ばばの日記

団塊世代 仲良し夫婦の暮らし
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こんな2人でどうする?

2015年03月31日 21時22分39秒 | 自然のこと
3月31日(火)曇

「こんな2人でどうする?」って、最近、ばばがじじに良く言う言葉。

だって、2人とも変なんだもの。



夕食前、コーヒーマシーン?ネスプレッソの

水タンクの蓋が無いのに、じじが気づいた。

ばばも、食器棚やら食器カゴなど探すが見つからず。

「水タンクの蓋動かすのは、ばばだな」

と、じじは決めつけている。

ばば、反論の余地ありません。

だって、お昼3時過ぎ、じじの友人が遊びに来たので

ばばがコーヒーを淹れて出したんだものね。

その後、どうしたんだろう?????

考えても考えても分からず。

キッチン周辺をウロウロ。

「もう、後で探せば良いよ。ご飯にしよう」と

じじは言ってくれたけど、やはり気になる。

外に出て探すことに。。。。。

外と言っても濡れ縁だけどね。

洗い物が多い時は、一旦洗った物を

濡れ縁で竹ザルに入れて乾かしているの。

圧力鍋の蓋・・・・・ポット・・・・

その陰に・・・あった~~~

今まで、2年間、コーヒーマシーンの水タンクの蓋を

外で乾かしたことは無かったのに・・・無意識に外に出したんだね。

数時間前に、自分がしたことを忘れるなんて、

ばば、自分で自分が情けない。



捜し物が見つかって、安心して夕食開始。

じじは、毎晩晩酌をするのが

野菜やツマミなどはばばがテーブルに並べることが多い。

じじが必ず自分ですることは、やがて1リットル位入る大きなジョッキに

氷をガバッと入れて、その上に350ccのビールを入れる。

普通の人が見たら、「なんじゃ、そりゃ?」というような

ビールの飲み方を、じじは4,5年位しているかな?

大病をした後、しばらく経ってビールも薄めて飲むようになった。

さぁ、ジョッキにビールも注ぎ終わり、コップはばばが座っている右側に置き

次の氷を作るため、製氷皿に水を入れ冷凍庫に入れて・・・・

じじは着席。

そして、刺身を1切れ大葉で巻いて・・・・・食べ、

次に野菜を食べ・・・・・又、別の野菜を食べ・・・・・

ばばは、この辺からある事に気づき

可笑しくて可笑しくて笑いをこらえるのに必死。

だって、じじ、ビールは飲まずに、野菜と刺身だけ食べてるんだもの。

ばばが笑い出せば、じじに気づかれるから

ばばは笑いをこらえるために、そんなに熱くもない肉ジャガを

フゥ~フゥ~吹いてみたり、食べている時も

なるべくじじと顔を合わせないように下を向いて食べたり。

心の中では「じじ、何分位ビール無しの晩酌するんだろう?」

と、思いながら上目遣いにじじを見てはフゥ~フゥ~、ニヤニヤ。

すると・・じじも、やっと気づいたみたいで

うんと手を伸ばして、ばばの横からジョッキを取り

おいしそうにゴックン。

「じじがいつ気づくか、楽しみにしてたんだ~

熱くもない肉ジャガフゥ~フゥ~吹いたりしながらね」

と言いながら、ばばが笑い、ばば以上にじじが笑い。。。。

「今日みたいな時はすぐ教えてくれて良いんだよ。

要ら事は言わなくて良いけどね」ってじじ。



全く、毎日のように夫婦漫才やっているじじ&ばばです。



寂しいな・・・他

2015年03月30日 22時07分15秒 | 日常生活
3月30日(月)晴れ

ここ数日で、一番穏やかで天気が良い1日だった。

朝から、空港に出かけて、夕方4時前に帰宅した。



それから、姉と一緒にある場所へ行った。

ばばの大好きなMちゃんが、転勤になってしまうから

今日のうちに会って来なくちゃと思ってね。



Mちゃんと最初知り合ったのは、ばばが仕事をしていた時だったから

もう、10年以上前。

その時は、Mちゃんの職場とばばの職場も近かった。

用事で、Mちゃんの職場に行くと、いつも笑顔で迎え、対応してくれた。

ばばが退職してから、偶然,Mちゃんも

ばばの家から近い職場へ転勤してきていて

ビックリもしたけど、嬉しかった。

当時、ばばは、とっても重大で難しい案件で悩んでいて

親身になって、助けてくれたのがMちゃんだった。

だから、Mちゃんは、ばばにとって恩人。

じじも、ばば姉も用事で時々Mちゃんの職場へ行くことがあるが

いつでも笑顔で応対してくれて、

「Mちゃんって、ばばが言っていた通り良い子だね」って

褒めてくれて、ばばも嬉しかった。



先週土曜日、姉がMちゃんの職場へ行った時、

「今度転勤で、○○方へ異動になりました。

ばばちゃんにもよろしくお伝え下さいね」って言われたんだって。

それを聞いて、ばばショック!

