ON THE ROAD 青山繁晴の道すがらエッセイ

青山繁晴個人HP、メイン・コーナー

Our World Time

窓から黄金色の弦月が見えています

2014年04月11日 17時08分28秒 | Weblog
✴このエントリーは、4月11日金曜の夕方から夜にかけて、おおむね書きました。
 そして書きかけのままアップしないでおこうかと、いったん考えましたが、翌12日土曜の未明にアップします。
 実は書きかけの途中で置いているエントリーが山のようにあります。いつか時間を作って、これらもひとつづつ最後まで書き上げて、アップしたいですね。



▼いま名古屋で講演をして帰京する新幹線の中で、このエントリーを書いています。
 名古屋駅では、発車する新幹線のドアに挟まれたことが、二度あります。
 講演会で時間を延長して話し、聴衆のみなさんと一緒に考えようとして、発車時刻の間近になってしまい、走って走って、乗ろうとしたときに挟まれました。
 きょうは、エネルギーと環境の問題に先進的にチャレンジするひとたちが聴衆だったから、ついつい「あと5分」、「あと2分」と延長に延長を重ねてしまい、二度あることは三度あるで、きょうもドアに挟まれるかなと思っていましたが、どうにか、ふつーに乗れました。

 延長した話を最後まで熱心に聴いてくださったみなさん、ありがとうございました。
 みなさんと出逢う機会を与えてくださった主宰者、ありがとうございました。


▼ぼくは講演の直前は、強烈に集中します。
 実は、人と話すことも難しくなります。
 しんと鎮まって、全身が、講演だけに備えています。

 だから講演前のぼくは、人と話すのが好きなふだんのぼくとは別人で、びっくりなさる方も少なくありません。
 講演会場に入り、主催のかたがたとご挨拶がてら話すとき、「青山さんって、こんなに話さない人だったのか」と驚く表情をされることも珍しくありません。

 講演を始める前は、サーキットでレーシングカーを駆ってピットロードからコースに出て行くときよりも、アルペンスキーで急斜面に飛び込んでいくときよりも、はるかに集中しています。
 なぜか。
 ぼくは今、年に百回をはるかに超えて講演していますが、ぼくの話を直(じか)にお聴きになるかたにとっては、一生に一度かもしれないからです。

 そしていざ、聴衆の前に出るとと、おのれを開け放ち、持てるすべてを伝えたいと願いつつ、ただ一度逢うだけかもしれないみなさんの眼を見るために、舞台や演台から降りて、みなさんの中に入っていきます。
 ぼくが世界と日本の現場で直面したことどもを、ありのままに伝えてみなさんと共有し、祖国とアジアのために立場の違いを乗り越え、連帯すべきを連帯し、ひとりひとりに何ができるか、それだけを一緒に考える。
 そのためには、講演前には、ぐおーと集中し、そして聴衆のみなさんの前に出た瞬間に一気に解き放って、全霊を傾ける。
 短い命があるあいだは、細々ながら、続けたいと考えています。


▼ふだんの講演会は、1時間、最大でも1時間半です。
 それは当然のことです。人間の集中力の限界がふつうは、それですから。
 ぼくは近畿大学の経済学部で教えてもいますが、大学の授業も1時間半です。

 きょうの講演は、あらかじめ2時間を予定してくださっていました。
 そこからさらに延長を許してくださり、ほぼ3時間にも及びました。
 みなさん、ほんとうにお疲れさまでした…。

 ただ、こんな機会は例外です。
 そして、今日のように3時間を頂いてもなお、この祖国を甦らせるにはどうしたらいいかを考えるには…時間がまるで足りないのです。

 そこで自主開催の独立講演会(ここです)を開いています。
 まず「時間無制限」でスタートしました。
 そしてこれまで、実に小学生から90歳代のかたまで、独立講演会の最後まで、一緒に考えてくださっています。
 いまは聴衆の疲労を思って、原則4時間半、最大で5時間にしていますが、それでも、これだけの時間を一気に共にする講演会は、あまり無いかもしれませんね。
 ひょっとしたら、世界にひとつ。
 独立講演会が、と言うより、独立講演会に集まってくださるみなさんこそが、世界にただひとつ!


▼この独立講演会はこれからも続けますが、一方でぼくは、そろそろ物書き中心に仕事を収斂させていきたい。
「ぼくらの祖国」(扶桑社、たとえばここです)はついに18刷となりました。
 ぼくや独研(独立総合研究所)の意見は依然、少数派です。
 そのなかで、このようにロングセラーとなり、それが出版から2年4か月を経て、なお衰えることなく続いている…読者のみなさんに、祈りと感謝を捧げます。
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世界のひとつひとつの光景が胸に沁みいる

