タカちゃんの絵日記

何気ない日々の感動を、スケッチと好きな音楽と、そして野鳥写真を。。。

~水都・松江~ 大橋川・中州の森

2014-07-31 | 風景

JR松江駅の北側・大橋川河畔に立ち、対岸の中州を望むと、木立の中に農家と思しき家が一軒

赤い屋根の小屋が数棟、水際に影を映している。

家のすぐ脇の船着場(木橋)には、二艘の川船が係留されていて、その美しい水辺の風景に出会う

度に、私は思わず描いて見たくなる。

この大橋川に”中州(中の島)”が出来たのは、「出雲の国風土記」に宍道(湖)の起源らしき記述が

るところからしても、少なくとも今から千2~300年以前から、洪水の度に「中州」はその姿を変え

現在に至っているのだろうと思われる。

その後いつの頃からか、農民が家を建てて移り住み、農地の開拓に携わったのか・・・。

係留されている船は、生活必需品の買い出しや、荷物を運ぶための足代わりに使われているのだ

ろう・・・水の都・松江では、明治、大正の昔から川(大橋)は、帆を上げた多くの回船(問屋)が出入

していたと言うから、今では想像さえもできない。

               (明治・大正時代の大橋川の風景)

 

          いや~この暑さには閉口、閉口・・・・


~イヌビワ(山無花果)の実がたくさん落ちている~

2014-07-29 | その他

今日は日陰を選んで愛犬の散歩のため、少し足を延ばして松江城の方に出掛けて見た。

県庁の北側の木橋を渡って、城郭に向かう石段を、木陰のトンネルを潜って上って行くと

ミーンミンミンミンと蝉しぐれが降り注ぎ、愛犬もこれにはちょっと尻込みの様子である。

苔むした石踏みには、足の踏み場もないほどに、たくさんの木の実が落ちている。

何の実なのだろう? と思いながら拾い上げて見ると、これは”ミニイチジク”だ。

無花果にそっくりなのだが、大きさは親指大程もあろうか、赤紫色によく熟していてとて

も美味しそうだ。

これはこの時期、里山や公園などでよく見掛ける、『イヌビワ』の実だが、名前通りにビ

ワのように黄色くはならない。

別名を山無花果(ヤマイチジク)と言って、あまり美味しいとは言えないのだが食べられ

なくはない。

ヒョドリやツグミ達は、実の熟れる時期をよく知っていて、熟す前から先を争って食べに

やって来る。

このヤマイチジク、子供の頃から山でよく見掛けていたのだが、誰となく「毒があるのか

もしれないから・・・」と、口にする者はいなかった。

随分後年になって、植物図鑑で調べ、この長年の疑問に終止符を打った形だった。

近頃は、日本の優れた改良技術によって、リンゴもミカンもメロンもイチジクも、あらゆ

物が、とてもジューシーで糖度も高く美味しくなってきているが、その原種は、この

山無花果の様に、姿形は”似て異なるもの”が多いのではないだろうか。

     ~貴方にとって、今日が良い一日であります様に~


~天空の岬「マリンパーク多古鼻」~

2014-07-28 | 風景

島根半島の最北端、リアス式海岸の高台に突き出した、天空の岬「マリンパーク多古鼻」

この高台から眺める日本海の眺望は素晴らしく、よく晴れて澄み渡った日には、水平線の

彼方に、うっすらと霞む隠岐諸島を望むことが出来る。

ここには10数棟のキャビンが建ち並び、そのバルコニーから見る太陽は、海から昇

来て海に帰って行く様を終日のんびりと眺めることが出来る。

また、夜ともなれば遠く暗い海に白く煌々と輝く漁火、満天に煌めく星、まさに天国とは、

静寂に包まれた、こんな空間を言うのだろうとさえ思えてくる。

この海は、島根半島でも有数の釣りのメッカ、私も若い頃には、スキューバダイビング

磯釣りによく来たものだ。

今でも忘れられない釣行と言えば、ここの港から冬の海にイカの”船釣り”に出た時のこ

と、冬の海を少々侮っていた・・・、大漁はしたものの、シコタマの船酔いに精根尽き果て

『もう二度と船釣りには行くものか!』と、啖呵を切ったものだが・・・・・その後も飽きずに

出掛けたものだ。

さすがに今は安全第一の波止場釣りに、たまに出掛ける程度にしている私である。

      ~貴方にとって、今日も良い一日であります様に~

 


