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ばばの日記

団塊世代 仲良し夫婦の暮らし
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なつかしいうた・・・・

2009年05月12日 14時23分47秒 | Weblog

5月12日(火)小雨

ばばは、ラジオを聞くのが好きだ。

昼間家事をしながら、夜寝る前など、良くラジオを聞く。

台所、寝室、トイレとあちこちに、じじがラジオを置いてくれた。

今日は、昼前にラジオを聞きながら食事の準備をしていると

「おかあさん」に関する歌の話が出ていた。

「おかあさん」に関する歌で、

男性アナウンサーは

「♪母さんが 夜なべをして・・・♪」という歌を思い出すと言い、

女性アナウンサーは

「♪おかあ~~さん、なあ~~に おかあさんっていいにおい・・・♪」

という、歌を思い出すと言っていた。

そして紹介された視聴者の方は「やさしい おかあさま」という歌がすきだと・・・・

この方は70才台、鹿児島県在住の女性。

目が不自由なので点字で投稿していた。

盲学校に入学し、初めて人前で歌った歌が

「やさしい おかあさま」だったそうだ。

ばばも小さい頃何度も聞き、歌ったこともある。

次のような歌詞だ。

やさしいおかあさま

 作詞:稲穂雅巳
 作曲:海沼実
 制作:滝野細道


 わたしが おねむになったとき
 やさしくねんねん こもりうた
 歌って ねかせてくださった
 ほんとにやさしい おかあさま

 夏は ねびえをせぬように
 冬はおかぜを ひかぬよう
 おふとん なおしてくださった
 ほんとにやさしい おかあさま

 わたしが 大きくなったなら
 ご恩をお返し いたします
 それまでたっしゃで まっててね
 ほんとにやさしい おかあさま

愛情一杯の母親の姿が思い浮かぶ。

2番の歌詞はばばも、今は亡き母が(時には父が)

よく布団をかけなおしてくれていたのを思い出す。

3番の歌詞は、歌い続けることにより

しぜんと、小さい頃から母親への感謝の気持を持つようになりますね。

この歌を歌ったのが安西愛子さんといって

かつて「歌のおばさん」として活躍されていた方だった。

安西さんの声、歌い方がこの歌とうまくマッチして

聴いているうちに、何とも言えない

優し~い、穏やかな気持になった。

 

今の時代、もう、この歌を

子どもたちが聴いたり、歌ったりすることはあまり無いと思う。

時代と共に、歌も変わっていくから。

でも、歌い継いでいって欲しい歌がたくさんあるな・・・・・・・・・。

 

そう言えば、作曲家の三木たかしさんが亡くなられましたね。

「津軽海峡冬景色」をはじめ、数々の名曲を残して。

三木さんの歌も歌い継がれるものがたくさんあるでしょう・・・。

 

そうそう、今朝は久しぶりにウィーン少年合唱団の「天使の歌声」を

久しぶりに聴きました。

歌った曲は「浜辺の歌」。

合唱団には日本人の男の子もいて、2番はソロで歌った。

目をつむって聴いていると

「もし、天使が歌ったら、こんな歌声なんだろうな・・」と思えた。

彼らが歌い終わると、じじとばばったら、しぜんに拍手してしまったよ。

歌・音楽は国境を越え、人々を感動させる力があるんですね。


頑張れ!はな垂れ坊主!

2009年05月11日 13時44分03秒 | Weblog

5月11日(月)曇り

坊主・・・何て言葉使いたくないけれど

昨夕の散歩帰りに見た小さい男の子はまさに

「はな垂れ坊主」「はな垂れ小僧」という表現が

一番ピッタリの気がした。

今時の子どもたちは風邪をひいた時は鼻水を垂らしているが

ばばが子どもの頃は、顔も薄汚れ

鼻水を垂らしている子なんかザラだった。

ばばも、サトウキビを思いっ切り食べた後など

口の周りは黒い粉のような物を付け、平気で遊んでいた。

鼻水が出ても、ハンカチなどという洒落た物はなく

手の甲でぬぐって、そのぬぐった後が乾いてますます顔は汚れる。

それでもみんな元気いっぱい。

学校が休みともなると、裸足で野山を駆けめぐり、虫や草と遊び

川に潜っては魚を追いかけ、土手から川に飛び込んでは水しぶきを上げ

日長一日楽しく遊び回っていた。

 

