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労組書記長(←元)社労士 ビール片手にうろうろと~

労組の仕事している勤務社労士がもしや誰かの役に立ってるんかな~と思いつつ飲んだくれて書いてるっす~(* ̄∀ ̄)ノ■☆

Jack Johnson and Friends  Curious George

2006-06-20 | いい音楽聴いてますか♪
 1975年5月18日、ハワイ・オアフのノースショア生まれ。
パイプラインと庭続きというロケーションの中、幼い頃からサーフィンに慣れ親しみ、高校生になる頃には“パイプライン・マスターズ”にも出場。
ケリー・スレイターやロブ・マチャドらと並ぶ注目サーファーと評価され、Quicksilverともプロ契約も結んだ。
しかし17歳の時、サーフィンしている最中に海底のリーフ(珊瑚礁)に身体を叩きつけられ、頭蓋骨にヒビ、頭部を100針以上縫う大怪我をしてしまう。
数ヶ月間は海に入ることすら許されなかった失意のジャックは、これを機に、以前から趣味としていたギターにのめり込むようになったという。
その後西海岸の大学に進学し映像を学び、音楽活動を本格化していった。

disp-jack-johnson.jpg

 で、そのジャック・ジョンソンの最新アルバムは、世界中のこどもたちに親しまれ続ける名絵本の初の映画化「ひとまねこざる:おさるのジョージ(Curious George )」のサウンド・トラック・アルバムです。


- Jack Johnson and Friends  Sing-A-Longs & Lullabies for the Film Curious George - 2006/02/20

 新曲を中心にG.ラヴやベン・ハーパーなどとのコラボ曲を収録。
このアルバムでは「ゆるゆる哀愁」のジャック・ジョンソンのイメージとは違って「優しくハッピー」一児の父親ジャック・ジョンソンの雰囲気いっぱいです。
いきなり1曲目の「アップ・サイド・ダウン」で、全身脱力感パンチを☆○(゜ο゜)oドカッ!見舞ってくれます
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Henry Kapono KAPONO HAWAII

2006-06-19 | いい音楽聴いてますか♪
 僕らが子ども時分、大阪のアメリカ村を闊歩するサーファーに凄く憧れていた頃、音楽では、パブロ・クルーズやイーグルスのウェスト・コースト・ロック、カラパナやセシリオ&カポノのハワイアン・AOR、エア・サプライやリトル・リバー・バンドのオーストラリアン・AORが、サーファー・ミュージックとされていました。
 石川セリ(井上陽水の奥さん&石川ひろみのおねえさん)のムーンライト・サーファーが(サーファーの間だけで)流行ってました。

 大阪では”まっすん”こと増田俊郎さんや、ゴンチチがまだサラリーマンしながらセミプロで演奏活動していた頃かな?

 この頃は「シティ・サーファー」「丘サーファー」って言葉も流行っていて、車のルーフ・キャリアにサーフボードをボルトで固定して、ミナミでナンパしに来てるカッコだけのサーファーも、ほんとうにマジで居ました。

 このJRでサーフボードの持ち込みが許可されるようになって、すぐに私鉄も同調してくれたので、車の無い高校生が、ドッと海に押し寄せました。
僕もそのお陰でサーフィン・デビュー出来たクチです。

 その頃に発売された清涼飲料水「コナ・ウィンズ」
「ハワイアン・スタイル・ドリンク」ってのがキャッチフレーズのはずでした。
確かすぐに消滅したし、味もラベルもボトルもなんにも覚えていないのですが、この「コナ・ウィンズ」のテレビCMがムチャクチャかっこ良かった。
ハワイの海でで、夕焼けの中、サーフィンをしているシーン、そして「サーファーに恋をしたら 波が彼女のライバルになる・・・」のキャッチフレーズ
『あまぁぁぁぁぁい』

そしてそのCMのBGMが、ヘンリー・カポノの「Kona Winds」

♪Kona Winds・・・Kamakani pumehana♪

(僕は「こぉなーうぃぃーん かまかみぽめなはぁぁぁぁ」って唄っていましたが、今見たらどうも間違っていたようですね)
Kamakaniってハワイ語で「心地よい」、pumehanaってハワイ語で「心温まる」らしいです。

 と言うわけで、この曲は、もともとヘンリー・カポノの2枚目のソロアルバムに収録されていたのですが、今日、紹介するのは、2003年に日本向けに「ライト&メロー」をテーマに発売された

- Henry Kapono  KAPONO HAWAII - 2003/6/18


 アルバム紹介文の
『70年代にサーフ・ロック・ミュージシャンとしてデビュー、80年代にはトロピカル・サウンドの担い手としてハワイアン・ミュージックをリードしたカポノ再登場。都会的なセンスにあふれたオリジナル・ナンバー満載の“ライト&メロウ”なベスト・アルバムにじっくり浸りたい。』
 のとおりの本当に爽やかなアルバムで、このジトジトした梅雨空を、思いっきり吹き飛ばしてくれるから、ぜひ、聴いてみてください!
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I-Three  Song Of Bob Marley

