女を捨てず・女に甘えず・らしさを活かす

女性スタッフがビジネス社会で実際に体験したことを中心に「見たこと」「聞いたこと」「感じたこと」をありのままお伝えします。

なでしこのカッコよさ

2012-07-30 | インポート

辛島です。

オリンピックが始まる。

普段からアスリートを熱血応援しているわけではまったくないけど、

なんだかやっぱりワクワクする、この祭りごと

サッカーのなでしこジャパンも初戦を突破し、世の中の「なでしこアスリート」への注目度は非常に高い。

選手へのインタビューもよく目にするし、一般の人に「なでしこの活躍、どう思いますか?」

というような質問もニュースなどでよく見かける。

一般の人の応えは、ほとんどが

「カッコいいです~!!」

私も、カッコいいと思う。

なぜ、なでしこアスリート「カッコいい」と思うのだろう?

単に「スポーツしてるから」だけでは片づけられない気がする。

いくつかニュースを見ながら、なでしこアスリートがインタビューに答える様子を観察してみた。

そこで、得た答えは・・・

「言い澱まない」「感情的でない」

試合直後の息が切れた状態でも、負けて誰とも話したくないであろう状態でも、勝って気持ちが

高ぶっているはずだろう場面でも、

まず、「言い澱まない」。

「そのセリフ、言おうと台本用意していたのか?!」と思うくらい、ゼーハー言いながらも澱まず話す。

言い澱んでいる話し方って「そうですねぇ、え~っとぉ・・・」というふうに間が多い。

女性って「ええっとぉ」とか「う~~~ん」とか多いと思う。

間を大きくとって、相手が自然と「○○ですか?」と切り出すのを待っているのだ。

おそらく無意識に。

そして相手が言ったことに乗っかる。

言い澱み女子:「そうですねぇ、え~っとぉ・・・」

相手:「○○ですか?」

言い澱み女子:「はい~、そんな感じです。」

という具合

自分で口に出してしまっては、「そう言った自分」の責任を取らなくてはいけない。

もともと『男性の進む道を、後からしっとりついて行くのが女性

とされてきたからであろうか・・・??????

澱みなくハッキリものを口にし、自らの道を切り開くなでしこ

男性のような勇ましさを感じて、結果「カッコいい」という言葉で表現されるのだと思った。

2つ目の理由が「感情的でない」。

これはインタビュー中の様子のことで、試合中、感情を露わに大声を出す選手も、試合後感想を求められると、

いたって冷静で、客観的に自分やチームを分析して話している。

女性は感情的になりやすい動物だ。

自分でも実感するし、友人知人を見てもそうだと思う。

勝った試合のインタビューで「まだまだです。守備の面で改善すべき点が何点か見つかっていますし・・・」と

冷静に分析する様子は男性のような頼もしさを感じて、結果「カッコいい」と表現されるのだと思った。

ここまで一気に書いて、また、ふっと「おっさん比率」の話を思いだした(2012/2/14 「おっさん比率」参照)

「男性のような・・・」と言ってる時点で、「男性の要素が入っている」と言ってるということ。

「男性の要素が入ってる」=「おっさん比率が高い」

また「おっさん比率」の話になってしまったが、今回は(なでしこジャパンにもあやかって)「なでしこのカッコよさ」と表現したい!!

やっぱり私も「かっこいいなでしこ」なりたい

「言い澱まない」「感情的ばっかりではいけない」を意識していこう。


女子会参加に想う(後半)

2012-07-26 | インポート

引き続き中村です。

以前のブログにも書いたが、

私は根っからのキャリア志向ではない

私のコアを形成しているのは

・専業主婦の母と母からの教え

・亭主関白な父と父からの教え

・奔放(だと当時は感じていた)な姉の存在

三重という地域性

などをベースに形成した「いい子でいたい」「守られたい」思考。

自立とは対極にある。

就職の際、あまり考えずになんとなくアパレル業界に就職したのも、「どこに

就職しても子供ができたら仕事は辞めるし(=どこに就職しても一緒)」とい

う思考から。総合職を選んだのは、単に一般職より給料がよかったから!

専業主婦として、あるいはパートとして社会と接点をもちながら生活する幸せ

もありだし、できる自信もあった。

※もちろん、面接ではそんなことは言わず「結婚しても仕事をし続けます」なんて言ってたけど・・・

じゃ、自社の社員や就職活動中の女子学生に説いている「自分の足で立って

人生を自分で切り拓く=自立思考」は たてまえか?きれいごとか?

