ON THE ROAD 青山繁晴の道すがらエッセイ

青山繁晴個人HP、メイン・コーナー

Our World Time

急告その2

2014年08月20日 | Weblog
 やはり「水曜アンカー」生放送の1時間繰り上げが決まってしまいました。
 視聴者には不便なことと思います。
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急告

2014年08月20日 | Weblog
 土砂災害でフジテレビが特番をやる可能性があり、その場合は、関西テレビの「水曜アンカー」の生放送が1時間!ほど早まるそうです。
 突然の放送時間の大変更ですから、そうなれば、ますます生放送を視る人が減るのは確実ですが、関西テレビは、やるかどうかの決定を待つだけだそうです。

 まだ、まったく決定ではありません。
 しかし視聴者のみなさんのために、あらかじめお伝えしておきます。
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たこ焼きパワーでアンカーへ (*ちょい追記しました)

2014年08月20日 | Weblog
 駆け足のワシントンDC出張から無事に帰国していますから、きょうの「水曜アンカー」(関西テレビ)、明日の「ザ・ボイス木曜版」(ニッポン放送)は、生放送にいつものように参加します。

 きのう火曜日に、体調絶不良のなか大阪入りして、関西財界人らとの議論のあと、関西テレビで「水曜アンカー」のテーマを何にするかのいつもの討論をするまでに、1時間半ほど珍しく時間がありました。
 今は近畿大学の講義が夏休みですからね。その代わり、膨大な数の試験答案の採点に四苦八苦しているけど…。

 同行秘書のMは、東京と関東しか知らない育ちだから、生まれて初めての「本場大阪のたこ焼き」を食べさせようと、関テレの目の前の天神橋筋という商店街にある、たこ焼き屋さんへ。
 たこ焼き4つと生ビールで500円也のセットをふたりで喜んで食べていると、隣の席の男性が「青山さん、若い女性とお楽しみのところ悪いですけど…」と話しかけてこられた。
 あの〜、そりゃ確かに若い女性ですけど、独研(独立総合研究所)総務部秘書室第2課の正社員、常にぼくと同行するのが任務jの秘書なんです。
 一応、「これは秘書です」と言ったけど、男性は「あぁ、ヒショさんね」と言いつつ、眼は「お楽しみでんなぁ」という感じ。わはは。
 この男性はとても誠実な雰囲気のひとで、長年、商社マンや調査会社で勤めてこられた経験からして、不肖ぼくがアンカーでお話しする世界観に共感されるとのこと。こころから感謝しました。

 そのあと賑わう商店街に出ると、たとえばお母さんとお嬢さんらしい二人連れが、これはちょっと凍りつく感じで、「あ、青山さんが若い女性と…」という風に自転車を押す手を止めてご覧になる。
 ふひ。

 ぼくの同行秘書は、体力勝負。
 ぼくですら体調が悪くなるほどの無茶な日程を、一緒に動かねばならないから、体育会出身者でないとちょっと無理かも。
 年齢は不問だけれど、結果として歴代みな、若い。
 前任者の Y 同行秘書(いまは司法書士に向けて勉強中)はいま25歳、たこ焼きを一緒に食べていた現任の M 同行秘書も、同い年の25歳。
 ちなみにM秘書は、関東の国立大学の体育会馬術部の出身。
 前任者も現任者も、重い荷物にも文句ひとつ言わない。えらいなぁと正直、いつも感心しています。

 前任の Y 秘書が社員のとき、お好み焼き屋さんで食事していたら、「大阪のおばちゃん軍団」から「いやぁ、青山さんが、若い女と食べてるわ」、「ほんまやん。ほれ、みてみ」と素晴らしい大声で言われたことがありました。
 Y秘書は女子高生みたいに見えることもあるし、M秘書も年齢よりさらに若く見えます。
 ぼくが「これ、秘書です」と言うと、「いやや、ヒショやって、ヒショ」と軍団に大爆笑されてしまった。
 ぐはは。
 ぼくは、本音で、いわゆる「大阪のおばちゃん」が大好き。
 堅苦しい言いぶりで申し訳ないけど、健全な批判精神がサイコー。
 なにより明るい。
 空港などで走り寄ってこられた軍団に腕を触られることもあって、大阪出身の(つまり未来の大阪おばちゃんの) Y 秘書から「社長、さっきのおばちゃんたち、社長の腕、触りながらなんて言ってたか、分かりましたか」と真顔で聞かれました。
「いや、なんて言ってたの?」と聞くと、「ごりやく、ごりやくって、言ってました」

 もちろん、ぼくに御利益(ごりやく)はありませんが、きのうも大阪ど真ん中の商店街の明るさ、たくましさに元気をもらって、そのあとの関テレでの長時間の討議を何とかこなせたのでありました。