ばばが仕事を始めて何年かは、子どもたちは、ちり紙で鼻をかんでいた。

しかし、それから何年か経つと

「ちり紙って何ですか?」と子どもから聞かれるようになり

鼻をかむのも手を拭くのも「ティッシュ」に取って代わられた。

 

懐かしいなぁ~~~

おっと~昔の思い出に浸っている場合じゃないでしょ、ばば。

昨夕見た「はな垂れ坊主」の話しはどうなったの?

 

ばばは、小鳥の写真を写すというじじと別れ、

一人家に向かって歩いていた。

早めに返ってシャワー浴びて、父の介助に行かなくちゃ。。。。と思いながら。。。

すると、ばばの前の方から3人のチビちゃん達が来た。

姉弟とその友達か?

それとも三人姉弟?と思いながら近づいてくる子どもたちを見ていた。

年の頃は?一番先頭が5才くらいの女の子。

補助輪付きの小さな自転車を力一杯漕いで来る。

その後は4才ぐらいの男の子。

これまた補助輪付きの小さい自転車を必死に漕いで

先を行く女の子の後を追っている。

その後から、さぁ、いよいよ「はな垂れ坊主の登場!!!!」

3才か、4才の男の子が必死に走っている。

前2台の自転車を追っていることは確か。

自転車と、子どもの足・・・・・・・

勿論、自転車が速いよねぇ~~~。

はな垂れ小僧は、大声で何か叫びながら走っているけれど

何と言っているのかは分からない。

「オ~~イ、待ってぇ~~~。僕と交代~~~」とでも叫んでいるのだろうか?

いよいよ、坊主がばばの目前に近づいてきた。

その顔がはっきり見えるようになった時、ばばは一目で小僧が気に入った。

顔はあちこち汚れ、鼻水というか、青ばなを垂らし・・・・・

足を見て、また、ぶったまげた。

何と小僧、片足は青い雨靴を履き、片足は裸足のまま・・・・・・・

その顔と足を見てばばは昭和3,40年代の子どもの姿をそこに感じた。

 

坊主は、ばばの横を駆け抜け、前を行く男の子に追いついた。

ばばは、興味津々で立ち止まり、

坊主の様子を見届けずにはいられなかった。

 

さて、前行く自転車に追いついた、はな垂れ坊主、

自転車の後部を引っ張り、大声で何か言い、

時々自転車に引っ張られながらも、なお引っ張り続けている。

さらには、なかなか自転車から降りてくれない子を

引きずり降ろそうとしているようだ。

数分が過ぎ、奮闘むなしく、相手が降りてくれないと見るや、

次は無理矢理自分が男の前方に跨って二人乗り態勢をとろうとしている。

ここまでされて、やっと男の子は自転車から降り、

はな垂れ坊主がハンドルを両手でしっかと握った。

 

その後・・・・・・・・・・

はな垂れ坊主は、颯爽と自転車に乗り

片足雨靴、片足裸足で一生懸命自転車を漕いで

首を振り振り、遠ざかって行った。

 

4才前だろうか?

4才になっているだろうか?

