ばばの日記

団塊世代 仲良し夫婦の暮らし
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「角選手」と「藤原紀香」

2011年11月30日 14時12分02秒 | 日常生活

11月30日(水)朝から雨・雨・雨

ここ1,2年、人の名前が思い出せない・・・

ということが時々(しょっちゅう?)あるじじとばば。

そんな時、ばばは五十音のア行から順に辿っていくという方法で

思い出せる時もある。

その日のうちに思い出せず、数日経ってから

ひょこっと出てくる時もある。

 

昨日、昼ご飯を食べながらテレビを見ていたら

野球選手が出てきた。

顔は見覚えあるけど、名前が・・・・・

お昼からずぅっと胸に引っかかっていたが

夕食の準備をしていた時、急に「あっ、角選手だ!」と思い出した。

野球には興味が無いばばだけど、テレビに出てくる選手は

しぜんと名前を覚えているらしい。

「じじ~思い出した!角選手だよ、角選手!」

名前の字形は頭に浮かぶが読み方がいまいち分からず                         

 フルネームは言えないばば。

苗字を思い出しただけでも良かった!!!!ほっと一安心。

 

そして、今朝はじじが朝食時、テレビで

ある女優さんがコマーシャルに登場したのを見て

「この人の名前、何て言ったっけ?」とばばに聞く。

ばばは分かっていたけど、教えてあげない。

これは決して意地悪では無い。

娘達にも、つい先日ばばの誕生日に言われたんだ~。

「お母さん、あまりじじ甘やかし過ぎたらいけないよ。

そしたら、お父さん、自分で何もできなくなっちゃうよ」ってね。

そうだね~、あまりにばばが先へ先へと手取り足取りしたらいけないよね。。。。

だから、少しずつ少しずつばばは手を引くことに努めているんだ~、ここ数日。

 

「あの人誰だっけ?」と言われてもすぐに教えず

じじに一生懸命考えさせることで、じじの脳の何処かが活発に働くらしいから、

じじ、必死に考えて下さい!

・・で、お昼ご飯の時、じじが黙り込んでいるので

「????」と思っていたら、急に「・・・涼子、そうだ、涼子だったよね」と。

急に「涼子」なんて言われてもばばはピンとこない。

しばらくして、朝からずぅっと考えている女優さんの名前だと思い

「違うよ~。米倉涼子じゃないよ~」と答えた。

一瞬「篠原涼子」とも言おうと思ったが、「篠原涼子」をじじは知らないだろうと・・・

 

「米倉涼子」に反応したじじ。

「そうか、涼子は武蔵に出ていたよね」と言う。

ばばもはっきりは分からないが、大河ドラマで市川海老蔵と共演していたなぁ・・と

思ったから「そうだね」と相槌を打った。

その後も、時々箸を止めては考え、又、考え・・・・

「上の一文字でも教えてくれよ」と言うじじに

「だめ!一字教えたらすぐ分かるから」と意地悪なばば。

するとじじは又「確かに(り)が付くよなぁ」と言い出した。

そして、下を向きゴニョゴニョ、ブツブツ言っていたかと思うと

急に「思い出した!」と大きな声!

「思い出したぞ!藤原紀香だ!」と。

ばばは、パチパチパチと拍手。

そして、「良かったねぇ~~」って、心から言ったよ。

 

ばばは「角さん」を思い出すのに、昨日の昼から夕方までかかり

じじは「藤原紀香」を思い出すのに、朝から昼間でかかったけど、

まぁ、二人とも無事思い出せて良かった、良かった!

 

えぇ~~っ、二人の名前が思い出せたから何?って突っ込まないで~。

ど忘れしたことを、時間がかかっても思い出せた時、

じじとばばは、と~~~っても嬉しいんだから・・・・

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ピーナッツの殻を剥きながら・・・・・

2011年11月29日 23時06分26秒 | 日常生活

11月29日(火)曇り後雨

数日前から、殻付きピーナッツの皮むきをしている。

知人の先輩姉さん方からの頂き物。

殻付きのまま保存しておいても良さそうなものだが

1年もおいておくと、殻を見る限りきれいなのだが

剥いてみると、ピーナツの実は茶色っぽくなっている。

だから、8月に戴いた物だけど、今年中に殻を剥いて冷蔵しようと思って・・・

 

3日前は姉が手伝ってくれ、約8カップ分くらい剥けた。

早速保温鍋で薄味の塩茹でにし・・・1カップ分くらいは取り分けて昆布と炊き常備菜に。

実が割れた物は選り分けて、薄皮を剥きミキサーでガァ~~と回して

味噌味のピーナッツ呉汁にしお昼に食べた。

そして、残りは、小分けにして冷蔵した。

あと、数ヶ月は保存できるでしょう。

 