2014年04月05日 09時35分24秒 | Weblog
(*海外出張中に、モバイル・パソコンが壊れることは、大きなリスクのひとつです。
 下掲のエントリーは、その恐るべき事態が起きて、1日がかりで緊急対策をおこない、いったん消えていた内容を恢復してアップした書き込みです。
 そもそも、ぼくの使うモバイル・パソコンは、あまりに過酷な、休みなしの使用によって通常よりずっと早く壊れます。
 いわば、ぼくのかわりに壊れているようなもので、パソコンに本気で同情しつつそれなりの備えもしているのです。
 けれども、いざ突然に海外で壊れて、独研(独立総合研究所)の「情報システム管理部員」を兼ねる研究員が同行していないときは、かなりの重大事態になります。
 今回も、どうにか緊急対策が奏功して、まぁ地獄には墜ちずに済んだというところかなぁ。



▼4月4日の金曜からフィンランド出張に出ています。
 北欧には、スウェーデン、デンマークには、原発テロリズムという深刻な脅威への抑止や、新エネルギーの調査・研究で繰り返し出張していますが、フィンランドはこれが初めてです。
 フィンランドは、世界でもっともロシアと向き合ってきた、ないしは戦ってきた国です。
 そういう意味では、いわば「隠れた注目国」のひとつだと、ぼくは考えています。

 訪れてみると、スウェーデン、デンマークにはない、ロシアの気配がありありと感じられ、思った以上に、ほかの北欧諸国と違います。
 やはり現場を踏んで踏んで踏み抜く、というのがぼくの仕事のいちばん大切な基本であり、ささやかな生き方だなぁと、あらためて今、ヘルシンキの未明3時過ぎに考えているのです。


▼ヘルシンキに到着してまもない、現地時刻4月4日金曜の午後に、ちょっと街に出てみると「あっ、あ〜」と若い女性から声を掛けられました。
 雰囲気からして観光客じゃないので「こちらにお住まいですか」と聞くと、「そうです。青山さんに会いたかったんです。まさか、この角で会えるなんて」ということでした。

 がんばれ、日本女性。
 世界でも、祖国でも、日本女性の役割はほんとうに大きい、尊いといつも考えています。
 そして、われら日本男児も、大和撫子と一緒に、踏ん張りましょう。


▼常夏のハワイ州オアフ島真珠湾のアメリカ太平洋軍司令部への出張から、一転、北極圏に近い地への出張ですが、それはまったく心身ともにOK。
 このまま宇宙へ出ても、海中へ潜っても、いいんだけどなぁ…。




*おおいなるシベリアの上空をひたすら越えていく。
 機中では、まさしくずっと仕事。フライトではなく、時差でもなく、この仕事オンリーに疲れるけど、機中では邪魔もされないというか、さまざまに押し寄せてくる連絡が入らないから、仕事は進む。
 ただし原稿は1字も書く時間はなかった。
 たまりにたまったメールへの対応だけでフィンランドに到着してしまった。それも講演の参加者らから頂いたメールなどには一つも対応できず、仕事のメールに次々に返信を書き、送信待ちにしておいて、フィンランドに着いてから送る。
 ああ、早く思い切り、原稿だけを書きたい。
 小説新作の仕上げと、「ぼくらの祖国」(扶桑社、例えばここです)の続編、いや正編の「その時が来る 祖国は甦る」(扶桑社)の原稿を、心おきなく書きたい。



*ヘルシンキの港には、巨大な砕氷船の群れが停泊している。
 世界の寒いところも、あちこち訪ねてきたけど、こんな光景は初めて見た。
 手前の古い建物は、なんとカジノらしい。まだまだ凍えるような風の吹く早春のヘルシンキ、カジノも港も、ただ閑散としている。
 にぎやかな場所よりも、なぜかこんな場所こそがいつも、魂に刻み込まれる。



*ヘルシンキの街並みは、おなじ北欧のストックホルムやコペンハーゲンと似ているようで、違っている。
 第二次世界大戦では、連合国の一員のソ連と戦ったために、日本と同じく敗戦国となったフィンランド。その長く険しい道のりに積み重ねられたつよさも感じる。
 敗戦とは、頭を垂れることではない。より賢く、より逞しく生きることだと語るような、独特な気配のある街だ。

 
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無事に続きます…しかし

2014年04月02日 08時29分01秒 | Weblog
▼いま4月2日水曜の朝8時29分です。
 1分前まで、RKB毎日放送(福岡)のラジオ番組の生放送に電話で参加していました。

 もう長年、この朝の番組にこうやって参加しています。学会などのために出張した海外から国際電話で参加することも何度かありました。
 その番組の人気キャスターだった中西さんというかたが、自らの意思で引退されました。
 先週の番組で、その中西さんとお別れすると、ぼくも居なくなるという思わぬ誤解が生まれ、たくさんのかたがたから悲しむメールやコメント書き込みを頂いて驚いたのでした。

 ぼくは変わりません。
 番組名は新しく「ニュース新発見 インサイト」という風になり、ぼくの参加するコーナーも「インサイド・ショック」という固有のタイトルが「インサイト・コラム」という通しタイトルに変更され、放送時間も「午前8時半過ぎから」だったのが「8時18分頃から」に変わりました。
 だけども、ぼくが参加することと、コーナーの内容はまったく変わりません。