昨日は日曜日だし、Mちゃんもお休みかなぁ・・・

メールでもしようかなと思っていたら

Mちゃんから先にメールが来て、その文を読みながら

何故か涙が出て来ちゃって。

今年になって、用事でMちゃんの職場へ何回か行ったけど

行く度にMちゃんの姿が見えなくて、

他の職員さんに「Mさん、もしかして転勤になったんですか?」

って聞いてしまった。

「異動のことは3月にならないと分からないんですよ」って言われ

たまたま、ばばが行った日にMちゃんがお休みだったり

席を外していたみたい。

「異動と言っても、同じ島内ですから、いつでも会えますよ・・・」

て、Mちゃんは言ってくれるけど、ばばの行動範囲から

大分離れているし、これからは、年に何回会えるんだろう。



今日、夕方、Mちゃんの職場に行ったら

お客さんもほとんど居なくて、Mちゃんと直接話すことができた。

「これからも、月一くらいでは、ばばちゃんの近くに来ると思いますから」

って、言ってくれたけど・・・・

これまでも、そんなにしょっちゅう会えてはいなかったけど

Mちゃんが近くに居るっていうだけで、嬉しかったのに

これからは、よっぽどでないと直接会うことは出来ないかも知れない。

心にぽっかり大きな穴があいたようで寂しいなぁ。

Mちゃんも言ってくれたけど、同じ島の中だし

会おうと思えば、ばばが、ちょっと行動コースを変えれば会えるかな。



ばばも仕事柄、過去、たくさんの別れと出会いがあったけれど

何十年前にお別れした方でも、島内の方とは

バッタリ出会って声をかけていただく事は良くある。

だから、Mちゃんとも今回少し遠くなるけれど

次会える時は、又お互い声かけ合って

たくさんお話が出来ますように。。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今、夜の10時前。

先ほど、隣町のHさんから電話が入った。

月の周りに白い輪が出来るという珍しい現象が起きているから

是非見て下さいって。

じじが、写真を撮っている事を知っているので、わざわざ教えて下さったみたい。

Hさんの集落では、この珍現象について、集落放送まであったらしい。

ばばも慌てて外に出たら、最初は何も見えなかったけど

目を凝らして、じぃっと見ると、なるほど、月の数メートル外側を

白い帯状の物が囲んでいる。

何だろう?

何という現象だろう?

じじも撮影を試みたけど、夜だし、カメラの性能的なものもあるだろうが、

上手く撮影することは出来なかった。

ばば達の住む地区では全然放送も何も無かったけど

明日、どなたか島のブロガーさん達がアップしてくれないかな?

それにしても、わざわざ情報提供して下さったHさん、

本当にありがとうございました!

心清くあらざれば

2015年03月29日 15時52分46秒 | 日常生活
3月29日(日)曇時々雨

案の定、言われた。

「ばばちゃん、ゴミ出しの時間遅れたの?」って。

ばばが、倉庫掃除をしていると、

ご近所の方が倉庫前を通って、ばばに言ったの。

さらに、「昨日もね、○○ちゃんと話していたのよ。

ばばちゃん、ゴミ出しの時間、間に合わなくて

後で出したのかねぇって。」と。

ばばの願い虚しく、我が家の下に置き去りにされた

ペットボトルの入ったゴミ袋、今日もドッシリ座っている。

ばばの家を知っている人なら、

絶対ばばがゴミを出す時間に遅れたとしか思わないだろうという

予想は見事に当たった。

たまたま、水曜日から直接、言葉を交わした人が居なかったから

言われなかっただけのことだよね。

ばばも、今日、声をかけてくれた人に言った。

「私じゃ無いんです。

私は、不燃ゴミと、資源ゴミ1袋ずつ出したけど、

ラベルとかキャップとかちゃんと外して出しました」と。

「私が出し遅れたと思われるのもイヤだから、

この袋、持ち帰ってきちんとして、4月8日に出そうかとも

思ってはいるんですけど・・・」と言うと

「あなたがする必要ないよ。次の収集日まで置いとけば、

持って行ってくれるよ」って言われたけど・・・・

やっぱり・・・直接ばばに言わないだけで

「ばばさん、ゴミ出し遅れたか、資源ゴミ出しの日

間違えたんじゃない?」って、思ったり、話したりしているんだ・・・・

だけど、まっ、いいや。

ばばも、このまま4月8日まで、ほったらかしておくことにした。



こんな悪いこと考えていたからか?