あの、逞しいはな垂れ坊主に、また会えるだろうか・・・・・

 

もう一度会ってみたい。。。。。。。。。。。。。。

 


4ヶ月ぶり・・・・・

2009年05月10日 14時49分29秒 | Weblog

5月10日(日)晴れ

夕方の散歩を止めて約4ヶ月。

そろそろ再開しないと・・・・ということで

昨夕は4時過ぎに思い切って出かけた。

歩き慣れた道、見慣れた植物、見慣れた風景。。。。。。。

いくつかのコースの分かれ道に来た時、じじが

「どのコースにする?」と聞いた。

ばばは迷いに迷って「一本松コース」と答えた。

最短コ-スだ。

ゴルフ場を通り過ぎると右手の森から小鳥たちのさえずりが聞こえる。

ヒュゥ~~~ヒュルルンルンルン~~~~                                   (表現力の乏しいばばにはこうしか表現できない)

久しぶりに聞くアカショウビンの声だ。

姿は見えないけれど、鳴き声はひっきりなしに聞こえる。

じじは、アカショウビンを写真にとるんだと、また引き返していった。

ばばは、5時30分までには県道に出たいので先を急ぐことにした。

ばばが歩き始めて1分も経たないうちに

右手の森に続けて2羽のアカショウビンが

じじが行った森の方から飛んできた。

鮮やかなオレンジ色!

しかし、森までは距離があり、

アカショウビンがどの枝に止まったかまでは確認できなかった。

 

その後もばばは右の森、左手の土手、頭上の電線など

何か珍しい生物はいないかとキョロキョロしながら歩き続けたが

何も見つけることは出来ず県道に出た。

 

4ヶ月ぶりの散歩で、疲れるかな?と思ったが何と言うことはない。

明日からは、またじじと一緒に散歩を継続しよう。


月・土は外そう・・・・

2009年05月09日 13時50分01秒 | Weblog

5月9日(土)晴れ

毎日家の中でウジウジ過ごしているので

今日は病院へ行こう!と夕べで決めていた。

普通なら、絶対行かないんだけど。

9時ちょっと過ぎに家を出た。

受付を済ませ、待つこと1時間半以上。

お客さんはそれほど多くもなさそうなのに、何故時間がかかるの?

でも、ほどなく納得。

いつもは二人の先生が応対してくれるのだが、

今日は一人の先生しかいらっしゃらないらしい。

所在なく待つのも時間がもったいないので、受付の方に声をかけて

いくつかある用事を先に済ませてくることに。

4カ所回って用事を済ませたら11時35分。

慌てて病院へ帰り受付で「もう順番回ってきましたか?」と聞くと

「まだですよ」とのこと。

11時45分に呼ばれて診察室へ。

初対面の先生です。

○○明治先生。

明治百年の年に生まれたので、ご両親がこの名前を付けられたって。

明治百年って、昭和何年????

何はともあれ、これからお世話になります。

先生は俳優の竹中直人と火野正平をあわせて2で割ったような風貌の

とても親しみの持てる先生だ。

第一声が「長いことお待たせして、すみません」。

わぁ~~良い先生らしいぞ・・・・・・

実は、病院の先生も顔なじみになったかと思うと

転勤して行かれるんだよなぁ・・・・・

離島勤務は2年って決まっているのかな?

一月前の検査結果の説明を受け、今日の診察結果も異状はないと言うことで

いつも通り調剤薬局へ行き薬をもらって帰った。

 

薬をもらう時、3種類も薬を出されたので、えっ???

3ヶ月前から2種類しか飲んでいないんですけど・・・・・・

一月前には、薬局で薬剤師さんが病院へ電話して先生の指示のもと

薬は2種類にしたのに、連絡がうまくいってなかったらしい。

また、病院の窓口へ戻り、薬は2種類もらうことになっていますので

先生にも連絡して下さいとお願いした。

 

帰りがけ、ガソリンスタンドへ寄り家に帰ったら12時半。

 

洗濯を仕掛け、圧力鍋をガスにかけご飯を炊き始め

並行して、鶏肉のぶつ切りでダシをとりおつゆの準備、アオサを水に戻し卵と混ぜて卵焼きを作り・・・・・

塩ゆで豚肉を出して切って・・・・・

こんな時だけばばの行動は素早いんだなぁ・・・・・

あっ、忘れてた!

