「中学同級会のつづき」 ということになりますが山のことは書き残しておき
たいことです。 信州の山といえば北・南アルプスとか浅間や乗鞍、駒ケ岳な
どがまず出てくる名前でしょうが、私にとっての信州の山は上田盆地を囲む
小さい山々です。
なかでも太郎山と小牧山は私の「ふるさとの山」です。 そういえば、と何
時もkaeruがつぶやき出すと思い出すことがあって、今回も本のこと。 以前
上田へ行った時 『太郎山より愛をこめて』 という本を買って帰路バラバラ読
んでそのままになっていたのを思い出しました。
この本は 「河原五郎治遺稿集」 とサブタイトルが付いていましたが、その
人を知って買ったわけではありません。 ただ太郎山の名に引かれて手にし
自分の本棚に置いておきたくなったのです。
河原みやさんの「あとがきに代えて――夫・五郎治のこと」 によると、昭
和23年、長野県に “ケリー旋風” と呼ばれた教員への弾圧により教職を追
われた経歴をもった教育者でした。 その後小学校に再就職し退職後は、自
分の志=権力には決して妥協せず自分の意志を貫く=に忠実な自由な生き
方のなかでのさまざまな思いや見聞を綴ったものがこの本のもとになってい
ました。
そうすると、内容にも気が引かれて入手したのかも知れません。 今、「恋人
は太郎山」 から始まるこの本の中身の豊かさに目が行きがちで、キーボード
への手の動きが留守がちになります。 例えば、「年頭所感」=「1985年1月
7日、満75歳を迎えた。これを記念して太郎山へ登る。元日についでこれが
二回目である。」 または 「いつまで登り続けられるかわからないが、死んだら
骨を灰にして太郎山のあちこちにまき散らしてほしいと思っている」など。
そう書いた1986年から9年後、氏は85歳の生涯を突然閉じています。
死を予期して書いたのかと夫人が紹介している一文より、「遺骨は砕いて粉
にし、その一包を太郎山に散じ、その他の粉骨は千曲川と犀川に投ずべし」