2006-06-15 | いい音楽聴いてますか♪
- I-Three  Song Of Bob Marley - 1995/5/17

 このアルバムは、ボブ・マーリーの生誕50周年(1945年2月6日生まれ)を祝うため日本のマーキュリー・ミュージックエンターメントの企画で製作されたアルバム。


 1975年、ボブ・マーレィ&ザ・ウェイラーズという名義で初リリースされたアルバム『ナッティ・ドレッド』からボブのコーラスを担当することになったのが、この「アイ・スリー」です。
アイ・スリーはボブの妻であるリタ・マーリーとジュディ・モワット、マーシャ・グリフィスの3人の女性からなるコーラスグループ。
それぞれソロ・シンガーとしても充分なキャリアを持つジャマイカを代表するシンガー達ですが、ボブが、1981年5月11日に36歳で亡くなるまでサポートし続けました。

 そのボブ・マーリーの楽曲を単なるカヴァーだけで終わることなく、アイ・スリーらしい味付けをほどこしたコーラス・ワークの充実しているアルバムです。

 収録曲は
  ① ウェイティング・イン・ヴェイン
  ② スター・イット・アップ
  ③ クッジュー・ビー・ラヴド
  ④ アイアン,ライオン,ザイオン
  ⑤ バッファロー・ソルジャー
  ⑥ ノー・ウーマン・ノー・クライ
  ⑦ リデンプション・ソング
  ⑧ イズ・ディス・ラヴ
  ⑨ ゲット・アップ・スタンド・アップ
  ⑩ アイ・ショット・ザ・シェリフ
  ⑪ ワン・ラヴ
  ⑫ 3羽の小鳥
  ⑬ ボブ・マーリィ・メドレー

 なかなかいい選曲でしょ。
この12曲目の3羽の小鳥(原題 Three Little Birds #)は、まさにボブが彼女たちアイ・スリーを歌った曲です。

 Rise up this morning
 Smile with the rising sun
 Three little birds sit by my doorsteps
 Singin' sweet songs of melodies pure and true
 Singin' this is my message to you,singin'

 朝目が覚めて 朝日と微笑みをかわしたら
 3羽の小鳥が 玄関の傍らで
 ピュアで純粋な旋律の心地よい曲を歌っているんだ
 これはあなたへのメッセージ曲だよって♪
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Steel Pulse  Victims

2006-06-12 | いい音楽聴いてますか♪
- Steel Pulse  Victims - 1991/06/11

 土曜日の伊勢へのサーフィンの車内で、久しぶりに聴いたスティール・パルス


 1975年英国バーミンガムで結成されたレゲエ・バンド。
70年代後半から80年代初めにかけてUKレゲエの先駆者的存在として活躍。
UKレゲエ・シーンの立役者として大きな役割を担いました。
いまも若手レゲエ・ミュージシャンからリスペクトされるグループ。

 メロディアスなレゲエで、特に僕は、②Can't Get You (Out of My System)、⑪We Can Do Itのような、スティール・パルスのヴォーカルのコーラスワークの巧みさと抜群のハーモニーが好きです。
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The Very Best of Donna Summer

2006-06-08 | いい音楽聴いてますか♪
- Donna Summer The Very Best of Donna Summer -


 僕が昔、韓国に旅行行ったときに買ったCDは、今ではどこにも見つからない。
結構、そのアルバムの選曲が、僕の好きなドナ・サマーだったのでお気に入りなんですが・・・。
で、今買えるのを探した結果、これがお勧めです!

 アメリカで巻き起こった70年代後半のディスコブーム。
日本にも飛び火して、踊りの文化がダンスホールからディスコに切り替わった。
中学2年の夏休み中、アメリカ・オレゴン州に交歓留学でホームスティしていた僕も、毎日ラジオから流れるディスコ・ミュージック(特にこのドナ・サマーのホット・スタッフ)にどっぷりハマって帰ってきました。
中3くらいから、大学生のお兄さん・お姉さんの友達に、いろんなディスコに連れて行って貰うようになって、だいたい20歳くらいまで僕の中では(いや、当時の若い人?)ディスコって、大きな位置を占めていました。

 当時行ったこと有ったり、憧れていた大阪のディスコは、
まずはキタ・梅田では
たしか阪急ファイブの下にあった「アストロメカニクール(アストロ・メカニック・メガフォース?)」
どこに在ったかな?思い出せないが、「カルチェラタン」
サーファーが多かった「グリーンハウス」
これもどこだったっけ?「クリストファー」
ヤンキーが多くてちょっと怖かった「クレイジーホース」
これもキタだったですよね?「スパンキー」
これもキタ?「セカンドストーリー」
「フォーカスポイント(フォーカルポイント?)」
僕の時代の少し後、梅田ではないけど一応北の方角(北港)にあったので「ベイサイドジェニー」
天井が開くんです!一度、クリスマスちょっと前に雪が降ってロマンチックな夜を体験した「ボトムライン」
バブルの頃ですよね「マハラジャ梅田」と「マハラジャマルビル」
阪急ファイブの下、「アストロメカニクール(アストロ・メカニック・メガフォース?)」の後に出来たのが「ラジオシティ」
たしかキタにあったと思う「煉瓦屋」
これはローラースケートを履いて踊るディスコ、ローラーディスコの「ローラーブギー」
ローラーディスコなら一番最初に出来たのは三国の「スタジオ81(エイトワン)」もですね。