残ったピーナッツ、昨日・今日と天気が悪いので

姉も寄ってくれず、ばば一人でがんばって剥いている。

剥くのは大してきつい作業ではないけど

何せ殻が固いので、何百個も続けて剥くと親指の腹が痛くなってくる。

剥きながら、ふと小学生だった頃のアルバイト・を思い出した。

パーナッツ剥きのアルバイト。

隣近所のお宅へ行って筵いっぱいに広げられたピーナッツの殻を剥くのだ。

一個、一個・・・根気よく剥いていく。

そのうちに親指の腹が痛くなり、酷いときには水ぶくれのようなマメができる。

それでも頑張る。

なぜなら、ピーナッツの実が一升になると10円もらえるのだ。

その10円で何を買ったかなぁ・・・・

きっと、飴玉を買ったはず。

だって、「50銭飴」といって、1円で2個の飴玉が買えたから。

お家で貰えるおやつと言ったら「黒糖」「芋」「はったい粉菓子」

「油味噌」季節によってはサトウキビ・ミカン・バナナくらいしか無かったからね。

お店で買える飴玉なんて夢のまた夢。

だから、指に大きなマメができるまで頑張って「アルバイト料10円」を戴き

「50銭飴」を買っていたと記憶している。

他に、桑の実から種を取り出すバイトもしたなぁ・・・

家の畑へ行って、桑の木に登り、熟した実を取って集め

家に帰ったら、洗面器などに入れた実を手で揉み潰して

水で何回も漉して種だけにするのだ。

根気のいる作業で、これは種が杯の1杯になれば、10円いただけた。

家では小遣いをもらうことなんか無かったから、

自分で働いて?いただく10円は貴重で「大金=宝物」だったなぁ・・・

今の時代、10円あれば公衆電話で話せる・・・他に何ができるかなぁ・・・・

 

時代の変遷・膨大な時間の流れを思いながら、黙々と一人でピーナッツの殻を剥く。

明日も、明後日も・・・・きっと明明後日くらいには剥き終えることができるだろう。

いくら剥いても、アルバイト料がもらえるわけでも無いけれど

なんだかちょっとほろ苦い物がこみ上げてくる・・・切ない作業。

 

剥き終えたら、そうねぇ・・・ピーナッツ豆腐でも作りましょうか?

それに、味噌豆も作りたいし、油味噌豆にもしたい。。。。

じじは何が食べたいかなぁ?

1日10粒くらいピーナッツを食べるのは健康に良いって聞いたから

少しずつ食べ続けましょうね、じじ~。

 

そうそう、今まで島のスーパーで売られている生ピーナッツの実は

島内産と思っていたんだけど、ほぼ100パーセント中国産なんだって。

何十年も島に暮らしているのに、つい数年前に初めて聞いたときは

びっくり、びっくり、又びっくりで。。。。。

たま~ぁに島内産のピーナッツの実がビニル袋に入って売られているけど

目ん玉が飛び出すくらいの高値。

1升なら4000円くらい?

とても手が出ないけど・・・・

そんな高価なピーナッツを大きな袋に入れて毎年届けてくださる

T姉さん、本当にありがとうございます!

 

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正体不明の赤い玉と冬の花火?

2011年11月28日 11時01分14秒 | 日常生活

11月28日(月)雨

科学的にはきちんと解明できるかもしれないが

ばばにとってみたら、とても不思議な現象を目にしたことや

体験したことが何回かある。

 

以前のブログにも書いたが・・・・

もう、6,7年前の12月、早朝こと。

ばばは、まだ朝日が昇り始めないうちに出勤していた。

ある集落では、月が頭上より少し西に傾いた位置に確認できた。

そこから1キロくらい走っただろうか?

右手奥の山を見たとき、目を疑うようなものを目撃した。

山の中腹に大きな赤い玉が浮いているのが見えた。

車を止めても見、確認した。

それからさらに1キロ近く走り、海岸端に車を止め

もう一回、山を見た。

しかし、その時すでに赤い玉は見えなくなっていた。

怖さと、不思議な気持ちでその日は落ち着かなかった。

それから約3ヶ月後、赤い大きな玉が浮いていた山に

自衛隊機が墜落し、乗っていた隊員が全員死亡という

衝撃的な事件が起きた。

救急患者を外の病院へ搬送するために飛来した自衛隊機が

折しもの濃霧のため、事故に遭遇してしまったという

やりきれない悲しい事故だった。

事故が起きたとき、ばばが真っ先に思い出したのは3ヶ月前の

山腹に浮いた不思議な赤い玉のことだった。

こじつけかもしれないが・・・・・・

10年近くたっても、未だにあの赤い玉のことを思い出すと

畏れの気持ちが蘇る。

 