地蔵崎 波路のはての 海の気の かげろうとのみ 見ゆる隠岐かな (与謝野晶子)

2014-07-24 | 風景

           ~夜の美保関灯台と沖に煌めく漁火船~

水平線の彼方に、漁火(イカ釣舟)が煌々と青い海を照らし出し、岬(地蔵崎)の先端は磯

から、80米余も垂直に駆け上がった断崖には、およそ一世紀以上も前から、沖を行く船

の航行の安全をひたすら祈って、「美保関灯台」が灯をかざし続けている。

石造り灯台のしゃれたビユッフェから、夜の海を眺めると、この時期水平線の向こうには漁

に煌めき、えも言えぬ美くしさである。(昼間であれば、遠く隠岐諸島の島影が霞ん

見えるのだが・・・・)

かつてこの地には、与謝野鉄幹・晶子夫妻や高浜虚子、島崎藤村、西条八十等の多くの

人達が訪れ、この絶景を詠んでいる。

「地蔵崎 波路のはての 海の気の かげろうとのみ 見ゆる隠岐かな」(与謝野晶子)

 「地蔵崎 わが乗る船も 大山も 沖の御前も 紺青のうえ」(与謝野寛)

「関の松さえ切られりゃかなし 恋のえにしを誰が切る」(西条八十)


~「桃栗三年柿八年」の3年目の桃~

2014-07-23 | その他

今年の初めての桃を頂きました。

数ある果物の中でも、甘さとジューシーさでは「桃」は特別、少々”高嶺の花(果物)だが今が旬

桃の季節が今年もやって来た。 

夏の味覚「食べたいな~」と思っていた矢先、いつもの散歩コース脇の畑で、野菜や果物栽培に

熱心な、顔馴染みになったおじいさんが、「これ三年目の今年、初めて生った桃だよ。 良かっら

食べてみんかね。」と、私にとっても今年お初の桃を頂いた。

俗に「桃栗三年柿八年」と言うが、確かに植えてから三年経てば、桃の実は生るのだが、木を

きくすることを優先して、3年目にはせいぜい3~5個位に、実の数を抑えてみのらせるものだ。

だから、この『桃』はとても貴重な桃と言える。

そう言えば、何時かおじいさんが言っていたな~・・・「農家も高齢化でだんだん働き手がいなくな

から、仕方なく大事な田んぼを潰して、あまり手の掛からない果樹でも植えて置くしかないのよ」

と・・・そんな畑(休耕田)収穫された桃だから、しっかり心して味わいおいしく頂いた。

         ~貴方にとって、今日も良い一日であります様に~

 


映画『永遠のマリア・カラス』

2014-07-21 | その他

               (実際のマリア・カラス)

            映画『永遠のマリア・カラス』

先夜、テレビのチャンネルを操作していて、番組欄で『永遠のマリア・カラス』という映画が、今

始まったばかりである事を知った。

伝説のオペラ歌手:マリア・カラスの名は、これまでに幾度となくメディア等で見聞していたもの

の、私自身さしてオペラに関心がある訳でもなく、これまで無関心に通り過ぎていたのですが、

永遠の・・・』と言うタイトルに何んとなく魅かれ、後学のためにもと鑑賞する気になった。

この映画はカラスのオペラ界における、全盛の頃のドキュメンタリー映画ではなく、日本公演の

失敗を切っ掛けに、歌えなくなったカラスの隠遁生活、そして再起へのプロセスを、カラスと親交

のあったこの映画の監督が、もしこんな時カラスであれば、こうあっただろうと思い描きながら、

フィクションで綴り制作した映画と言うことであった。

(あらすじを少し)

