幸福維新の志士となれ <幸福の科学>

国難打破から、いざ、未来創造へ

Pray for JAPAN

 

Japanese Opposition Sparks Historic Win ...

2009年09月08日 | 動画
めっけもの。おもしろい~!

Japanese Opposition Sparks Historic Win in Election


North Korea Pardons Journalists During Former U.S. President Visit


U.S. Assures South Korea Protection from North


Russia and Japan Discuss Over Island Territory


News Digest 2008 of Japan


Typical Burst of North Korea


North Korea Withdraws Peace Agreement


News Digest 2008 of South Korea



北朝鮮、「過去の謝罪しなければ日本はナチスと同罪とみなす」

2009年09月08日 | ニュース・報道
IRIBイランイスラム共和国国営放送で、こんなニュースを発見しました。

まあ、政権交代のご挨拶みたいなものでしょう。
「村山談話」ならぬ「鳩山談話」なんてものが飛び出しませんように..(-人-)

◆ ◆ ◆

北朝鮮が、朝鮮半島占領期間中に行った犯罪に対する日本の謝罪を求めました。
フランス通信が、北朝鮮の首都ピョンヤンから伝えたところによりますと、北朝鮮の日本に対する要請は、日本の民主党が30日日曜衆議院選挙で勝利したことを受け行われたものです。

北朝鮮のロドン(労働)新聞が、同国の与党の話として、「もし日本が、国際的な信用や支持を取り付けたいなら、過去の誤った措置を認めるべきだ」と伝えています。
また、「北朝鮮はさらに、日本に対し、北朝鮮をはじめとするアジア諸国に、謝罪しなければ、彼らの犯罪は、ドイツのナチスが行った犯罪に等しいものと見なされるだろうとの警告を発した」としています。



本地川 新党首の素顔

2009年09月08日 | 幸福実現党
9月6日に幸福の科学で「伝道大会」という行事がありました。
自分は用事で参加できなかったのですが、
衛星放送で本地川 新党首が挨拶をされたそうです。

幸福実現党観察日記さんのブログで、その時の様子を詳しくレポートしてくださっています。

…まるで、その光景が目に浮かぶようなレポートです。
選挙の責任を取って党首代行を辞任したのに、同日、また党首に選任された経緯も
これでよくわかりました。

普通の政党だったら、これだけ惨敗したら辞任or降格は避けられないところですが
ああ、幸福実現党らしいな、と思いました。
本地川さんにも、そして役員の方たちにも
心から拍手を送りたいと思います。


饗庭さんや小林早賢さんと違って、あまりテレビやYouTubeに出ることもなかったので、
一般の方には馴染みが薄いと思います。


幸福実現党観察日記さんのブログから転載させていただきます。



――★ 転載ここから ★――

9月6日大阪正心館『伝道大会』(1) 本地川瑞祥さん

 伴侶が昨日9月6日、衛星中継された大阪正心館の『伝道大会』を聞きに行ったので、そのノートを元に内容の一部と、本地川さんという人について書いてみる。
 本地川さんの挨拶が、あったが、これには、参加者の会員さん、口をそろえて「大変良かった」、とのこと。
 具体的な内容は、まず、

本地川「私たち仏弟子だけでは政権を取れなかったということで、本当に総裁先生に対し申し訳ないという思いでいっぱいです。 私自身、本当に不甲斐ない弟子だと痛感しています。申し訳ありません。」

と頭を下げた。
さらに、ご自身が選挙の結果をとって辞任したが、九月一日の党役員の無記名投票で選出され、

「その結果を主に、先生にご報告いたしましたら、心ならずも(涙声)……、「政党業務全般に関し、全責任を取れ」という意味のご下命を頂き」

と涙ぐみ、

「是非、皆様方の中からも、またご意見や成功や失敗の体験等、ございましたらどうぞ党の方にお寄せ下さい。」

と頭を下げ、
頭を下げ、頭を下げしながら、

「尊いお布施にもかかわらず、私たち幸福実現党の能力不足とか、色んな経験不足から皆様にとっても「非常におかしい」「お金の使い方が無駄じゃないか」そういうことは多々あったと思います。 それ以外にもご批判は賜っておりますので、これは真摯に受け取りまして、反省し、次回からはそういう無駄なお金を使うことがないように、治めて参りますので今後とも、またご協力、またご支援のほど、伏してお願い申し上げます。本当にありがとうございました。」