そんな経験をもつばばに、昨日夕方、ごくごく親しい知人が

こんな話をした。

この知人、毎朝5時過ぎから友人と早朝ウオーキングをしている。

一昨日の朝、6時前後に亀津の海岸に近い直線道路を歩いていると

友人たちの目の前より少し高い位置で、

オレンジの大きな花火がパ~~~~ンと開いたようなものが見えた。

一緒に歩いていた友人は、ばばの知人より少し前から

その物体を見ていたようで、それは北側から知人たちの頭上まで飛んできて

パ~~~ンと粉々に開いたそうだ。

本当に、夏の夜空を彩る枝垂れ花火のように、すぐ目の前で破裂したんだって。

だから、知人は何か悪い「物知らせ」ではないか、とても気になると打ち明けた。

 

ばばが赤い玉を見て3ヶ月後に悲劇が起きた。

知人が異常現象を見て3日。

・・・・・・ちょっと怖い気もするが・・・・

しかし、良いことが起きる可能性もあるとばばは信じている。

いや、そうであってほしいと願っている。

 

実は、ばばもあの赤い玉を見た後、職場の忘年会で

当時は貴重品で高額だったCDラジカセが当たったり、

他の飲み会でも一等賞が当たったり、

さらには、ここには書いていけないようなものに選出されたと通知が来て

当時の仕事上、とてもできないことだったので、

なんやかんや理由をつけて断った・・・・ということがあったのだ。

 

あのとき当たったCDラジカセは、一度も使われることなく

新品のまま我が家の倉庫に眠っていると思う。

 

いろいろな物に当たる・・・というのも嬉しいことばかりではないが。

たとえ宝くじで1等に当たったら・・・・

なぁんて、当たりもしないうちから心配するばば。

心配する前に、まず、宝くじを買ったの?ばば。

いいえ、1枚も買ったことありません。

今年の年末ジャンボ他、宝くじというもの

未だかつて、1枚も買ったことはありません。

 

そんなぁ~、宝くじを買ってから心配しなさいって

誰からか突っ込まれそうなので、

ここらあたりで今日のブログもお・し・ま・い!

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約4ヶ月ぶりの再会

2011年11月27日 19時03分08秒 | 日常生活

11月27日(日)曇り

一昨日、夕方電話が鳴った。

出ると「福島の○子です」と。

「福島の・・・○子さん?・・・」瞬時考え、ハッと気づいた。

「あ~○子ちゃん!帰ってたの?

もしかして帰ってきてるかなぁと思っていたんだけど」

・・・と、そこから一気に話せた。

○子ちゃんは、ネットを通じ、ひょんなことから知り合い

実は、ばばと実家が同じ集落にあり・・・ということは?

そう、ばばの後輩ということ・・・で、この夏、初めて会った。

自分の後輩というだけで、とても親しみを感じ、

まるで妹のような感じで話をした。

○子ちゃんのお姉さんは、ばばと年が近いせいもあり

以前から知っていたけれど、○子ちゃんとは年が離れていて面識はなかった。

夏のある日、ほんの数十分話しただけだったけど

○子ちゃんのブログを毎日のように見ていたので、

先週、帰省するということも分かっていたが、突然電話をくれて

びっくりした以上に、嬉しかった。

「ばばちゃん、日舞とか興味ありません?」と○子ちゃん。

電話の前に、病院へ義父を見舞った折、看護師さんから

「27日、仙田流の発表会があるから、見に来ない?」と誘われていたので、

「実は・・・別の方から誘われている発表会と同じかな?」と

○子ちゃんに聞くと、そうだということだった。

○子ちゃんのおばさんが発表されるということで、

○子ちゃん3姉妹も行くから、一緒に日舞を見ませんかということだった。

 

そして、今日。

時間をだいたい決めてはあったが、12時20分頃に○子ちゃんから電話が。

もう、会場に着いているとのことで、ばばと姉も慌てて出発した。

○子ちゃんのすぐ上のお姉さんが5名分席も確保しておいてくれ

前の方の席で発表会を堪能することができた。

 

プログラムは、36番までもあり、次から次へと登場する踊り手さんたちに

ただただ見とれ、拍手をし続けた。

顔見知りの方々もだいぶ踊られた。

入学前の幼児から、最年長は85歳の方までが発表された。

途中休憩もなく、36番のプログラム・・・・と思ったが

あっという間に時間は過ぎ、4時少し過ぎに発表会は終わった。

 

できれば○子ちゃん姉妹を我が家へ誘って一緒にお茶でも・・と思ったが

今日は3姉妹で隣町の民宿に宿泊するというので、引き留めることはできなかった。

 

また、来年夏には帰ってくるというので、

その時こそ、ゆっくりとお茶しながらお喋りできたらいいなぁ・・・と思いながら

○子ちゃん3姉妹を見送った。

 

人間の出会いって、本当におもしろいね。

今年の夏まで全然知らなかった○子ちゃんと、出会い

そのお姉さんたちともつながった。

結びつけてくれたのは、ばばの従兄弟姉さんの息子さんT君だけどね。

T君に感謝!