きっぱりと    NO

この思考は「こうありたい自分の姿」そのもの

いやっ、

「こうありたいと『追い続けた』自分の姿」そのもの

私の中にはナチュラルに存在する「守られたい意識」と意志に基づく「自立願望」

というアンビバレントな価値観が共存している。

※注)アンビバレントとは、主に精神世界で用いられる「相反する感情が同時に存在するさま

そしてこのアンビバレントな価値観はさまざまな選択の場面で、全く異なる選択

をしろと私にささやく。

強度で言うと「守られたい意識」の方が強い。なぜならそれが自分自身の根っこ

だから。

前回のブログにあるifの場面に置き換えると、

B:県外の学校に進学

ではなく

A:県内の学校に進学

を選択するのが自然。

でも、そうしなかった

当時それを意識していたわけではないが、今になって振り返ってみると、

間違いなくこの選択が自分自身のターニングポイントになっている

なぜ三重を出たのか?

今まで幾度となくこの質問を投げかけられ、そのたびに

「心理学が学べる大学がなかった」

と、もっともらしい返答をしてきた。

でもちょっと違う。

~だから、~したいから三重を出た。ではなく

三重を出たかった

このまま親元にいたら、

「いい子(を演じる)」の自分。現状に甘んじてしまう自分を

変えたかった

ただそれだけ。

心理学を学びたい!というのは後づけの理由

進路変更する理由を考える⇒勉強して、親を説得するための実績をつくる

⇒受験レベルに達する⇒合格

こうして私はありたい自分(=自立した自分)を実現するために一人暮らしを始め、

今に至る。

もちろん、一人暮らしをすることを快諾してくれた両親やその後出会っていろん

な場面で支えてくれた友人知人がいるから今の自分がある。

いかされている自分を再認識する・・・。

どんな人にもターニングポイントがあり、その都度自分の意志でどちらかを

選択している。自分がそれを選択したことによって、悲しい想いとをしたり、迷

惑を被る人もいるかもしれない。

でも、

だからこそ、

自分の意志で選択した道を邁進し、悔いが残らないよう

生きることが大切。

ここまで進めてきてふと思い出した光景がある。

大学入学後初めての帰省の際、

いつもの習慣であたりまえのように自分の部屋のドアを開けた時、

そこはすでに「自分の部屋」ではなく「物置部屋」だった。

「もうここは自分の部屋ではない」⇒もうここには戻れないし、戻らない!

一抹の寂しさを感じながら心に決めたことを思い出す。

あかん、あかん、なんかちょっとセンチメンタルな私・・・・。

久しぶりに想いを新たにするきっかけになった女子会だった。


女子会参加に想う(前半)

2012-07-25 | インポート

「中村女子会に参加しました

高校2年のクラス中心の女子会。

お互いの近況や修学旅行の際のエピソードなどで大いに盛り上がった。

自分に都合の悪い記憶は末梢される。

「ええ~っ、私そんなこと言ってたっけ?」

「そんなことあったかぁ??」

と思うことも多々あったけど、30年ぶりの再会。

ほんのひと時

気分(だけ)は女子高生

たまにはいいもんだなぁ~

私以外全員、今も三重に住み年頃の娘や息子を持つ母。

ふっとこんなテレビ番組があったことを思い出した。

タモリがストーリーテラーのifという番組。

人生の分岐点でどちらの道を選ぶか?

「A」「B」か?

それぞれを選択した場合、その後の行く末は???を描いたもの。

自分に当てはめると、高校卒業後の進路選択の場面。

A:自宅から通える学校に進学する

B:県外の学校に進学する

実際に選択したのは「B」

その結果

「一人暮らしをして大学に通学」⇒「大阪で総合職として就職(一人暮らし)」

⇒「転職」⇒「関西の人と結婚(京都に転居」⇒「転職」⇒「離婚」⇒「大阪に

転居」で今に至る。

テレビならここでタモリ登場

「中村さんがを選択していたら、その後どんな人生を歩むのでしょうか?」

のコメントと同時に場面が高校卒業時に巻き戻る・・・・・・

「県内の学校に進学(親元から通う)」⇒「県内の企業に就職」⇒「県内の人と

結婚して県内に住む」⇒「結婚あるいは出産を機に退職」⇒「子育てひと段落

後パート勤務」

今回の女子会に参加していた同級生の多くと同じ人生を歩んでいたはず。

どちらの道を選択した方が幸せだったのか?を問うているのではない!

Bの道を選択していろんな意味でとても充実した毎日を送っている。

幸せか?と聞かれたら、もちろん!

だからと言って、Aの道を選択していたら幸せになれなかったのか?