「ハンダマ(野菜)の白和え」も出さなくちゃ・・・・

お~~っと、茹で野菜・生野菜・南瓜の煮付けも忘れずに。

くるくる動いているうちに1時。

そろそろじじが父の食事介助を終え帰ってくる時刻。

 

ほ~~らね、「ただいま~~~」ってじじが返ってきたよ。

あの声の様子では、ちちも食欲旺盛だったな。

じじ、どうぞ~。

炊きたて十穀米ご飯、おいしいよ~~。

 

あっという間に午前中つぶしてしまったけど、

病院へ行く時は、なるべく月曜日と土曜日は外した方が良いなあ~~

と改めて思ったばばだった。

 


悪の芽は小さいうちに・・・・・

2009年05月08日 14時26分21秒 | Weblog

5月8日(金)晴れ

先日、茄子とピーマンの苗を植えたことを先日のブログで書いた。

しかし、植えた後2,3日後から茄子の葉っぱの表面の異変に気づいた。

ナメクジか何かが這った跡のようなキズのような・・・

日を追うにつれ、茄子の表面のキズ?ははっきりしてきて

さすがにばばもただ事ではないと真相を探ることにした。

昼前、茄子の葉っぱをめくって見てみると・・・・・

ウワッ~~~~~。

テントウムシが3,4匹付いている。

 

テントウムシと言えば、苗を植えた日から気づいてはいた。

そして、写真も写していた。

その写真がこれ!

ピーマンの中央付近の小さい葉っぱに・・・・                          小さすぎて分からないかな?

そして、もう一枚がこれ!

中央付近にテントウムシが見えるかな?

写真を写した時、チラッと不吉な予感はしたんだよな・・・・・

このテントウムシ、ナナホシテントウ虫ではなく

ホシが10個以上あったんだ。

・・・と言うことは害虫?って思ったんだけど、

まさかテントウムシが茄子の葉っぱを食べるなんて

思いもしなかった。

それに、敵はまんまとばばの目を欺いていたんだよなあ。。。。。。

だって「わたくしめは、茄子なんて食べませ~~ん」って言うように

ピーマンの葉っぱに止まっているんだもの。

奴にまんまと騙され、ばばは写真撮影後はそのままにしておいた。

ところがどっこい、敵はばばが気を緩めた途端

サッと茄子の葉の裏に移動し、夜な夜な(昼間もかな?)

好きなだけ茄子の葉っぱをたらふく食い散らしていたんだ。

 

許せないっ!!!!!

ばばは、すぐピンセットを持ち出してきた。

そして、片目をつむって、なるべく奴の姿を見ないようにして

挟んで取り出した・・・・一匹~~二匹~~三匹~~四匹~~~。

そして、殺虫剤をシュ~~~ッ。

 

 

苗を植え付けた時、ピーマンの葉っぱに一匹しか止まっていなかった。

たった4,5日で4匹に増えている。

葉っぱの裏を見ると、薄い黄色い糸のような物も見える。

幼虫か?はたまた卵か?

葉っぱの裏にも殺虫剤を吹きかけた。

でも・・・・

ばばは、なるべくなら殺虫剤を使いたくはない。

もう少し余裕があれば、お酢を薄めて吹きかけたのにな・・・・・・

一応は一件落着で、しばらく様子を見ることにしよう。。。。。

今現在の茄子の葉っぱは、このような哀れな状況になっている。

復活する日を信じて。。。。。。。。

 

 

上の文とは全く関係ないが・・・・・・

昼のテレビ番組「徹子の部屋」に宍戸錠さんがゲストで出ていた。

75才になって「後期高齢者」という言葉がイヤなんだって。

同じ「後期」でも「高貴」なら良いのにね。。。。

75才からが「後期高齢者」なら、それ以前に「中期高齢者」、

「前期高齢者」もあるのかな?。。。。。。。。。。


嬉しかった。。。

2009年05月07日 11時14分39秒 | Weblog

5月7日(木)晴れ

朝起きたらあまりにも天気がいいので

何はともあれ、洗濯・・・・と洗濯機を回して

8時過ぎに干したら、もうカラッカラに乾いて気持ちがいい。

でも、これからは1日1日灼熱地獄へ近づいていくのか。。。

寒い冬は「早く温かくなって欲しい」と思い

暑い夏は「早く涼しくなって欲しい」と思う身勝手なばば。

そんなばばだけど、昨日はとても嬉しいことが・・・・・・・・・

 