▼今朝は、電話が繋がってまずスタッフに「8時何分まで話せますか」と聞いたのですが、まだ定まっていないので8時26分か27分ぐらいまでを目安に、という趣旨の答えでした。
 実際は8時28分台になりました。
 ラジオでもテレビでも、1分とか、10秒が大きな意味を持ちます。


▼続くと言えば、独研(独立総合研究所)が自主開催している「独立講演会」も、東日本大震災の直後2011年の5月から手探りで始めましたが、無事に毎月1回のペースを守って続き、先日3月30日の東京開催で第27回となりました。
 参加されるかたが想像を絶するぐらい増えて、もう使える会場が無くなり、いずれ早稲田大学の大隈講堂などの巨大会場の利用も考えているところです。
 この4月には、神戸で第28回を開きます。
 この4月分の申し込みはもう締め切っていますが、また、5月分の受け付け(今度は東京開催)もいずれ始まります。
 4時間半から5時間という、おそらく通常の講演会ではまったく考えられない時間を確保し、ありとあらゆる質問にその場でお答えして、みんなと対話する、たいせつな唯一の機会が独立講演会です。
 関心をお持ちなら、どうぞここを見ておいてください。


▼きょう水曜日は、関西テレビの報道番組「水曜アンカー」の生放送の日でもあります。
 これも、もっとも続けたい発信の場のひとつです。

 …しかし、続けるには、さらにぼくやスタッフの謙虚な努力が必要です。みんなの熱い支えも必要です。
 ずっと繰り返されてきた圧迫はあり、新たな圧迫の懸念もあり、つい先日もそれを実感しました。無事に続くとは、すくなくとも安直には言い切れません。

 むしろこの4月から毎回、「今回が最後かもしれない」と腹に据えつつ、RKBラジオのコーナーと同じく、発信の内容、その背骨をまったく変えずに続けていきたいと今朝、あらためて考えています。
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金曜午後零時30分、いまラジオ日本にいます。

2014年03月28日 12時29分57秒 | Weblog
このあと15分後の3月28日金曜のお昼12時45分から、午後2時まで、生放送でマット安川さんという方と対論をやります。
あまりに直前ですが、初めての番組なので、一応お知らせしておきます。
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きのうの木曜日に…

2014年03月28日 06時22分32秒 | Weblog
…東京・有楽町のニッポン放送に行ったら、週刊文春が置いてあった。
 ま、いつも、週刊文春と週刊新潮は、この報道番組「ザ・ボイス」のスタジオには、新聞各紙と一緒に置いてあるんだけどね。
 この3週間は、ちょっとだけ、違う意味がありました。

 水道橋博士は週刊文春に大人気の連載記事を持っていて、そのなかで、なぜかぼくのことも取りあげて、それが3週間続いたのです。
 以前に、ぼくが新幹線のホームにいたとき、水道橋博士から携帯に電話があった。
「たかじんさんのことを書いたあとに、青山さんのことを書こうと思うんですけど」という話だったから、ぼくは「あ、いいですよ。書きたいことを書くのは当然です」とだけ答えて、何を書くのかとか、もちろん聞かなかった。

 そして正直、忘れていた。
 ぼくは自分の出ているテレビ番組も気持ち悪くて視ないので、この連載記事も、あまりしっかり読んでいない。
 自分のことが書いてあるのなら、それはあまり読んでもしょうがない。他人が自分をどう見ているか、それをいろいろ知っても、意味は大きくない。他人に評価していただくために生きているのでは、ないからだ。

 きのう、ニッポン放送のスタジオで週刊文春の今週号を手にしたときも、著者の水道橋博士の炯眼(けいがん)に敬意を払いつつ、ざっとしか読まなかった。
 だけど、自分のことじゃなく、水道橋博士の「書くこころ」に惹きつけられた。

 水道橋博士の達者な、面白い文章で書かれている、ぼくをめぐる細かい事実には、やや実際とニュアンスの違うこともないわけじゃないけど、何というのか、その根本を見る眼、ぼくなりのささやかな生き方のちいさな根っこを掴んでいる水道橋博士のこころの眼、それが澄んでいることに、実は、感動しました。


 水道橋博士は「ザ・ボイス」の飯田キャスターとぼくが横浜高島屋で開いたトークショーに、なんと、お忍びで来ていましたね。
 まことにまことに僭越ながら、水道橋博士、よければ独立講演会にもお出でください。4時だよぉ、あ、いや、ここだよぉ。



*4時だよぉ…が何のことか分からない人も、たくさんいらっしゃるでしょう。
 ごめんね、ニッポン放送の「ザ・ボイス木曜日」を、午後4時から聴いてくださると、えへへ、わかります。
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その後も…