舞台はパリ、プロデューサーのラリー(ジェレミー・アイアンズ)は、過去の栄光にとらわれて、アパ

ルトマンで人とも出会わない様な隠遁生活を送っているカラス(ファニー・アルダン)を復帰させ、

シネマ・オペラ「カルメン」の制作に乗り出そうとする。

今は歌えなくなったカラスに、全盛期の高く美しく伸びやかで広がりのある歌声を、今のカラス

の映像に吹き込むという手法(口パク)があることを彼女に説得し、一度は一蹴されたものの、

何とか撮影にとりかかるのだが・・・・芸術に対して真正面から真摯に生きたきたカラスは、夜毎

全盛期の歌声をレコードで聴きながら、小さな声で歌い失なわっれたしまったたかつて歌声に、

涙を流す。

映画の撮影の中で、「もう一度、ものを作る喜びを取り戻した」と、喜ぶカラスであったが「やっぱ

り、このカルメンは贋物よ。」と心の中で葛藤する。・・・。出来あがった映画の試写会の席で、カ

ラスは、とうとうスクリーンの自分を見ることが出来ず俯いてただただ涙を流す・・・・・・(こんな映

画は、芸術に対する冒涜であるとして、いたたまれないカラス)・・・・カラスはこの映画の公開に

先駆けて、ラリーに心情(公開に対する)を語るのだが・・・・・・

この映画は、カラスが亡くなる前の数ヶ月間を、仲間の支えを得て、過去のの栄光を取り戻そうと

奮闘するという設定で、芸術に対する情熱と孤独を描いている。

劇中の歌声はカラスのものを使い、主演は、「愛と悲しみのボレロ」のファニー・アルダンが、天才

歌姫と、一人の人間としてのカラスを見事に演じ切っている。

※印マリア・カラス(53歳)はこの映画撮影後1年後には天国に召されている。

 私は、この映画鑑賞を機に、「オペラ界の至宝」「たぐいまれない伝説のディーバァ(歌姫)」の歌を

聴いて見ようと言う気持ちが湧いてきた。


~ベラスケスの『鏡を見るヴィーナス』の部分模写~

2014-07-17 | その他

                                        (ベラスケスの『鏡を見るヴィーナス』の部分模写)

今日も雨が降ったり止んだりのどんよりとした一日、久し振りに画集を持ち出して来て、

絵の勉強でもして見るかと思い付き、ベラスケス(スペイン人画家)の『鏡を見るヴィー

ナス』の部分を、パステルで描いて見ました。

画集によれば、この絵が描かれた当時、”横たわるヴィーナス”は巨匠達に好んで描か

れた画題であった様ですが、いずれもリアルに描かれています。

確かに、この『鏡を見るヴィーナス』も、愛の”女神”と言うには、あまりにも美しい背中の

やヘアースタイルなど、まるで生身の現代女性と変わりのない描写ではないでしょうか

~今日も良い一日であります様に~

恋人よ我に帰れ:ビリー・ホリディ

 


♪夜明けを待たずに 散って行く 私は悲しいゆうすげの花~♪

2014-07-15 | その他

国立公園三瓶山の裾野に広がる原野、夕陽が落ちる刻を待つように、夕菅(ゆうすげ)の淡い

黄色の花が咲いています。

あの石原裕次郎も 

誰にも知られずに 日暮れに咲き 夜明けを待たずに散って行く 私は悲しいゆうすげの花 

などと唄っているように、どこか寂しげな影をもつ女性をイメージさせる花です。

「宵待ち草」や「月下美人」にも似て、月明りの下で一夜(ひとよ)だけ密やかに咲いて、夜明けと

共に儚く消えて行くため、この花は女性に例えられるのでしょう。(現代女性のイメージとは、随分と違

うのですが

私がこの地に住んでいた頃には、北や西の原野には一面に群生していたので、比較的身近な

高原の花の一つでしたが、聞くところでは”絶滅危惧種”にも指定されるほど少なくなってしまい、

文字通り「人知れず夜咲く花」になってしまっていました。(地元では、この貴重な夕菅の花の、復活への

努力がなされているのだそうで・・・復活を祈るばかりです)parts:eNozsjJkhAMLs+RUcwtD42TLgipzF0/jdGdXJlMzAyZjQ1MmAwCOXAeH]


  ♪雨に唄えば♪

2014-07-14 | 風景

外はまだ薄暗いというのに、今朝もピシャピシャ、ザーザーと軒を打つ雨音に目が覚めてしまった。

時計を見上げると、まだ4時になったばかり“ちょっとショックだ“。

どうも最近は歳のせいか、夜明けを前に雨音を耳にするだけで、気分が落ち込んでしまう。

こんな時間に床を上げても、これといってすることもなく、元来がネボスケの私は、即、2度寝を決め

込むのだが、結局は目が冴えてしまって、うつらうつらしながら夜明けを待つことが多くなってた。

れは危険信号だ!)