ミナミなら
アンルイスがプロデュースした「アニーズイン」
これはミナミだったかな「イエローマジック」
行ったことは無いけどこんな名前の店あったよね「オランダ屋敷」
お洒落で大好きだった「キサナドゥ」
バブルのちょっと前、「キング&クィーン」も格好良かった。
「グーフォー」「ゲネシス」「サウスエンド」もミナミですよね。
夕方7時までだったら500円で入場できたので、いつも踊りの練習(闇レン)のために通っていた「サタデーナイト」
ドレスコードとかスゴく厳しくなってお洒落なかっこしてなかったら入店させてくれなくなったり(ジーパンがダメになっちゃった)、そして女の子同士、またはカップルでないと入店できないようになった走りの店の「ジジック」
時々郷ひろみに会えた(?)「ジュビレーション」
ビブレの地下に出来たとんでも無い巨大な「ゼクシイ」
お洒落なお兄さん・お姉さんの店ってイメージの「倉庫倶楽部」
早い頃のお店の「ダイアナ」
宇崎竜童さんのプロデュースでしたよね「タッチダウン」
吉本興業が最初にプロデュースした店「デッセジェニー」、”銭(ぜに)でっせー”をもじって付けられた店名なんです。
ミナミ版のサーファー御用達の「パームス」
おっちゃん・おばちゃんが多かった?「パシャクラブ」
「バンブーイン」
ここが黒服の友達が多く、入場チェックも緩くて、食べ放題・飲み放題も嬉しい「バンブーハウス」。
サーフボードを持ったまま土曜日に行って、弁当箱にいっぱい食べ物を詰めて、夜明けまで踊ってから、始発の南海電車に乗って和歌山・磯ノ浦によく行きました。
この名前であってるかな?「B&B」
お洒落でリッチな「葡萄屋」
ミナミではかなり早い時期のお店「ポイントアフター」
バブルと呼ばれた時代の初期の頃に絶頂を極めた「マハラジャ本店」
何度か貸切でパーティを企画して「パー券」で大儲けさせて貰った「マハラジャウエスト」

 こんなもんかな?
とにかくいろいろな店に行きました。

 ちゅうわけで、ディスコ・クィーン「ドナ・サマー」のベストアルバムは本当に良いよ。
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Marcia Griffiths Carousel

2006-06-07 | いい音楽聴いてますか♪
- Marcia Griffiths  Carousel - 1990/06/01

 マーシャ・グリフィス。
marcia4.jpg

 ジャマイカで60年代後半のスカ時代から、80年代以降のダンスホール・レゲエ時代まで、ジャマイカで最もコンスタントに成功し続けているシンガー。
74年に、ジャマイカでの自分のコンサートでリタ・マーレィとジュディ・モワットにバック・ヴォーカルを依頼。
その日、客席にいたボブ・マーリーが、この3人を自分のコーラス・グループに起用することになって、「アイ・スリーズ」が誕生。

marcia_ithrees.jpg

 ボブ・マーリーが亡くなるまで、彼のアルバムとツアーに参加。
それと平行して、ソロ活動を展開。
しかしボブの死去、81年より再びソロ活動に専念。
89年には、バニー・ウェイラーと組んで82年にリリースした「Electric Boogie」(このアルバムでも再録音されています)が7年の時を経てアメリカでヒットしました。


 このアルバムにはストレートなレゲエ・チューンは1曲もなく、レゲエ~カリビアン風なダンサブルでポップなアルバムに仕上がってます。
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Tokyo Road Best Of Bon Jovi

2006-06-01 | いい音楽聴いてますか♪
 最近はネットでCDを買っているので、あまりやらないのですが、うっかりCDショップをぶらついていると、ついついジャケ買いしてしまいます。
やりません?
3回に1回くらいしか成功しませんが、でも以前紹介したP.J.とか、イスラエル・バイブレーションなんかはジャケ買いで成功したくちです。
ドキドキしながら買って帰ってきて、聴いたときに素晴らしいアルバムだってなったら、ムチャクチャ嬉しいっす。
そういうときは僕のまわりの友達たちは耳にタコができるくらい自慢話を聞かされるハメになりますね。

- Bon Jovi Tokyo Road Best Of Bon Jovi Rock Tracks - 2001


 来日公演にあわせてリリースされる日本独占企画のコンピレーション!
あんまりこういうの聴かない僕がなんでこのアルバムを持っているのか今では不明・・・

 '84年のデビュー曲「夜明けのランナウェイ」から、「リヴィン・オン・ア・プレイヤー」「禁じられた愛」「バッド・メディスン」、そして'00年の「イッツ・マイ・ライフ」に至るまで、ボン・ジョヴィらしい曲ばかりがピックアップされています。
ボン・ジョヴィの大きなセールス・ポイントとなっているバラードをいっさい廃し、バンドの原点ともいえる純粋なロック・トラックだけで構成。
特別に”ワン・ワイルド・ナイト”のニューヴァージョンも制作され収録されてます。

