ばばの日記

団塊世代 仲良し夫婦の暮らし
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4年ぶりの再会、他「徳之島みじらん祭」

2011年07月31日 22時07分15秒 | 日常生活

7月31日(日)晴れ

4年前、お父さんの転勤で鹿児島へ帰ったHさん姉弟3名が

今朝の船で徳之島は遊びに来るという、嬉しい連絡があったので

9時前、港へ走った。

4年間・・・・大人(ばば)は加齢で、どんどん老け込み

子供達は背が伸び、良い意味で成長しているだろうな・・・・

 

ほぼ定刻通り「クィーン8」が入港。

懐かしいHさん姉弟が下船してきた。

お姉ちゃん二人は、4年前よりほっそり、

弟は逞しくなっているような気がした。

3名とも、礼儀がきちんとでき、言葉遣いも綺麗で感心した。

弟、Y君は「徳之島に来たんだ・・これ、夢じゃないよね・・・」って。

「ほっぺ、抓ってみようか?」とばば。

時間は一気に4年前へタイムスリップしたようで、しばし待合室でお喋り。

その後、3姉弟は迎えに来てくれていたホストファミリー、

NさんとMさんの車に分乗し今日の目的地へ。

又、2日後、港での再会を約束しばばは自分の用事を済ませる為に行動。

かつて、関わった子供達の成長した姿を見るって嬉しいものですね。

 

正午からは、「第一回徳之島みじらん祭」があるということを

いくつかのHPで広報されていて、気になっていたのでじじ・ばば姉・ばば、

いつもの3人組で出かけることにした。

 

「みじらん」とは徳之島の方言で「楽しい」という意味。

会場は、徳之島リゾート&オフィス(諸田)

駐車場は会場からだいぶ離れた神之嶺小学校校庭だったが

バスが15分おきくらいで運行するので利用した。

会場に着くと炎天下にもかかわらず既にたくさんのお客さんがいた。

中に入ると、次の4つのブースがあった。

「島を唄う」・・・島の若者達が島唄や、島を想う歌を唄い、

         琉舞や、エイサーなどの発表

「島を感じる」・・・子供&ファミリーシュノーケリング教室・プール遊び

「島を学ぶ」・・・大昔の徳之島の暮らし資料館

        うみ・やま・いきもの写真館・徳之島の昔話の読み聞かせ

「島を遊ぶ」・・・みじらん祭オリジナルグッズ販売・出店、

 

それぞれのブースで趣向を凝らした展示やパフォーマンス、

舞台発表などがあった。

ばば達は、舞台発表を中心に見学したが、

舞台発表者は、ほぼ100%が中・高生や20代、30代の若者だった。

頼もしいなぁ・・・・

特に若い子達が昔からの島唄を上手に唄い、

又自ら作詞作曲した愛郷の思いを歌い聴衆を巻き込んで舞台を盛り上げた。

去年、米軍基地が徳之島へ移設されるのでは・・・ということで

島民の気持ちが大きなうねりとなって

1万5000人もの人たちが集まり反対集会を成功させた。

その時、都会にいた若者も同じように、いや、島を離れているからこそ

更に危機感を持って「基地移設反対」の気持ちを盛り込んだ歌や

当時の総理の行動を非難する内容の歌を作り、

都会でも歌うことで郷里への「米軍基地移設反対」の声を上げていたのだ。

改めて「島の若者達、偉いぞ、凄いぞ!」と拍手喝采を送りたい気持ちだった。

次々と舞台発表が行われ、飛び入りで踊る参加者も出るほど盛り上がった。

シュノーケリング体験にも50人の子供達が参加したそうだ。

大盛会だったんだね~。

 

祭は夜9時まで行われるが、ばば達は夕方にしなければならない仕事もあるので

後ろ髪引かれる思いで会場を後にした。

駐車場には、まだ100台以上の車が止まっていたが、

昼間、仕事で参加できなかった人たちも多かったはずだから

夜も、昼以上に盛り上がっているだろうなぁ・・・・

今回の祭は島の若者達で「みじらん祭実行委員会」を作り取り組んだようだが

 

若者パワーって凄いね。

この頼もしい若者達がいる限り、島はまだまだ大丈夫!

徳之島バンザイ!