ブログを書こうと思っても、全然文字入力が出来なくなった。

ネット閲覧などは、いつもと変わらなく出来るのに、不思議。

いよいよ、じじにSOSか?と思ったけど

何とか自分で解決できるはずと、思いつく限りのことをしてみた。

電源を切ってリセットしてみたり、文字変換をいつも使うモードにする

キーを押してみたり、まぁ、超機械音痴のばばが出来る事なんて知れてる。

20分もあれこれやってみたら、もう、お手上げ。

マウスにも全然問題は無い。

最後の最後にキーボードに原因があるのでは?と思い至った。

そして、電池ボックスを開けて電池を入れ替えてみようと思った。

単4の乾電池2本・・・・買い置きがあったかな?

見つけ出して、セット。

すると、ばばが入力もしないのに、キーボードがひっくり返されていたせいで

何か記号らしき物が、自動入力。

たまげたなぁ。

ちゃんと普通のようにキーボードを戻して

入力してみたら・・・・・・・・・・・・・

なぁんだ~ちゃんと入力できるじゃん。

慌てて、じじにSOSしなくて良かった!

自己流で彼方此方触って、電池替えたら直る位だから、

故障でも何でも無く、タダの電池切れだったって事。

はぁ~やっぱり機械は苦手じゃ~

そんなばばから見れば、パソコンの訳分からぬ操作を

朝から晩までしているじじの頭の中は、一体どうなっているんじゃろう?の一言。

ばばには、じじが同じ世界の人間とは思えないんですけど・・・・・

そっか~ばばは、ミカン星の住人だった。

やっぱりじじとは住む世界が違っているから、

難しいパソコンの構造とか、ばばは分からなくても良いか~。

さぁ、どうする?

2015年03月28日 20時28分44秒 | 日常生活
3月28日(土)雨後晴れ

ばばの家の前に、ペットボトルが入った資源ゴミ袋が

置かれている。

ペットボトルの種類は様々で、シールやラベル?等も貼られたまま。

先日、水曜日は、資源ゴミ、不燃ゴミを出す日だった。

ばばも、シールやラベルなどを剥がしたペットボトルを

小さい資源ゴミ袋に入れて出した。

そして、不燃ゴミも専用の袋に入れて出した。



大体ゴミ回収は8時30分から始まるので

毎回、その時刻よりも早く出すようにしている。

徳之島町はゴミ集積センターとか無いので

それぞれが自宅前に出しておくと回収してくれる。

そして、数年前から北から南へ回収していく業者さんと

北から南へ回収する業者さんがいて、

ばばの家のゴミは、北から南へ回収する業者さんが毎回回収してくれる。

お向かいのお宅などは、

南から北へ回収する業者さんが回収している。

で、今回、とても腹立たしい事が・・・・

ばばは、不燃ゴミ1袋分と、資源ゴミ(ペットボトル)1袋を出した。

昼過ぎには自分が出したゴミは回収されていた。

ところが、ところがですよ、ばばの家の前に

まだ」回収されていないペットボトルの入ったゴミ袋が置かれたまま。

ばばが出したのではありません。

ばばは、キャップは可燃ゴミにいれ、ペットボトルも洗って

シールもラベルも外せる分は全部外して出しました。

ところが、置き去りにされているゴミ袋は

色とりどりのラベルやシールが貼られたままのペットボトルが入っている。

おまけに、キャップも付いたまま。

今日で4日、置きっぱなし。

きっと、回収業者さんが回収した後にゴミを出したんだと思うけれど

なぜ、他人の家の下にゴミを何日も置いて知らんぷりしているのだろう。

道を通る人は、きっと我が家のゴミだとしか思わないはず。

腹立つし、ばばが時間外に出したか、仕分けがちゃんと出来ていなくて

回収されていないという事になる。

あぁ~イヤだなぁ。

ばばは、指紋を付けたくなくて、昨夕までは触らなかったけど

今朝は夕べからの強風と大雨で、ゴミ袋は車道側に移動していたので

仕方なく、道路の端っこに動かした。

あぁ~あ、ばばの指紋付けちゃった。

ゴミ袋の中も、ばばの家は、ほぼ、99%がお茶のペットボトルだけど

置き去りにされている袋の中身は

色々な飲み物のペットボトルが入っている。



不燃ゴミや資源ゴミは第2と第4水曜日しか収集しないから

4月の収集日は8日だよ。

あと、約2週間も我が家の前に

他人のゴミ袋を置きっぱなしで良いのだろうか?

