怒りのメゾフォルテ

娘を奪われました。二度と帰ってきません。奪った人たちの対応に怒りが募ります。

8月21日 最悪 だった市教育長の第一印象

2011-08-21 06:30:01 | 市教委に対して
市教育長との初めての接触は、昨年の事故翌日のビジネスホテルでだった。
娘を一刻も早く、自宅に連れて帰ってやりたい という親の私達の思いは、
司法解剖という、普通では考えられない言葉に遮られた。

着の身着のままで、自宅を出て、マスコミの多さに自宅に帰ることもできなかったその夜
警察と事故を起こした隣県の教育委員会が用意した、マスコミには極秘のビジネスホテル。

朝3時には校長が
日が明るくなり、隣県の事故を招いた民間委託先関係者が、次々と謝罪に来た。
土下座し謝罪する民間委託先所長。

そんな中で、市教育長も謝罪に来たと思いき、
軽い謝罪の後、ホテルの私達の座るベットに腰かけ、何か親しげに話しかけてくる。
しかも返り際に言った言葉が「あ り が と う」(時間を取ってくれて?)


翌日の新聞には、その時の教育長が話した言葉と 悲嘆に暮れる親の様子が、掲載されていた。
教育長と私達、3人だけの会話が、なぜ新聞に

初めての月命日の市教委弔問時に、教育長が
「○○新聞の○○なら、(私達も)取材に応じてやってもいい」と言った


なんなの?これ?新聞社との癒着???



明日夜、また市教育委員会の月命日弔問、毎月のバトルのような弔問がある。
外目には、遺族に誠心誠意、14ヵ月もよくやっている教育委員会って 思われているんだろうな。

  


最新の画像もっと見る

コメントを投稿