 

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毛虫の行列

2011年07月30日 14時14分54秒 | 日常生活

7月30日(土)晴れ

「毛虫の行列」なんて見たい人はいないよね~。

ところが、ばばはこの「見たくもない毛虫の行列」を

昨日、見てしまったの。

場所は、両親宅の花壇。

「花壇」と言っても、今はシソやハンダマやニラ、カランコエやキンモクセイ

クチナシ等、何の脈略もなく、ただ雑然と生えているだけ。

元はと言えば、ばばが種々雑多次々植えたり

種を播いたり挿し木したからなんだけどね。

義母が介護施設に入所してから荒れ放題になっていた庭に

ばばが、次々色々増やしていったの。

本当に育てたいのはキンモクセイとクチナシなんだけど、

じじの刺身のツマとしてシソやハンダマも育てているの。

 

最近は朝方晴れていても、突然ザァッと雨が降ったり

昼間晴れていても、夜雨が降ったりするので

水掛をサボっていたの。

降る雨で充分水は足りていると思ったからね。

 

ところが、一昨日の夜、大事なシソが

クタンと萎れているのを偶然気づいたの。

「これは一大事!」とばかりに、昨日は朝のうちに充分水をあげるべく

ホースで水を撒いていたの。

蛇口がいろいろな水撒きパターンに換えられるホースなので

シャーにしたり、ストレートにしたり、霧にしたりして

水を撒いていたんだけど、「ハンダマにはうんと強くかけたい」

と、何故か思い、ストレートで水圧を上げバンバンかけていたら・・・・

ばばの目の前でポトリ、ポトリと次から次へ・・・・

何が落ちてきたかと言うと・・・

黒と黄色っぽい縞々の体長4センチくらいの毛虫。

ハンダマに付くなんって、一体何の幼虫?

落ちた虫たちも吃驚したんだろうね。

先を争って、水道の方へ走るの。

ウネウネと体が動く度にばばは目を覆いたくなったけど

もし、自分の方へ向かってきたらと思うと、

彼らの動きから目が離せないの。

「ヨシッ」とホースの水をストレートにして彼ら目がけて散水するも

一瞬にして立ち直り走り始めるの。

良い根性してるよね~~。

気味悪く思いながらも、少しは感心もしたよ。

でもさ、このまま放置したらハンダマやシソ等、全滅してしまうかも知れないでしょ。

ポトポト落ちては走り出す毛虫を「二度と野菜の戻してはいけない」

とばかりに、必死に水を撒くけど敵も然る者、ばばに見つからないように鉢の下や

ブロックの穴の中に走り込む。

「そうは、させじ」とばばは水を撒く。

水を撒いたって、1匹も退治できないことにやっと気づいたばば。

次に、倉庫から「アースジェット」を持ってきて吹きかけた。

一瞬クニャっと体をくねらせたが次の瞬間又しても走り出した。

アースジェットは毛虫には効き目ないのかぁ~。

それでも諦められないばばは、次に水道の上にあった

食器洗い用の「液体ママレモン」を振りかけてみた。

一滴、二滴・・・・すると、やっと動きが鈍くなった。

さて、次の標的は・・・・と見回すも、

ほぼ全員ならぬ全匹?がどこかへ消えてしまっている。

ばばがウロチョロしている間に、葉っぱの下とか、

ブロックの隙間などに潜り込んでしまったのだろう。

20匹近くいたにもかかわらず、何とかママレモンで退治できたのは

たったの2匹だけ・・・・

効率悪かったねぇ~と、改めて反省。

でも、いつまで経っても虫は苦手・・・・・

だから、じじに言ってやったの。

「じじ~、これから、ばばはハンダマの葉は摘まないから

じじが自分で摘んでちょうだいね」って。

 

もう二度と、毛虫の行列なんて、遭遇したくありませ~~~~ん。

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除草剤は怖い!

2011年07月29日 22時01分57秒 | 日常生活

7月29日(金)晴れ

今日は忙しかった~~。

朝、9時半から病院で検査予約をしてあったので

9時過ぎに出かけた。

検査、診察が終わり、義父を見舞い帰宅。

予約設定してあった洗濯物を干し

昼ご飯の準備をして、食べ終わって片付けたと思ったら

義母がお世話になっている施設の「開設一周年祝&お誕生会」に参加。

終わったのが4時過ぎだったが、

「いつもの怪しい3人組」で、和瀬池周辺へドライブに出かけた。

本当に数ヶ月ぶりだなぁ・・・・自然観察。

和瀬池前の駐車場に車を止め、徒歩で運動公園まで行くことにした。

数ヶ月来ない間に、池の周辺や遊歩道には雑草がばばの肩辺りまで伸びていて

歩くのがとても怖かった。

ハブや毒虫が出てきたら大変だもの。

夏休みだし、家族で遊歩道など散策する人たちもいるかも知れない。

でも現状では、とても危険で小さい子供達には歩かせたくない。

何処が管理しているのだろう?