 これもまた、「水曜アンカー」へのひとこまです。


*先々週の水曜アンカーでは、新刊の「死ぬ理由、生きる理由 英霊の渇く島に問う」(ワニプラス、たとえばここ)を紹介してもらったのはいいけれど、表紙だけで、まだ中身は真っ白の本をぼくがお見せしたために「本はまだできていない」という誤解を生んで、逆に、予約が減ってしまうという珍事を起こしてしまいました。
 みなさん、無事にちゃんと中身も入って、敗戦の日のまえに発刊されました。
 ワシントンDCでも、今ではごく数少なくなった日本語の分かるアメリカの知日派当局者らに贈りました。
「死ぬ理由…ですか」と不思議そうに呟くひともいました。
 そう、勝者となったアメリカにも、もう一度、考えてほしいから、このつたない書を世に問うたのです。
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この日の世界の青空

2014年08月15日 | Weblog
 いよいよ69回目の敗戦の日を迎えた8月15日、ワシントンDC時刻の夜中2時に、電話がありました。
 ぼくが海外出張中ということをご存じないひとから、こういう時間に電話があるのは、問題ないです。日本は午後3時ですからね。
 その電話は「青山さんとの友情を、日経新聞に書いたよ」ということでした。
 日経の最終面に連載されている「交遊抄」ですね。

 ぼくも朝に、日経の電子版で読みました。
 ぼくが忘れていたことまで書いてあって、この人の誠実さをあらためて思いました。

 きょう(アメリカ東部時間)の敗戦の日には、今回のワシントン出張のいちばんハイライトになる人物とホワイトハウスの敷地内で会い、とても率直な議論をできました。
 議論を終えて出てくると、空が青い。

 日本はいよいよ、これからです。
  
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きょうは敗戦から68年の最後の日ですね。

2014年08月14日 | Weblog
▼ワシントンDCはいま、8月14日の午前4時40分。日本は同日の夕刻5時40分です。
 今回はなぜかアメリカに来てから体調の不良が続いているけど、相手と議論していると、忘れてしまう。
 中韓のアメリカ政治への浸透工作は凄まじいのものがあるけど、その割に、中韓の目的と思われることには成功していないことも良く分かってきました。
 日本語をかなり話し日本文化をよく理解している現役の高官を、現政権の内部にひとり発見して、ちと驚きました。
 ひとりだけでも、とても貴重。
 このひとに関する事前の情報とまったく違う。
 やっぱり、いくらかの無理を押してでも現地に来ると初めて分かることは幾つもありますね。


▼さて、論壇誌の「新潮45」の9月号に、マレーシア航空機をめぐって書いています。
 ワシントンDCへの出発直前に原稿を完成させ、ゲラ直しは成田空港からファクシミリを送りました。
 綱渡り…。

 発売は、新潮45のHPによれば8月18日です。
 よろしけば、読んでみてください。


▼新刊の「死ぬ理由、生きる理由  英霊の渇く島に問う」(ワニプラス、一例ではここです)は、ぼくが思っていたよりは今のところ、よく読まれているようです。
 一緒に「ぼくらの祖国}(扶桑社、一例ではここ)も、ふたたび読まれていて、出版社には予想通りでも、ぼくには予想外です。


▼独研(独立総合研究所)が自主開催している独立講演会への応募情報を、あらためてアップしておきます。
 独立講演会は、時間無制限(いまは聴衆のみなさんの健康を考えて4時間半から5時間)で、質問もどんどん受けることを目的に掲げて始まった試みです。

 いつものように、独研の公式ページ(ここです)から情報を抜粋します。

(*情報の抜粋はじまり)

第33回 独立講演会@東京 (2014年 9月21日 : お申込みの受付を開始しました)

【講演日】
2014年9月21日(日)

【講演時間】
開場:14時00分
開演:15時00分 〜 19時30分 予定

【講演内容】
「祖国、アジア、世界を、あなたと一緒にどうするか その6」

【会場】
大手町日経ビル 日経ホール(3階)
〒100-8066 東京都千代田区大手町1-3-7 日経ビル
地下鉄「大手町駅」下車C2b出口直結
東京メトロ
 千代田線「大手町駅」神田橋方面改札より徒歩約2分
 丸ノ内線「大手町駅」サンケイ前交差点方面改札より徒歩5分
 半蔵門線「大手町駅」大手町方面改札より徒歩5分
 東西線 「大手町駅」中央改札より徒歩約9分
     「竹橋駅」4番出口より徒歩約2分
都営地下鉄
 三田線 「大手町駅」大手町方面改札より徒歩約6分

詳細はこちらをご覧ください。

【受講料】
一般 5,000円 / IDC会員 4,000円(税込)

【申込期間】
2014年8月13日(水)正午〜 2014年8月29日(金)正午 予定
※申込期間内のみ、申し込みを受付致します。

【申込方法】
「申込フォーム」ボタンをクリックし、リンク先のページよりお申込みください。(ここに、そのボタンがあります)

【抽選結果通知】
当選・落選発表は、8月29日(金)申込締切り以降、メールにてご連絡致します。
※会場の規模によって抽選になる場合がございます。

(*情報の抜粋おわり)


