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好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

ニホン語日記

2023-10-12 19:28:37 | 読んだ本

井上ひさし 1996年 文春文庫版
これは先月の古本まつりで均一棚で見つけて買った文庫。
著者の日本語に関するものは、大昔に読んだ文法のものや、最近読んだ日本語相談などで、まあおもしろいに違いないと見込めたんで。
単行本は平成5年で、初出は「週刊文春」で平成元年から四年ころの隔週連載ものだったらしい、そういえば文中にリクルート事件とか消費税とか時代を感じさせる事柄も出てくるね。
読んで気づかされたのは、著者は、古来由緒ただしき言葉の文献なんかに詳しいとかってんぢゃなく、現代のおもろい日本語を探す取材精神が旺盛だってことだ。
>この一年、新聞や、その新聞に折り込まれてくる不動産広告をせっせとスクラップブックに貼り付けている。動機は、不動産広告ぐらいおもしろい読物はめったにないからである。(p.35)
って章では、現代の枕詞的ものとして「羨望の」とか「人気の」ってのが流行ってるとか、「フットワーク」とか「好立地」が出て来たら都心と距離があって足回りが不便だとか、「いま(今)」ってのをコピーに織り込むのも好まれているなんて分析している。
>七月の参院選や都議選にそなえて、各政党が選挙用の政策パンフレットを配りはじめた。付言するまでもなく、政策や候補者は商品の一種である。(略)買い手(主権者)は、売り手(政党)の効能書をくわしく読む。(略)売り手側はありとあらゆる美辞麗句を並べて買い手の歓心を買おうとする。その美辞麗句集が、この選挙用のパンフレットなのである。(p.41)
って章では、公明党と自民党はほとんどおんなじようなものだが、自民党の文体には危機意識があって「今こそ」「今や」が乱発されてるが、これはリクルート事件なんかあったけど自民党を見放すと大変ですよと言ってるようにみえるという。
一方で社会党の文体は楽天的な感じがして、文末が「確立していきます」とか「守っていきます」とか「進めていきます」と、「していきます」調が多くて、そんな簡単にいきますかと言いたくなるのは、「単彩で弱い文体だから」と指摘する。
>九月初めのある夕方、新宿に出る機会があったので、ついでに小一時間ばかりかけて、繁華街のボックス公衆電話を経巡って歩いた。目当てはテレフォンクラブのピンクビラ集めである。
って章では、新宿のビラは渋谷や池袋とかに比べて写真がないしデザインが野暮ったいけど、そのかわりコピーに力作が多いので蒐集しているなんつって、
>《インド四千年の歴史があなたの出会いに力をかします》(マハラジャ)
>レトリックでいうと誇張法だろうか。(略)
>《そう美人が揃っているわけではありません。また、やさしい女(こ)ばかりいるわけでもありません。でも、みんな一途です。それだけが取柄です。》(純)
>控え目にいいなから結果はうんと戦果を挙げてやろうという高級なレトリックである。むずかしくは緩叙法という。
などと例をあげて、ほかにも列挙法だとか頓絶法だとか真面目にレトリックの分析をしてくうちに、ついには、
>話は突如として大袈裟になるが、文学とは、まず、言語の特別な使用である。ここまで見てきたように、新宿のピンクビラの作者たちは知ってか知らずかレトリック術を総揚げして、言語の特別な使用法を心掛けているらしい。とすると、新宿駅周辺百ヵ所のボックス電話には、一夜かぎりの文学が栄えていることになるのかもしれない。(p.69)
なんてことを言い出し、正確な語り方ってだけぢゃなくて、言葉を効果的に使う語り方も必要なんぢゃないかって潜在意識みたいなもんが、こういうものを面白いって思うんぢゃないかと、とんだ文学論を展開するに至る。
ほかにも、約1300あるという早稲田大学のサークルの新人勧誘文を集めたものを熟読して八傑を選んだりとか、非常に研究熱心なんだけど、そんなことしてて肝心の小説とか戯曲の締め切りは大丈夫なんかいと余計な心配をしたくなっちゃう。
それにしても、以前にほかの本を読んだときにも思ったんだけど、頼もしいというか、とても参考になるのは著者の日本語に対する態度だよね。
絶対に正しい言葉づかいをしなきゃいけませーん、なんてことは言わない、言葉は使ってくうちに変わってくもんだからしょうがないでしょ、みたいなスタンスが余裕あって、とてもいい。
本書でも、外来語が多すぎるんぢゃないのという世間一般の疑問みたいなもんに対し、
>しかし、これも成り行きなのだ。いや、海外との交流がさかんになり、新知識や新情報がつぎつぎに生まれ、外国語教育が普及しているのだから、外来語だらけになるのが当然、ならなければかえってフシギというものだろう。そして日本語が壊れるということは決してない。外来語は、その原籍地で活用語であっても日本語に入ってくると名詞化する。つまり、外来語には名詞以外の品詞はないのである。(略)日本語の文法体系は無傷なのである。この大原則が侵犯されそうになったら、そのときは大騒ぎをすればいい。そう構えて、あとは一人一人が自分の趣味や信念で日本語を運用すればいい。(p.132)
といって、語彙が動いてるくらいでは問題ないとする、たしかに漢語ももとはといえば外から来た言葉だしねえ。
あと、方言についてとりあげた章では、話し言葉について、
>世の中にはできるだけたくさんの話しことばが存在していた方がいいと筆者は考えている。軽薄な言い方になるがその方が「おもしろい」と思う。(p.288)
なんて宣言して、それぢゃ言葉が乱れて困るのではないかという読者の疑問に対し、
>(略)さまざまな話しことばの氾濫が許されるのは、その底にしっかりした書きことばが存在するからである。小さくはこの「週刊文春」の一つ一つの記事の文章、大きくは詩人や小説家や劇作家たちの文章、それらの文章に、練り上げられた書きことばの勁(つよ)さ美しさ正確さがあれば、わたしたちの日常の話しことばが、どんなに多様で無茶苦茶であっても構わない。きちんとした書きことばが乱脈な話しことばの重しになるからだ。(p.290)
と整然とした答えを語る、これは文章書くことに、勁く美しく正確な文章書くことに、自信があるからいえるんだろうねえ。
各章の見出しは以下のとおり。
マニュアル敬語
ボディ敬語
説明文の伝達度
Xの魅力
不動産広告のコピーは、いま
漢字の行列
利益のやりとり
ゆれる言葉
現地の発音
ピンクビラの文章
△△から〇〇目
テンとマル
伝言板の研究
ラブホテルのらくがき帳
二つの時代
平仮名名前
大学サークルの勧誘文
名前のつけ方
プロ野球選手座右の銘十傑
外来語の問題
いわゆる「桑田問題」について
ふたたび「桑田問題」について
スポーツ紙の見出し
池波さんの振り仮名
このごろの愛読書
昌益先生の辞典
横浜中華街の屋号
ロックの歌詞
創氏改名
ステレオタイプ
成田空港の不愉快
言葉殺し
Janglishについて
カタカナがわからない
排米主義と拝米主義
おはようございます
待ったなし
役所言葉
JAPANとNIPPON
奇妙な音
いわゆる「湘南問題」について
カタカナ先習
「三」でくくる
わたしの「婦人問題」
牛歩論
ヒギンズ教授と坊つちやん


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