町かな?それとも、どこか業者に委託しているのだろうか?

お願いだから、雑草を刈り払い

徳之島の自然を満喫できる遊歩道にして下さい!

当初でもしたい気持ちでずぅっと歩いた。

 

数ヶ月ぶりの散策だったけど

池にはサギがいたし、小さなトンボや蓑虫、羽黒トンボなどもいたよ。

名前は分からないけれど、綺麗な羽の小さなトンボがいたり

コオロギや珍しいバッタ、名前も知らないカラフルな虫・・・

そして、時折アカヒゲやアカショウビン、アオバトの鳴き声も聞こえる。

やはり、自然の中にいると落ち着くなぁ。。。

マイナスイオンもたくさん浴びているだろうし

心身ともに癒やされているような気になる。

また、散歩や取材活動始めようかな?

 

しばしの息抜き?から帰ったら、又現実世界。

早速夕ご飯の買い出しでスーパーに出かける。

毎日まで買い物に行かなくても良さそうなのに

じじの大好きな刺身を買うために、

どうしても毎日出かけなければならないんだ~~。

じじ、たまには魚釣りでもして大物釣ったら、

ばば、刺身買いに行かなくても良いのにね。

 

買い物を終えてスーパーを出ようとしたら、あれっ?

見覚えのある男性が・・・・

Kさんだ!ばばは、近寄って背後ろから「Kさん!」と呼びかけた。

吃驚したように振り向いたKさん。

ばばを見ると、いつもの人なつこい笑顔で「お~~ぉ、ばばちゃん」って。

ところが、ばばはKさんの顔を見て驚いた!

顔全体が赤っぽくて、おまけに大きな吹き出物のようなできものが

顔の彼方此方に出来ていて、目も充血している。

聞いて良いものか、どうか迷ったけど

「Kさん、顔どうなさったんですか?」と聞いてしまった。

「除草剤にやられた・・」って。

風下から風上に向かって撒いていたのだろうか?

除草剤を撒いている時に、風がKさんの方に吹いてきて

顔や胸元にかかってしまったそうだ。

KさんがTシャツをはだけて見せてくれた胸元は、黒くなっていた。

「もう直らないらしい・・」って。

除草剤の怖さは、ばばが以前もブログに書いたが、

除草剤がかかった餌を食べた山羊が、何日も立てないくらいに弱り

泥まみれになって苦しんだって・・・・

闘牛でも、除草剤のかかった餌を間違えて大変な事態になったと

過日聞いたばばだが、牛より小さくてデリケートな人間だもの、

その災禍は想像以上に大きいんだろうね。

 

ばばも、実家の裏道や庭周辺に年何回か除草剤を撒く。

これからは今まで以上に気をつけて、靴下や長靴を履き、

手袋をし、帽子をかぶり、口元もタオルなどで覆って

「完全武装」で作業しなくちゃ・・・と改めて思った。

ばばが使っているくらいの除草剤なら、そんなに危なくは無いらしいけど

Kさんが使っていたのは、ススキとか、

なかなか枯れない、しつこい雑草用の除草剤だったんだって。

ばばは、ベトナム戦争時使われたという「枯れ葉剤被害」が頭をよぎった。

 

「Kさんの皮膚が元通りに治りますように・・・」と祈りながら

家路を急いだばばでした。

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見なきゃ良かった

2011年07月28日 14時17分15秒 | 日常生活

7月28日(木)晴

昨日、夕方買い物に出たら家のすぐ近くの角に

お通夜の看板が出ていた。

看板の矢印を辿って行くと・・あらっ?

過日、「猫相の悪い猫」と子猫が数日過ごしていた

トタン屋根のお宅。

どなたが亡くなったのだろう?

お名前を見ても全然分からない。

でも。。。我が家の裏口の真っ正面のお宅だけど・・・

じじ両親からも、このお宅の方の事は聞いたことがないけれど、

ほんの目と鼻の先のお宅の方が亡くなったのだ。

(どうしよう~)・・すぐに携帯でじじに電話したら

じじも全く知らないけれど、ご近所さんだから

お弔いに入った方が良いという。

急いで買い物を済ませ帰宅。

「じじがお通夜に行ってくれる?」

「・・・・・・」

これは、「NO」の意思表示。

「ばばに行けって事?」

「そう」と即答。

あぁ~~あ。

じじの方が昔からのご近所さんなんでしょうに・・・・

よっぽどの近い方で無ければ、じじはお弔いなどに行かないので

ばばは全然知らなくても、じじの代わりにお通夜に出ることも結構多い。

今夜のお通夜は、斎場だと書いてあったので

ばばはシャワーを浴び、すぐに支度をして車で出発。

斎場に着いても見知らぬ顔の人ばかり。

お焼香を済ませ、すぐ帰路に。

 