2014年03月27日 10時04分11秒 | Weblog
…「わたしも誤解していました」、「落胆していたので、誤解と分かって、こころからホッとした」という書き込み、メールが止まらないので、ちょっとびっくりしています。

 下のエントリーにあるように、RKB毎日放送の「インサイド・ショック」コーナーが終わるというのは、誤解です。
 コーナーも、ぼくの参加も続きます。
 キャスターが交代されるだけです。

 ゆうべ、ラジオ局のスタッフに電話もして、「番組の中でも、あらためてお知らせしてくれませんか」とお願いしましたが、「どうせ来週に青山さんがいつも通り出るんだから」という答えでした。
 ぼくは単なる番組参加者(一般的には出演者)ですから、これ以上何かを申す権限はありませぬ。

 誤解の元は、いつも、時間が足りずに充分には説明できないことです。
 これはラジオでもテレビでも、ふつうの講演会でも、なかなか避けられません。

 そのリスクが割と少ない、つまりは時間がしっかり用意されているのは、自主開催の「独立講演会」、ただ一つです。
 次回の独立講演会の申込〆切が迫りました。関心のあるかたは、ここです。
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まるまる誤解です、それは。

2014年03月26日 20時30分34秒 | Weblog
 こんな書き込みがありました。

〜ここから引用〜

RKBラジオの件 2014-03-26 19:39:26 (※ここに実名が書いてありますが、伏せます)

 インサイドショックの終了、とても残念です。九州の地で青山さんの発信をライブで受け取れる唯一の場所だったのに、残念というか、ガックリきてしまいました。
 世界のどこにいても参加が可能なラジオの参加が減るのは、ある意味アンカー降板よりも意味が重いと思います。

 その分、実務に専念できるからよかったのだ。と思うのですが、正直、自分に言い聞かせている状態です。

 それだけ依存しているのでしょう。
 自分の頭で考え切れていない。だから人に甘えている。

 今回の件は残念ではありますが、自分を律するきっかけにもしたいと思います。

 それでは、青山さんのご無事をお祈りしておきます。

〜引用ここまで(実名を伏せた以外は、すべて原文のまま)〜

 この方だけではなく、似た内容の書き込みとかメールとかありましたから、お話ししておきます。
 RKB毎日放送(福岡)のラジオ番組で、毎週水曜の朝に「インサイド・ショック」という生放送のコーナーに電話で参加しています。
 きょう3月26日朝の放送で最終回になったのは、ぼくの参加でもなく、「インサイド・ショック」コーナーでもなく、番組全体の人気ベテランキャスターだった中西さんが、みずからの意思で引退なさったのです。

 来週以降も、「インサイド・ショック」コーナーも、ぼくの参加も、続きます。
 ついでにお知らせしておけば、これまでは午前8時半過ぎからのコーナーでしたが、来週から早まります。午前8時18分からです。
 これまでのように午前8時半からお聞きになると、「あ、コーナーが無くなってる」と、これも誤解を呼ぶ恐れがありますね。
 どうぞ、ご注意ください。

 そして、この書き込みを書かれたかたへ。
 何も依存じゃないと思います。
 ぼくの話をきっかけにして、さまざまに考えておられるのですから。

 これからもずっと、一緒に考えていきましょう。
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ちいさな、しかしホントに不思議なミステリー

2014年03月25日 11時30分00秒 | Weblog
 さっき、新幹線を降りようとしたら、腕時計が止まっている。
 実は、ぼくが使う腕時計は、どれもこれも、電池を入れ替えても入れ替えても、すぐに止まってしまうのです。

 プロの科学者である青山千春博士(独立総合研究所の自然科学部長)は、いくつかの時計屋さんに相談した結果、「社長は体から強い磁場を発するかなんか、常人では理解しがたい作用があって、時計という時計を止めてしまう…のでは」と言っています。

 いくら何でも、そんなことはないでしょう。
 しかし現実問題、困っちゃうんだよね〜。
 マレーシア機の事件みたいに重大なミステリーじゃないけど、ぼく個人にとっては、ほんとに困るミステリー。
 今日もこれから、出張の道中、時計がなくなってしまった。

 みなさん、独立講演会の最中も時計が止まってしまうかも。
 だから、独立講演会は、時間無制限?
 いや、違います!
 みんなの質問に答えるために、時間無制限という無茶な講演会を自主開催で始めたのです。
 今は、みなさんの健康を考えて、大体4時間半から5時間。
 それでも、ほかに無いと思います。
 よかったら、お出でください。ここです。

 …しかし、思いがけず「いくら何でも」シリーズみたいなエントリーになってしまった。
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いくら何でも…

2014年03月25日 08時37分07秒 | Weblog
…無茶ぶり日程だよぉ。
 ゆうべ深夜に、西太平洋を越えて帰国すると、今朝8時にはもう出発。
 新幹線で京都に入ってから、奈良県へ、奈良県から大阪へ。
 あ、今日は飛行機に乗らない珍しい日だ。こないだからずっと、戦闘機に乗り、哨戒機に乗り、、軍用ヘリに乗り、そして民間航空機はほぼ毎日乗り、2日間に5回飛んだりするのがこの頃は、ふつうにある。
 その意味では、今日はマシ?