ばばは夕方6時前から出かけていた。

7時過ぎて返ってくるとじじが

「ピカちゃんからさっき電話があったよ」って。

「それで、何て話したの?」とばば。

「ピカちゃんがお母さんは?と聞いたので

出かけているよと答えると、あ、そうか~と言った後

産んでくれてありがとう!」って言ったんだって。

それに対し、じじは「生まれてくれてありがとう」って応えたって。

 

一昨日はこどもの日。

遠く離れている娘たちに何もしてやれず、

電話をしても休みの日だからゆっくり寝ているかもしれないし、

また、何処か出かけているかも・・と思い

ばばは、3姉妹にメールをした。

「こどもの日、おめでとう」というのも、ちょっとどうかな?

と思い、ただ「元気?」っていうような簡単なメールを。。。。

そしたら、しばらくして次女・三女からは返信メールが届き

長女からは旅先から電話があった。

すぐに応えてくれるって本当に嬉しいものだ。

 

「こどもの日」・・・・・

3姉妹が小さい頃は、近場へ出かけたり、

ちょっとしたプレゼントをしたりしていたが今は何もしてあげられない。

ただ、「大都会で、毎日無事で元気に暮らしていますように」と

祈るしかできない。

 

「こどもの日」と言えば、もう、かれこれ30年近く前

ある保護者の方(お母さん)が

「こどもの日って世間一般では子どもが主役だけど

子どもの健やかな成長を祈るのと同時に

子どもが親に感謝する日でもあるんですよ」と教えてくれた。

ばばは、こんな説は初めてだったが、すぐ家で家族にも話した。

そしたら3姉妹ともそれが記憶にあるようだ。

ばばは、娘たちから感謝されるような子育てはしていないので

感謝される資格はない。・・といつも思っている。

90%以上はじじと、じじ両親が育ててくれたと思っているから。

こんなばばにも3姉妹は「ありがとう」と言ってくれる。

そんな娘たちにばばは「ありがとう」と言いたい。

 

こどもの日・・・・・親は子どもの健やかな成長を願う

子どもは親に感謝する・・・・お互いに感謝しあうっていいことだなぁ。

 

親がいたからこそ子どもがこの世に存在している。

ばばは、3姉妹の親だけど、ばばもまたばば両親の子ども、

そして、ばば両親もまたその両親の子ども・・・・・・・・・・・

・・・・・と考えてみると、生命のつながりの不思議さを

改めて考える。

 

今、ばばの両親はいないけれど

今朝は夕べのピカちゃんの電話を思い出し

「ばばを産んでくれてありがとう!」って仏壇に手を合わせた。

 

そして、ばばの大事な宝物、3姉妹

ばばの子として生まれてきてくれて本当にありがとう!


ねむる・・・・・

2009年05月06日 14時33分10秒 | Weblog

5月6日(水)曇り

通称「眠り草」と言って夕方になると葉っぱをたたんでしまう植物がある。

ばば達は子どもの頃、その木の枝を手折っては「♪眠れ眠れ鳥たち~」と

歌いながら振っていた。

すると、その枝の葉っぱはしっかり閉じて「眠ってしまう」のがおもしろかった。

その植物はネムノキの一種だったかな・・・・・

 

植物にも夜は葉っぱを閉じてしまう物がいくつもあるだろうが、

つい先日、ばばは「カラテヤ」という植物を買ってきた。

その葉っぱの色が気に入ったのだ。花も咲くという。

買ってきて、「さて、何処に置こうか?」考えた。

「ベランダもいいけれど、トイレの窓際に置いてみよう」と決定。

トイレに入るたびに綺麗な葉っぱが見えるのは嬉しい。

 