ばばは、迷っている。

他人が出したゴミ袋の中味をばばが分別して、綺麗にして

4月8日までばばが保管した方が良いのか?

それとも、このまま放っておいて良いものだろうか?

後しばらく様子を見ておこうかな?

このゴミ袋を出した人は、自分の出したゴミだって分かるだろうから

置き去りにされていることに気づいたら、

取ってくれたら良いんだけど・・・人目に付かない夜にでも・・・・



明日の朝は、ゴミ袋が無くなっていた・・・・なぁんてこと、無いだろうな。


2年ぶりのテレビ

2015年03月27日 18時44分34秒 | 日常生活
3月27日(金)曇後夕方から小雨

ばばがテレビを観なくなって、ほぼ2年。

23日の夕方、姉からメールが。

「今、夜MBCテレビで、西川グループの社長さんがテレビに出るって」と。

西川グループと言えば、徳之島ではトップ企業と言っても

過言では無いと思う。

現社長さんとは、あまり面識が無いけれど

社長さんのお父様の時代は、我が娘達を連れてお店に行くと

よく飲み物などをいただいたし、

ばばにも、よく声をかけて下さり、可愛がっていただいた。

もう、何十年も前の事だけど「西川御殿」と呼ばれる豪邸で

「水前寺清子ショー」があった時は、見せて頂いた。

過日のテレビ番組を観て分かったことだが

この「豪邸」も、現社長が、ご両親のためにと建てられたそうだ。

豪邸は高台にあり、樹木なども常に剪定されている。

亀津の町や海が見下ろせ、ロケーションが素晴らしい。

邸内には、前社長の胸像などもあり

お母様の、歌が刻まれた石碑もある。

毎日、夕方散歩をしていた頃は、庭を管理している方にお願いして

庭に入らせてもらって、植物等の撮影をさせて頂いたりもしたが

夕方の散歩を止めてから、もう、4,5年。

近くまでも行ったことが無い。



流通業・ホテル業・酒造業・海運業等々

幅広く事業を展開されておられるグループの社長さんが

テレビに出る・・・



そう言えば、年明けだったか?

じじが撮影帰りに

「海岸近くで、西川の明寛兄さんと撮影隊の皆さんを見かけたけど、

コマーシャルの撮影かな?」と話した事があった。

この番組の撮影だったんだなぁと、先日分かった。



番組開始は夜7時からというので、

5分前にはテレビの前に座っていた。

番組が始まってほどなく、じじ妹から電話。

「ばばちゃん、テレビ観てる~?」」と。

「観てるよ~」と答えると、電話は切れた。

姉も妹も、同じ番組を観たんだね。



社長さんは大学卒業後、都会で色々勉強して

島に戻り、お父さんの後を継いだそうだが

常に「負けじ魂」をもって、先駆け的なことに

色々チャレンジをしてきたそうだ。

「離島、徳之島の人達のために」という気持ちが常にあり

日用品などの鹿児島との価格差をなるべく縮め、

鹿児島と同じような料理を安く提供しようと

ホームセンターやファミリーレストランなどを始めたそうだ。

又、観光客を呼ぶためには宿泊施設が不可欠だと

ホテル業も始めたって。

色々話されている中で、「亀津ヤンキチシキバン」という言葉が出た。

これは、その昔、亀津の親たちは

倹約に倹約をして、自分たちは家の桟が映るほどの

薄い(水分の多いお粥さん)ご飯を食べ、

子どもに教育を受けさせたそうだ。

昔の歌に「亀津ヤンキチバン」という一節があるが

ばばが、その意味を知ったのは、じじと結婚してからだ。

子どものために頑張る親に応えようと、

「なにくそ!この位でへこたれてなるか!」と

一念発起して頑張る子ども達。

「ヤンキチシキバン」時代に、亀津はたくさんの偉人が出ている。

「親が子どもを思う気持ち」

「子が親を思う気持ち」

「開拓精神」「愛郷心」「良き友との交流」等々・・・・・

テレビを観ながら、色々な事を考えさせられた。



1時間もテレビの前に座るなんて、約2年ぶりだったが

時にはテレビを観るのも良いかな?と思った。

次は、いつ、テレビの前に座るかな?


南天とキツネ花

2015年03月26日 13時36分55秒 | 植物のこと
3月26日(木)晴れ

室温20度、湿度45%の我が家。

庭に出ると、少し風が強いけどお日様の日差しが気持ち良い。

だから、花壇の横にちょこんと座って日向ぼっこ。

夏なら、焼け付くような日差しで、

少しでも陰を探そうと思うのに、

今の季節、柔らかなお日様の光って大好き!