ここからが、ばばの主婦としての本能が動き出す。

コンビニの近くを通るので、ホテル食パンがあれば買って帰ろう・・・・

お豆腐も使い切ったから、一丁買って帰らなくちゃ。

明日のお味噌汁に使うからねぇ・・・・

 

しかし、コンビニのホテル食パンは売り切れ。

反対側にあるコンビニまで走る。

どういうわけか、ここには4本もホテル食パンが残っていた。

例によって例のごとく、「ミミ付7等分」にカットして貰い、お豆腐も買った。

 

ここまで、家を出て約20分で済ませた。

さぁ、あと1分もしないうちに我が家に着けるぞ・・・

気を引き締めて車を運転していたばばの目に、反対側道路脇の異物が飛び込んできた。

一瞬にして通り過ぎたけど、念のため確かめるのが野次馬ばば。

わざわざ車をUターンさせ、異物のすぐ横を、ゆぅ~~~っくり走る。

「うんっ、間違いない!」ばばの予想は当たっていた。

少し先まで行き、再び車をUターンさせ、異物をもう一度確かめた。

絶対間違いない!!!

 

この異物、何だったと思う?

当たるかな???

 

そう、ハブ・・・だったのよぅ~~~

車のライトで見ると、いかにもグロテスクで、

車に轢かれたのか内蔵が大量にはみ出していた。

そして、体は大きな8の字を2回も作り捩れていた。

う~~ん、結構大きなハブだ。

1メートル2,30センチは軽く超える大きさとばばは判断した。

 

奇跡的に?対向車も、後続車も無かったので、ばばは車を2回もUターンさせ、

じっくり異物を観察したが、これが昼間だったら絶対ばばは直視はできなかったと思う。

この近くには神社があり、こんもりと木も茂っている。

おまけに近くには川もある。

ハブもいて不思議では無いよなぁ・・・・

 

でも、最近ハブを間近で見たのは初めてだったので、

何だか少し気が高ぶってしまった。

もし、徒歩で通りかかっていて、あんな物見たら、悲鳴を上げて

「腿上げ走」で逃げるか、ヘナヘナ、ガクガクで

気ばかり焦って動けなかったかも知れない。

 

それにしても気味が悪かったなぁ・・・

グロテスクだったなぁ・・・・

わざわざ車をUターンまでさせて見るばば、あなたって????

 

※ばばはね、今日の日記に書こうと決めていたから

夕べは、じじにもこのこと話していないんだよ~。

じじ、この日記見たら、現場に確かめに行ったりして・・・

大きなカメラ担いでね・・・・

 

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ばばがじじを追い越した?

2011年07月27日 14時07分20秒 | 日常生活

7月27日(水)曇り

夕べ、奄美市に行っているじじから電話があり

「明朝帰るから・・」って。

 

今朝は、早く目が覚めたので、お昼ご飯用のお米をといだり、

おかずを2,3品作って・・・・と。

 

ナスとピーマンと薩摩揚げの味噌炒めを作って

次にアカ瓜の煮物も作りましょと、

皮を剥いたアカ瓜をレンジ容器に入れ柔らかくしてから味付けしましょと

タイマーを6分かけた。

8時半を回ったので船舶会社にじじが乗った船の入港時刻を確認しようと

電話をすると「9時入港です」と。

慌てたねぇ~。

すぐに着替えて、車を出した。

急ぐ時に限って、いろいろあるもので普段通る道は

下水道工事のため?か通行禁止。

それならばと、違うコースから海岸線に入ったら又しても通行止め。

船は沖に見えているのに・・・・

急いで大回りして引き返し、結局1番大きい道路を走って右折して港へ。

車を止め待合室へ走ると、もう乗客の何名かは下船している。

慌てて岸壁まで走り、じじの姿を探すと、良かった!

じじは、まだ下船したばかりのようだった。

大きな荷物を持っているので、ばばが受け取り車を止めたところへ行き

9時半過ぎにはもう家に到着。やれ、やれ。

 

ところが、この後ばばは自分でも思いがけない言動をしてショック!

まず、奄美市のじじ妹夫婦に無事帰り着いたことを報告がてらお礼の電話をした。

その直後、「じじにコーヒーでも入れましょ」と思ったのは良いけど、

コーヒーメーカーに入れるべき水を持って電話機へ直行。

ばば!どうにかしてる~~~。

まさか?電話機に水入れようって言うの!!!!