しかし、ある晩、ふと気づいた。。。。。。。。

アレッ、葉っぱがみんな揃って「気をつけ!」の姿勢で直立している。」

昼間はちゃんとかっこよく広げているのに。

数日観察してみた。

その結果分かったことは、カラテヤは昼間は葉っぱを開いているけれど、

夜は閉じてしまうと言うこと。

葉っぱの表側は青々とした深い緑色と白が斑になっているけれど、

裏側は濃い紫色をしていると言うこと。

花が咲くのも楽しみだけど、

葉っぱの表と裏の色を楽しむだけでもいいなあ。。。。。

 

植物が眠る・・・と言えば

ばばが買ってきて育てている紫蘇。

いつも夕方になるとシナッとなってしまう。

ばばは慌てて水をかけていたが

姉が「紫蘇も夜はしおれるけれど、朝はちゃんと元気になるよ」と教えてくれた。

ばばは、何にも知らず朝晩水をかけていたよぉ~~~。

紫蘇と言えば、ばばにはもう一つ不思議なことが。

買う時はいかにも青々していて「青じそ」のつもりで買ってくるんだけど

成長するにつれて、何故か裏が紫色になってきてしまう。

どうして?どうして?

不思議。。。。。

ばばが買っているのは純粋な「青じそ」ではないのかもしれないな。

ちゃんと苗のポットには「青じそ」って書いてあるけど・・・・

それを信じて買ってくるんだけど・・・・・・

不思議。。。

欲張りばば、この紫蘇の周囲にはネギを

茎周りのあちこちには生姜まで埋めてある。

お互いが勢力を主張しあうようになる日が怖いな。

この写真を写した3,4日前には気づかなかったが、

今朝見ると、紫蘇の右側には10㎝ほど生姜の芽が出ていて

その存在を主張しているよ。


逃走!

2009年05月04日 09時25分04秒 | Weblog

5月4日(月)晴れ

「五月晴れ」・・・という言葉があるけれど・・・・・・・・

5月なってから、いい天気が続いている。

 

今朝、じじが「あっ、いない!」と叫ぶのでびっくりして

「何が?」と聞くと

「昨日散歩から帰った時、玄関脇でゴマダラカミキリを見つけたので

捕まえて箱に入れていたら逃げてしまった!」って。

「たいへん!きっと捕まえた仕返しに家中の柱なんか囓られてしまうよ」とばば。

「カミキリ虫」が柱を囓るかどうか知らないけれど咄嗟に口から出た。

 

じじも心配になったのだろう。

懐中電灯を持ち出して、ハンガーに下げた洋服の下や、

箱の隙間を覗いていた。

 

じじがカミキリを入れていた箱というのは、

一昨日、奄美市から遊びに来たじじの妹夫婦が

ばばにも、(じじに負けないような腕力をつけさせようとの配慮からか?)

一個1.5㎏のダンベルを二個プレゼントしてくれた。

そのダンベルが入っていた箱にじじはカミキリを入れていた。

しか~~~~し、その箱の表面には直径三センチほどの穴が開いていたのだ。

その穴を下にして箱は置いていたらしいが

自分の体の何十倍もある箱をひっくり返して逃げ出したのだ。

じじやばばが寝た後にカミキリ君はそぉ~っと抜け出したのだろう。

 

ばばは言った。

「じじ~、カミキリ君は柱を囓るかもしれないし、

もし、夜寝ている時、カミキリ君がじじか、ばばの顔に

はい上がってきたりしたらイヤだよね~。」って。

考えただけでゾォ~~ッとする。

 

しばらく必死に捜していたじじが

「おった~~見つけた~!」の雄叫び。

 

下ばかり見ていたけれど、なんとカミキリ君がいたのは天井近くの壁。

壁に這い蹲っていた。

じじはジャンプしてゲット!

 

その後、玄関の明るい所へ持ち出して記念撮影????