▼ここまでじっくり、みなさんと話せるのはこの独立講演会をおいて他にありません。
 お会いしましょう。
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いちばん、みんなと話せる場…

2014年08月13日 | Weblog
…それは、独研(独立総合研究所)が自主開催している、自由な講演会、独立講演会です。
 日本時間のきょう、第33回の独立講演会(東京会場)の募集が始まりました。
 いまワシントンDC時刻の夜明け前、独研から配信している会員制レポート(ここ)の執筆を急いでいますから、詳しい募集要項は改めてアップします。
 とりあえず、関心のある方は、ここです。



(独立講演会の開始前。静まりかえっています)

   (いつもこんな感じで、みんなと話せます)




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ぼくらはなぜ死ぬ。

2014年08月13日 | Weblog
 アメリカは今、名優であり実は怪優だったロビン・ウィリアムズが首を吊って自決したニュースで溢れています。
 ここワシントンDCからは、オバマ大統領が哀悼の長文コメントを出しました。
 ハリウッドスターの死に、現職大統領が公式声明を出すというのは、ぼくは初めて見ました。


(The Economist のHPからお借りしました )

 この自決は、ぼくがワシントンDCに来てまもなくに起きましたが、正直、驚きませんでした。

 ふだんのあの悲しそうな眼を見れば、この帰結に驚かないひとは、ほんとうはアメリカ、日本を問わず、ぼくだけでもないでしょう。
 アメリカのテレビ各局のニュースでは、ロビン・ウィリアムズのプールのある豪邸、ペットの笑う猿、三人目の奥さまと手を繋ぐ、死の前日らしい散歩の写真、そして同じ眼をしている子供の頃の写真などが一斉に報じられています。
 どんな名声があっても、どんな愛情があっても、このひとは悲しかったのだろうと伝わってきます。

 予定調和の脚本、監督、俳優の残念ながら多い日本の映画界に、こんな怪優がいたらと、以前から羨ましく思っているほど凄いひとでした。ただ、見ているとちょっとだけ、こちらも辛いことがありました。

 アメリカの報道は、例によって「重度の鬱病だった」と第一報から伝え、日本の報道はネットで見る限り、それで片付ける傾向もあります。
 ただ当地の報道で「さすがだな」と思うのは、ホテルの部屋でパソコンに向かって仕事をしていた現地時刻の真夜中に、つまりアメリカ人があまり視てはいない時間帯に「ユーモアの背後の深い闇」という報道があったことです。
 そう、ロビン・ウィリアムズはユーモアのスーパー得意な俳優でもあり、だからこそ、ぼくは怪優とも思っていました。

 そのユーモアは、深きも深い闇があってこそだったのだと、彼の自害で、物書きのひとりとしてのぼくに、はっきり伝わったのは、不肖ぼくにとっては大きな出来事です。

 報道の使命というものも、改めて考えさせられました。
 日本での報じ方で申せば、まるで予定稿のように記者がすらすら書いたであろう記事をネットを介して読みました。「名声の蔭でアルコール中毒とクスリ漬けに苦しんでいた。ハリウッドとアメリカ社会ではいま、アルコールとドラッグに再び関心と懸念が強まっている」という記事です。
 記者時代の経験からして、デスクが何を望み、熟練の記者がどうやって応えたか、それらの手つきが見えるような記事でした。
 そのとおり、ロビン・ウィリアムズもアルコールとクスリで施設入りがありました。
 しかし、それが自決のほんとうの原因ですか?
 裕福な家庭に生まれ、まことに例外的な成功にも恵まれた彼がなぜ、アルコールとクスリなのか。
 そこにこそ自害の原因があり、アルコールとクスリは原因であるよりも自決そのものと同じく「結果」なのに、この書き慣れた記事はまるで人間の眼を逆に、真実から逸らせるかのようです。
 すこしばかり厳しすぎますか?

 ロビン・ウィリアムズの自害のあと、往年の大女優のローレン・バコールが、対照的に天寿を全うするように亡くなりました。
 あのハンフリー・ボガートと最期まで添い遂げたひとですね。


(Ronald Grant Archive / Mary Evansからお借りしました)

 この女優は、ぼくの母とほぼ同年配です。
 先日、ぼくの誕生日の誕生時刻に正確に合わせて天寿を終えた母がよく、その存在感の大きさを口にしていた女優でしたから、ぼくの子供の頃の記憶にあります。

 母は、ぼくの背骨を造ってくれたひとです。
 そしていちばん偉大だったのは、最期の瞬間近くまで、生への執念、生きる意思、おいしいものを食べようとする意志の力を喪わなかったことではないかと、いま、気づきました。 




 新刊の「死ぬ理由、生きる理由  英霊の渇く島に問う」(ワニプラス)が書店に並び始めて思うのは、自分で付けたこのタイトルの深淵です。
 自分で深淵などと言うのは、ほんらいならば、あまりに僭越です。
 しかし、 この書は、途中までタイトルに苦しみ、自分で書いたタイトル候補を、出張先のホテルのバーで同行秘書Mに見せて意見を聴いているうちに、自分でも不承不承(ふしょうぶしょう)ながら仮決めしたものです。
 その時点では、おのれとして、まだ納得できていなかった。
 けれども、苦しかったこの本の執筆を続けるうちに、自分の中でも「これしかない」と確信していったタイトルでした。