そして、○子ちゃん3姉妹に感謝!

人と人は、何時、どんな縁で巡り会うか分からないけれど

出会ったご縁は大事にしていきたいと常々思っているばばだ。

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ちょっと憎たらしいけど、今までありがとう!

2011年11月26日 09時10分02秒 | 日常生活

11月25・26日(金・土)晴れ

じじが2週間ほど家を留守にした間に

ばばは、自分のパソコン1台を完全に壊し

じじのパソコンの調子までも悪くしてしまった。

 

じじが帰って来た!

新しいパソコンをお土産に。

勿論、じじ自分の分もちゃんと買ってきてあったよ。

我が家のパソコンは増える一方。

今、何台のパソコンがあるのかばばは分からない。

 

早速新しいパソコンを設置と張り切っていたが、

自分用に買ってきたパソコンをチェックしながら、

「試しに壊したパソコンのスイッチを入れてみよう」と

じじが、ばばのパソコンのスイッチを入れた。

 

すぐには起動しなかった。

そうでしょう、そうでしょう。

 

だって、ばばが何十回となく起動を試みて、

最初の二日ほどは自己流で、彼方此方触っていたら

たまたま?偶然に?パソコンは起動し、

(ひょっとして?ばばってパソコンも直せるようになった?)

・・・なぁんて、有頂天になっていたら、

翌日、パタッと起動しなくなり、

それでも諦めきれずに。終日パソコンと格闘。

そして・・・遂に・・・ダウン。

 

それ以来、自分のパソコンは使えず、じじのパソコンを触っていたら

これ又調子を狂わせてしまい・・・・

「新しいパソコン、お土産に買ったから、帰ったらパソコンを替えよう」

と言うじじの帰りを楽しみに待っていたの。

そして、じじが帰って来て、ばばのパソコンのスイッチを入れたんだけど

起動したと思う?しなかったと思う?

 

ばばが起動失敗した時と同じ画面が続くので、

内心(あぁ~だめだ)と思いつつも

「こんな画面になったら起動にすっごく時間かかる?」とじじに聞いた。

「半日くらいかかる時もあれば、2時間くらいで起動する時もあるよ」って。

 

ピーナッツの皮を剥きながら、時々パソコン画面を見ていたばば姉が

「あっ、画面変わった!」と言うので、見たら

奇跡!

13日ぶりに、ばばのパソコンが起動している。

「何で?何で?」と訝しがるばばに、じじ曰く。

「パソコンに対する愛情が違うからだよ」って、憎たらしいことを言う。

さらには、「じじなんか、いつもパソコンにありがとう!ありがとう!と

言いながら触っているのに、ばばは、ちょっと故障したからと

全てパソコンが悪いとパソコンを責める。だから、パソコンも使う人を見て

動いているんだよ~」ってさ。

憎たらしぃ~~~。

 

そんなこんなで、無事パソコンが起動し安心して

夕方の買い物に行き、夕食後、「ばばの日記でもアップしましょ」

と、文を書き始めて、数行書いたら、アラッ、パソコンが固まってしまった。

ひたすら、パソコンの生だと考えないようにと思いながら

色々操作するけれどダメ。

 

あ~ぁあ~~~ん・・・

又動かなくなっちゃった。

するとじじが、「やはり、そのパソコンはダメか。やはり新しいの設置しよう。

そのパソコンは、遊びには使えるけど、前からも何回もダウンしているから」って。

じじも匙を投げたせいか?

パソコンったら、しばらくして又起動したよ~。

こうなると、パソコンにからかわれているみたいで腹立つけど、我慢、我慢。

 

しか~~し!又してもダウン。

日記も約半分書き終わっていたというのに・・・

諦め、ふてくされて寝たばば。

朝、目覚めるとじじが開口一番「ばばのパソコン、又起動したぞ」って。

もぅ~何が何だか、わけが分からない。

このブログアップし終わったら、もう、このパソコンとはさようなら。

次は新しいパソコンでアップ。

 

パソコンさん、今までありがとうね~。

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あれも、これも3回

2011年11月24日 19時50分13秒 | 日常生活

11月24日(木)晴れ

爽やかな秋晴れ!これぞ、秋の空!

昼間、我が家の湿度計は40%台。

夜は、のどを温めて寝なければ・・・・

喉が弱いんだよなぁ・・・・ばば。

 

今朝は朝からやる気満々で、ゴミ出しに始まり

イルイルダンダン頑張ったばば。

ところが・・・・

事件は立て続けに起きる。

 

最初は小粒ジャガイモをゆでて甘辛く味付けしましょと

20分にセットしたキッチンタイマーをポケットに入れ、

小鍋にジャガイモと水を入れ茹でながら

倉庫から冬用布団を出したり、両親花壇に生ゴミを埋めたりして

階段を上がって玄関に立った時、

何か「パチパチパチパチ」というような音が・・・

それに少し異臭も。

ハッとして,慌てて家の中に走り込んで台所へ!

