折にふれて

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The Remains Of The Day(日の名残り)

2019-03-15 | 折にふれて

3月9日の空倶楽部、琵琶湖の夕景に「日の名残り」というタイトルをつけ、

それがカズオ・イシグロの小説 The Remains Of The Day からの拝借だったことを白状した。

借りたものは返さなきゃ...。つまり今回は小説「日の名残り」の話。


Sony α99  F2.8G/70-200㎜ (f/2.8,1/800sec , ISO100) 

 

舞台は1956年のイギリス。

執事という仕事に人生をささげてきたスチーブンスにかつて同僚だった女性ミス・ケントンから手紙が届く。

彼女の苦境を知ったスチーブンスは彼女を訪ねる六日間の旅に出る。

スチーブンスとミス・ケントンが共に働いたのは20年前。

当時、スチーブンスが仕えたダーリントン卿は政界に強い影響力を持つ国の重鎮。

要人の来訪が絶えず、屋敷では数十人の使用人が働いていた。

その使用人たちを束ねるのがスチーブンスで

ミス・ケントンは女中頭として彼の高潔な仕事ぶりを尊敬するとともに彼を懸命にささえていた。

やがて、二人の間には師弟関係を超えたほのかな思慕が芽生えはじめるのだが、

ふとした気持ちのすれ違いからミス・ケントンはスチーブンスのもとを離れてしまう。

そんな過去を回想しつつ、そして、旅の先々で出会う人たちのこと、

さらには執事という仕事についての職業観(人生観でもある)などが、

スチーブンスが一人称で語る物語に散りばめられ、上質な文章として綴られていく。

淡々とした展開にもかかわらず、

読み手のボルテージはふたりの再開シーンに向け、否が応でも高まっていくのだが・・・。

結局、ふたりの間には何も起こらなかった。

かつての「思慕」を互いに確かめることすらなかったのだ。

ストーリーに期待するなら「もの足りない」ということにもなるのかもしれない。

けれども、カズオ・イシグロは物語の締めくくりとして

なんとも味わい深いラストシーンを用意してくれている。

ミス・ケントンと別れたのち、スチーブンスが海辺の町で「日の名残り」を眺めている。

その時、ひとりの男がスチーブンスに近寄り、そしてこう語りかける。

「人生、楽しまなくっちゃ。夕方がいちばんいい時間なんだ。

 のんびりするのさ。夕方がいちばんいい。」

 

話は変わるが...。

「日の名残り」はアンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソンの主演で 

映画化されていて、私は映画を先に観てから小説を読んだ。

ありがちなことだが、小説が映画化されるとき、随所で登場人物や設定が変更されたりする。

この作品にしてもそう。そして、そのいちばん大きな違いはラストシーンだった。

映画では、ふたりは別れの前の黄昏時を共に過ごす。

次第に昏くなる空。桟橋を照らす明かりが灯るとともに上がる歓声。

映画ならではの映像美でふたりの別れを演出していた。

「いぶし銀のようなラストシーン」だと、その時は感じた。

しかし、小説を読んで思った。

ふたりが別れてしまった後の海辺の町で、男が「夕方が1日でいちばんいい時間」と

語りかけるラストシーンのほうが映画以上に情景的ではないだろうか、と。

そして、さらに思った。

このラストシーンこそ「なにも起こらなかった」ことに対して、

カズオ・イシグロが仕掛けたカタルシスではなかったか、と。

 


なんとなくの選曲。

Still In Love With You    Sade

原曲はイギリスのロックバンド、シン・リジィ 。

荒削りな中に哀愁が漂いオリジナルtとしての良さもあるのだが、

より洗練されて曲の美しさが際立っている点ではシャーデーのカバーが秀逸と感じている。

 


Comments (16)    この記事についてブログを書く
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16 Comments

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Unknown (笑子)
2019-03-15 13:28:12
映画のワンシーンを思わせる
しっとりとしたお写真にこころ奪われました