 

続いて妹からのお土産を片付けておきましょうと

うどんを袋から出そうとした時、じじがテーブルに着いたので

「じじ~甘い物はドーナツを食べてね」と言うつもりが

「じじ~、うどん食べてね」って。

誰が、コーヒーと生のうどん食べますか!ばば!

 

コーヒーを飲みながら、じじが「ばば~じじのこと笑えんぞ」って。

いつも、じじが物忘れをしたり、おかしな行動をしたりした時

ばばが笑うのだが、今日はじじに1本も、2本もとられたね。用心!用心!

悔しいから「もう、とっくの昔にじじ追い抜いて、

ばばは何百メートルも先走っているよ」って言った。

いつも、二人して同じようなミスをするくせに、じじを笑うばばに

「五十歩、百歩」「目くそ・鼻くそ」なんてじじは返すのだが

本当にどっちがどっちだか、分からなくなっちゃった。

 

その後、港に走る前にレンジに入れていた「アカ瓜」のことを思い出し

レンジから出したんだけど・・・

ばば、もう笑うしかなかったよ。

だって、「アカ瓜」の面影は何処にも無く、

まるで萎びたタクアンの切ったのが現れたんだもの・・・・

レンジに入れる前はちゃんと大きめの短冊切りにした瓜が

容器の底面いっぱいにあったのに。。。。

レンジに入れすぎたのかなぁ?

量も、ほんのちょぴりになってしまったので

キャベツと豆腐とシーチキンで嵩増しして味付けしたよ。

何てことでしょう~全く。

 

ばば!もう少し気を引き締めなさい!弛みきっているよ、最近!

 

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今日も

2011年07月26日 21時28分39秒 | 日常生活

7月26日(火)曇り時々小雨

今日も11時から義母の歯の治療の付き添いだ。

昨日は10分遅れたので、今日は15分ほど早く歯科医院へ着いた。

 

11時少し前。

義母がお世話になっている施設の方が車で到着。

今日はばばが駐車場から診察室まで車椅子を押した。

昨日、施設職員のNさんの動きを見ていたので

今日は、少し段差がある玄関の出入りも何とか上手くできた。

義母は、治療後は痛みも無いらしく

「何から何まで、あなたにお世話になってごめんね。」と言う。

「他にも仕事がたくさんあるでしょう・・」とも気遣う義母。

義母さんが1番ですよ。仕事はその次。

お勤めでないし、我が家の中の仕事だから気にしなくて良いもんね。

 

車椅子から診察室の椅子に母を移し、ばばは外の待合室で待つことにした。

今日は消毒だけだから10分くらいで終わるかも知れない。

そうなったら、施設に帰り着いたNさんを、すぐUターンさせることになり

申し訳ないな・・・・と内心思いながら・・・・

途中、先生から診察室へ入るように言われ入っていくと

昨日切開し、膿を出したので歯茎は問題ないでしょうとのこと。

ただ、母は自分で歯磨きをしてはいるが、完全に磨けていないので

施設の人に、仕上げ磨きや見届けをお願いした方が良いかな?とのこと。

「もし、施設でできない時は、こちらから歯科衛生士が行っても良いですよ」

とも仰って下さった。

また、「歯の表面にデコボコがあるので、

そこを埋め、歯磨きをきちんとしましょう」とも。

ありがたいですね・・・・

 

母の治療が終わったのは11時30分を回っていた。

会計を済ませ、施設へ電話をしたら、「すぐ行きます」とのこと。

ばばは、車椅子を駐車場まで押して行った。

普段、施設からあまり外へ出る機会も少ない母に、

去年までごく普通に生活していた空間を母に体験させたかった。

自分の足で歩くことはできないけれど、

ほぼ1年前までは、ごく普通に自分の足で歩いていた場所を

車椅子でも通らせてあげたかった。

そう思いながら駐車場で母と色々話をして、Nさんの到着を待っていた。

その時、ばばはNさんに渡そうと手に握りしめていた予約カードを見て驚いた。

氏名欄には、母の名前では無く他の人の名前が書かれていた。

受付まで走って行って返してこなくては・・・

でも、母を置いては行けないし、母を一人駐車場に残すのも怖い。

車椅子を押して行けば1番良いのだが、駐車場で待っていた方が

Nさんが母を車に乗せるには都合が良いのだが・・・・

結局、Nさんの到着を待って母を車に乗せた後、

ばばが受付まで走って行けば良いか・・・と。

12時10分前ほどにNさんが到着。

ばばも手伝いながら母を車に乗せ、その後医院の受付へ走り

予約カードを返し、母のカードをもらおうとしたら・・・・

母のカードは出されていなかったんだって・・・・

あぁ~~~恥ずかしかった!