アチャー!!!やっちゃった。

鍋の水がすっかり無くなり、ジャガイモは鍋底にこびり付いているようだ。

鍋に水を注ぎながら、ジャガイモはざるに空けた。

あらっ!大して焦げていない。

でも・・・鍋は真っ黒けっけ。

無水調理も出来る優れ物なのに・・・

必死に束子で擦り、更に重曹を振りかけて又磨く。

けれど、中はともかく外の焦げは殆ど落ちなかった。

せっかくタイマーをセットしても、時間が長すぎたら意味ないね。

せめて10分にセットすべきだったと反省。

 

気を取り直し,今度は豚骨で取ったスープを温めることに。

今度は焦がさないぞ!

スープを温めながら、倉庫へ降りた。

殻付きのピ-ナッツがあったので,皮を剥いて昆布と煮ようと思ってね。

試しに・・と皮を剥いてみると,おもしろくなって次々剥いていった。

そうだ、2階へ持って行って剥けばいいや・・・と

ピーナッツをお皿に入れて2階へ。

玄関に立った時、又してもパチパチパチと悪夢の音が!

そして、又しても異臭が・・・・

又々慌てて家の中に駆け込むと・・・

又しても鍋底が焦げかけて、スープは一滴も残っていない。

あぁぁぁぁぁぁ、ばばったら~何やってんのよ!

すぐに鍋を洗った。

今度は黒焦げにはなっていなかったけど、

美味しいスープは・・・幻となってしまった。

 

二度も失敗したので、今度はコンロではなく

レンジで里芋をチンして味付けしましょと思い、セットした。

6分くらいで柔らかくなったので、調味料で味を調えた。

 

お昼前に,姉が寄ってくれたので

作っておいたおはぎ・ジャガイモの煮物・里芋の煮物

あらあらあら・・・ぜ~~んぶ炭水化物ばかり。

コーンス-プでも添えましょ。

あっ、ランチョンミートも焼きましょ。

ヘンテコリンなメニューになったけど、

「いただきま~~す」

「ごちそうさま~」

美味しかった~~~。

 

あんな、こんな騒動で午前中はあっという間に過ぎ

昼は4時過ぎに、じじのためビールを買いに行く途中、

斎場横を通ったら、2家族のお通夜が今夜行われるみたい。

(ばばとは関係ないかな?)と思っていたら姉からメールが。

何と!別の斎場でばばも知っているおじさんのお通夜があるという。

時間を打ち合わせ、5時半に行くことを約束。

5時少し過ぎ、姉が来て・・・

車中で姉が今向かっている斎場とは別の斎場で行われるお通夜は

もしかしたら、ばばの同級生のお母さんのお通夜かも・・・と。

じゃ、行かなくては・・・と即決。

まず、知り合いのおじさんのお通夜に顔を出したが、

斎場の外で、顔見知りの方と会うと「ここからすぐ別の斎場へ向かう」とのこと。

「あちらの斎場には、2名の名前があったんですけど、

○○家と、☆☆家と書かれていました。

☆☆さんって、どちらの☆☆さんでしょうか?」と聞いてみると

「どこそこの☆☆さんよ」と教えてくれた。

え~~っ、☆☆さんって!

こちらこそ,どうしても行かなくてはならないお通夜だわ~。

慌てて車の中で香典袋を探して準備し、別の斎場へ向かった。

 

それにしても、一晩で3軒のお通夜に行くなんて・・・・

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新しい親戚が出来た!

2011年11月23日 16時06分55秒 | 日常生活

11月23日(水)水

今日は産業祭があるということで姉と二人10時過ぎに会場へ向かった。

そしたら・・・車・車・車・・・・会場近辺に大きな駐車場は無く

ついには海岸端まで走り、何とか空きスペースを見つけ駐車。

会場前の道路は、車の往来が激しく

今日は交通整理係が立っていた。

誘導されるままに横断し,会場へ。

土俵ではちびっ子相撲大会が行われているようだったが

知っている子がいないので、フリーマーケット会場へ。

色々なブースがあったが、姉とばばは結局

ジャガイモ・ニンジン・ピーマンなどの野菜を買っただけで

会場を出た。

その後、義父を見舞い、あるお店へ向かった。

目的は,花苗を買うため。

店先で、オーナーさんと、ばばの知人が話しているので

色々話しているうちに、オーナーさんが

「私とばばちゃんは親戚になるのよ」って。

え~っ、オーナーさんのことを

「T姉さん」と呼んで、色々花の知識を教えてもらっていたりはしたが、

まさか親戚になるとは・・・・

どの程度の親戚だろう?