 ゆうべ真っ暗な海の上を飛んでいるとき、自然にマレーシア航空機の乗客のことを思った。
 ふつうに映画のチャンネルを視たり、CA(キャビンアテンダント)に飲み物を頼んだりしているさなかに、夜更けから朝にかけての迷走フライトが始まったのだろう。
 無言の叫びが、光のない海から湧きあがるようで、ぼくは疲労に耐え、原稿遅れの焦燥に耐え、窓のシェードを開いて、果てしのない闇をMH370便の乗客のひとびとと共にするように感じつつ、独研・研究員の書いた報告書を直す仕事を続けた…。


 さ、新幹線に乗ります。
 みなさん、独立講演会で会いましょう。(ここです)
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いずれにしても〆切間近だけど…

2014年03月24日 12時14分38秒 | Weblog
…スタッフが頑張ってくれて、次の独立講演会の申込〆切を、3月28日正午から31日(月)正午までに延ばしてくれました。
 すぐ下のエントリーを見てください。あるいは、ここです。
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ま、次の波に乗ればいいか

2014年03月24日 07時53分37秒 | Weblog


▼なんと言うのか、空しいと言ってはいけないけど、いまハワイにいて、仕事だけです。
 このわくわくする波の音を、外に聞き、胸を澄ませてくれる風が椰子の木を吹き抜けるのを、外に見つつ、部屋の中で仕事だけ!

 オアフ島の、かつて帝国海軍機が空を埋めた真珠湾を望む地域で、アメリカ軍の太平洋艦隊司令部(PACFLT/パックフリート)、太平洋空軍司令部(PACAF/パッカフ)、そして太平洋軍の統合司令部(PACOM/ペイコム)をそれぞれ訪ねて、中国・習近平政権の沖縄全土への決定的な野心や、韓国大統領の韓国みずからを窮地に導く異様な反日や、北朝鮮の金一族独裁のこれまでにない動揺、さらにはサイバー防衛のための日米の新しい連携などについて踏み込んで議論しました。
 マレーシア機の一件もあります。

 こうした司令部、たとえばPACOMは敷居がとても高くて、なかなか部外者は入れません。
 ぼくもかつては、東京から太平洋を飛んでハワイに着き、空港から真珠湾に来て、駐車場を出て、ゲートに向けて歩き始めたところで突然、「入構を許可できなくなった。理由は言えない」という究極のドタキャンを携帯電話に受けた、苦い記憶もあります。

 しかし今回は、去年の10月にPACOMとPACFLTを訪ねたばかりですから、わずか5か月での再訪です。
 よく受け入れたな、とも思います。
 これには、さまざまな要因があるけれど、第一には、ぼくとアメリカ軍の間に入った文官、自衛官を問わず日本側の人々がぼくを信頼してくれて、一生懸命に働きかけてくれたことです。
 そして、ひとつには日本の動きへの関心の高まりが間違いなくあります。
 アメリカの言うことなら何でも聞くから放って置いてもよかった日本とは違う、という意識があると言っても良いと考えます。


▼ひとりの民間人として、非公式な、自由な議論に徹して、進めました。
 ぼくはさまざまな公職にも就いていて、守秘義務も背負っています。
 ですから、今回の議論にはすべて、陸海空それぞれの自衛隊から米軍に派遣されている連絡将校が同席し、防衛省からホノルル総領事館に派遣されている文官も同道してくれました。
 ただし、ぼくの公職はいずれも、こちらから、すなわち主権者から政府に問題提起をする立場の公職であり、いかなる指示も政府からは受けない公職です。
 ですから、内閣の方針には一切、縛られません。
 そもそも、さまざまな内閣を貫いて公職を務め続けていますから、時の政権には左右されず、ましてや政党とは何の関係もありません。

 そして、たとえばいちばん新しい公職だと、2月に総務省消防庁の消防審議会の委員に就きましたが、この審議会は就任の際の正式文書のなかに「報酬を受け取るかどうか」という問い合わせ文書があったので、「1円も受け取らない」と回答しました。
 いかなる政権に対しても自由な立場を確保するためです。
 法体系によって定められた報酬を受け取るのはもちろん法的にも倫理的にも正当だし、金額も小さく、それによって審議会での意見が左右されるとは思えません。
 だから上述の消防審議会の初会合で、本業は学者である委員長が「わたしたち委員も報酬を受けている責任がある」という趣旨の発言をなさいました。
 全委員が受け取っているという観念が背景にあるのでしょう。
 ぼくは受け取りを拒否しています。しかし委員長発言の訂正は求めませんでした。
 これは、ぼくと、独研(独立総合研究所)の自律した姿勢によるのであり、他の委員の方々の報酬受け取りに何らの問題もないからです。