しかし今朝は、うつらうつらする中で『そうだ! こんなことではいけない、よく寝たから早く目が覚め

るのは当然だ! 目が覚めたら、先ず床を上げて身体を動かそう。』・・・と、メリハリのある生活

心に誓った。

一端起き上がり動いていると、意外に時間の経つのは早いもので、その内に新聞・牛乳配達や、

朝のウォーキング・犬の散歩をする人などの、様々な生活音が聞こえてくる。

その内にすっかり明るくなって来て窓を開けると、雨の中を学校や仕事に急ぐ人達の姿が飛び込ん

きて、心地よい一日の始まりを感じるのだ!

こうして見ると、雨の朝 も、なかなかいいものだ。

子供たちは雨が好きなのだろう・・・雨の日には、何故か顔が明るく楽しそうな感じがする。

雨上がりの水溜りで遊ぶ子供の姿は、昔も今も生き生きと輝いて見える。

        ~貴方にとつて、今日も良い一日であります様に~

ジーン・ケリーで「雨に唄えば」をどうぞ

 


    ♪お泊りリュックサック♪

2014-07-13 | その他

今日も雨、雨、雨、、、早く梅雨が空けないものかと思いつつな、今日は押入れの

湿気を取り除くために、掃除に取り掛かってみた。

しかし棚からドサッと落ちてきた黄色いミニリュックサックを手にすると、作業が止まってし

まった。

そう言えば・・・このリュックは、孫が週末毎に一人で泊まりに来ていた頃、“お泊りリュッ

ク“として買ってやったものだ。

中身は、当時孫がすっかりはまっていた「機関車トーマス」遊び、そんなミニュチュア

のオモチャがざっくり。

他に段ボール箱に2杯分もあろうか(家内がそっくり保管していたんだ^^^)、よくもまあ、、、こ

んなにも買ってやったものだと、当時の“じじ馬鹿“振りが今は懐かしくも可笑しい。

他にも、保育所で描いたと思われるお絵書きノートや、絵本がたくさん出てきて、掃除の

手はすっかり止まってしまった。

しかしあの孫も、もうすでに中学生、スポーツに勉強に毎日忙しく、最近は訪ねて来るこ

も少なくなってしまった。

私の頭の中では、いつまも孫のままでいるが、彼らはもうすっかり自立してしまっている。

               ~今日も良い一日を~

レターメンで涙のくちづけ


~出雲大社・神の島「経島」~

2014-07-11 | 風景

                                                         (スケッチ:2011・6)

~日本海に浮かぶ『神の島』経島~

先日UPした日御碕神社からの帰り道、ウミネコが飛来する“神の島“『経島』を久し振りに

てみようと、遊歩道鳥見台に立ち寄ってみました。

この島は、形が経典を積み上げた様な形をしていることから、『経島:ふみしま』と呼ばれてい

ます。

古事によれば、元は日御碕神社の“日の本の夜を司る“日沈宮(ひのしずみのみや) 天照大神

あまてらすおおみかみ)奉斎していた島(清江の浜)と言うことで、島(岩礁)の上には小さな社があ

り、8月7日の例祭の際には、神職のみがこの島に上がる事を許される、文字通り『神の島』と

なっています。

この島には、いつの頃からかウミネコが住みつき、寒い時期に飛来して子育てをし、暖かくな

た夏には、子鳥と共に飛び発って行きます。

冬の時化の海の時期には、約5000羽のウミネコが島の周りを乱舞し、また夏の例祭の折に、

神職が島に上がって祝詞(のりと)を上げるさま、その光景には神々しささえ感じます。

        ~貴方にとって、今日が良い一日であります様に~

あの頑固一徹な2年越し黒子の出雲ナンキンやっとここまで色変わりしました(ゴールドの子)

ナット・キング・コールのモナ・リザ


~宍道湖の早朝の風景~

2014-07-10 | 風景

                                                            (スケッチ:2013・12・16)

               ~朝靄をついて湖上で漁をする船~

今日は、以前スケッチしていた、宍道湖の早朝の風景(水彩絵)をUPしてみました。

              ~今日も良い一日でありますように~


~色彩そのものが歓声を上げているのです。(ヘルマン・ヘッセ)