 そんなんでお得感高いので、たぶん、フリーマーケットか中古屋さんで衝動買いしたのかな?
聴き応えは充分。
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Michael Jackson Dangerous

2006-05-31 | いい音楽聴いてますか♪
 マイケル・ジャクソンが来日していたんですね。
波乗り行っている最中に民宿「中村」のテレビで見たけど、肌の白さが怖かった・・・
「MTV VIDEO MUSIC AWARDS JAPAN」で伝説のアーティストに与えられるレジェンド・アワードを受賞するための来日で観客はすごく驚いたようです。
28日、東京の児童養護施設「星美ホーム」を訪問、29日には都内のフランス料理店でパーティを開催、叶姉妹やらYOSHIKIら100人くらいが招待されたそうです。
その日の晩には東京・渋谷のパチンコ店「マルハン」に出没、閉店後、貸切状態でパチンコしたりと大騒動だったようです。

- Michael Jackson  Dangerous  1991


 「オフ・ザ・ウォール」「スリラー」「バッド」と三作続いたクインシーから、ニュー・ジャック・スウィングを生んだ名プロデューサー、テディ・ライリーと組んだアルバムで、これもヒット曲を連発したアルバム。

 僕が一番好きななのは、非常にピースフルでメロディアスな⑦ヒール・ザ・ワールドです。
ほんとうに素晴らしい曲です。

⑧ブラック・オア・ホワイト ⑪ウィル・ユー・ビー・ゼア ⑭デンジャラスも最高の良い曲です。

これも押さえておいて損はない一枚です。
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The Very Best Of Eagles

2006-05-29 | いい音楽聴いてますか♪
 金曜日に仕事休んで、二泊三日でプチ・サーフ・トリップ、中村に行ってきました。
今日はかなりの筋肉痛を抱えて仕事してます。
これも全て、三日間、思いっきりサーフィンできたお陰。
二日目なんか、前足のワックスが綺麗に剥がれてしまうくらいに波乗ったもんね。

- The Eagles  The Very Best Of Eagles - 2001/08/22
    

 2枚組のベストアルバムも出ていますが、「一枚で」って方には、このベストが絶対にお勧めです。

収録曲は
 1.呪われた夜
 2.テイク・イット・イージー
 3.ホテル・カリフォルニア
 4.ニュー・キッド・イン・タウン
 5.ハートエイク・トゥナイト
 6.テキーラ・サンライズ
 7.ならず者
 8.我が愛の至上
 9.いつわりの瞳
 10.テイク・イット・トゥ・ザ・リミット
 11.言いだせなくて
 12.ピースフル・イージー・フィーリング
 13.ジェイムス・ディーン
 14.ドゥーリン・ドルトン
 15.魔女のささやき
 16.ロング・ラン
 17.駆け足の人生

と、きっちり基本を押さえた選曲だから安心してください。

 1971年リンダ・ロンシュタットのバック・バンドで顔合わせしたグレン・フライ、バーニー・ リードン、ランディ・マイズナー、ドン・ヘンリーの4人で結成したイーグルス。
72年ファースト・シングル 「テイク・イット・イージー」が大ヒット、一躍ウエスト・コースト・ロックの代表的な存在となりました。
73年ドン・フェルダーがメンバーに、75年バーニー・ リードンが脱退し、代ってジョー・ウォルシュが加入。
76年に『ホテル・ カリフォルニア』をリリース。
77年オリジナル・メンバーであったランディ・マイズナー脱退しティモシー・B・シュミットがメンバーに。
このメンバーで最後のアルバム、ロングランを収録。
94年の再結成以後もこのメンバーで活動しています。(しかし仲の悪さがジワーッと醸し出しているのが、見ていてかなしいのですが・・・)
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The Best of the Village People

2006-05-25 | いい音楽聴いてますか♪
- Village People The Best of the Village People - 2001/08/21


◆◆70年代後半、警察官、インディアン、カウボーイ、水夫など、そのころ主流のゲイファッションに身を包み、ニューヨークのグリニッヂ・ヴィレッジから登場したのが、ヴィレッジ・ピープルである。
実にそれらしいパワフルで陽気なナンバーは、世界中のディスコだけでなく、日本のお茶の間をも席巻した。
当時、西城秀樹が①『Y.M.C.A.』を、ピンクレディーや渋谷哲平が②『イン・ザ・ネイヴィー』など、アイドルがこぞってカバーしたことでも知られる。
本作品は、彼らの華やかなりしころの記録であるが、色あせた陳腐な感じはせず、若い世代も十分楽しめる1枚となっている。◆◆

 実は僕の持っているヴィレッジピープルのベストアルバムはこれでは無いのです
これにはペット・ショップ・ボーイズがカバーしたGo Westが入っていないのが残念ですよね。