 

幸い、母の治療は今日で全て終わった。

良かったね、お母さん。

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ありがとう、ありがとう

2011年07月25日 19時16分53秒 | 家族のこと

7月25日(月)晴れたり曇ったり雷ゴロゴロ

変な天気!

晴れたり曇ったり、おまけに雷ゴロゴロ。

 

電話のベルが鳴った!

電話が鳴ると、心臓がビョンと飛び跳ねる。

(病院からじゃないかな?)胸はドッキンドッキン。

 

今日も昼の2時40分過ぎに電話が鳴った!

走って行って受話器を取ると、

義母がお世話になっている介護施設からだった。

「お義母さんが・・・」と聞いただけで心臓がバクバク・・・・

「昨日ぐらいから歯茎が痛いと言っています。

3時半頃、歯科医院に連れて行きます。

できれば、歯科医院へ来てもらえませんか」と・・・

 

シャワーを浴びて、徒歩で歯科医院へ向かった。

医院の玄関には見慣れたナンバープレートのワゴン車が・・・

車内には誰もいなかった。

医院へ駆け込むと、義母はもう診察室の中へ入り、

施設から連れてきて下さったNさんが待合室に座っていた。

3時半に間に合うようにと家を出たのだが、

少し遅れた上に、途中でご近所の叔母さんに会い、

色々話しかけられ、どうしても素通りできないので

上の空で返事をし、先を急いでいることを告げ、医院に走って行ったのだが・・・

Nさんに、遅くなったことをわび、「私が付き添っています」と言うと

「では、ちょっと買い物をしてきますので、よろしくお願いします。

終わったら電話を下さい」と言われた。

何気なく聞き流し「はい」と返事はしたが、肝心の電話番号が分からない。

又、外へ出ていたNさんを追いかけ電話番号を教えてもらった。

「買い物が終わるまで時間がかかるようでしたら、

治療が終わっても、こちらで待っていますが・・」と、ばばが言うと

「すぐに、戻って来ますから・・」とNさんは出かけた。

治療があまり早く終わったら,Nさんは買い物をする時間が無いかも知れない・・・

等と色々考えながら、待合室に座って待っていた。

約30分後、診察室に呼ばれ、母の治療について説明を受けた。

抜けた歯の根っこが残っていて、そこにばい菌が入り化膿していたとのこと。

切開して膿を出したので、良くなるでしょうが、

明日まで消毒に来て下さいとのこと。

説明が終わって車いすを診察室に入れ、義母を乗せた。

「こんな痛いの初めてだった・・」と言う義母。

左の頬が少し腫れている。

歯や歯茎の痛みはばばもよく分かる。

辛かったでしょうね、お義母さん。。。

待合室へ戻り、会計を済ませ時計を見ると、

Nさんが出かけて約40分は経っていたので、電話をしたら

「すぐ行きます」と言うことで、ほどなく来てくれた。

Nさんが来てくれるまで車椅子を玄関の外へ出して置きたかったが

ほんの10センチぐらいの段差が怖くて一人では車椅子を下ろせないばば。

待合室にいた年配のおじさんが手伝おうとして下さったが

やはりNさんが来てから動かすことにした。

おじさんが「子供とお年寄りには優しくしてあげないといけないよ」って

誰にともなく言った。おじさん良いこと言ってくれるねと感心、感謝。

ばばがどうしても怖くて下ろせなかった段差を、

Nさんは、車椅子を後ろ向きにして前の方を高くするような形で

難なく車椅子を下ろしてくれた。

駐車場まで義母を見送り、

ばばは明日また母の消毒に付きそう事を約束し帰ってきた。

 

義母がお世話になっている施設の職員の方々には

本当に感謝しても、し足りないくらいだ。

いつも優しく対応して下さり、家族の意見も良く聞いてくれる。

 

義母が入所を決めた時は、嫁として「家で介護できないこと」で

自責の念に駆られ、自己嫌悪にもなったが、

じじや娘達が「施設でプロに任せて、

面倒見てもらった方がおばあちゃんは幸せだと思うよ」と

言いばばの背中を押してくれた。

じじや、娘達には今でも感謝している。

施設でも、いつも嫁である私への感謝の気持ちを

周囲の方にも話しているという義母。

ばばは、本当に幸せ者だと思う。

できないことはできない、でも、義母のため、施設のため

ばばができることがあれば、精一杯しようと改めて思った日だった。

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見送り・雨・半額

2011年07月24日 22時07分47秒 | 日常生活

7月24日(日)曇り

夕刻の上り船で、じじが奄美市へ行った。

昨日、じじ妹の旦那様(義兄)から電話があり

じじは、家にあったパソコンを引っ提げて船上の人に。

目的は、持って行ったパソコンを設置してくること。

朝から、降ったり止んだりの天気で

重いパソコン下げて、船の乗り降りを案じたが

じじは、とても嬉しそう!

