2021年7月3日(土)
最近、聖地神河のガイドを申込される方が増えてきました。
先日も北海道から2人、石川県から一人、合計三人の方々が申込されて、内藤さんが案内されたようです。
なにせ遠方からですから、卑弥呼の墓とイエス・キリストの墓を一日で行かれたとのことでした。
今日もお三人様がお申込みされているとのことで、私が秘境へとご案内したいと思っています。
あいにく雨にもなりそうな天気模様ですが、ダビデの墓とソロモンの墓へとお連れしたいと思っています。
そうそう、ダビデ王の墓への登り口には、宝珠岩もありましたねぇ。
みなさんには、にわかに信じられないでしょうが、この日本は素晴らしい国で不思議に富んだ国なのです。
それは、行ってみて初めて分かることです。
本当の高天原もそこに存在しています。
そこに入り込めば、そこにいつまででもいたいと思うほどに素晴らしい情景がそこには遺されています。
ダビデ王の墓とソロモン王の墓には、石室が存在するかも楽しみの一日です。
雨が降れば雨の情景でしか見えないものもあることでしょう。
2019年6月2日(日)
久々のセミナーには、沢山の方々に来ていただきました。 ありがとうございました。
時間的に一番遠方のかたは、和歌山県の新宮市からとのことで、「朝、7時半に出まして・・、4時間半かかりました」と。
本当にありがとうございました。
・・ところで、「どうして又、新宮からなのだろう・・、どのようなメッセージがあるのだろう」と、私は新宮市の歴史や空海様関連をネットで調べました。
そこから浮かび上がったものは、新宮市の「宝珠寺」。和歌山にはもう一つ宝珠寺がありました。
それで、地理院地図に二つの宝珠寺をプロットして点と点を結んで線を引きます。 そしてその線を北西へと延長してそのライン上に何かを調べると・・・浮かび上がったのが「高星山」。
それで、地理院地図で「高星山」で検索をかけると・・、ブルーの旗が和歌山県にも立ちました。和歌山県の高星山は重大な意味を持った山です。
そして奈良県の広陵町にも立ちました。三つのブルーの旗は直角三角形に近い形を描いているので、真剣に広陵町の歴史と空海様関連を調べると、浮かび上がったのは、「百済寺」でした。
又、セミナーが始まる昼前、初めての男性の方が来られて、私にわたしてほしいと一枚のコピー用紙を届けに来られたとのことでした。
そのコピーをみると、これも又、和歌山の笠田にある宝来山神社の名が書かれていました。 そしてそこには、和気清麻呂の名も・・。
これはもう、重要なメッセージが込められているので、セミナーが始まる前に、地理院地図にプロットしていくと、数分もかからずに、宝来山神社 京都帝釈天 宝珠岩の三点が綺麗な直角三角形で結ばれました。
これはもう、感動の瞬間でした。
それで・・セミナーので出しは、「和歌山」からのスタートでした。
コピーを届けていただきました男性の方、大事なメッセージを届けてくださり本当にありがとうございました。感謝いたします。
これらのことを思うと、本当にみんなで「かごめかごめ」の謎解きをやっているという気がします。
かなりここまでくればゴールに近い感じですが・・、ドラマはどのように展開していくのか楽しみでもあります。
来月のセミナーは、天武天皇と斉明天皇とのご対面の話が予想されますが、どのような展開になりますやら・・。
2019年1月14日(月)
福知山市大江町の日室ヶ嶽の磐座探索-3 山頂付近のストーンサークル
福知山市大江町の「日室ヶ嶽」の磐座が教える場所は、宝珠岩が教えるホテルリラクシアの中庭である。
武部さんが写している磐座は、王様を表す烏帽子岩であり方位石です。
2019年1月8日(火)
ヒストリーチャンネルの「古代の宇宙人」を見るのが好きな私ですが、日曜日深夜まで見ていたら・・。
「古代の宇宙人(シーズン11)-ダ・ヴィンチ禁断の暗号」で、