恥ずかしながら、映画も小説も見ても読んでもいないのですが
今度時間を作って小説を読んでみたいな、と思いました
ラストシーンの
「人生、楽しまなくっちゃ。夕方がいちばんいい時間なんだ。のんびりするのさ。夕方がいちばんいい。」
という言葉が自分にはどんな風に響いてくるのか。。
私の日常での「夕刻」は、とにかくバタバタで趣の
これっぽっちも無いものですが
年に数回旅先で、ホテルの窓から夕景を眺めるとき
あるいは海辺で、あるいは染まる山並みを見つめながら
ラストシーンのセリフのような思いが胸にふわっと
浮んでくることがあります*^_^*)
素晴らしいお話をありがとうございます
五十路半ばにして中身が子供なので
上級な大人の記事という感じで惹きこまれました(*^_^*)
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笑子さん (juraku-5th)
2019-03-15 17:39:55
コメントありがとうございます。

「純文学」は安易な恋愛小説ではない...ということを
思い知らされました(笑))
最後のシーン、何度も読み返しながら味わいました。
人生の晩年を楽しみなさいよ、と諭されたようで
気持ちが入っていったのかもしれません。

上級な大人の記事?!
とんでもない。
言葉少なにいろんな世界を表現される笑子さんに比べたら、
なんと口数の多いことか(笑)
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Unknown (よっちん)
2019-03-15 20:06:52
アンソニー・ホプキンスって
なかなかクセがあって
いい役者ですよねぇ。

最近はハリウッドに
面白そうな映画がないので
寂しいですわ。

応援ぽち
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よっちんさん (juraku-5th)
2019-03-15 22:13:46
コメントありがとうございます。

アンソニー・ホプキンス、そしてエマ・トンプソン。
互いの思慕を感じながらも
それを超えられない「間」をうまく演じている
と、感じました。名演でした。

アンソニー・ホプキンス。
「羊たちの沈黙」のレクター博士ですね。
ちょっと怖いイメージもありますが、
この映画では思慮深く、いつも冷静な老執事を好演していました。

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Unknown (noko)
2019-03-16 10:53:19
私、映画は見ましたが、小説は読んでいません。
原作と違う作品が多くて、いつもはどちらかですね。
映画のラストシーン、印象に残っています。

↓10年ぐらい前真剣に計画を立てましたが、
京都駅からほぼ一日かかるので、誰も同行してくれなくて
挫折しました。
Sさん、Lさん、ご案内されるのなら、私もぜひに(笑)・・・・・。
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Unknown (hitsujigumo3942)
2019-03-16 13:49:08
こんにちは〜〜
私も映画、本を読んでいませんし、観ていませんが‥
これから映画をみてみようかと思ってます。
jurakuさんの解説を読みながら‥私は好きなラストシーンのような気がします。
この年齢になると‥白、黒でないグレーで淡い思いは素敵だなと思ってしまいます。
「羊と沈黙」はみましたが‥
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Unknown (よっちん)
2019-03-16 16:01:24
シンリジィという名前に
懐かしさを感じますわ。

確かゲーリー・ムーアも
一時期このバンドに
参加していませんでしたっけ??

応援ぽち
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nokoさん (juraku-5th)
2019-03-16 18:25:55
コメントありがとうございます。

小説と映画、サストシーンなど随所に違いがありましたが、
スチーブンスとミス・ケントンは小説のままだと感じました。
特にアンソニー・ホプキンス!
小説を読みながらも、彼の表情がチラつきました。

琵琶湖環状の旅。
そうですね。
乗る電車を決めておいて
最寄り駅など都合のよい駅から
それぞれ乗車するという方法もありますね。


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hitsujigumo3942さん (juraku-5th)
2019-03-16 18:29:50
コメントありがとうございます。

映画はもうずいぶんと前のものですから、
DVDにもなっていると思います。
できれば劇場で観たいところですけどね。
ちなみに私はイオン系のシネコンの
午前十時の映画祭という企画で観ました。

ノーベル賞作家でもありますから、ぜひ!
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よっちんさん (juraku-5th)
2019-03-16 18:34:41
コメントありがとうございます。

シン・リジィ。
ゲーリー・ムーアも在籍していたようですね。
この曲が在籍時のものかどうかは知りませんが、
曲調はゲーリー・ムーアを思わせます。

それと、シン・リジィというバンド。
実は私はあまり知らなくて、
この曲を知ったのも、
シャーデーのカバーが先でした。
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