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原発問題に言及! 幸福の科学 大川隆法総裁 「孫文の霊言」抜粋動画

2012年02月17日 | 動画
原発問題に言及! 幸福の科学 大川隆法総裁 「孫文の霊言」抜粋動画


中国では今秋、中国共産党大会が開かれ、習近平・国家副主席の総書記就任が決まり、事実上、胡錦濤・国家主席から習氏に政権が移る。
2月14日には習近平国家副主席が訪米・オバマ大統領と会談するも、人権問題への言及で両者足並みが揃わないまま、中国が抱える問題点も浮き彫りだ。
そんな中、幸福の科学の大川隆法総裁は、中国で「国父」と仰がれる孫文霊を招霊し、霊言を敢行。
大川総裁の霊言で習氏の本心がわかる。

孫文が霊言のなかで言うには、習氏の最大の関心事、それは日本の核武装と、その所要時間―。
原発反対運動には中国からの資金提供と、中国の活動家の潜入があった―。


◆「孫文の霊言」の映像全編は幸福の科学の施設にてご覧いただけます◆
http://www.happy-science.jp/news/lecture/233A.html


※「孫文の霊言」要約【日本語】
http://www.the-liberty.com/article.php?item_id=3820

※「習近平守護霊の霊言」要約【英語】
http://global.the-liberty.com/2012/1401.html
http://global.the-liberty.com/2012/1416.html

日本に迫る天変地異に備えている米海兵隊

2012年02月17日 | 災害・事故
米軍は日本にいつ大地震が来るかもしれないので、強く警戒しており、ボケている日本政府に代わって被災のシミュレーションをしているようです。


【東日本大震災で米軍救援活動の際活躍した米海兵隊参謀の話】
(2月14日、沖縄にて惠隆之介先生が面談)

・日本は地震期にある。東南海地震、首都直下型地震はいつ発生してもおかしくない。

・万一、首都直下型地震を含め、連鎖的な地震が発生すれば日本政府はパニックに陥り、国家の機能は完全に麻痺するであろう。

・また、海岸線が長く、細長い日本列島における被災民救援(津波を含む)は自衛隊の貧弱な輸送力では迅速なそれは無理である。

・東日本大震災の際、自衛隊は官僚化していて大規模作戦はイマイチだった。

・我々から見れば自衛隊のオペレーションは統合ではなく、未だ陸海空共同の領域だった。

・日本国民は戦後67年間、戦争をしていないため大規模なオペレーションは困難である。

・自衛隊が山形空港使用に固執するため、「仙台空港があるではないか」と意見したら、「無理だ」と~陸将が答えたので、「空挺部隊を投入して8時間以内に滑走路を復旧させて見せる」と言ったら、「信じられん」と言う顔をしていた。

・我々は約束どおり瓦礫にうまる仙台空港に空挺部隊を投入して予定より2時間早く6時間でめどをつけた。

・最悪の場合(首都直下型地震発生+東南海地震発生の場合)、自衛隊は首都圏救援のみに忙殺されるであろう。

・その際、米軍は被災地方自治体に直接アクセスして救援活動をするかも知れない。

・人命にかかわる問題だ。日本的な形式優先、人命軽視では犠牲を拡大してしまう恐れがある。

・首都圏以外で要注意地域、高知県、沖縄県(被災訓練殆ど行なっていない)

自衛隊へ送られた手紙

2012年02月13日 | ニュース・報道
「これ、読んでください……」
石井3曹に封筒を渡した少女は、名前も告げずに走り去っていった。少女は、母親と思しき女性の運転する車でやってきて、偶然近くを歩いていた石井3曹に手紙を渡したのである。
そこには、覚えたてのたどたどしい文字でこう綴られていた。

〈じえいたいさんへ。
 げん気ですか。
 つなみのせいで、大川小学校のわたしの、おともだちがみんな、しんでしまいました。
 でも、じえいたいさんががんばってくれているので、わたしもがんばります。
 日本をたすけてください。
 いつもおうえんしています。
 じえいたいさんありがとう。
  うみより〉

石井3曹は込み上げるものを必死で堪えた。
「胸がいっぱいになりました……。あの頃は、発災から1か月が経とうとしており、疲れもたまっていたのですが、あの手紙で、『明日からも頑張るぞ!』と皆、勇気が湧いてきたのです。そして自分たちのやっていることが人々のためになっているんだ、とあらためて認識しました」

その後、この手紙は第14旅団長・井上武陸将補の陣取る女川の指揮所に届けられ、たちまち各派遣部隊に伝わった。

井上旅団長は言う。
「手紙を見た時は、もう体中の血が逆流するほどの思いでした。『よし、どんなことがあっても全員を捜し出すぞ!』という思いが漲ってきましたよ。うみちゃんは、どんな思いでこの手紙を書いてくれたんだろうと思うと……」
少女が自衛隊に寄せた『日本をたすけてください』という切実な祈りに全員が奮い立った。中には、手紙のコピーを手帳に挟んで災害派遣活動に励む隊員もいた。同県利府町の加瀬沼公園に宿営地を設営した北海道の第1高射特科群のある中隊指揮所にも、この手紙のコピーがボードに貼り付けられた。

東日本大震災から49日目にあたる4月28日、飯野川第二小学校の体育館で、大川小学校の犠牲者の合同慰霊祭が営まれた。祭壇には74の可愛らしい児童の顔写真が並んだ。その中には、いまだ行方不明の6人の児童の写真もあった。

その間も、第14旅団の隊員たちは、うみちゃんの手紙を胸に、行方不明の児童を捜し続けていたのである。


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