守秘義務」により詳細を明らかにできないという慎重な表現は、誰一人傷つけまいとする抑制の効いた文章だった。
後編の『QCへ向けて』には、筆者が一番知りたかった“会社のその後”に関することが述べてあり、同封の「QCレター(社内報)」を先にご覧くださいとあった。
「QC(=quality control)」とは、当時流行(はや)った「品質管理運動」であり、「社内報」はついひと月前に発行されたばかりだった。
社内報は語る――。
……その1:社内外での服装・言葉づかい・運転マナー等の見直しと改善のためのチェック。
その2:社内外の「清掃整備」を徹底的に行うとの宣言とローテーションの確立。
その3:社内での「喫煙時間帯」と「喫煙コーナー」の設置。 その4:会社車両内での「禁煙」の徹底。
非喫煙者への配慮は、20年前の“当時として”は案外しっかりしたものであったようだ。
『QC』のきっかけが、あの“寝泊部屋”の一件にあったことは言うまでもない。そして、それに関しては次のようなS常務の『ドラマチックな述懐』があった。
……“あの時”つまり「ルームメイクの女性」に『社員たちの寝泊まりした部屋』を見せてもらったことは、私にとって“ひどい衝撃”でした。部屋の様子に衝撃を受けたというだけではなく、私と一緒に部屋に入った彼女が、私以上に驚いた表情をしたからです。ことに「若手女子社員の部屋」を見た彼女の戸惑いは、明らかにホテルの従業員という立場を離れたものでした。私は思わず、『社員教育が行き届きませんで』と彼女に頭を下げていました。
ところが彼女は、『とんでもありません』との言葉を返した後、いろいろなことを語ってくれました。
彼女は、ホテルの近くに住んでいる主婦であり、数日前からパートで働きに出た方でした。同じような年頃の娘さんがいるとのことであり、それだけに母親として考えさせられるものがあったようです。
ルームメイクの彼女からそのことを打ち明けられた瞬間、私は閃きました。眼の前の《部屋の状況》と《彼女との出会い》を“活かさなければならない”と……。