大好きな妹夫婦と遊ぶの、久しぶりだものね・・・

パソコンちゃんと設置してあげて、

ゆっくり遊んでいらっしゃ~~い。

今は21時45分。

もう、そろそろ妹宅へ着き、くつろいでいる時間かな?

 

じじを港で下ろした帰りに、姉とばばはスーパーへ寄った。

鹿児島の義姉へ贈り物をしたりして、

次のスーパーへ回ってブラブラして帰ろうとしたら

あらっ、大変!

雨が降ってる~。

少し荷物もあったけど、走って駐車場へ向かおうと

スーパーの玄関へ向かったら顔見知りのおばちゃんが

たくさんの買い物をして、カートからリュックに移していた。

おばちゃんの家も近いことだし、車で送ってあげようかな?と思った。

車をスーパー入り口まで移動し、車の窓を開け

おばちゃんに向かって「送りましょうか~~」と言いながら

手招きとゼスチャーをした。

おばちゃんは気づかず、隣にいた見知らぬおじちゃんが

ばば達の方を見て、おばちゃんに何か言った。

その後、おじちゃんが傘を差して、ビニル袋を持って

ばば達に近づいてきたので、

(おばちゃんの知り合いかな?家が近くなら送っていこうかな?)

と思ったが、おじちゃんは荷物を車に入れると、スーパーへ戻り

おばちゃんを急かして車に乗せた。

「送りますから、よろしければ、おじちゃんもどうぞ」と

おじちゃんにも声をかけたが、車に乗ったのはおばちゃんだけ。

車中で、おばちゃんが話すには

あの、おじちゃんは全然知らない人だって。

だけど、ばば達がおばちゃんを車で送るって言ったので、

荷物を袋に詰めるのを手伝い、車に乗せてくれたのだと言う。

「おばちゃんが使ったカートも元の場所に戻すから

早く車に乗って送ってもらいなさい」って言ってくれたんだって。

何処のどなたかは分からないけれど、

親切な方がいらっしゃるんですね。

何だかとてもホンワカした気持ちで、おばちゃんをお家まで送り届けたよ。

 

そう、そう、今日夕方寄ったスーパー

6時半を回っていたと思うけど、

総菜やお刺身が半額になっていたよ~。

「半額!」と聞けば目の色が変わるばばだけど

結局、買うことはせず、義母のための保湿クリームと

じじのおやつに飴玉を3種類買って帰った。

 

たまたま遅い時間にスーパーに行けたら

お総菜やお刺身が半額で買えるってすごいね。

同じ品物が、半額で買えるなんて嬉しいね。

上手く買い物して、節約して・・・・・

ばばもやりくり上手な「主婦」になりましょ・・・・・

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ばばは、算数が苦手

2011年07月23日 16時03分02秒 | 日常生活

7月23日(土)曇り

朝ご飯をいただきながら、じじとばばは、

とりとめの無いお喋りをしていた。

話題は小さかった頃のこと。

 

ばばは、遊ぶのは大好きだったが

勉強はどうしてサボろうか考えていたかも・・・

だって~難しすぎるんだもん。

小学1年生で、1から10まで数字の書き方を習ったけど、

家で自力で書こうとしても、どうしても書けなかった。

特に「4」が書けず、どういうわけかカタカナの「カ」のように

ひっくり返して書いていた。

母に何回も何回も注意され、書き直しさせられてもダメだった。

 

「3」は横になった、まるで鳥が飛んでいるのを

超簡単に書いたようにしか書けず・・・・

 

「8」は上手くカーブを曲がれず、

始筆から左へ書き始めるか、右へ書き始めるかいつも迷い

結局小さな○を上に、その下に少し大きめの○を書いて

雪だるまのように書いていた。

 

「2」は書けたけど、目とか嘴を書き込んで「アヒル」の絵にして喜んでいた。

 

母は農作業で忙しかっただろうけど、学校の勉強はよく見てくれた。

でも、厳しかった。

厳しかったけど、母と勉強するのは好きだった。

母が、自分が小さい頃習った「街角のバイオリン弾き」という

物語を暗唱して聞かせてくれたり、

「鶴亀算」で「二次方程式」の解き方のヒント等教えてくれたり

昔話(弁慶と義経など・・)や島の諺を教えてくれたりして

母の話を聞くのが好きだった。

 