しばらく日向ぼっこをした後、花壇をチェック。

最近は、1日1回か、それ以上に花壇を見るのが

日課のようになっている。

雑草を見つけたら即引き抜く。

ずっと以前、聞いたことがある。

良い農夫は雑草を生やさないように絶えず気を配る。

普通の農夫は、雑草が生えたらすぐ除く。

悪い農夫は、雑草が生えても、そのまま、ほったらかしておく。

現在のばばは、良い農夫と普通の農夫の、

ほぼ中間に位置してると自己分析。



今の時期、花は少ないけれど

ピンクのゲンペイカズラ?が唯一彩りを添えている。

あとは、ガザニアや月下美人、夜香木、バンマツリ、ディフェンバキア

キンモクセイにギンモクセイ、トラノオ、キツネ花、アジサイ、カランコエ・・・・・

花木では無いのに、何故か春菊やネギなども。

菜園が狭いから、花壇の空いたスペース利用~

狭い場所に色々ありすぎて、

花壇か菜園か分からない時期もある。

あっ、南天も!

この南天、1月だったかな?

友人のS姉さんが、「ばばちゃんにプレゼント!」って

実が沢山付いた南天の枝を1本下さった。

枝が長いので、実の付いた部分だけ切って

しばらくは玄関に飾ってあったけど

いつの間にか枯れかかってきたので実も花壇に挿しておいて

黒くなってから、芽が出るかダメモトでバラ捲いた。

実の付いた枝を切り取った時、

その枝が付いていた太い茎の部分を

花壇の奥の方に挿しておいた。

そしたら、3月初旬から新芽が出始め、

今では蕾の沢山付いた枝まで・・・・・
南天
このことを、S姉さんに話したらビックリしていた。

台風被害とか無ければ、年末には自分の家で

真っ赤に熟した南天のの実が見えるかも・・・・

それにしても、南天って生命力強いんだね。

S姉さんは挿し木をするとか考えもせず

捨ててしまったんだって。

勿体なかったね。

あと1つ、笑えるのがあるよ~

キツネ花。

今まで大きな実もたくさん出来て、お隣さんや姉

友人達にも分けてあげたんだけど。まだいくつか実があってね。

その中でも、1つの枝の先端にギッシリと実が付いた枝があって

数えてみたら・・・・

何個あったと思う?