レオナルド・ダ・ヴィンチが画いたイエス・キリストの肖像画であるサルバトール・ムンディについてのことが語られていました。
それは・・、イエスが菩薩像と同じように描かれていて、左手には宝珠を持っていると・・。
そしてその宝珠に映る三つの光は、オリオン座を表していると・・。
ウトウト眠りかけていた私は、エッ!と思わず聞き入り目を覚ましました。
レオナルド・ダ・ヴィンチは、イエスにまつわる秘密を知っていた!と言うことです。
そうなのです。菩薩はイエスであり、イエスは宝珠を持っていて、このことはモーセの教えを引き継いでいます。
すなわち菩薩はモーセでありイエスなのです。
イエス・キリストの墓は、地表に降ろされたオリオン座のベテルギウスにあることを告げています。
世界中でイエスの墓を探していることでしょうが、近畿に降ろされた巨大なオリオン座で一番大きく赤く輝くベテルギウスの場所に造られたことが語り継がれているのです。
そのイエスの墓は、聖地神河の山頂で標高833mの地点に造られた墳長250mほどで、ベテルギウスを表す赤い土だけで造られ、その横にはイエスを表すハートの丘が造られていることが証拠です。
語り継がれていたことをダ・ヴィンチもサルバトール・ムンディに描き残したのです。 これだけの重大な秘密を描いた画ですから、2017年11月15日にクリスティーズのオークションにかけられ、手数料を含めて4億5031万2500ドル(当時のレートで約508億円)で落札されたことも、おおいに神仕組みと言うことのようです。
全てはシンクロしています!
イエスの陵墓の近くの宍粟市の山には、宝珠岩もありました。
宝珠岩の場所を教える庭田神社もありました。
イエスの墓を教え、狼(大神)を祀る岩上神社もありました。
先日、射楯兵主神社で祈るとイエスの陵墓に手を合わせるようになっていると書きましたが、
ここまで明らかになると・・、
播磨国一宮である伊和神社一帯が伊和族の本拠地ということですが、伊和は岩であり石であり、ペトロも石であり岩であり、・・と考えると、イエスの12使徒の一人ペトロの子孫が伊和族であり、伊和大神は、ペトロだったと言えるような思いがしてきました。 意外とそうかもしれません。
・・だとしたら『播磨国風土記』の中の宍禾郡に、伊和大神が国を造り堅めたとあるのは、大国主命=イエス・キリストのもとで弟子のペトロが国土経営をしたということでしょう。大国主命は葦原志許乎命とも呼ばれていましたね。
トマス タダイ に続いて、ペトロで3人となりましたね。
宝珠に映る三つの光は、ベテルギウスとメイサ、ベラトリクスですね。
2018年12月22日(土)
武部さんは宍粟市の宝珠岩から大阪府太子町の「神山(コウヤマ)」が気になると言っています。
宝珠岩から正福寺までと赤穂の宝珠山までとは47㎞と同距離で、それで私はメッセージと思い、赤穂の宝珠山から神山までと御神山までの距離を測ってみると、117㎞と同距離です。
不思議な感覚です。
宝珠山と正福寺と御神山の三点を結ぶと、54度 36度 90度の正五角形の一部となる直角三角形を描いていました。
それで、その三角形を元に正五角形を描きだすと、即座に正福寺と宝珠山とのラインで御神山の対照地点を求めると、なんとそこには「行基の墓」がありました。
宝珠山から御神山までの距離も、行基の墓までの距離も同距離で、「えっ!」と驚きです。
そして高知のポイントには、今は在りませんが、地名としても残るぐらいの行基が創建したという「円行寺」があったことを知ることになりました。
御神山と行基の墓との間には宝珠山があり、この宝珠山から神山までとの距離はみな同じで、宝珠山のすぐ下には、秦河勝の墓である生島が綺麗に眺められる宝珠山妙見寺があります。
ここのお寺は行基の開基で、空海様も来ている大事な場所で、神仏習合時代は宝珠山麓に鎮座する大避神社の神宮寺でもあり、同神社と祭神である秦河勝とは縁が深い寺であったとのことです。