と頭を下げては拍手が起こる。
さらに、総裁が、本地川さんに言われたという、

川総裁「宗教の偏見を打ち破って表に出る戦いだった。ある程度、表に出ることは出来た。」

という言葉などを交えて、日本に幸福実現党がずいぶん浸透したという話をし、

「政治活動と伝道活動は全く一体のものです。人と魂を本当に救うべく、聖なる使命としてこの二つの両輪がある。そのために、秋の映画「仏陀再誕」を成功させたい」

としめくくって、話は終わった。
「誠意の塊」のような挨拶に思われる。
……いかにも「らしい」なと思った。

伴侶の感想は、

「これまでの役員の話の中でも、ずばぬけて腰が低く、誠意のある挨拶だった。 その実のある態度には、議席がとれず、がっかりしている会員さんたちを癒す力がある。」

ということである。
現場で傷ついた会員さん達が、本部のやり方や手際の悪さに関し、もし不満をもっていたとしても、本地川さんの顔を見、話をきいているうちに、かなり減ったはずだ。

現場の不満というのはかなり怖いので、ほうっておくと大変なことになる。
もともと、利害の団体ではなく、信仰者の集まりである。傷ついた実働部隊を癒すのは、宗教者としての誠意しかないのではないか。

本地川 瑞祥(もとちかわ ずいしょう)氏。
いったいどんな人なのか、最近の会員さんは知らないかもしれない。
だが、小生たちには、かなりポピュラーな人である。
鹿児島県人にしては、当たりが柔らかい。
しかし、おっとりしていて、自分に対する悪想念にもあまり気付かず、頓着しないおおらかさは、やはり南の人のものだろうかと思う。
B型タイプのはずだが、辛抱強く、実は仕事の手堅い人ではないかと言われている。 
名前の「瑞祥(ずいしょう)」というのは、大川総裁がつけた、宗教家として仕事をするための、「法名」である。
(ほかにも、幸福実現党の人びとで言うと、あえばさんの「直道(じきどう)」、小林さんの「早賢(そうけん)」、矢内さんの「筆勝(ひっしょう)」、なども、大川総裁命名の法名)

1990年代前半以降、法名をつけられたお弟子方がではじめた。「修学(しゅうがく)」「大亀(だいき)」「天舟(てんしゅう)」など、多彩で豊かなイメージの言葉が多い。
それぞれの本質をあらわすもの、あるいは「あなたはこれを心がけなさい」という総裁の「個人指導」的な意味があるようにも思われる。
職員をやめると、「法名」もお返しする。

たとえば、今回の候補者の坂下くにふみ氏は、職員の時の法名を「三邦(さんぽう)」といったが、いまは くにふみ氏に戻っている。
(本名のくにふみの「邦」を一字取り、さらに、「三宝帰依」の「三」とあわせて、いい法名だよね、と言い合ったものだ。)
それにしても、本地川さんの法名はかなり珍しい。
「瑞祥(ずいしょう)」というのは、そのまま、「吉兆」の意味のはずである。魂的に神道系なのだろうか。

小生たちが、彼に関する記憶をふりかえってみると、会員さんたちがこの人を間近で見たのは、1991年頃、総合本部にいたころ、苦労していた姿である。
当時の総合本部には、切れ者が売りの人たちも多くいたようであったから、あまり目立たず、もしかすると、一部には凡庸に近い印象を回りに与えていたかもしれない。

そののち、総合本部を離れ、あちこちの地方に本部長などで出された。
そのときの印象は、「すさまじい握手魔」であった。逃げ回っていてもつかまってしまい、「いやー、みなさん驚くんですよねえ」といいつつ、にこやかに握手される。
内向的でひきこもり気味の職員が多かったので、これはかなりインパクトがあった。
今では職員でもナチュラルに握手する人が多くなったが、本地川さんが発祥ではないかという気がする。

その後、宇都宮の未来館の館長などをしたりして、淡々とおだやかに職員職をこなしていた。
だが、数年前、総裁が最前線に復帰してこられて以降だと思うが、出版の社長、理事長、党首へとぽんぽん出世した。
果たして、「誠実な人柄が仕事をする」というケースを、地でいくように、様々な場面でよい仕事をしている。
地味で下積みが長い経歴は、逆に、飾らずに生きてきたということの証明かとも思う。

そんな本地川さんがトップに立てば、内外の人びとに、幸福実現党には本当に裏がない、ことがわかってもらえるのではあるまいか。
飾らずとも、誠意が仕事をする。
そんな好例を、この先まだまだ見せていただける気がする新党首なのである。

――★ 転載ここまで ★――

【幸福実現党】本地川瑞祥 党首 立川にて(1) 8月26日


【幸福実現党】本地川瑞祥 党首 立川にて(2)8月26日


【幸福実現党】本地川瑞祥 党首 立川にて(3) 8月26日