大きいのは栗の実より一回り位小さいのから

小さいのは椎の実より小さいのまで

合わせて27個も実があったの。
キツネ花
数えながら、何故か知れないけど笑いがこみ上げてきて

ひとり大声で笑っちゃった。

後日立ち寄った姉も、その枝を見つけて大笑いしていた。



良いね、良いね、ひしめき合うキツネ花の実。

この実、このまま、ずっと置いておこうと思ってるよ。

電話

2015年03月25日 18時14分16秒 | 日常生活
3月25日(水)晴れ

最近特に電話機がナンバーディスプレイ機能型で良かったと思う。

出かけた日とか、帰宅後に必ず着信記録を確認している。

すると、数日置きに見慣れぬ番号からの着信がある。

そういう時は、そのナンバーをネットで検索してみると

事業所名とか登録されていなくて、口コミを読んだら

「よくぞ、受話器を取らなかった」と思う。

たいていの場合、見慣れぬ電話番号からかかってきた時は

出ないようにしているが、万が一出ても

開口一番の声を聞いて、こちらから無言でガチャッと切るようにしている。

今更ながらだけど迷惑電話が多いなぁ・・・



ばばの場合、今、母が介護施設に入っていて

高齢でもあるから、母の容態が一番気にかかる。

夜中でもあると、電話が鳴っただけで

心臓が以上にドッキンドッキンする。

過日は、ばばが寝た後電話が鳴ったので

「もしかして母の具合でも悪いのか?}」飛び起きた。

電話に出ると、「ばばちゃ~ん、起きてた?」と友人の声。

ホッとして、しばらく話した。

電話を切った後「今何時?」と時計を見ると

まだ夜の9時半だった。

ばばは、時間を1時間間違えて、9時頃に寝たらしい。

自分では10時に寝たつもりだったので

電話が鳴って、怖くて怖くて・・・・

世の中の人、ばばのような人は少ないと思うけれど

ばばは、9時以降は親しい人にでも

なるべく電話はしないようにしている。

ばばの中では、他人様に電話を掛ける時は

午後9時までと決めている。

それより遅くなった時は、翌日掛ける。



今日も夕方花壇に水まきをしていると電話が鳴ったので

慌てて家の中に走って、電話のディスプレイを見ると

見知らぬ番号だったが、迂闊にも出てしまった。

相手が名乗りもせず「書き損じの年賀葉書とか・・・」と言うので

こちらからガチャッと切ったが、腹が立った。

いっそのこと、電話は固定は解約して

携帯電話にしても良いかな?と思う時もある。

ばばの友人では、そのようにしている人もいる。



迷惑電話の後、母のことが気になるので

「やはり、今日で母と面会してこよう」と思った。

まだインフルエンザ予防の趣旨から面会謝絶なので、

玄関先で母の顔を見て、数分、母に話しかけて帰ってくる。

今日は、玄関に入る前に葉半部屋の横を通ったので

中を覗くと、介護士さんがベッドから母を起こしているところだった。

介護士さんがゼスチャーで、「玄関の方へ連れて行きます」と言われたので

玄関へ行き、事務所の方に、ここ数日の母の様子を聞いたりして

待っていたら、車椅子の母を介護士さんが連れてきてくれた。

ばばが手を振ると、母も右手を少しだけ上げて応えてくれた。

その後は、ばばの前に跪いて、

家族のことなどゼスチャーを入れながら色々話した。

理解してくれているかなぁ・・・・

母もしきりに口を動かすけれど声にならない。

それでも、ばばは「うん、うん」と頷いて聞いていた。

あまり長い時間は母に負担がかかるので

「お母さん、夕食いっぱい食べてね.又来ますね」と言って

母の手を握り、そして手を振って、さよならの挨拶をした。

母は表情をあまり変えなかったが、それでも右手を振ろうとしてくれた。

今年になって、急に意思疎通が難しくなった母だけれど

日によってはニコッと笑いかけてくれる日もある。

そんな日は、ばばも心が軽く、嬉しくなる。

母は、風邪を引きやすいので

早く暖かい春になって欲しいなと願っている。

週末か、来週初めには又、母と面会に行こうと思っている。



「10円不足です」

2015年03月24日 16時27分56秒 | 日常生活
3月24日(火)晴れ

ある方からメール便が届いたけれど、

ばばが、ちょっと自宅2階へ上がっている時で

直接受け取れず、ポストに入っていた。

ポストから出してみると、いつもとちょっとレターパックの様子が違う。

上に紙が貼ってあり、料金不足だと書かれている。

レターパックって、350円とか500円とかでパックを買い

その中に規定の重さ・厚さの品を入れて送るんだよね。

いただいたレターパックはパックの表に書かれている厚さ3センチ・

重さ4㎏の規定内に入っているし、どうして料金不足なのかな?と思った。



料金不足と書かれた用紙には、「もし、この荷物を受け取りたくなければ

不足のお金を払わず、郵便局へ持って来て下さい、

荷物を受け取る場合は所定の位置に不足分の切手を貼って

郵便局へ持って来て下さい」という趣旨のことが書かれている。

10日間の間に・・・・

勿論、早速送って下さった物を、料金不足だからと返却はしない。



何故10円不足なのか?ずっと考え続けていた。

そして、夜になってハッと気づいた。

消費税分が10円ではないかと。

送って下さった方は、消費税が上がる前に

レターパックを何枚か買っておいたのだろう。

そして、今まで通りに中に品物を入れ送ってしまったに違いない。

理由は分からなくても郵便局へ行くつもりだった。

すると、レターパックを受け取った次の日、

夕方、郵便屋さんが小包を届けて下さった。

その時に料金不足の用紙が貼られていたことを話し

「今現金で10円し払っても良いでしょうか?」と聞いてみた。

すると、「現金を支払う場合は局まで行っていただかなくてはなりませんが

もし、10円切手があるのでしたら、料金不足云々と書かれた用紙の

不足分の切手を貼る部分に、張って貰えたら私が受け取りますよ」とのこと。

慌てて手紙用品入れの箱を引っ張り出して、切手を探した。

ばばも、消費税が上がる前に、

80円切手をたくさんまとめ買いしてあったので

後日、それに足して貼る分の2円切手を50枚ほど買ってあった。

大分使ってしまったが、まだ数十枚残っていたので

2円切手5枚を料金不足通知書類?に貼って

小包を届けて下さった配達やさんに言付ける事が出来た。

良かった!