そして、建物の蛙股には東西南北の方角に合わせた十二支の彫刻が目を楽しませてくれます。
ここから眺めることの出来る瀬戸内の眺望は、生島、宝珠山霊場、大避神社と併せた坂越のパワースポットとして注目されているようです。
私以前、市川慎さんに妙見寺に連れて行ってもらいましたが、そこから生島や瀬戸内を眺めていたら、秦河勝と行基と空海さまは同じ血筋だと響いてきました。
2018年12月15日(土)
宝珠岩に向かって手を合わせると・・丹後半島にあるモーセの墓から御霊を移し替えた陵墓に手を合わせるようになっていた。
御霊を移し祀った場所は、ホテルリラクシアの中庭の小高い丘である。
このポイントと、モーセの墓と和気清麻呂開基の京都帝釈天は見事に正三角形を描きます。
そして、書写山円教寺の摩尼堂で手を合わせると、なんとこのポイントに手を合わせるようになっています。
まだあります。
雪彦山の東麓にある鹿野神社で手を合わせる先が、見事にこのポイントに手を合わせるようになっています。
宝珠は象徴的なモーセを表す専売特許のようなものです。
下の二枚の画像は、武部さんが宝珠岩の掃除をしたときに撮ったという写真です。
七種山(なぐさやま)・七種滝一帯が道教の本当の聖地でした。
2018年10月19日(金)
いつもそうなのですが地元に泊まるということは、ネット上にも出ていない伝承や歴史などを教えてもらえるところにあります。
宍粟市一宮町には由緒ある神社が、伊和神社と庭田神社ということを宿のご主人に教えてもらい、伊和神社は数回今まで行っているので、二日目の目指すポインの道中にあるようなので庭田神社へと立ち寄りました。
先ず私の目に飛び込んできたのは、祭りをしらせるノボリにあったメノラーの神紋でした。
テレビでもとりあげられた元駐日イスラエル大使エリコーヘンもユダヤの紋章だと驚いた徳島の倭大国魂神社の神紋でした。
そのユダヤの紋章をよりダビデの星にしたように想像させるメノラーの紋章でした。
そして武部さんが、「亀石もありますよ」と。
そして・・んん!? ん??
鳥居をくぐって門に立ったとき んん!? 何これ!? ・・なんです。
今まで沢山の神社を見てきましたが、このような配置になっているところは初めてでした。
境内を見せないような造りといいますか、門からは何が見えるか・・本殿でなく、亀石に頭を下げるようなっていますよ。
亀さんに・・。
この亀石こそが大きな日本の歴史の真実を知っていましたねぇ。
亀さんは、コンパスグラスで152度方向を教えていました。
この方向には、十字架の山がありますし、その先には綺麗なベンチマークの山である千鶴山です。
十字架の山は、イエス終焉の地である備前の穂波から神河町南小田山頂にあるイエス・キリストの墓を結ぶライン上にありました。
この亀石と千鶴山とイエス・キリストの墓の三点を結ぶと、3:4:5の直角三角形である大矩が出来上がります。
大矩は、ピタゴラスの三角形の中でも、基本中の基本と言える三角形です。
亀石とイエスの陵墓を結んだラインの先には、キッチリと卑弥呼の陵墓が在ります。
まだその先には・・、間違いなく卑弥呼の陵墓の位置だしをしたと思われる障子岩が在ります。
偶然でしょうか・・。
亀石に手を合わせたら、次は本殿に手を合わせますが、この本殿がどこを向けて造ってあるかと言えば、四国の剣山です。コンパスグラスで206度。
人は何処に手を合わすかと言えば、一宮町福知にある荒神淵の真北山頂608mになりますから、人々はイエスの陵墓を教える大岩の荒神淵に手を合わすようになっていると言って良いでしょう。
もっと言えば、そのラインの先は、円山川の河口にある津居山に行きます。
ここはもう日本海です。
実は
イエス・キリストが最初に日本にやってきたのは22歳の時で、日本海側の現在の津居山湾から円山川を上がってきて生野、神河へとやってきたと教えられていました。
