1969/04/09に生まれて

1969年4月9日に生まれた人間の記録簿。例えば・・・・

リトルリーガー -愛する人のために- 「前編」

2008-05-14 19:43:34 | 雑談の記録
 -野球少年少女、そのファンとそれを支える人々に捧げる-
      -妻と子供たちにも捧げる-

「リトルリーガー -愛する人のために-」


急峻な峰々と入りくんだ海岸。
住宅は斜面に張り付き、海岸には造船所のクレーンが高く無数にそびえている。
場所は九州の西の果て佐世保だ。
米海軍基地がここにはある。

机の上にはボールが一つある。
硬式の野球ボールだ。
右手がそのボールを掴む。
右手の主はマイク、12歳。
彼はベッドに腰を下ろして遠くを見つめる。
窓の向こうに佐世保の街と山と海とタンカーが見える。

佐世保にはリトルリーグがある。
日本で始めて設立されたリトルリーグだ。
リーグ名はもちろん「SASEBO」。
終戦後、佐世保に駐留した米海軍が子供たちのために作った野球チームだ。
設立当初から、そのリーグは日本人と海軍兵士の子供たちで構成され、それは現在まで引き継がれている。

佐世保に来て1年が経とうとしていた。
マイクは「SASEBO」の一員だった。
チームに馴染むことができなかった。いや、馴染む必要などないと考えていた。
彼は頑なだった。そしてピッチャーだった。

マイクはカリフォルニアの海沿いの小さな街で生まれた。
彼を落ち着かせるのは波の音と母の歌声だった。
しかし、彼はその歌声を5年聴いていない。
両親は5年前に離婚しており、裁判の末、マイクは海軍兵士の父に引き取られたのだった。
マイクが野球を覚えたのは小学校入学前。母の父(祖父)が彼のセンスを見込んで手ほどきしたのだった。その後、彼は、父と転勤を繰り返しながら各国のキャンプ地(米軍基地)で腕を磨いていった。
そして彼は12歳になるのを待っていた。
なぜなら、その年齢が母と会えるかもしれないチャンスだったからだ。
リトルリーグのワールドシリーズ出場が、本土アメリカに行けるチャンスと彼は考えたのだった。

「SASEBO」の雰囲気は最悪だった。
新チームになってエースになるはずだったリョウタロウが1年ほど前に引越しており、以来、チームは負けが込んでいた。代わりのエース?のマイクは一人で野球をやるタイプで、特に日本人の子供には嫌われていた。
キャッチャーは漁師の息子のタカシ。タカシもマイクが嫌いだった。
タカシはマイクのボールを受けながらいつも思っていた。
「リョウタロウがいれば・・・リョウタロウがいれば・・・全国制覇、そしてワールドシリーズも夢じゃなかったのに・・・こんなヤツのボールなんか、クソッ!」

熊本での遠征(練習試合)がさらに亀裂を拡大させた。
フォアボールにパスボール、エラー。バッテリーの呼吸は全く合わず、バックもボロボロだった。熊本のゴリン頭のチームにボロッカスにされたのだった。
ひとり気を吐いていたのは2番手ピッチャーのケイ、長身の少女だった。
左からのしなやかな腕の振りと絶妙のコントロールが彼女の持ち味だった。
いつもマイクを心配していた。

チームに転機がおとずれようとしていた。
練習中のことだった。
ケイの強い打球が一塁側ファールゾーンに飛んだ。
そのボールは、スピードを保ったままマサヤの後頭部を襲おうとしていた。

マサヤはレギュラーではなかった。体は小さく、どちらかと言えば、本が似合うタイプの少年だった。しかし、チームでは一番の努力家で野球が大好きだった。
そのとき、マサヤは次の練習のために一塁側から一人でネットを運び出そうとしていた。
マイクはそれに気がついていたが手伝いを躊躇していた。

「マサヤッ!」
子供たちが叫ぶ。
鈍い音がした。続いて地面に人が倒れる音。
ファールグランドに倒れたのはマイクだった。
子供たちがマイクに駆け寄る。
マイクは右肩に耐え難い痛みを感じながら朦朧とした意識のなかで呟いていた。
「バカヤローが・・」


診断の結果、肩の骨に異常は無かった。しかし強度の打撲。練習はしばらく控えなければならなかった。
ある日、心配していたケイ、マサヤ、タカシの3人がマイクの家を訪ねた。
しかし、マイクは彼らと言葉を交わすことも無く家を飛び出していった。

マイクの父が彼らを部屋に招き入れた。
そこで彼らは、初めて知った。
マイクが本気でワールドシリーズを目指していることを。
そして、その理由も。
3人は海岸を歩いている。マサヤが一人ぼっちのマイクを見つける。
みんながマイクに駆け寄る。
未来を約束する夕陽が4人のシルエットを作っていた。


「SASEBO」の厳しい練習が始まった。
チームは一つになろうとしていた。


予選大会が始まる前、マイクはタカシの家に遊びに行った。
タカシの家は古い日本家屋。
出迎えたのはタカシの父だった。
タカシの隣に立つ外人の子供を見て父は小さく呟く。
「米軍の子供か・・・」

マイクは仏壇に飾ってあるセピア色の古い写真に目が留まった。
バットを担いだユニホーム姿の青年が写っていた。
「だれ?」
「曾祖父さん、甲子園に出たときの写真だってさ、キャッチャーだったんだって」
「KOSHIEN?」
タカシは「甲子園」について話した。ついでにタカシの夢も。