ばばは、我が3姉妹には数字の書き方なんか教えたことも無いから

娘達は学校で習ったらすぐに書けるようになったんだろうね。

 

ばばは、大人になってからも両親にいろいろなことを教えてもらったけど

ばばが、読めない漢字を父はすらすら読み

「あなたは大学を出たのに・・・」って笑われたなぁ。

父は読書が好きで、80歳過ぎても、月に3,4冊は時代小説の雑誌や

月刊誌を読んでいたなぁ。

いまのばば、まだ父の年にはほど遠いのに、時間もいくらでもあるのに、

月に3,4冊、コンスタントに読書しているかな?反省!

ばばが今思うに、我が家は父が「文系」で、母が「理系」だったような気がする。

 

じじは、「理系」を自認している。

じじが話すには・・・

小学校の頃、担任の先生は算数の勉強の時間の終わり頃になると

問題を出し、できた人から「外へ出て休んでも良いよ」って

いう時期があったんだって。

じじは算数は好きだから、喜んで回答し、丸をもらって休んでいたらしいが

いつも、じじより早いライバルがいたんだって。

ある時、どうしたことか、じじがそのライバルより先に

丸をもらって外へ出たことがあり、

じじは「やった!」って内心は喜んだ。

 

ところがその後、ライバルが「あの問題は、どうの、こうの・・」と

正しい解き方等をじじに説明したらしい。

じじは(もしかしたら?担任の先生の問題がが間違っていたのかも知れない)

って、今でも、たまに思うことがあるって。

どんな問題だったかは覚えていないらしいけど・・・・・

 

誰でも、大人になっても忘れられない学校時代の勉強の思い出ってあるんだろうね。

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終わったぁ~~~、ありがとう!!!

2011年07月22日 17時46分41秒 | 日常生活

7月22日(金)曇り蒸し暑い

終わった~~~。

母が亡くなって16年目にして、

不動産関係の登記や郵便局関係の事務が全て終わった。

長い長い時間がかかった。

途中、何回も投げ出しそうになったけど、

やり遂げられて本当に良かった。

じじも「ばば、よく頑張ったね!」って褒めてくれ

思わず涙が出そうになった。

今回の事務手続きがスムーズに進んだのも

甥や姪、そしてばば姉の迅速な行動と協力のおかげだ。

ありがとう!

 

そして,今回ばばを側面からサポートして下さったのだ

行政書士のKさんと、郵便局のYさん。

Kさんの、事務手続きの早さには吃驚するばかりだった。

このKさん、ばばの元同僚のご主人だ。

今年のお正月明けに、元同僚を通してご主人と連絡を取り

全てお任せでお願いしたら「あれよ、あれよ」と言う間に

処理して下さった。

今回の手続きにしても、元同僚Rちゃんとのご縁あればこそと思えば

本当に人と人のご縁は大事にしなければいけないと思う。

 

又郵便局関係にしても、ばばが母校で仕事をしていた時に

何回も顔を合わせたことのあるYさんが支え、力づけて下さった。

何回も書類を送り,役所へ行って書類を貰い・・・・・

郵便局へ通ったのは何回だろう・・・・・

窓口にYさんがいて、対応してくれる時は

「ばばちゃん、ファイト!頑張ろうね」と

控えめにガッツポーズをして,笑顔でばばを力づけてくれた。

このYさんの笑顔と,ガッツポーズにどれだけ力づけられたか?

「もう投げだそうかな?」と思った時も

「時間がかかっても,やり遂げましょう」と言ってくれた。

ほんのちょっとの書類不備などで、何回も書類も事務センターに送った。

父や母の謄本も何通ももらった。

全ての書類を揃え、事務センターへ送ったのが6月末。

 

登記関係は6月末で全て終わったが、郵便局関係は

奇しくも母の命日の前日に「事務手続きが完了しました」という通知が届いた。

まるで、母からのプレゼントのような気がした。

たまたまこの日、ばばは別の用事があり,母のお墓参りに行けなかった。

数日中にお墓参りがてら報告に行ってきたいと思っている。

「お父さん、お母さん、ばば、やったよ~~~」って

報告しよう。

きっと喜んでくれるよね。

 

今年の正月以来、約7ヶ月、思い思い肩の荷をやっと下ろせた気がする。

 

今回も、たくさんの周囲の方々に助けて貰った。

感謝!感謝。

いろいろな方々とのご縁に感謝し、また一度結んだご縁は

ずぅっと大切にしようと改めて思ったばばです。

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