そしてイエスは日本各地、伊勢にも行ったりして28歳で日本を離れ、船でインドまで行って、陸路故郷キルギスへと帰った時は29歳て、そこからイスラエルへ向かいますが着いた時は31歳だったということです。
彼は2年間イスラエルに居て33歳で十字架にかけられましたが、そこで死ぬことなくアカバ湾から船で日本まで運ばれ、太平洋側から四国徳島の剣山に連れてこられて、剣山の西側にある三嶺で傷ついた心と身体を癒したと教えられました。33歳だったということです。
このように教えられていた私でしたから、庭田神社本殿の向きが、兵庫県豊岡市津居山と徳島県の剣山を結ぶライン上にあるのには驚くばかりです。
津居山と言ってもあまり馴染みがありませんが、この近くには最近、海外からの旅行者が急増しているという城崎温泉があります。
もうあまりにも常軌を逸している気さえもしますが、あまりにも出来過ぎているのです。
完璧なのです。疑う余地がないのです。
日本酒発祥の地とされる「庭田神社」には、日本の歴史の真実が秘められているようです。
本格的な相撲の土俵作りをされていました。
行ったその日は、別の場所で日本酒まつりをやっていたので、そこの屋台でお腹を満たすことにしました。
この田んぼの造りも意図して造られています。
川をもっと高度を上げて川の蛇行を全体的にみていくとよくわかります。
そして武部さんも同じことを理解されて居られるように、縦のラインは宝珠岩を教えていますし、その直角方向には、高野山の弘法大師廟がピタリと位置しています。
これは空海さまが、「私がやった!チーム空海でやった」と言っておられますね。
そして・・「宝珠を形どっているんですがね・・」と言っておられますよ。
下の写真は武部さんのブログから・・
ほら、そう見えませんか。 聞こえてきませんか。
下は、円山川の河口にある津居山の地図ですが・・、この島に記された数字が面白いですねぇ。
159. 73 113
・・このメッセージの解読は、
「異国の国から波に揺られてイイーサの王(イエスのことです)がこの地に着いた山だ」と言っておられますよ!
神様はいつも非常に面白くユニークなのです。
2018年10月17日(水)
武部さんが熊ノ原の乙女岩は、宝珠だとブログに書きましたが、本当に宝珠岩なのでした。
乙女岩のプレートは、宝珠岩としましょう。
実は、赤穂に秦河勝のお墓である生島がありますが、その北側に宝珠山があります。
また、鳥取県の大山町にも宝珠山があります。
この西北西麓にはモーセが生まれたという大神山神社奥宮があります。
この二つの宝珠山からほぼ87㎞と同距離の位置にあるのが、湯村温泉にある正福寺です。
正福寺には沢山の宝珠がありました。
偶然でしょうか。
この正福寺と、赤穂の宝珠山とほぼ47㎞と同距離に位置するポイントにあるのが、熊ノ原にある宝珠岩なのでした。
これらが全て偶然で起こりえる確率とはどのようなものでしょう。
これは必然であり、計画的所作以外のなにものでもありません。
乙女岩?? ・・ 何を想像されようとも自由ですが・・、先人たちの想いは間違いなく「宝珠」でした。
このエリアには、もっともっと凄い秘密が隠されていて、この地に世界中から大勢の人たちがこれからやって来られるのですから・・。
正直このような宝珠つながりの発見には私自身おどろきを隠せません。
もう誰かがどこかで私を操っているとしか考えられません。
昨日16日は宍粟市一宮町二日間の探索の整理をしていましたが、ちょっとした興奮状態でした。
宝珠岩がある場所は、兵庫県宍粟市一宮町 福知 です。
最年少記録でオセロの世界チャンピョンになったのは 福地 君。
「こんなことってあるのだろうか・・」と。
全ては神様の計画によって何無駄なく布置されている世界がこの世のようですよ。
無駄無意味なものは何一つないということです。
いち早く福の地を知りましたか、 宝珠の意味も・・と。
聖地巡礼ツアー第16回 「イエス様の命日・宝珠の旅」
ノアの箱バスの空席は、あと6席となりました。