 ①Y.M.C.A.は最近でHGがカバーしましたよね。

 アマゾンのレヴューでは、「ニューヨークのグリニッヂ・ヴィレッジから登場した」ってなっていますが、本当はフランスの作曲家であるジャック・モラリがニューヨークのウエスト・ヴィレッジのゲイ・ディスコで踊っていた男達をイメージして作り上げたグループでたそうです。
 ヴィクター・ウイリス(ジャケット写真の後列中央の警察官役)とスタジオ・ミュージシャンによってレコーディングされました最初のアルバムの収録曲⑥サンフランシスコがディスコで爆発的なヒットとなり、ここにオリジナル・メンバーのヴィレッジ・ピープルが誕生することになったのです。
 ポップス史上、ゲイであることを表面に出して音楽活動を行った最初のグループといわれています。

 マッチョ・マンが全米25位、①Y.M.C.A.は全米2位、全英1位、②イン・ザ・ネイヴィーも全米3位、全英2位の大ヒットとなり一躍ディスコ界のスーパー・スターに躍り上がりました
 西城秀樹の「わぁぁいえむしーえぇぇぇ」ってのも日本では爆発的に大売れしました
ちょうどその頃、夏休みに40日間、オレゴン州に交歓留学で行っていました。
アメリカでも本当に誰でも知ってる曲で、ディスコで西城秀樹の振り付けで踊ってみせたらあの「空手スタイル」の部分がバカ受けでした。

今聴いてもついつい無意識に当時の振り付けで踊ってしまいます

 僕の記憶では、ヴィクター・ウイリスが脱退してから、人気が一気に下降したと思います。
メンバー通しで三角関係によって恋のもつれが原因でメンバー通しが不仲になったってのが理由だって言われていましたが、真偽は不明

 とにかく面白いグループでした。
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Celine Dion All The Way...A Decade Of Song

2006-05-24 | いい音楽聴いてますか♪
- Celine Dion All The Way...A Decade Of Song - 1999/11/13

 出産の為99年をもって一時休業宣言をした直後に発表されたアルバム。
その当時は、専業主婦になるって気合い入っていたから「事実上の引退」って感じで思っていたけど、3年後には全開で帰ってきた。
良かったよかった。
で、サービス精神旺盛なこのベストアルバム。


◆◆ポップ・シンガー、セリーヌ・ディオンと偉大なる名物プロデューサー、フィル・スペクター。今では険悪な2人だが、もし彼らの共同制作が今も続いていたなら、カナダを代表するスーパースターのファンはもっと素晴らしい歌声を聴くことができたかも知れない。しかし彼女はすでに自ら新しい領域にチャレンジしている。ミート・ローフのプロデューサー、ジム・スタインマンとのコラボレーション④「It's All Coming Back to Me Now」は型破りな作品だ。『All the Way... A Decade of Song』は単なるミリオンセラー歌手のベストではない。ファンへの感謝として⑧「My Heart Will Go On」③「Because You Loved Me」②「Beauty and the Beast」を含むシングル9曲をセレクト。さらに新曲は通常なら1、2曲のところを、なんと7曲も収録。いずれもファンの期待を裏切らない出来だ。タイトル曲⑭「All the Way」では故フランク・シナトラの歌声をフィーチャー。
シナトラ・ファンは一連の合成デュエット物もこれで打ち止めにしてほしいと思うかもしれないが、「I Want You to Need Me」「Live」といった完成度の高い曲も用意されている。今なおファンを魅了し続けるセリーヌ・ディオンだが、アーティストとしてさらなる飛躍が期待できそうだ。◆◆


2枚目のアルバムからは②Beauty And The Beast
これはご存じディズニーアニメ「美女と野獣」のテーマソングです。


3枚目のアルバムからは①The Power Of Love (RADIO EDIT)


4枚目のアルバムからは③Because You Loved Me (Theme From "Up Close & Personal") ④ It's All Coming Back To Me Now ⑤All By Myself (Single Version ) ⑦To Love You More (Radio Edit)


5枚目のアルバムからは⑥Immortality  ⑨Be The Man (On This Night)と
映画タイタニックのテーマソングで、日本でもむちゃくちゃ売れた⑧My Heart Will Go On (Love Theme From "Titanic")
普段、邦楽聴かないヤンキーまでも、車で大音響でかけまくっていましたね。


6枚目のアルバムからは⑩ I'm Your Angel (Duet with R. Kelly) が収録されています。

そして11曲目からがこのアルバムのための新曲。

 ⑪That's The Way It Is
 ⑫If Walls Could Talk
 ⑬The First Time Ever I Saw Your Face
 ⑭All The Way
 ⑮Then You Look At Me
 ⑯I Want You To Need Me
 ⑰Live

はい、これで第一期セリーヌ・ディオンが終了です・・・
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Michael Jackson Thriller

