ゲームホリック

ゲーム大好きぃ!!でゲーム脳なのであること無いこと書き散らします。

表現の幅

2009年07月20日 | ゲーム
次世代機と呼ばれたゲーム機も時間を経て、現行機になり過去のハードになります。それほどにゲームの進化は速度的で、ムーアの法則の如く性能は天井知らず上がって行くと信じられてましたし、僕も信じてました。しかしムーアの法則自体否定されかねないような袋小路に入りそうなゲーム業界です。

ゲーム業界はアホのボンボンだと最近思い始めました。キリンを描くのに24色あれば24色全てを使ってキリンを描き、3万色あれば3万色全ての色を使ってキリンを描くような。それは比喩というか、ゲーム全般における全てに通じるように思います。例えばプラチナゲームスの『MAD WORLD』を見ると何で今までこういった表現が出てこなかったのだろうと、主にその色の表現をして思うのです。まぁおそらく『Sin city』あたりがネタ元な気がしますが、それでも。

もちろん再現だったり、回顧シーンであればモノクロームを用いた表現はありました。でもそれをグラフィックノベルっぽくするための”手段”としてモノクロームを用いるって今までにあっても良かっただろうにと言う表現です。別に次世代機でなくても、プレイステーションでもサターンでもファミコンでも出来たことです。モノクローム表現と言う意味では。

こういうことが全般にあります。もっといろんな設定や世界観がテレビゲームの世界では使い古されていない形で未だに残されています。でもほぼ誰も手を付けない。需要が無い、市場が無いというのが良い訳なんでしょうが、それにしてもそれじゃ市場が先細ってもしょうがないですねっ、という感じです。せっかく広い世代に行き渡ったWiiもDSも健康器具と同じ末路をたどる気がしてしまいます。


そしてプレイステーション3もXBOX360も。