「ばばも写さない?」と声がかかった。

いったん断ったが、思い直して写すことに。

結構大きいし、じっくり見ると気持ち悪い。

箱の穴は直径約3センチ。

でも、カミキリ君が触覚を広げたら5㎝ぐらいあるけど

よくも、まあ、うまく抜け出せたもんですねぇ・・・・

自由を得るために、必死に触覚をすぼめ必死の思いで

穴をくぐり抜けたのだろう。

マジックの脱出ショーを思い浮かべたばば。

グロテスクなカミキリ君が何となく愛おしくなった。

 

でも、その後じじの解説によると、このカミキリ君、

ばばの大好物、蜜柑の害虫なんだって。

それを聞いたからには許しちゃおけないって、

もう一回さっき写真を写した場所に走って行ったけど 

もう、カミキリ君の姿は何処にもなかった。

ベランダの下に潜ったのか?それとも、自由になった嬉しさに

遠くまで羽を伸ばして飛び去ったのか?

気になる・・・・・・・


知らなかった~~

2009年04月28日 13時57分14秒 | Weblog

4月28日(火)晴れ

じじに「じじ~~ばばの実家に行かない?

ばばが、除草している間、じじはそこら辺で写真でも写したら良いんじゃない?」

と誘ったが見事断られた。

仕方なく、今日は一人で実家の除草に向かった。

 

ばばの家から実家まで車で約25分。

うちの3姉妹が小さい頃は一週間に一回、

家族で、ばばの実家に通い

ばば両親と楽しいひとときを過ごすのが我が家の恒例行事だった。

 

今頃の季節だと実家までの道すがら

民家の「屋根より高く泳ぐ鯉のぼり」の数を予想して

誰が一番正解に近い数字を出すかなどクイズ方式で楽しんでいたっけ・・・

当時は、25分のドライブ中、45本くらいの鯉のぼり飾りを見つけた記憶が。。。。

 

もうすぐこどもの日だというのに、最近は元気よく泳ぐ鯉のぼりを飾るお宅は少ない。

今日も、たった一軒しか見つけられなかった。

それも、家に飾るのではなく道端のガードレールに飾ってあった。

子宝の島として出生率が全国で1・2・3位を占める徳之島でも

最近は小さい子どもが少なくなっているのか?

それとも住宅事情によるものなのか?

都会のデパートなどでも鯉のぼりより武者人形が売れるという話も聞いたが・・・・・・

 

実家に着いて、約1時間みっちり作業をした。

たった一人なので、途中お茶も飲まず、ひたすらがんばった。

 

今日も今日とて、真っ昼間なのに集落内で人一人行き会わなかった。

平日なので子どもたちの姿もなく、村中がシィ~~ンと静まりかえっていた。

 

帰り道、カーラジオをつけた。

 

「こいのぼり」の歌のことが話題になっていた。

屋根より高い鯉のぼり

大きい真鯉はお父さん

小さい緋鯉は子どもたち

面白そうに泳いでる

ほとんどの人が一度は聞いたり口ずさんだことがあるだろう、この歌。

この歌って、2番があるのを知ってた?

今日の進行役のアナウンサー二人は知らなかったと言っていた。

 

ばばは長く、小さい子どもと関わってきたので

この歌もずっと教えたり、歌ったりしていたので

2番まであるのが当たり前だと思っていたが

もともと作者が作ったのは1番だけだったらしい。

そして2番は昭和57年頃出来たらしいが作者は不詳だと言っていた。

 

男のアナウンサーは

「♪柱のキズはおととしの 5月5日の背比べ~~~・・♪」が

「こいのぼり」の2番の歌詞だと思っていたらしかった。

鯉のぼりの2番の歌詞はたしか・・・・

緑の風に誘われて

ヒラヒラはためく吹き流し

くるくる回るは風車

面白そうに動いてる(泳いでる?)

だったかな????