2014-07-09 | 植物

赤、白、黄色、ピンクなどとてもカラフルな『百日草』、夏の強い日差しを全身に受けて、元

気一杯に咲き、しかも夏から秋へと長く咲き継ぎ、切り花やお墓参りや仏様にあげる花と

しても、随分昔から身近に見、親しんできた花です。

若い頃はとり立ててきれいな花とも思わず、通り過ぎて来たのですが、歳を重ねるごとに好

きになってきた花の様に思います。

花の寿命が長いことに由来して、別名を「浦島草」「長久草」とも呼ばれています。

この花はメキシコ原産の花ですが、ブラジルでは「幸福を招く花、魔除けの花」として、カー

ニバルに欠かせない花とか・・・また英名を「ユース・アンド・オールド・エイジ:海と老人」だ

そうですが、その由来は、和名と同様に、花が長く咲くことからきている様です。

実際に花名の様に、百日も咲き続けるのかどうかは分かりませんが、カラフルな花が次

ら次へと咲き続け、長く楽しませてくれるのは確かです。

『庭仕事の愉しみ』(ドイツの詩人:ヘルマン・ヘッセ)

~花の世界でも切り取ったばかりの、一ダースもの多種多様の色彩の百日草ほど晴れやか

ではつらつとしたものはありません。 

この花の色彩はもう強烈に内部から輝きを発し、色彩そのものが歓声を上げているのです。

この上もなく派手な黄色と橙色、無類に派手な赤、比類なく素晴らしい赤紫色 それらはよく素

朴な田舎娘のリボンや日曜日の民族衣装のように見えることもあります。

私達はこれらの強烈な色彩を望みのまま並置したり、互いに混ぜ合せたりするのですが、そ

れらはいつもうっとりするほどの美しさです。 しかもそれぞれがただ強烈で輝いているだけで

なく、互いに受け入れあい、互いに調和しあい、互いに刺激しあい、効果を高めているのです。

と、ドイツのノーベル賞詩人:ヘルマン・ヘッセも、『百日草』を熱愛し、絶賛する詩を残してい

ます。

ロシアより愛をこめ:マット・モンロー


~日の本の夜を司どる日御碕神社~

2014-07-08 | 風景

沖縄地方は、今夜には大型台風が襲来する様で、大きな被害が出なければいいのですが・・・当地は

まだ嵐の前の静けさなのか、風もなくむしむしとして汗が滴る様な、熱中症にでもなりそうな天気です。

冷房のある車で走っていた方がまだいいかと、久し振りに島根半島の西端にある日御碕神社にお参り

行ってきました。

日御碕神社は、先頃高円宮家との御縁談で話題持ち切りの「出雲大社」から、車で15分ほど海沿いを

走ったところ。

ここは岬の突端の白亜の日御碕灯台と、日本海に沈む夕日がとてもきれいな土地柄です。

灯台へと続くドライブウェイのほぼ終点付近の、山あいから神社全体を俯瞰すると、日本海の碧と松の

緑を背景に、桃山時代の面影の残る「朱の神殿」が映えて、鮮やかさをより一層際立たせ、まさに神の

領域にに降り立つような心地のするところです。

観光資料によると、出雲国風土記には「美佐伎社」と記される古社で、下の宮(日沈宮:ひしずみのみや

と上の宮(神の宮)の両宮の祭神は、天照大神(日沈宮:素盞嗚尊の姉)と素盞嗚尊(神の宮)が祀られ、

伊勢神宮が「日の本の昼を守る」のに対して、日御碕神社は「日の本の夜を守れ」との、勅令を受けた

神社だとか。(貴重な神社建築として、国の重要文化財に指定されています。)

広い境内には、他県からと思われる、観光を兼ねた若いカップルがチラホラと見受けられました。

多分、出雲大社への参拝で、観光パンフから当社を知り足を延ばしたのでは・・・・最近は、若い人の神社

仏閣巡りが多いようです。

ある意味、これは大変良い傾向ではないかと、私的には思ったりしている次第です。

何はともあれ浮世の塵にまみれたこの身、すっかり洗い清められて清々しい気分の一日となりました。

 ~貴方にとって、今日も良い一日であります様に~