今回のことで、思い出したことがある。

過日のブログにも書いたが、

近所のおばちゃんのお嬢さんから、ばばに手紙が来た。

お嬢さんは手紙を投函後、不足の2円を貼り忘れたことに気づいたが後の祭り。

そこで、すぐお母さん(ばばの近所のおばちゃん)に電話をした。

おばちゃんは、慌ててばばの家のポストに10円(だったかなぁ?)入れた。

何も知らないばばは、ポストに10円玉が入っていることにビックリしていたら

おばちゃんから電話があって、事情を知った。

あの時は、料金不足という添付書類も無くて、

結局、おばちゃんも、お嬢さんも、ばばも「2円」を払わなかった。

おばちゃんは、2円不足でも届けてくれた郵便局の方に

「差し出し局も、貴方たちも、良い人達だねぇ」って言ったんだって。



ばばつくづく思うんだけど、

「日本の郵便制度って本当にありがたいなぁ・・・」って。



たった45円や82円の葉書や手紙を

日本中の方々に届けて下さるんだもの。

大雪の中だって、険しい山道だって、どんな辺鄙な場所だって

日本国内くまなく、色々な人の思いを込めた書簡を届け

人と人の心を葉書や手紙でつないで下さる郵便局の方々。

本当にありがとうございます。


手紙書いたけど・・・

2015年03月23日 17時51分17秒 | 日常生活
3月23日(月)晴れ後曇り

昨日、宮城県の知人から「牛タン」が送られてきた。

ばばは食べられないけど、じじの大好物だ。

送って下さった方は、出張とかで帰宅時刻も、まちまちらしいし

奥様も仕事をされているようなので、お礼の手紙を書いた。

昼少し過ぎ、家の近くのポストに投函に行こうと

玄関に出たら、家のポストに郵便物が。

「何かな?」と思って出してみると、レターパックで

又、同じ送り主さんから。

今、投函に行こうと思っていた手紙は投函せずに

レターパックを持って家に入って開封した。

すると、みやぎの思い出写真集 「3,11 津波で失われた宮城の風景」

という写真集と宮城の観光ガイドブックが数冊入っていた。

そして、お手紙も入っていた。

ばばが過日送った、タンカンとジャガイモを

ご兄弟やお隣ご近所の皆さんに分けて、みんなでいただいたと。

特に、タンカンは「中に蜂蜜でも入っているみたいに甘い」って

みんなに大好評だったらしい。

タンカンに「蜂蜜が入っているみたいに甘い」という感想は初めて聞いた。

発送をお願いした農家さんに話すと、喜んで下さるだろうな。

お手紙には、他にもご兄弟のことや、ずんだ餅のこと等も書かれていた。

もしかしたら、今夕か明日辺り、ずんだ餅も届くかな・・・・と

想像できる文面だった。

お手紙を読み終えて、写真集やパンフレットを見ていたら

何故か、もう1通お手紙が入っていた。

そして、後から見つけたお手紙の封筒には「追伸」と書かれていた。

お手紙には写真集の説明などが書かれていた。

1個のレターパックに、わざわざ封筒を別にして

2通もお手紙を下さったAさん。

同じ封筒に入れて下さっても良かったのに・・・・



ばばも、午前中、「牛タンのお礼状」は書いたけれど

写真集のお礼状も書かなくちゃと、一旦封をした封筒を開けた。

そして、便箋を取り出して「追伸」の分の手紙を、ほぼ書き終えた。

同じ封筒に入れようとは思っているけれど、

又、ずんだ餅が届いたら、そのお礼も書かなくてはいけないかなと

思ったりして、まだ、封筒の封は開けたままにしている。



今回、送り物を下さったAさん、

ひょんな事から、じじとご縁があり、

かれこれ30年位のお付き合いになるかなぁ・・・・

電話を下さる時は、東北の方らしく、必ず「おばんです~」が第一声。

4年前の大震災の時は、すぐに情報が入らず

本当にヤキモキしたけれど、2日後に本人から

「元気ですよ~」と電話を下さった。

順番待ちしての公衆電話からだった。



年賀状をやりとりしたり、たまに電話を掛け合う位で

まだお目にかかったこともないけれど、

「もう、何十年のお付き合いだから

遠慮無く、東北の○○送ってと言って欲しい」とも言ってくれるAさん。

そしえ、秋には新鮮なサンマや帆立を毎年送って下さる。



Aさんって、どんな方かな?

お声や話し方の印象では、「とっても純朴そうな方かもね」

というのが、じじとばばの一致した意見。

大柄な方かな?ほっそりした方かな?

じじとふたり、色々想像して話している。

元気なうちに、いつかAさんご夫妻とお目にかかれると良いなぁ。



さてと、2回分の手紙。

最初書いた手紙を、追伸の手紙より先に読んでもらうために

どうしたら良いんだろう?