 いまワシントンDCは8月13日の夜中3時20分頃です。
 きのう烈しい雨を窓越しに見つつワーキングランチを共にしたアメリカの人物は、日本語もかなり分かる人なので今回の出張で初めて日本語で議論しながら、この新刊に日本語でサインして贈りました。
 彼は、ちょっと怪しいアクセントと発音で「死ぬ理由…生きる理由…」と不思議そうにタイトルを声に出しました。

 編集者からの連絡によると、新刊は発行の初日に全国の紀伊国屋書店で50冊を超えて、読者が求めていったそうです。
 売れないノンフィクション分野の本にしては、驚きの数です。
 しかし、ぼくはこうやって講演を元にした本を、二度とは出さないかもしれません。
 あまりに苦しかった。

 物書きにとって、本は、おのれの子供のようであり、友のようでもあります。
 それが世に出ていま、いちばん嬉しかったのは「ほんとうに航海を一緒に体験しているように読める」という読後感が、どっと沢山、寄せられたことです。
 そうなるように力を尽くして書き、写真を選びに選び抜き、キャプション(写真説明)を書きながら、胸のうちで「そんな、航海の追体験なんて、紙の上で簡単にできるはずもない」という絶望感というか無力感というか、それらに襲われつつ、「ここで諦めちゃ駄目だ」とおのれに言い聞かせて、ようやく脱稿と、出版にたどり着いたからです。

 いちばん悲しかったのは「講演録の部分があるのだから、手抜きだ」という言及があったことです。
 今のところ、それはただお一人の方ですし、その方も、むしろそう考えつつ航海を追体験しての感動を語ってくれていますから、何もその方の反応に、まさか問題はありませぬ。感謝しています。
 ただ、実際の執筆と作業は、手抜きの正反対でしたから、二度と講演に基づく本は書きたくないとも考えてしまいます。

 このことは、出版の1か月近く前の7月19日、それはぼくの理解者の誕生日に、この地味ブログで触れました。
 ちょっと異例ですが、その部分を下に再掲します。関心がある人だけ読んでください。

…小説新作が終わり、「祖国が甦る」の執筆再開も完結したら、映画の本も書いてみたいですね。それと一緒に、クルマの本、旅の本、スポーツの本も書きたいのです。
 ほんとは、シンクタンクの社長なんて、やってる場合じゃないんだけどなぁ。



(以下、7月19日のエントリーの一部だけを再掲)

▼ぼくはこれだけ毎日、講演をしていて、講演の内容を主とする本を出すのは初めてです。
 実は、「講演を収録した本を出したい」という出版社や編集者からのオファーはとても多い。
 しかしすべて、お断りしてきました。
 なぜか。
 今回のように、あまりにも大変すぎる作業になると、分かっているからです。

 これは、出版社や編集者の常識とは真逆なのですね。
「青山さんは、作家も本職だけど、ほかの本職、そしてまさしく講演など本職ならざる仕事がとても多い。時間が無いでしょう? だから講演をそのまま本にしませんか」というオファーが、さまざまな出版社、編集者から来ます。
 ちなみに、青山千春博士も同じことを言います。「社長は時間が無いのだから、講演をそのまま本にすれば?」と。

 ぼくにとって、これが違うのです。
 講演は話し言葉です。
 文章とは本質的に違うので、文法をやや外していたり、話の途中で方向転換があったり、同じ事実の表現でも、その場の聴衆の眼を見ながら、柔らかくしたり堅くしたり、省略したり材料を増やしたりします。
 むしろこれが、講演、話し言葉の醍醐味ですね。

 しかし書籍は、あくまで文章です。
 ぼくの本である以上は、ぼくが一字一句、永遠に刻みつけていく「文字による彫刻」です。

 したがって、講演の起こしを本にしていくとき、すでに行った講演そのものを変えないように、文法を微妙に正したり、方向転換をモデレート(穏やか)にしたり、事実関係を確認したり、非常に微妙な作業を、一行一行、延々と続けることになるのです。


▼つまり、ぼくの場合は、最初から文章を新しく書きおろしていく方が、講演録に手を入れるより、ずっと楽、時間も取らないのです。
 かつて一度、講演をもとにした本を出そうとして、あまりも消耗するので、それを途中でやめ、最初から新しく文章を書いていって本にして出版しました。
 それ以来、講演を本にするオファーは全部お断りしてきたのでした。

 世の中には「どうせ講演なんだから」と、そのまま本にしてしまう人はたくさん居ます。
 それはそのひとの生き方なので、批判はしません、。
 しかし、ぼくの生き方とは違います。