2006-05-23 | いい音楽聴いてますか♪
- Michael Jackson  Thriller - 1982

 全世界で4,600万枚を越える売り上げを誇る、ギネス公認のモンスター・アルバム


◆◆前作『オフ・ザ・ウォール』に引き続き、最良のパートナーと言われるクィンシー・ジョーンズがプロデュースを担当した超メガヒットアルバム。
全9曲中、8曲がシングル・カット(シングル7枚)され、いずれも大ヒットを記録した。
小粋で軽快なスタート曲①スタート・サムシングで始まり、シンプルな佳曲②ベイビー・ビー・マインを挟み、ポール・マッカートニーとの三角関係ソング③ガールズ・イズ・マインでのんびりゆったりしたかと思えば、必殺の④スリラー、⑤今夜はビート・イット、⑥ビリー・ジーン、⑦ヒューマン・ネイチャーの目玉曲連発攻撃、そして軽くファンキーな⑧P.Y.T.で一段落、必殺のバラード⑨レディ・イン・マイ・ライフで締める、という全体の流れも見事。◆◆

 発売当時、社会現象を起こすくらいとんでもない話題でした。
テレビで「④スリラー」のプロモーションビデオ(ショートムービー仕立てのノーカット版)が初めて放送される夜には、街には若い人が一人も歩いていなかった(あんまりオーバーな表現では無いんだよ!ほんとうに!)
これを録画するためにわざわざ、まだまだ当時、スゴい高価なビデオデッキを買った人もたくさん居たもん(うちにはビデオなんか無かった)
しかし、放送の途中に、ニュース速報が流れてしまって、テレビ局には苦情が大殺到廉して、たいへんなことになってました。


 その後、大阪ミナミにバンブーハウスってディスコで、このビデオが全編流されたときも、フロアーには誰も居なくなって、みんな大人しく席に座ってテレビ鑑賞してた。
(俺は確か今のうちだって感じで食べ放題メニューから美味そうなのをゆっくり品定めしつつ自分の皿に掻き集めていたんで途中からしか見なかった)

 このアルバム、マイケルジャクソン自身が作曲しているのが4曲。
このアルバム発売1年前に、マイケル自身がポールマッカトニーに「作曲を教えて欲しい」ってお願いして、ポールが快諾、都合3回、マイケルがイギリスのポールを訪ねていって作曲法を伝授されたのが話題になっていました。
このアルバムの製作と平行して、ポールマッカトニーのアルバム「パイプス・オブ・ピース」では、「セイ・セイ・セイ」を共作

 またまた、このアルバム製作と平行して、スピルバーグ監督と「E.T.」のアルバムも製作していました。
そのきっかけは、マイケル自身が「E.T.」を見て感動したから。
「作曲教えて」ってだけでポールと、「映画良かった」ってだけでスピルバーグと・・・とんでもねーヤツだ。

 このアルバムの参加アーティストもとんでも無い!
ポールマッカトニーは③ガールズ・イズ・マインでデュエットしているし、エディ・ヴァン・ヘイレンが⑤今夜はビート・イットでギターソロで登場、TOTOのスティーブ・ルカサー、スティーブ・ポーカロ、ジェフ・ポーカロ、デビット・ペイチ、デビット・フォスターも参加、その他にベーシストのルイス・ジョンソン、ジェームス・イングラム、などなど、そしてラトーヤ・ジャクソンとジャネット・ジャクソンとマイケルの姉と妹。
プロデューサーはいわずと知れたクインシー・ジョーンズ。
ほんとスゴい顔ぶれでしょう。

 今も時々、聴きますが、色褪せることのない、本当にポップでエンターテイメントで、そしてパーフェクトなアルバムです。
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Red Hot Chili Peppers Stadium Arcadium

2006-05-22 | いい音楽聴いてますか♪
 一昨日~昨日と豊橋~伊良湖方面で波乗り。
土曜は台風1号からのくちゃくちゃうねりで振り回されたけど、日曜は波も整って充分満喫できるコンディションだった。
やっぱ波乗りは楽しいなあ。

 車中泊だったので、ビーチサイドでの晩餐のBGMはレッチリ。
今回のニューアルバムは、まったりとした浜辺の雰囲気にもピッタリ。

 満天の星空☆の下、メローな時間が流れて、そしてタチの悪い酔っぱらいを次々に製造していく・・・・

- Red Hot Chili Peppers Stadium Arcadium - 2006/05/10


◆◆リック・ルービンをプロデューサーに迎えた9枚目のオリジナル・ニュー・アルバムは初の2枚組。
レコーディングされた38曲から28曲に厳選した楽曲を2枚組として、リリース。

 1stシングル「ダニー・カリフォルニア」はミディアム・テンポでメロディックな強力なファンク・ナンバー。
その他にもアップ・テンポでポジティブなファンクなナンバーが目立つ。
バンドの状態が非常に良いことがこれらの楽曲を聴くと良く分かる。
ファンク色が強いのがこのアルバムの特色のひとつと言えるだろう。