 したがってアメリカ軍との今回の議論も、自由な立場だけで遂行しました。
 その際の原則はふたつだけです。ひとつ、日本の国益のために議論する。ふたつ、相手国(今回はアメリカ)の立場と国益をフェアに尊重して議論する。
 独研は、みずからの食い扶持はすべて自分で稼いで自律するために株式会社であり、同時に、利益よりも国益を追求しています。
 日本に例がないわけではありません。幕末に、坂本龍馬さんが日本で初めて創った民間会社と言うべき「亀山社中」も同じでした。


▼写真は、アメリカ太平洋空軍司令部(PACAF)の構内にある「帝国海軍の射撃の跡」とされるものです。
 帝国海軍が攻撃したここは、1941年12月の真珠湾攻撃の当時も、現在も、アメリカ軍の専用施設です。
 真っ赤な嘘だらけのハリウッド映画「パールハーバー」にあるような、民生施設への攻撃では全くありません。


(ぼくと、アメリカ空軍の士官、航空自衛隊の連絡将校たち、独研の研究員)


 ただし、ぼくに同道した航空自衛隊の士官(戦闘機乗り)のうちのひとりは「おそらく、多くの弾痕はゼロ戦など日本海軍による射撃ではないと思います。角度などが合わない。攻撃目標も、この建物ではなく、背後にある滑走上の飛行機でした。アメリカ軍の混乱した反撃による流れ弾ではないでしょうか」と話していました。
 アメリカ軍は、すべてを日本海軍による攻撃の跡として、残しています。こうした軍施設の内部は改装を重ねても、外装は当時のままにしているのです。

 しかし大切なことのひとつは、アメリカ軍が恨みや日本批判として、こうして残しているのではなく、アメリカがみずからの油断を反省する材料として、むしろ日本海軍への敬意も込めて、日米の両国関係が平和であることへの真摯な願いとして、弾痕を残していることです。
 軍施設の中に掲げられた解説文や、現在のアメリカ軍の将校たちが語る言葉に、それは明瞭に示されています。


▼ハワイの風は、やっぱり爽やかです。
 ハワイは数え切れないほど来ています(ただし多くが仕事)。
 それでも、今回ほど風の気持ちよさを感じるのは久しぶりです。
 日本で何度も大雪に見舞われた時に来たからかなぁ。

 ハワイと日本の時差は19時間と、最大です。このところの極端な上にも極端な忙しさで体調はさほど良くないけど、時差呆けは、いつもの通りほとんど感じません。

 せっかく、気持ちのいいハワイにいるけど、仕事が終わるとすぐ、帰国です。まもなくホテルを出発し、ホノルル空港に向かいます。
 前回、昨2013年の10月に来たときは、ホテルのチェックアウトと飛行機の搭乗のあいだのわずかな隙に、生まれて初めて、サーフィンに挑戦したのでした。
 何気なく波にどんどん乗ってしまい、サーフショップのコーチやカメラマンが驚いて「凄い」と叫びましたが、ぼくも内心で驚きました。
 ぼくはスキーヤーでもありますが、そのスキーがバランスのスポーツだからかな?
 そのときの写真を、ちゃんとカメラマンが送ってくれたけど、この地味ブログで公開するのを、すっかり忘れていました。
 たくさん送ってくれた写真のうち数枚だけ、この機会にアップしておきます。


(浜辺で、右のコーチに、とりあえず、どうやって漕ぎ出すのかを聞く。聞いたのは、ほとんどそれだけ。だって、特に教えてくれないんだもの。ほったらかし、自分でやれ、考えろのアメリカ式。このやり方、実は大好きです。   …*これは今回の写真ではなく、昨年10月の写真です)

(さぁ、もっと沖へ漕いでいこうと思いつつ、で、どうやって立つんだ?とサーフボードの上で小休止しながら考えているところ。   …*これは今回の写真ではなく、昨年10月の写真です)

(ま、とにかく立ちゃいいんだろうと、生まれて初めてのサーフボードの上に立ち、適当にバランスを取ってみる。   …*これは今回の写真ではなく、昨年10月の写真です)

(波の先に乗る感じというか、先へ先へバランスを取ればいいのかなと、新しい波に立ってみる。   …*これは今回の写真ではなく、昨年10月の写真です)

(進む、進む。面白いぐらい、進む。何がいいフォームか、何も聞いてないけど、とりえあえず両足を均等に踏ん張ってみる。   …*これは今回の写真ではなく、昨年10月の写真です)

(併走しているコーチやカメラマンの大歓声も聞こえている。このあと浜辺のすぐ近くまで、波が完全に消えてしまうまで、ふつうに立っていき、サーフボードから降りた。これを繰り返して、やがて浜辺に戻ったら、見ず知らずのアメリカのおばちゃん、最初の写真に写っている人が、ぼくに抱きついてきて「なんて凄いの。あなた初めてでしょ。感激したわ。元気が出たの」と英語で叫んだ。ふひ。   …*これは今回の写真ではなく、昨年10月の写真です)