両親からもT姉さんとの親戚関係を聞いたことが無い。

T姉さんの話によると、

ばばの隣集落に、ばばと同じ姓の方がおられ

その方のお子さんが上の子がばば姉と同姓同名、

下の子はばばと同姓同名なんだって。

これも全く寝耳に水の話。

物心ついてから、その集落にばば姉妹と

全く同姓同名の姉妹がいたなんて聞いたことも無い。

これは・・・もしかして?昭和初期頃の話?

まさかねぇ・・・・

お店にいた知人とばばは縁戚にはなるが、

T姉さんと,その知人も親戚なんだって。

と言うことは?そのお店にいた

オーナーのT姉さん、ばばの知人と、ばば達は縁戚?になるってこと?

これは嬉しいことではないか!

半世紀以上経って、新しい親戚が増えた~と大盛り上がり。

「ハロジ会(親戚会)でも計画しなきゃ~」と更に盛り上がる4人。

その後は,何故か自分たちが小学生だった頃のことなどに話は飛び

極めつけは・・・T姉さんが,つい先日7泊8日くらいで行ってきたという

「同窓会」の写真まで持ち出してきて見せたこと。

もちろん、ばばは知っている人はいなかったが、

何故か、ばば姉は写真の二人は分かると言う。

T姉さんは、学校は隣校区で出たと話しているが、

ばば姉は,何故T姉さんの同級生を知っているのだろう?

 

島は狭いし、特に近隣校区は4代、5代位遡れば

みんな親戚・縁戚になるのかもしれない。

それにしても、この年にして,新しい親戚が現れるなんて、

考えてもいなかったよ~~~。

T姉さん、何十年も前から何故か親しみを感じていたけれど

そうだったのか!親戚だったのか!

道理で・・・・・

 

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宮城←絆→徳之島

2011年11月22日 18時45分57秒 | 日常生活

11月22日(火)晴れ

今日は朝からテレビやラジオで

「良い夫婦の日」ということを何回も言っている。

「良い夫婦」かぁ~~~。

じじとばばは「良い夫婦」かなぁ~?

結婚ウン十年、娘達からも

「お母さんは絶対謝らないよね」と言われるほど

我が強く「ワンマン&かかあ天下」を公言してはばからないばば。

ばば、思うんだ~。

いざという時は、やはり旦那さんをたててあげなければいけないけれど

ある程度、奥さんが強い方が家庭はうまくいくんじゃないかって。

・・・て、偉そうなこと言いながら、

最近のばばは、あまりにじじを虐待しているんじゃない?

じじ~ごめんよ~。

新婚当時のあのおとなしくて控えめだった(自分で言うかい?)ばばが

今や、たいていの物を恐れぬ怪妻になってしまうと

誰が予想だにしただろうか????

でも、ウン十年かかって、ここまでのし上がった

「家庭内での権力」、もう、じじには渡しませんぞ~。

ワァッ~ハッハッハッ!

何を一人で高笑いしているんだか、ばばったら~。

 

昨日「以心伝心」な出来事ことが2件あったと書いたけど、

もう1件はね・・・・

過去にものブログで何回も書いたことがあるけど、

宮城県仙台市に住むAさんから

一昨日の晩、突然電話がかかってきたの。

発信者の電話番号に心当たりがないし「誰からだろう?」と

受話器を取ると「おばんです~~~」と聞き覚えのある声が。

「あらぁ~、おばんです~。私もAさんに

お電話でもしようかなと思っていたんですよ」と言うと

「あのぉ~大丈夫でしたか~?」とAさん。

「大丈夫でしたか?」は、もちろん数日前の竜巻被害のこと。

テレビやラジオの全国版で報道され、「徳之島」という町名を聞いて

気が気ではなかった・・・って。

「報道であったように、一部の地域での被害でした。

私たちは何の被害もありませんでした」と答えると

「安心しました~。」と。

実はね、このAさん、去年末の龍郷町などの大水害の時も

「奄美大島」と聞いて、すぐ我が家のことを思い

お見舞いにと新米を大量に送ってきて下さったの。

徳之島は,何の被害も無かったのに・・・・

お心遣いが嬉しく、感謝の気持ちでいっぱいだったじじとばば。

「東北地方の方って、本当に温かいね」と常々話していたが・・

もう数十年も前に、じじがバイクに熱中していた頃

たまたまのご縁でバイクを譲って下さったのがAさん。

Aさんのことは、お名前だけしか知らないが、ずぅっと年賀状で繋がっていたご縁。

ただそれだけなのに、「奄美大島・大水害」と聞き

すぐにお見舞いの新米を送って下さった,Aさん。

 

それから4ヶ月後。

東日本大震災が起こった。

居ても立ってもいられぬばば達に、地震から1週間後くらいだったろうか?