 その他にも、ジョンのギター・ソロが強力にフィーチャーされていることも、今作のもうひとつの特色である。◆◆

 発売を忘れていて嶺、遅れてアマゾンで発注。
3日後くらいの届いたので、さっそく聴きこみ開始。

「えっレッチリがこんなに大人でいいの?」

 いやいや、ちょっと待てよ。
聴けば聴くほどスゴいぞ!
この完成度の高さ、ちょっとスゴいぞ!
大人になったレッチリが、ファンクでメロウでポップなレッチリ・ワールドにさらに磨きを掛けているって思う。

 ただ心配事がムクムクと二つ湧いてきた・・・
一つは、レッチリのこれまでのやんちゃさや攻撃性がどんどん無くなっていく路線変更に懐疑的だったファンが、決定的に離れていくだろうってこと。
まあこっちは俺の心配することでは無いけど。
もう一つは、「いいなあ」って聴きながら、心の奥の方でどうしても引っ掛かっていること・・・
これだけの完成度の高いアルバムを仕上げてしまったレッチリは、解散するんじゃ無いだろうかってこと。
レッチリは、最早、全てやり遂げてしまっているって感じてしまう。
思い過ごしかなあ・・・・

 ところで僕はDisc1の②Snow (Hey Oh)が一番好きです。
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NIRVANA  Nevermind

2006-05-19 | いい音楽聴いてますか♪
- NIRVANA  Nevermind - 1991/09/24 

 前にMTVアンプラグドを紹介したときに書きましたが、これをライブ版を聴いた後に購入。
売れてるCDだってことは知っていたけど、音を知らなかった。

 その頃、サーフィン・ビデオなんかのBGMは、ペニーワイズとかのグランジやメロコア、オルタナティヴが主流だったので、自分たちよりちょっと下のサーファーらの間では超有名アルバムになってました。
でも、ビデオでは親しんでいるアメリカン・オルタナティヴやグランジでも、俺らちょっと大人(20代半ば)の普段聴きの音楽はレゲエばっか聴いてたんで、ニルヴァーナ知るのん遅れてたんやね。


◆ 90年代ロックにおいて、最も重要な意味をもつ作品である。
パンク/ハードコアを基調にしたハードエッジなサウンドとポップなメロディが奇妙に同居した本作は、アメリカン・オルタナティヴ、グランジを一気にメジャー・シーンへと引っ張りあげた。と同時に、先行きの見えない時代の閉鎖感をカンペキに表現し尽くした。特に大ヒット曲<1>の「Hello, Hello, Hello, how low?」(ハロー、ハロー、どのくらいひどい?)というフレーズは、殺伐(さつばつ)とした空気を見事に表している。全世界で1000万枚以上のセールスを記録した。◆

 しかし、手に入れてしまったら、もうかなり聴きこんだ。
なかなか飽きなかったなあ。

 ◇ ニルヴァーナのプロフィール ◇

 ロック・シーンにおいては未だ周辺地域でしかなかった米西海岸ワシントン州シアトルのインディ・レーベル、サブ・ポップから89年にシングル「ラヴ・バズ」でデビュー(当時のドラマーはチャド・チャニング)。
同年、デビュー・アルバム『ブリーチ』発表。

 91年にメジャー・レーベル「デヴィッド・ゲフィン・カンパニー(DGC)」に移籍し、セカンド・アルバム『ネヴァーマインド』を発表。
当時、ハード・ロックを含む全てのサウンドが、MTVやラジオでのオン・エアに適する中高音域を強調した軽いサウンド・プロダクションになっていましたが、ニルヴァーナとプロデューサーのブッチ・ヴィグはこの『ネヴァーマインド』でそんなセオリーを全く無視。
パンキッシュなアティテュードを込めた歌詞と、確信犯的に中低音域を突っ込んだヘヴィ・サウンドを展開。

 しかもファースト・シングルの『スメルズ・ライク・ティーン・スピリット』は「hello, hello, hello, how low?(ハロー、気分は最低かい?)」というネガティヴなメッセージを放出する、業界の常識からすれば、「最低の」ファースト・シングルでした。

 このアルバムは、アメリカ国内での初回出荷数がわずか25,000枚足らず、しかもプロモーションのためのツアーもなし、という悲惨なスタートを切りました。

 しかし関係者の予想は見事に裏切られ、『スメルズ・ライク・ティーン・スピリット』はラジオとMTVで爆発的なオン・エアを稼ぎ、全米のロック・キッズがあのフレーズに合せてヘッド・バンギング。
それに呼応してアルバムが全米で300万枚以上のセールス、アルバム・チャートの1位を獲得。
ニルバーナの伝える「憂鬱」「苛立ち」「不安」そして世間に中指を立てる姿勢が、社会にフラストレーションを抱えるジェネレーションXといわれる世代の若者に共感を生んだのです。
この大ヒットは、アメリカのミュージック・シーンがそれまでずっと目をそむけてきた「重さ」、「暗さ」という要素を表舞台に引きずり出し、それまでのロックの文体を完全に破壊してしまいました。
このアルバムを境にして、瞬く間に彼らのフォロワーが続々とシーンに登場し、世界中に<グランジ>の毒が撒き散らされることになりました。
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Scandal SKA