▼今回はなぜ、引き受けたか。
 そのまさしく講演で、硫黄島の英霊の方々について話す時間がどんどん無くなっているからです。
 終わらない福島原子力災害、規制緩和だけに傾いていくアベノミクス、移民への油断ならない動きが続く政治家、官僚やメディア、中韓のエスカレートする反日、自民党の腐った部分がのしかかってくる第二次安倍政権、そして直近ではマレーシア航空機撃墜のような突発的な大事件も次々に起きます。
 こうしたことを取りあげていくうちに、講演時間が過ぎていってしまいます。

 だからこそ自主開催で開いている、時間を5時間前後も確保している独立講演会は別です。
 しかし一般の講演では、今のぼくは講演が終わるたびに、硫黄島の英霊や、白梅の少女たちの話が出来なかったと落ち込むことが多いのです。

 新刊は、これに何とか、ひとつだけでも救いの灯火をともそうとするものです。
 思いがけず硫黄島へのクルーズに招かれ、船内放送を合わせると4回も、硫黄島に絞った講演をし、その講演の最後には、これまで明らかにしてこなかった白梅のある真実も話しました。
 ですから、これを本にして残し、一人でもこの話に触れていただくと、硫黄島の英霊と白梅の少女が、わずかにでも、ほんのささやかに、報われることに繋がると考えたからです。
 それを69回目の夏、敗戦の日に、世に問いたかった。

(部分再掲の終わり)
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帰ったらすぐに会えますね

2014年08月13日 | Weblog
▼出版社からメールで正確な情報がやっと届いたのと、この地味ブログへのみなさんの熱心な書き込みで分かったことを加えて、遅ればせながらサイン会の情報を整理しておきます。

▽8月24日土曜 開場12時半、開始13時
 八重洲ブックセンター

*ミニ講演会とサイン会

*これは、申し込み開始の当日に満員になり、八重洲ブックセンターのHPにも「ご好評につき満席となりました」と明記されています。
 ただ、このブログには「立ち見でも良いならという条件で、申し込みができた」という体験談が本日も書き込まれています。
 状況は日々変わりますから、この「立ち見」も、もう満員かもしれません。
 そこはご理解ください。

*八重洲ブックセンターのHPによれば、申し込み方法は以下の通りです。
〜申込書に必要事項をご記入の上、1階サービスカウンターにてお申込み下さいませ。申込書は同カウンターにご用意してございます。また、お電話によるお申込みも承り」ます。(電話番号:03-3281-8201)〜(HPの原文のまま)


▽8月30日土曜 17時から
 ジュンク堂書店大阪本店

*トークイベントとサイン会

*これも、ジュンク堂のHPから転載します。
〜大阪本店にて対象書籍をお買い上げのお客様に、整理券をお渡しします。当日、書籍と整理券をお持ち下さい。色紙や、他の書籍へのサインはお断りさせて頂きます。サイン会のみご参加のお客様は、18:30ごろお越しください。電話でのご予約も承っております〜(HPの原文のまま)

*上記にある「対象書籍」とはもちろん、今回の新刊「死ぬ理由、生きる理由  英霊の渇く島に問う」(ワニプラス)のことです。電話は06-4799-1090です。


▽9月13日土曜 16時半から
 ブックファースト阪急西宮ガーデンズ店

*サイン会

*HPにはこうあります。
〜ブックファースト阪急西宮ガーデンズ店にて、サイン会対象書籍をお買い上げのお客様に参加整理券をお渡しします。お電話による参加整理券のご予約も承ります。
・対象書籍:
『死ぬ理由、生きる理由 英霊の渇く島に問う』(ワニブックス/本体1,600+税) 『ぼくらの祖国』(扶桑社/本体1,600+税)
・お問い合わせ/予約受付:ブックファースト阪急西宮ガーデンズ店TEL0798-62-6103〜(HPの原文のまま)

*このサイン会は、ロングセラーの「ぼくらの祖国」(扶桑社)も対象になっていることが特徴ですね。


▽いまワシントンDCは8月12日火曜の夜9時50分です。
 日本は8月13日水曜の午前10時50分です。
 いつもなら「水曜アンカー」(関西テレビ)の生放送ための情報収集・分析に追われているところですが、きょうは番組に参加しません。
 14日の「ザ・ボイス木曜版」(ニッポン放送)にも参加しません。

 RKB毎日放送ラジオの番組は、先ほど、福岡とワシントンDCを電話で繋いで生放送に参加しました。
 そのあとすぐに、テレビ愛知の電話収録に1時間を超えて応じました。「激論コロシアム」という番組に使われるとこのですが、もちろん編集でぐんと短くなります。1分ぐらいかな?