▼今回も、同じように時間の隙を狙って、二度目のサーフィンをやりたいけど、さぁ、時間を捻(ひね)り出せるか。
 …と考えていましたが、今回はやっぱり無理です。
 う〜む、無念だ、本心から、無念だ。
 ま、次回に来たときに、波に乗ればいいと思うほかありませぬ。ふひ。

 アメリカ軍との日程が終わったあと、自衛隊から派遣されている連絡将校、それに文官もみな集まってくれて、ぼく、それに独研の研究員と懇親しました。
 ぼくはたくさん質問を受け、すべて答えていきましたが、ある士官が「明日一日は、さすがの青山さんも日程が入っていませんね」と聞きました。
 せめて一日は楽しく過ごせますね?という意味だと思いました。
 そりゃ、常識からすれば、そうだろうから、ただ笑顔を返しましたが、実際は、原稿げんこうゲンコウ原稿で、身動き取れないのです。
 素晴らしい波の音を聞きながら、ホテルの部屋で原稿を書くだけです。

 次回もハワイに来るのは、間違いなく仕事で来るでしょう。
 今のぼくは、アメリカ本土への出張も実質、日帰り、つまり機中泊だけでアメリカには数時間しか居ないという日々ですから。
 しかし、そのときは、二度目のサーフィンにも必ず挑戦します。


▼原稿のうち、最優先は、このところあまりに激烈な日程ですこし配信が滞っている東京コンフィデンシャル・レポート(TCR)。
 これは、独研からクローズドの完全会員制で配信しているレポートです。(問い合わせはここです)

 その次が、小説新作の完成。
 できれば一両日中に終えたい。

 その次が、信じがたいことにウルトラ級のロングセラーになっている「ぼくらの祖国」(扶桑社、たとえばここです。電子版はたとえばここ。いちばん新しい音声版はここ)、このたいせつな本の続編というか、正編になる「その時が来る 祖国は甦る」(扶桑社)の脱稿です。
 何度も〆切を遅らせてもらったけど、このひとつ下のエントリーで、もう公約してしまいました。
 5月にアメリカ・サンノゼで、中韓の不当な日本中傷にフェアに対峙するためにも開く講演会(チケット購入とサイン本の予約はここ)で、みなさんがサイン本を手にすることができるように、最終的に、4月上旬に全文を脱稿します。


▼アメリカ軍との議論の中身は、できるだけ関西テレビの報道番組「水曜アンカー」やニッポン放送のラジオ報道番組「ザ・ボイス木曜版」でも取りあげようと考えています。
 しかし、いちばん踏み込んで語り、明かすのは、前述の東京コンフィデンシャル・レポート(TCR/問い合わせはここ)、それに独研が自主開催している講演会、独立講演会になると思います。
(3月30日に東京で開く会は、もう締め切っています。次回、神戸で開く会は、ここです)


▼上記のように、こうして海外出張に出ているうちに、次の独立講演会の申込がとっくに始まってしまいました。
 もう申込開始から1週間近くが過ぎ、申込期間はあと4日しか残っていません!
 関心のある方は、どうぞ急いでください。上掲と同じですが、ここです。
以下に、独研の公式HPにアップされている募集要領を抜粋して、掲げておきます。


*第28回 独立講演会@神戸 (2014年 4月20日 : お申込みの受付を開始しました)

【講演日】
2014年4月20日(日)

【講演時間】
開場:12時30分
開演:13時30分 〜 18時00分 予定

【講演内容】
「祖国、アジア、世界を、あなたと一緒にどうするか その1」

【場所】
神戸商工会議所 神商ホール(3階)
〒650-8543 神戸市中央区港島中町6丁目1番地
Tel.078-303-5804
「JR三ノ宮駅」、「阪急三宮駅」、「阪神三宮駅」からのりかえ。
ポートライナーで10分。「市民広場」駅下車。北へ徒歩約5分
詳細は、こちらへ。

【受講料】
一般 5,000円 / IDC(独研の会員制クラブ、インディペンデント・クラブ)会員 4,000円

【申込期間】
2014年3月19日(水)正午〜 2014年3月28日(金)正午 予定
※申込期間内のみ、申し込みを受付致します。

【申込方法】
「申込フォーム」ボタンをクリックし、リンク先のページよりお申込みください。そのボタンは、前述の通りここにあります。

【抽選結果通知】
当選・落選発表は、3月28日(金)申込締切り以降、メールにてご連絡致します。
※会場の規模によって抽選になる場合がございます。

【禁止事項】
※参加資格の譲渡
※講演の撮影・録音・録画
※講演中のパソコンの使用
※事前にお申込をされていない方の入場

【問い合わせ先】
独立講演会 運営事務局
※電話でのお問い合わせは対応しておりませんので、ご了承下さい。
※独立講演会については、独研(独立総合研究所)総務部では対応しておりません。
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飛んで、飛んで、しかし書くときは地に足をつけて