「おばんです~。ご心配なさっていると思い仮設電話からかけています。

こちらは,たいした被害は無く、家族も元気ですので

ご安心下さい・・・」とAさんからの電話。

まさに、ばば達が徳之島で心配していることが

宮城まで伝わったようで・・・・

「ありがとうございます。ご無事で良かったです」と言ったばば

しぜんに涙が流れた。

「たいしたことは無い」と言っていたけれど、

お家は屋根などが全部無くなったそう、家の中は、もうどこから手をつければ良いのか分からず、

家財道具なども,ほぼ使い物にならないくらいだったらしい。

片付けても,片付けても、余震で元の木阿弥状態になるらしい。

ご家族が無事で、家も屋根がダメになったくらいなら

不幸中の幸いと思わなければいけないのだろうか?

 

数日後、家の電話も使えるようになったと連絡があったので

「今こそ,ばば達が動く番」だと、ささやかな贈り物などをしたり

何回か電話をかけたりしていた。

そういう中で、壊れた家の修理が11月頃からは始まるだろうと

聞いていたので、11月も半ばだし、(もう、そろそろ家の修理も目処が立ったかな?)

と思い,電話してみようかな?と思っていた矢先に

Aさんから電話があったのだ。

震災以来の、いろいろなものがあったのだろう、

Aさんは体調を崩し入院されていて、電話を下さった2日前に退院したばかりだったそうだ。

 

人間って、普段顔を見合わせたり、一緒に話したり,食事をしたり出来なくても

思い合っていれば、絆はしっかり結ばれるんだなぁ・・・と

実感しているばばだ。

 

「日本全国、どこかで私たちを見守っていて下さる方々が

おられると思うと、頑張れます」と震災直後話されたAさん。

もう、ぎりぎりの所を超えて頑張って来られた被災地の皆さんへ

これ以上「頑張って下さい」という言葉は使いたくない。

もうすでに雪も降り、厳しい季節を迎えている被災地の方々、

どうぞ、お体を労りつつ日々お過ごし下さい。

 

「いつか、必ずお会いしましょう」と

Aさんは何回か言われた。

その日が、いつかきっと来ますように・・・・

 

東北宮城と、九州の離島、徳之島。

Aさんと、じじとばば。

今後も、太い赤い糸で心を結び合いましょうね。

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ばばも、時には頑張るよ

2011年11月21日 20時36分10秒 | 日常生活

11月21日(月)曇り

「以心伝心」っていう言葉があるけれど・・・

まだに以心伝心の出来事が2件あった。

今日はその一つを。

 

去る15日お墓参り次いで実家に寄ったら日に

庭木の枝がだいぶ伸び見苦しくなってきていた。

いつも剪定をして下さるH兄さんの電話してお願いしようか?

お正月までにはきれいにしたいね」と姉と話しながら帰ってきたのだが

ばば達の思いが通じたのか?

夕べ、8時ちょっと過ぎにH兄さんから電話があった。

「ばばちゃん、今日昼から、ちょっとばばちゃん宅の

庭木の伸びている枝を切ってきたよ。

明日、一気に片付ける?」って。

もちろん「お願いします!」で、決定!

 

夕べは、8時を回ってからスーパーへ走り

今日のお茶菓子や、飲み物、おかずの材料など買ってきた。

夜のスーパーは滅多に行かないので、

ちょっと雰囲気が昼とは違うような気がした。

家に帰ると、大根・ニンジン・厚揚げ・豚骨の煮物を作り

お汁のダシを取り根菜を入れて少しだけ煮たり、卵をゆでて味卵を作ったり。

それからお茶菓子や飲み物をひとまとめにし、

バッグや段ボールに入れたり。

今朝は,いつもより早起きして

ご飯を炊き、おむすびを作り、煮物をもう一回炊いて、

お汁に入れるネギなども準備し、8時過ぎ出発!

 

ばば達が着くと、H兄さんはすでに作業を始めていた。

磯松や天梅など、次々と樹形を整えていく。

ばばと姉は切った枝を一カ所に集め、燃やしながら

庭の雑草を抜く。

 

頑張りに頑張って、今日一日で作業終了!

やった~。

って、言いながら、本当はまだ終わっていないんだ~。

H兄さんの剪定は終わったけど、草抜きや

切った枝の焼却はまだ半分くらい残っている。

でもね、後は姉と二人でボツボツやっていけば良いかな・・・と。

 

父が丹精した庭が綺麗になって良かった!