 きょうのワシントンDCは、いままで見たことがあまりない烈しい雨でした。
 アメリカのこの政治首都は、地下街もなく、ホワイトハウスを中心におおむね歩いて移動する街なので、雨風が強烈だと、けっこうたいへんです。
 今夜は、上記のラジオとテレビの電話のためにディナー会食をセットせず、夕食を食べそこねましたね。
 しかし、ちょい疲れているので、ちょうど良いかも。
 今夜は、小説新作の最後の仕上げをしたいなぁ。
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ミニ講演、そしておひとりおひとりの名を入れてサイン、眼と眼、堅く握手、希望の方にはハグ

2014年08月12日 | Weblog
▼きょう発行された新刊「死ぬ理由、生きる理由  英霊の渇く島に問う」(ワニプラス、一例ではここです)のためのサイン&講演会は、8月24日の日曜に八重洲ブックセンターで最初に、行われます。
 ただ、これは申し込み開始の初日で定員を超えてしまったそうです。


▼その次は、8月30日の土曜、ジュンク堂書店大阪本店での講演&サイン会があります。

 大阪府大阪市北区堂島1-6-20堂島アバンザ
 TEL.06-4799-1090
 17時開始で、19時30分終了予定です。
 こちらの方は、この地味ブログへの書き込みをされた方が「申し込めた」とおっしゃっていますから、まだ大丈夫のようです。
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8月12日

2014年08月12日 | Weblog
▼ワシントンDCに来て2日目の今日は、イラク戦争以来、つまり11年ぶりに会う懐かしい人や、初めて会う名高い中国専門家や、いずれもアメリカ人とそれぞれ時間をかけて議論しつつ、新刊の発刊の日を迎えました。

 懐かしい人とは、どうして11年も会わなかったか。
 ぼくがイラク戦争に行き、こころも渇く砂漠の戦場や、逆にズブズブと足を取られる湿地帯の戦場、それから賑やかだったはずの街が根こそぎ壊され焼かれている戦場、それらを歩いて残酷な現実と直面したあと、そのときも議論をするためにこのワシントンDCに来ました。
 すると、雪が降ってワシントンDCの街並みはクリスマスカードのように美しく、そのあまりのギャップが胸を突かれて、「イラク戦争はやむを得ない」という、このペンタゴン(国防総省)出身の人に激しく食ってかかり、衆人環視のホテルのラウンジで長い時間、怒鳴り合いになって、それ以来、会っていなかったのです。


▼今日、この人と会った場所から、次の中国専門家のところへ行くまでの道筋の途中に、アーリントン国立墓地があります。
 その広大な敷地を歩いて抜けていくと、前のエントリーで記した硫黄島の記念碑があります。
 時間はぎりぎりになりましたが、どうにか行けました。
 そして記念碑のまえで、新刊と一緒に、写真を同行者(日本男児)に撮ってもらったのですが、公開は控えます。

 アーリントン国立墓地のなかを歩いて行くと、これまで何度も訪れているとはいえ、緑の丘に果てしなく続く墓石の白い行列に、やはり胸を突かれます。
 それは記念碑の前でも、同じでした。
 領土を初めて奪われた日本兵、他国の島を奪って「戦勝国」となったがために、ずっと戦争を繰り返して墓石を並べていったアメリカ兵、さまざまな無念が迫ってきます。
 とても、ふつうに写真をアップする気になれません。


▼嬉しかったのは、「いよいよ発刊の日ですね」というEメールや、この地味ブログへの書き込みを沢山いただいたことです。
 いまワシントンDCはまだ、8月11日の夜7時半すぎですが、日本は12日の朝8時半すぎです。
 日本ではそうです、書店に並び始める日になりました。
 12日に日付が変わるとすぐにお祝いの言葉を贈ってくださったかたがた、ありがとうございます。
 勇気づけられました。

 
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めぐり合わせ

2014年08月11日 | Weblog
▼戦略観なきイラク空爆を始めたばかりのアメリカ政治、その中枢の地ワシントンDCへの出張に来ています。


 西暦2014年8月10日・日曜のホワイトハウスは、もちろん見た目は何も変わりませんが、この首都での報道は「無力化したホワイトハウス」などと刺激的な言葉に溢れています。




 ホワイトハウスの屋上では、いつものように警護の兵士がパトロールしています。空爆開始の後も、目に見えての警備強化はありません。
 意外なような、意外ではないような。




 大統領専用ヘリ「マリーン・ワン」がホワイトハウスの前から飛び立ちました。
 ただし、「議会の弾劾に直面する困った大統領のオバマさん」(アメリカNBCテレビ)が乗っているとは限りません。訓練もあります。




▼今回の出張の目的のひとつは、アメリカのNSC(国家安全保障会議)の現役幹部らと「第二次安倍政権下のアジア」をめぐって真正面から議論することです。
 ホワイトハウスに隣接する、この存在感のあるビル(アイゼンハワー行政府ビル)にNSCの事務局があります。
 左手奥に見えるのがホワイトハウスです。




▼このワシントンDCのアーリントン国立墓地(日本で言えば、つまり靖国神社)の前に、硫黄島の戦いの記念碑があります。
 硫黄島がわたしたちに伝える大切なものをめぐって、現段階でのぼくなりの集大成の書でもある「死ぬ理由、生きる理由  英霊の渇く島に問う」(ワニプラス、たとえばここです)が、ワシントンDC滞在中の明日8月12日に発売となります。(驚くほど沢山の予約をありがとうございました)
 敗戦の日に合わせての発刊ですが、戦勝側の硫黄島記念碑の地にちょうど来たのは、偶然です。
 ちょっと大袈裟な言いぶりを許してもらえれば、天の差配のめぐり合わせですね。