2014年03月18日 22時00分16秒 | Weblog
 夜遅い時間に、いま沖縄から空路、大阪に入ろうとしています。
 これから深夜にかけて、関西テレビの報道部の面々と、あす3月19日の「水曜アンカー」のために大阪市内で議論します。

 ところが、その明日はまた、テレビ朝日の「ワイド・スクランブル」から要請があり、早朝にいったん大阪から東京に帰って、テレビ朝日で生放送に参加し、またとんぼ返りで大阪にいったん戻って、「水曜アンカー」の生放送に参加し、明日はそのまま夜に大阪で講演をし、あさって木曜の朝に東京に戻ります。
 東京では、ニッポン放送のラジオ報道番組「ザ・ボイス木曜日」ですね。

 明日の「ワイド・スクランブル」は、マレーシア機のその後に加えて、クリミアのロシア編入などがあり、番組の始まりから終わりまで、初めてずっと居ることになりそうです。

 ところで、こんな日程では当然、原稿を書く時間を捻り出すのは、難行苦行です。
 しかし、第二次安倍政権が「河野談話見直さず」と国会の総理答弁で明言するような事態になっているからこそ、「ぼくらの祖国」(扶桑社、関心のある方は例えばここここ)の続編、いや、続編と言うより正編が必要だと考えています。

 そのノンフィクションの新作は、「祖国は甦る」としていましたが、「その時が来る 祖国は甦る」としました。
 4月発刊はもう難しいかも知れないけど、慰安婦をめぐる反日デマゴーグなどと戦っている「日本を思う在米日本人の会」主宰でアメリカ・サンノゼで5月18日・日曜に開かれる、不肖ぼくの講演会までには必ず、間に合わせます。
 当日、「ぼくらの祖国」、そして「希望の現場 メタンハイドレート」(ワニブックス。例えばここを見てください)、「海と女とメタンハイドレート」(ワニ・ブックス。例えばここを見てください)と一緒に、この「その時が来る 祖国は甦る」が希望者の手に、ぼくのサインと共に、渡るからです。
 ぼくや独研(独立総合研究所)は、太平洋を渡る往復の航空運賃などは自己負担で、この講演を遂行します。(講演チケットや、上掲の本の予約はここです)

 さぁ、公約しちゃいました。
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そういえば、重大事 その2

2014年03月18日 17時44分20秒 | Weblog


 いまだ決着していない、ぼくの同行秘書( 独立総合研究所・総務部・秘書室第2課に所属 )探しについて、独立総合研究所の公式HPを通じた募集が、期間延長になりました。
 今月末、3月31日月曜の正午までです。
 関心のある方は、ここを見てください。


 海上自衛隊の哨戒機P3Cに搭乗し、侵入船の探索などを試みた帰途、那覇の空港にて  青山繁晴 拝
 写真は、P3Cの海上探索のための窓から見た東シナ海、わたしたちの沖縄の海です。
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いま3月18日火曜の午前5時半…

2014年03月18日 05時43分57秒 | Weblog
…なんともう、羽田空港にいます。
 これから沖縄に向かいます。
 独研(独立総合研究所)の会員制クラブ「インディペンデント・クラブ」(IDC)の研修として、会員とともに海上自衛隊の基地から哨戒機P3Cに乗り込み、わたしたちの沖縄、尖閣を含む南西諸島の海を飛びます。

 このところの日程は、無茶ら苦茶らぶりに磨きがかかっています。
 おととい日曜は、長野県で、おなじくIDCの雪上集会、つまりスキーをがんがんに滑り、夜に懇親会で質問を受ける会でした。
 その翌日月曜は、今日のように早朝に長野県を出て、社有車を運転し帰京、夜の都内での講演を含め、正直、凄まじい日程でした。
 テレビ朝日の「ワイドスクランブル」から、「その途中に、飛び込みで生放送に来て欲しい」という要請があったのは、ちと、驚きましたが、こういう積極果敢な依頼は嫌いではないので、ほんとに全力疾走で間に合わせました。

 さぁ、那覇行きへの搭乗です。
 那覇に着くと、今度はそこからは自衛隊機への搭乗です。
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会います!

2014年03月14日 08時10分14秒 | Weblog
 直前も直前、超直前になってしまいましたが、きょう午前11時から、横浜高島屋で、ニッポン放送「ザ・ボイス木曜日」のトークショーを、飯田こうちゃんアナと一緒にやります。
 正午からは、サイン会です。
 サイン会に参加されるには、事前に(午前10時ごろ)から「ぼくらの祖国」(扶桑社)か「海と女とメタンハイドレート」(ワニブックス)をお求めになることが必要です。

 みなさん、お会いしましょう!
 サイン会では、握手と、ご希望のかたとは男女を問わずハグしましょお〜。

 ぼくはこのあと、大急ぎで仙台に向かいます。

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