一つの同様にも色々な歴史?物語?があるんですね。

 

それはさておき、柱の前に子どもを立たせ身長は計って印を付ける・・・・・・

我が家でもしていたな~~~

最近は色々な可愛い身長計が出ているし、

大事な家の柱に傷を付ける人もいないのかもしれないが・・・・・

昔は大らかで良かったなぁ~~~~。

 

さて、こいのぼりと言えばあと一つ難しい歌詞の歌もあるね。

先に書いた詩が低学年向きだとすると

次の歌は高学年向きの歌だろうか?

1, いらかの波と 雲の波 

   重なる波の中空を

   橘かおる朝風に 高く泳ぐやこいのぼり

 

2, 開ける広きその口に

   舟をも呑まん様見えて

   ゆたかに振るう尾ひれには 物に動ぜぬ姿あり

 

あれっ、2番は「百瀬の滝を上りなば、たちまち竜になりぬべし・・・・」

とも歌っていたような記憶があるけれど。。。。。。。

この歌詞も難しすぎて今の子どもたちにはマッチしないかも・・・・・ね。

 

 


「うた」の力は偉大なり

2009年04月27日 14時07分40秒 | Weblog

4月27日(月)晴れ

もう、10日以上前のことだ。

夜も10時をまわっていたと思うが・・・・・

勉強部屋にいたじじが

「ばば~~、今NHKでばばの好きな中孝介が歌っているよ~」と教えてくれた。

中孝介・・・・・奄美を代表する若き唄者。

昨今は、歌の他に外国の映画にも出演したりして活躍している。

ばばが初めて彼の歌を聴いたのは3,4年前。

森山直太郎さんの作曲と中孝介さんの裏声を生かした独特な歌い方が

とても良くマッチしていてばばは一回で好きになった。

 

じじは、あまり好きではないらしいが、ばばが好きなのを知っているので

教えてくれたのだ。

スイッチを入れると、もう番組は進行の途中だった。

歌手の大先輩小椋佳さんと中孝介さんが鹿児島を旅しながら

歌うという番組だった。

歌の合間にトークが入るのだが、その中で小椋さんは次のようなことを話した。

小椋佳さんの息子さんが若年性脳梗塞で倒れ、その闘病生活の中で

言葉もすべて忘れていた息子さんのそばでお父さんの佳さんが

歌を歌ったら、その歌に反応し、それからめざましい回復をしたそうだ。

佳さんは「あの時ほど歌をやってて良かったと思ったことはなかった」と。

息子さんは、厳しいリハビリを経て今は、薩摩琵琶の制作に関わっているとか・・・・・

 

又、中孝介さんは彼と音楽を出会わせてくれた中学時代の恩師

久野先生を訪ねた。

久野先生は50代で難病のパーキンソン病になり

今は鹿児島で療養の日々を送っておられる。。。。。。

中さんが久野先生のお宅を訪ね、色々語りかけるが

先生は、なかなか言葉がうまく出てこない。

現役時代は「鬼の久野」と呼ばれるほど厳しかったそうだが

そんな先生の指導があって、今の自分があると中さんは話した。

最後に、中さんが「一曲歌います」と言って

島唄「糸繰り節」をアカペラで歌い出すと、

何と、言葉が出にくい久野先生が中さんと一緒になって歌い出したのだ。

歌う中さんも感極まって歌がとぎれがちになった。

久野先生の奥様が「島唄とかになるとすぐ言葉が出てくるんですよ」と

話されたのが印象的だった。

中さんがおいとますることになって、家の外に出た時

先生も玄関まで見送ってくれたが、そこでも何か声をかけようとしてするのだが

なかなか言葉が出てこなかった。

中さんは、小雨の中泣きながら恩師宅を後にした。

 

この番組を見ていてばばは「やはり、歌って凄いんだな」と再認識した。

歌は世につれ、色々な流行歌があるけれど、

その時代時代の人々の心の支え、

そして、時には生きる力ともなるのだ。

 

これからも、心に残る良い歌がたくさん紡がれますように。。。。。