そうは思わない

次回に続く・・・


意識が芽生える

2012-07-20 | インポート

Photo

岩元です。

先日、入社3ヶ月の私が社員旅行に連れて行ってもらいました

人生初のエステを体験させて頂きました

しかも、5日間で3回も

写真はお店の中庭で、エステを受けるところも癒し空間でした


エステを経験する前の私の気持ちは

私のキャラクタ―とエステなんて程遠いよな

周りの方も「え?いわもっちゃんがエステ?」と思ってるんだろうな・・・

でも、興味あるな

という気恥ずかしさ好奇心の入り混じったものでした



終わってみると・・・

肌がつるつるとか、むくみすっきりという効果だけでなく

今までの人生で自分の体に、こんなに投資をしたことのない私は

「女として自分をもっともっと磨こうという意識が芽生えた

その上、周りから「いわもっちゃんエステの効果あったね」とか言われて

調子づいて、「もっと頑張ろう」と思ってしまう


実際の行動の変化として

毎日の化粧を念入りにするようになったとか

アクセサリーを身につけるようになったとか

小さな小さな変化だけれど

せっかく芽生えた意識を持ち続けて

変化していこうと思う


確かに、一度や二度のエステの肌や体に対する効果がずっと続くわけではない

だから、そんなことに投資して「もったいない」という意見もあるだろう

しかし自分に投資することで、自分の中に意識が芽生え、

その意識を持ち続け、行動し、変化するならば

自分への投資価値のあるものになると実感した経験でした

今度は自分で自分に投資して、自分から意識を芽生えさせて行きたいです


なりたい自分と、なれる自分と、ならなアカン自分と

2012-07-15 | インポート

辛島です。

以前このブログでも言ったことではあるけど、『辛島、今年で入社5年目』

社会で働く女性の先輩たちは、どんな「5年目」だったのだろう・・・。

これから社会に出る女子学生にはどんな「5年目」が待っているのだろう・・・。

ふと、そんなことを思ったりもする。

今回はそんな私の近況を

今私は「来期からは『営業庶務』というポジションでイキイキ働く

そう思っている。

この「営業庶務」というポジション、実は今までアイプラスにはなかった。

ざっくり表現すると、営業が行っているクライアントとのやりとりや実務が

1から10まであったとすると、そのうちの2から7とか、3から8までをごそっとやってしまうポジション。

外を飛び回り、なかなかつかまりにくい営業マンの変わりにクライアントからの

問い合わせにもいつでも対応できるっといった感じ。

入社当時からうちの社長に、「なりたい自分と、なれる自分と、ならなアカン自分は、全部違う」

と言われていた。

たしかこの話を初めて聞いたのは、4年前、入社前の3月31日から4月1日にかけて行かせてもらった

九州出張の時だった気がする

「これからどんな日々を送り、どんな風に自分は成長していくのか」

期待と不安を胸に抱く22歳の私はその話を聞いて社長に

「でも、なりたい自分になれないと判断されることは、烙印を押されるようなものなんじゃないですか?」

みたいなことを聞いた記憶がある。

「私はどんどん外に出て、いかにもキャリアウーマンみたいな感じになりたい。」

と、非常に抽象的な思いをもっていた。

それから4年間。

確かに成功もあるけど、失敗のも多い。

失敗する時のお決まりパターンはこれ

        どう思われるか、どう評価されているのかが気になりすぎ

初めて会う企業の人、初めて会う受講生、それを見ている自分の上司や先輩・・・

そんなことが気になりすぎて、営業活動も研修も失敗が続く。

「評価は後からついてくるもんやから、とにかくらしくやれ」

そう何っっっっっっ回言われても、できない。

それを繰り返して5年目に突入した。

ただ、イキイキできるものもある。

それが営業マンを「サポートする」という動きだ。

自分が主となって!という形ではなく、サポートの立場でクライアントとやりとりすることもそう。

つまり、『営業庶務』という仕事。

社長から「営業庶務の仕事は辛島の適性とうちの会社のニーズが一番合うポジションや」と言われて、

「なるほど!よっしゃぁこれしかない!」と思った。

正直できてないことが目の前に並びすぎて、「なんてダメな人間なんや」って思っていたけど、

適性に合って、イキイキ働いていけるなら、それが会社にとってプラスになるはずや。

入社当初思っていた「どんどん外に出て、いかにもキャリアウーマンみたいな感じ」

とは大きく様子が違ってきてるけど、、、

それで思った。

「あ、これが『なりたい自分と、なれる自分と、ならなアカン自分は、全部違う』ってやつか・・・。」

今タイムマシーンがあったら言うと思う。

九州出張してる自分に。

「全然ちゃうで、烙印なんかと」と。