父が亡くなって、もう19年。

盆栽や植物が好きで、丁寧に丁寧に育てていた。

嬉しそうに庭木の剪定をしていた父の姿が思い出される。

父がいた頃のように庭の管理が出来ていないのを

申し訳なく思うけれど、これからもH兄さんに助けてもらいながら

できる限り庭を綺麗に維持できるように頑張っていきたい。

 

作業を終えて帰る車中「久しぶりに充実した1日だったね」と

姉と話しながら、何だかとても気持ちよかった。

 

いつもグウタラ、グウタラのばばだけど、

やる時は「やるじゃん!」とも思うけど

1年365日のうち、「やるじゃん!」と思える日は一割も無いのが

情けないばばで~す。

 

そうそう、話はがらっと変わるけど

夕べ、遅く買い物をして帰る時、我が家のすぐ近くになってから

左側の路地から、黒い人影がサッとばばの車の前に飛び出した。

危うく急ブレーキをかけ、何事もなく良かったけれど・・・

 

飛び出した人物、夜なのに帽子をかぶり

黒地に赤の花柄のエプロンを着て、足には黒い雨靴

右手には単三電池くらいの大きさの何かを(懐中電灯かな?)、

左手には枯れ枝を持って、道路の真ん中よりを歩くの。

ばば、ちょっと恐怖を感じたけど、

対向車もあり、抜くに抜かれず車庫の前まで

歩くより遅い速度で徐行運転したけれど、

急に車の前に飛び出されたら怖いよね・・・・

ばばの家を少し過ぎた所で「回れ右」をし、

セカセカと引き返して行ったけど・・・

怖かった~~~。

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安納芋熟成成功するかな?

2011年11月20日 13時42分42秒 | 日常生活

11月20日(日)曇り

朝、9時半頃電話が鳴った。

急いで取ったら、友人市場の方からだった。

「安納芋が入りましたよ」とのこと。

「後ほどお伺いいたします。ありがとうございました」と電話を切った。

 

実は,9月頃からだったか?

友人市場に「安納芋」が出始め、

近くを通る度に複数袋買い求めては

ご飯に炊き込んだり,天ぷらにしたり,大学芋にしたり

・・・と楽しんでいたが、ある日からパタッと芋が見えなくなった。

それを知らず,何回か顔を出したばばに市場の方が

「今度入ったら連絡するね。電話番号教えて」と

言って下さったのが15日だった。

あれから5日しか経っていないのに

早々と連絡が入った。ラッキー!

 

10時過ぎに出かけ、姉の分も・・・と考え6袋購入。

家に帰って、すぐビニール袋から芋を出し

風通しの良い所に置いた。

去年までは、芋を買って置いておくと

すぐに芽が出たりして(何とか長期保存できないものか)と考えていた。

芋は熟成させると美味しいというのも知っているけれど

どうしたら良いのか分からない。

ばばが子供の頃は,家で芋も作っていて

熟成させた芋を母が炊いてくれた時の嬉しかったこと。

柔らかく,ねっとりしていて甘くて

おやつなど買えなかった時代、最高の自家製おやつだった。

 

種子島の安納芋と言えば今や全国区に有名?

偶然、去年、島の友人市場で安納芋を発見!

嬉しくて,すぐに買った。焼き芋器を買い,自家製焼き芋も作った。

以前、種子島の安納芋を買ったら熟成していて

焼くと、密が溢れ美味しくて病みつきになってしまった。

しかし、島の「安納芋」は堀りたてなので、まだ固い。

何とか、熟成させたい!

ばばが考えた自己流の熟成法。

昼間風通しの良い所で,なるべく日光の当たる所において

夜は発泡スチロールの箱に入れる。

・・・これをずぅっと繰り返す。

どのくらいの期間繰り返せば良いのか分からない。

安納芋の産地、種子島では石窯に入れ、一定温度と湿度を保っているとか・・・

ばばの自己流熟成法で「徳之島産安納芋」が美味しくなるかどうかは

分からないけれど、やってみる価値はあると思って,実験中のばば。

良い結果報告が出来ると良いんだけど。

 

ばばは、去年徳之島で「安納芋」を見つけた時

とてもビックリした。

安納芋と言えば種子島でしか出来ない・・・って何故か思い込んでいたんだよね。

でもさ、産地の名前が付いていても

他の地域でも、野菜や果物って作れるんだよね。

この単純なことを,分かっていたはずなのに

すっかり忘れていたばば。

 

一番身近では、喜界島の名が付いた「喜界ミカン」は

ばばが子供の頃から家の庭にあったし・・・・

「桜島小ミカン」も数年前から、ばばの実家集落の隣の集落で見かける。

無人市場などにも出ていて,ばばは買うのだが、

やはり本家本元の「桜島小ミカン」とはちょっと味が違うような気がする。

・・・・気温や湿度や土壌など、色々な条件がぴったり合った土地で

一番美味しい果物や野菜は出来るんだろうなぁ・・・と実感したばば。

 

さて、ばばの自己流安納芋熟成・・・

「甘い甘い芋になれ、美味しい美味しい芋になれ」って

毎日呪文を唱えながら、箱から出したり入れたりしているよ。

お正月前には、美味しい安納芋に変身してくれるかも。

楽しみ、楽しみ。

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