2006-05-16 | いい音楽聴いてますか♪
 レゲエ・ミュージックはジャズから始まったこれって知ってる?
前回、ジョージ・ベンソンのジャズを紹介したけど、レゲエの好きなヤツは、レゲエのルーツがジャズだって事は知っておかなアカンよ。

 ちゅうことで、レゲエの歴史を書いておきます。
ほんとに、レゲエ好きな人は、このへんはちゃんと押さえておいてね。

 1950年代以前のジャマイカの音楽はメント。
メントとは19世紀末頃アフリカの影響を強く受けて生まれた素朴なダンス音楽でした。

 そして50年代、ジャマイカではラジオから聞こえてくるジャズとR&Bに熱中しました。
アメリカのビッグ・バンド・ジャズを真似するバンドも多数結成されて、後のジャマイカ独自の音楽を作る基礎がこの頃つくられました。

 60年代に入って、ジャマイカ産ミュージックは、ジャズやR&Bの模倣からだんだんと形を変え、ついに「スカ」というオリジナルのスタイルを産み出しました。
「スカ」とは、カリプソやメント、クァドリルに代表されるカリブ海の民謡やラテンアメリカやアフロカリブのビートに、ヘヴィなR&Bさを持つジャスが融合されたものです。
この音楽を産む上で重要な働きをしたのはスカタライツというバンドでした。
上下するホーン・ビートによって強調されたオフ・ビートのギター・リフ。
ここから生まれたダンス・ビートが「スカ」です。

 そのスカの誕生と相前後する62年、ジャマイカはイギリスから独立しました。
この新しく生まれた独自のジャマイカン・サウンドが、ジャマイカの英国連邦植民地支配終焉への叫びに変わり、ジャマイカ独立運動と連結しました。

それが、62年8月に実現したのです。

 新しい時代の夜明けを実感させるスカとういう音楽は、ジャマイカ島だけにととまらず、旧宗主国のイギリスまで届く人気ミュージックとなりました。

 その頃のイギリスでは、50年代に大量の黒人移民が押し寄せたことで芽生えた、人種差別感情から西インド諸島出身者の集まるコミューンが出現、ロンドン南部のブリクストン、北のトッツナム、そして彼の有名な、50年代後半に人種暴動が起きた西のノッティング・ヒル。

 60年代も中盤を過ぎると、「スカ」を代表するバンドのスカタライツは消散していきます。
島の音楽は大きく変わり始めます。
スカよりもゆったりとしたリズムを特徴とするロックステディが誕生したのがこの頃です。

 60年代末期から70年代初頭にかけてジャマイカの音楽は革命的といえるほど多様化を見せます。
具体的にはダブの発明、DJの出現、そしてヒット・チャートのトップに躍り出るサウンドを持つレゲエが誕生します。
スカやロックステディの歌謡曲路線から外れ、よりメッセージ色の強いレゲエは、ジャマイカ島にとどまらず、世界的に波及することになります。
72年にアイランドと契約したボブマーリィ、ジミークリフが出演した映画『ザ・ハーダー・ゼイ・カム』、世界に伝える大きな役割を果たしました。

 ジャマイカ本島では、DJたちの活躍が続いていました。
また、それと共に、ラスタファリに強く影響された、バーニングスピア、アビシニアンズ、イスラエルバイブレーションなどのミュージシャンたちの活躍により、島でのラスタファリの存在も大きくなっていきます。

 80年代初頭、ブラックウフルーが世界的に成功を収めていたが、82年のボブマーリィ逝去と前後して、メッセージ色の強い国際的に通用するレゲエはだんだんと勢力を失っていきます。
それに代わったものがダンスホール・スタイル。

 80年代前半のダンスホール・ブームはジャマイカ音楽産業の大きな転換期となりました。

 さらに85年には、「スレンテン」と呼ばれるリズムも登場しました。

 80年代には島内で隆盛を誇ったダンスホール・スタイルではありましが、そのころは世界的にはまだまだ無名に近い存在でした。
しかし、90年代に入ると、島内のトップアーティストが次々と世界に飛び出して成功を収めるようになり、また、ジャマイカ人以外のレゲエ・ミュージシャンの活躍も目立つようになってきます・・・・

- Scandal SKA - 1989/7/25日


 このアルバムは、映画「スキャンダル」に使われていたものが数曲、その他は、62~63年にイギリスで発表されたアイランドレコードの曲。
ちょうどスカが形になろうとしていた頃、ジャマイカを揺るがしていた音楽が収録されています。

◆◆イギリスで人気を集めるスカのベスト。それがまた1962~64年にかけての黄金時代のジャマイカ産のものが収められているのが嬉しい。ホント,スカと言ったらこれですよ。でも逆に現在の白人がスカに何を求めているかがこの選曲から見て取れるのが面白い。◆◆

 ボブ・マーリィの初録音となったといわれている「ジャッジ・ノット」が収録されていることでも有名なアルバムです。
でも、もう『廃盤』みたいですね・・・
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