画像は、原発事故があった当時の、福島民報の記事。なんの変哲もない日常が、自然災害によって一変した。放射線は、はるか遠い外国のこととだっぺぇと、思っていた。市役所からのお知らせを、コピーをして、隣組に配しながら、声をかけてまわっていた。「放射線は、どっからくんのぉ」と、聞かれても、「空から降ってくんだっぺぇ」なんて、答えていた。市役所からは、なんの指示がないのは、留まっても大丈夫だったのだ。それが、疑心暗鬼の状態になり、避難をした。車の燃料は、片道分なので、渋滞で、停車した時は、エンジンを切り、冷えると、エンジンをかけて、暖房をする。これの繰り返しだった。日本各地にある原発が、事故が無いことを願う。
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