 この記念碑の写真は、ネット上のアメリカのフリー写真からお借りしました。




▼今回は「日帰りアメリカ出張」ではありませんが、とても短い滞在であることに変わりありません。
 記念碑を再訪できるかどうか分かりません、というか、その見通しはあまりないので、とりあえず、この写真です。
 右奥の緑は、ホワイトハウスの敷地である「President's Park」(大統領公園)の緑です。
 ちなみに、徹夜になってしまった夜明けの光のなかです。


 
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さらに…(ちいさな追記)

2014年08月10日 | Weblog
 前エントリーで書いたように、朝日新聞は、今回の事件で自らの未来を失った。
 では、最後は朝日新聞の廃刊で終わるのか。
 いや、それなら、まだ良い。

 実際は、たったいま例えばニューヨークタイムズで起きているように、チャイナ・マネーを受け入れて生き延びようとする恐れがある。
 ニューヨークタイムズを開くと、いつの間にか「チャイナ・デイリー」の紙面になり、読者はそれがそうとは知らずに中国の宣伝工作としての紙面を読まされ、またニューヨークタイムズに戻っている。
 すなわち、ニューヨークタイムズの紙面の間に、英語版の中国共産党の宣伝紙が挟んである。

 これがアメリカだけに起きて、日本で起きないと、どうして言えようか。
 中国はその眼で、いまの朝日新聞の混乱をじっと見ている。

 朝日新聞の記者諸君。
 きみたちは、そうなりたいか。
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まさかの無関心が予言する、マスメディアの未来

2014年08月09日 | Weblog
▼ぼくは8月10日の日曜から海外出張に出ます。
 この頃は、日帰りアメリカ出張といったことも少なくありません。つまり現地滞在3時間ぐらいだったりします。
 今回は違います。日本のお正月と旧盆は、ぼくにとって海外出張の貴重なチャンスです。国際社会では、1月は、早い人なら元日の夜から、ふつうでも正月2日から働いています。長いクリスマス休暇が、1月になることによって終わっていますから。
 旧盆はもちろん、たとえば欧米にはありません。ただし彼らの長〜いサマー・バケーションにぶつかりますから、1月よりは会えない人が多いですね。


▼話を戻すと、今回は日帰りではありませぬから、8月13日の「水曜アンカー」(関西テレビ)と14日の「ザ・ボイス木曜版」(ニッポン放送)に、ぼくは居ません。
 13日水曜朝のRKB毎日放送ラジオだけは、海外出張先と電話で繋いで、参加する予定です。


▼8月15日、敗戦の日をめぐる発信は、独研(独立総合研究所)が自主開催している独立講演会(ここです。申し込みの〆切まで2日を切りました)や、新刊の「死ぬ理由、生きる理由  英霊の渇く島に問う」(ワニプラス、例えばここです)を通じて、行います。

 もしよろしければ、想像外のロングセラーになっている「ぼくらの祖国」(扶桑社、例えばここです)と合わせて、敗戦から70年が近づく日本がこれから生きる道を考える、ひとつのきっかけになさってください。


▼いちばん最近の「水曜アンカー」では、朝日新聞のいわゆる慰安婦報道をめぐる奇怪な「一部記事取り消し」も取りあげました。
「青山のニュースDEズバリ」のコーナーだけではなく、関テレ報道部の志で、トップニュースとして真正面から扱ったのです。
 この『朝日新聞事件』は、日本のマスメディアのあり方を変える、極めて大きな影響を長い期間にわたって及ぼしていくでしょう。

 しかし、放送してみて分かった「まさか」も、ありました。
 水曜アンカーの生放送の時間、すなわち午後5時前から6時前のあいだに自宅に居て視てらっしゃる高齢者の方々は、この『朝日新聞事件』に、ほとんど関心が無いといっても誇張ではないほどでした。
 一方で、Eメールやブログへの書き込みといったネットに表れる反応は凄まじかった。
 すなわち、水曜アンカーで申せば、録画しておいて会社や学校から帰った夜に視ている視聴者・国民の関心は、対照的に非常に高かったのです。

 これは、ずっと申してきた「リアルな調査統計を取るべきだ」ということの典型例です。
 それと同時に、朝日新聞をはじめ既得権益に甘えてきた日本のマスメディアにとって、決定的な時代が始まったことを意味しています。


▼働き盛りや若い世代で、これから朝日新聞にお金を出して購読しようとする人が、果たしてどれだけ居るでしょうか。
 この事件を契機に、確実に減っていくでしょう。
 ほんとうは既に、朝日新聞の有償購読者は、長い坂を落ちていくように減っています。
 それが決定的に加速するでしょう。
 残るのは、高齢者のうち、上記のように今回の大事件に関心をお持ちでない方だけです。
 もちろん、高齢者のなかでも、朝日新聞事件に関心を持たれた方からは、購読中止も出るでしょう。