一応、投函は明日の朝一で、郵便局まで行ってこよう。



21日にAさんが投函して下さったレターパックが2日後の今日届いた。

徳之島と、宮城県。

ばばの頭の中では、とてもとても遠いような気がするけれど

案外近いんだなぁと、ビックリ。

ばばの手紙も今週中にはAさんの元へ届くかな・・・・・



43年前の絵と文、他

2015年03月22日 16時06分47秒 | 思い出
「ばばの日記」

3月22日(日)晴れ

朝から始めた洗濯。

今6回目。

これが最後・・・あと20分ほどで終わる。

1回目の洗濯、始めたのが8時過ぎ。

6回目の洗濯、終わるのは、お昼の3時。

何と、1日で6回の洗濯。

かかった時間約7時間。

ばばの人生で、最多・最長の洗濯回数と時間。

じじとばば、ふたり暮らしなのに何でそんなに洗濯?



敷き毛布や掛け毛布、敷き布団カバーに掛け布団カバー、

枕カバー、敷きパッド等々・・・・

毛布は1回で1枚しか洗えないので、時間がかかる、かかる。

昨日とうって変わって、今日はに中通して

ほぼ快晴との天気予報だったから、思い切って全て洗うことに。

敷き布団や羽毛布団は2階の窓を開けて干した。

洗濯をしながら、自宅2階の片付けもしましょ。



もう、ほぼ片付けも終わってはいるが

細々したところが少し残っているのでね。

廊下に掃除機をかけ、玄関先を掃き

靴箱を動かして、三和土や廊下、全て雑巾がけをしましょ。

頑張って、頑張って、一段落してお昼ご飯に下りたら

ポストに不在票が入っていた。

配達に来て下さったのに・・・すぐ隣の2階に居て

気づかなくてごめんなさい。

すぐに電話をして、再配達をお願いしたら

2時から5時までの間に配達しますとのこと。

2度手間かけて、本当にごめんなさい。



昼は、2時までに作業を片付けて、郵便屋さんを待っていましょ。

お昼を済ませ、2階で片付けをしていたら

懐かしい物が出て来た。

昭和47年3月15日の日付が入っている文集。

ばばが勤め始めて3年目の子ども達の文集だ。

当時1年生の子ども達の手書き作文が1冊の文集にまとめられている。

ばばが作ったことには間違いないが、

原稿用紙の代わりに、わざわざマス目を作った手作りの作文用紙。

それも、上白紙では無く、ザラ紙と言っていた薄茶色の粗悪な紙。

表紙には何故か竹と不細工なタケノコと 、笑った男の子、怒った男の子

泣いている女の子のイラスト。

これもばばの手書きだ。

文集の名前は「たけのこ」。

それにしても、文字やイラストの幼稚なこと。

恥ずかしい!!!!!
文集


表紙をめくると、子ども達の可愛らしい作文が。

例えば、ある女の子は

「わたしは きのう おかあさんと 川へ木をきりにいきました。

がくげいかいで つかうのです。おかあさんは かまで六本も

きってくれました。おかあさん どうも ありがとう。

げきを 見にきてね。」と書いている。

ある男の子は

「ぼくたちは えんそくで かなみの とうだいへ いきました。

たこもとりました。小さいので すてました。かわいそうでした。

おかしを たべました。

大きな さかが ありました。

人が たくさん すべっていました。ぼくも すべりました。

おひるになったので べんとうを たべました。

おかあさんが つくってくれたべんとうは とても おいしかったです。

おかしも たくさんたべました。」と書いている。

表表紙の裏には、ばばも「竹」という短文を書いてある。

その文は

私は竹が好きだ。

青空にスックとそびえる若竹が好きだ。



冬・・・

雪が降る。

真綿のような粉雪が舞う

積もる・・・積もる・・・積もる、雪



若竹の上に

雪が積もる。

重い・・重い雪

冷たい冷たい雪

耐える・・・若竹は耐える

重さを、冷たさを





谷川のせせらぎと共に

天を突く竹

苦難を耐えて伸びる竹



そんな竹が私は大好きだ



これ、20代前半のばばの詩?

まさか、どこかから盗用したんじゃないだろうね。

自分で作ったという、記憶も無い。

小学1年生の文集に、こんな文を書くなんて・・・・・



子ども達ひとりひとりの作文を読んでいくと

1年生当時の顔がひとりひとり浮かぶ。

もう、50才を超えているかなぁ・・・この子達。

会ってみたいなぁ・・・

この文集を持っている子が、まだいるかなぁ。



文集を止めていたホッチキスの針も

時間が経ち過ぎて錆びてしまい、

子ども達の作品も上3枚は外れてしまっている。

大事な宝物、見つけたなぁ。

きちんと製本して、これからも大事にしまっておこう。