 つまり、もはや朝日新聞には未来がありません。


▼そしてこれは、朝日新聞だけの問題にはとどまらないでしょう。
 新聞というものは、病的な虚言癖が疑われる人物(慰安婦問題をめぐっては吉田清治氏)のただのヨタ話を、裏付けも取らずに、祖国を貶めたいという病んだ目的のために報道し、その記事の「一部削除」なる半端なものを32年間もあとにやるメディアだという誤解を、確実に、若い世代を中心に広げるでしょう。

 これほどに影響の大きな事件は、世界のメディア史を見ても、稀です。


▼もうひとつ、わたしたちが共に考えたいのは、今回の朝日新聞にみられるような卑怯な生き方こそ、日本の知識人にみられる生き方だということです。
 敗戦後だけの問題ではないが、永い歴史でたった一度だけ負けてから、余計にその傾向が強まったと考えています。

 知性とは、何か。
 おのれだけは常に安全圏に置くための道具にしてはなりません。

 いちばん最近のザ・ボイスでも申しましたように、ここを根本として、一緒に考えませんか。
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海の見える丘へ

2014年08月05日 | Weblog
 ぼくの背骨をつくってくれた母の葬儀は、8月2日の土曜に、日本キリスト改革派恵泉(けいせん)教会の牧師さまが神戸から遠路来てくださって、、都内の斎場で執り行いました。
 仏式の通夜にあたる「前夜式」(あるいは前夜祭)も、1日金曜の夜に、同じ牧師さまのもと行いました。

 とても沢山の弔意、供花、電報をいただき、そして前夜式、葬儀とも、数多くの参列をいただき、こころ深くから感謝しています。

 母は今、ちいさな骨のカケラとなって、ぼくの仕事部屋に設(しつら)えられた祭壇で、十字架のある骨壺のなかにいます。
 やがて、教会と牧師さまのご準備が整えば、神戸の海が見えるプロテスタントの共同墓地に葬ります。

 仏教徒だった亡き父と、クリスチャンの母が再会して永遠に共に安らげるようにするには、一体どうしたらいいのか。
 父は、青山家のふつうの仏式のお墓に入っています。
 母にそこに入ってもらうことは、母の遺志に反します。
 それが、ぼくら肉親にとって悩みでした。

 ぼくは、現役社長のまま医療ミスで突然に死去した父が諦められずに、その遺髪を長年、ぼくの仕事部屋に祀って祈りを捧げてきました。
 この遺髪を、棺の母の顔のそばに入れて共に焼き、そうして一緒に、目には見えないけどしっかりと一緒に、神戸の海が見える丘に入ってもらうこととしました。



 肉親を亡くされた方がおそらくは皆、そうでありますように、ぼくにも悔いがあります。
 いわば直近の悔いで申せば、一度でも、ぼくらが自主開催している独立講演会に来て欲しかった。
 そして、新刊の「死ぬ理由、生きる理由 英霊の渇く島に問う」を読んで欲しかった。
 前夜式と、葬儀と、二日間にわたって牧師さまが読み上げてくださった文章、それは母が恵泉教会の文集に寄せた一文でした。
 ぼくも初めて眼にした文章でありました。
 その見事な文章力、構成力に感嘆し、そのなかに「戦中、戦後に苦労された方々」という言葉もありました。
 病床の母は、ぼくがすこしだけ語る硫黄島のことを、息を詰めて聴き入っていました。
 硫黄島をめぐる、今の段階でのささやかな集大成とも言うべき新刊は、枕元へ届けたかったです。

 みなさんには、まもなく8月12日から、新刊は届きます。
 そして独立講演会は、8月31日にお目にかかります。

 願わくば、ぼくに幼い頃からたくさんの本を読む機会を与えてくれた母には、小説の新作も届けたかった。
 それから、みんなに読まれ続けている「ぼくらの祖国」も、もう一度、手に取ってみて欲しかった。
 母の病室にあった、ぼくの本はすべて棺に入れて焼きました。
 青山千春博士との共著の「海と女とメタンハイドレート」などもそうです。
 そうやって天国へ持って行ってもらったのですが、なぜか、「ぼくらの祖国」だけは見当たらなかったのです。
 母が入院先で誰かに貸して、そのままになっているのでしょうが、ふと、「ぼくらの祖国」だけは、灰にもされずに元のまま天国へ持ち帰れるように、母があらかじめ隠しておいてくれたのかなと思わず、夢想もしたのでした。
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★急ぎ 電話番号が間違っていました

2014年08月01日 | Weblog
(ご関心の方だけに)

 母の葬儀などをめぐるエントリーで、東葬(とうそう)祭典の電話番号が 03-334-6448とありますが、03-3334-6448の間違いでした。3がひとつ、抜けています。
 深くお詫びして、訂正します。
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