「ところで、タカシの曾お祖父さんは、甲子園に出た後はどうなったの?」
「よくわかんないけど、戦争で死んだらしいんだ」
奥の部屋にいる父に向かって尋ねた。
「ねぇ、何処で死んじゃったんだっけ、どっか島だったよね」
「硫黄島だ」
「そう、そう、イオウ島だった、けどさ、イオウ島ってどこにあんだろね」

奥の部屋では、タカシの父が預金通帳に目を落としていた。
毎月多額の金が引き出されている。
貯蓄が底をつこうとしていた。

「タカシ、お母さんはどこにいるの」
「長崎だよ、長崎の大きい病院で、お祖母ちゃんの看病をしてるんだ」
終戦間際、長崎市街の近郊にいたタカシの祖母は原爆を目撃していた。
祖母は長いこと癌を患っており原爆症が疑われていたのだった。


マイク達の戦いが始まった。
「SASEBO」は勝ち進み、憎き熊本のゴリン頭のチームを破り全国大会に駒を進めていった。



・・・ズズズーン。
真っ暗闇に地鳴りが響く。
トンネルなのか?・・・違う。
鉱山の地下坑道だ。
地鳴りは採掘現場からの発破音。

地下坑道を大型のホイルローダーが鉱石を積んで走っていく。
金鉱石だ。世界は空前の資源高。金も高騰の一途だった。

ヘルメットをかぶった数人の男が坑道を歩いている。ヘッドランプが点灯している。
一人の男の腰には拳銃よろしくハンマーがぶら下がっている。
男たちは坑道から外に出る。岩と苔類がみすぼらしく生えているだけの荒野が広がる。
アラスカだ。短い夏を迎えようとしていた。

男たちは冗談を交わしているようだった。
防護マスクとゴーグルをはずすとハンマーの男は東洋人的風貌。
一人の男が東洋人に言葉をかけた。
「なぁ、ニシ、たまにはどうだ、つきあえよ」
「いや、スマン、先約があるんだ」
別の男が口を挟む。
「コイツは、家じゃぁ、女房役なんだよ。」
ニシは鉱山地質技師。日本の商社と鉱山会社が30%ずつ出資して開発した金鉱山に勤務している。1年が経とうとしていた。彼は元甲子園球児だった。

バシッ!
力強いボールがミットに収まる。
ボールを受けているのはニシだった。

室内練習場のピッチャーマウンドには少年が立っている。
リョウタロウだった。

バシッ!
「いいボールだ、いよいよ10日後だな」
「ウンッ!」

バシッ!
リョウタロウは、この鉱山町のリトルリーグでもメキメキと頭角を現しエースに成長していた。そして合衆国北西地区代表としてワールドシリーズの出場を決めていた。

バシッ!
リョウタロウのボールを受けながら、ニシは何物にも代えがたい喜びを感じていた。
しかし、喜びを分かち合えない寂しさを感じていたのも事実だった。
病床にあった妻の最期を仕事で看取ることができなかった3年前を悔やんでいた。


リョウタロウとニシが二人で遅い夕食をとっている。
「お父さん」
「ん?」
「お父さんは、甲子園に出たことがあるんでしょ?」
「あぁ」
「どうだった?」
「どうって?」ニシは戸惑った。
リョウタロウも戸惑っているようだった。
「あのね、野球の神様っているのかなぁって思ってさ、甲子園に行ったら会えるのかなぁって思って・・・アハハハハ、・・・いるわけないかぁ~、でもさぁ、もし、もしいたらさぁ~」
「いたらぁ?・・・」
「なんでもないや」リョウタロウは笑った。
ニシは少し笑って、ソファに無造作に置いてあるキャッチャーミットを見つめながら、息子が甲子園に出るまで彼のボールを受け続けてやろうと強く心に誓ったのだった。

リビングの隅には飾り棚がある。
甲子園の出場記念ボールの傍には優しく微笑むリョウタロウの母の写真が立ててある。

・・・・写真立ての横に置いてあったリョウタロウのケイタイが突然鳴り響く。

着信の表示を見てリョウタロウは声を上げた。
「タカシからだッ!」
全国大会で優勝した直後に電話を掛けてきたのだった。
液晶画面は前のチームメイトたちが大騒ぎをしている様子を映し出している。
「オレたちもアメリカ行くからなッ!、待ってろォッ、リョウタロウッ!」

再びケイタイが突然鳴り響く。
深夜だ。
ベッドからは這い出してケイタイを手に取るニシ。
それを耳にあて次第に緊張していくニシ。
「分かりました、すぐ行きます」

物音でリョウタロウは目を覚ます。
部屋のドアが開き、目をこするリョウタロウ。
「ヤマ(鉱山)で落盤事故が起きたらしいんだ。朝には戻れると思う。」
ニシはそう言ってドアを閉めた。
リョウタロウは再び眠りに着いた。

・・・しかし、・・・ニシは戻らなかった。
救出作業中に2次災害に遭い帰らぬ人となった。

救急救命室で、父の遺体にしがみ付き泣き叫ぶリョウタロウ。
「昨日、約束したばっかじゃん!、甲子園に出るまでボールを受けてくれるって・・・・なんでだよ、なんでだよぉ~~、ひどいよぉ~・・・お父さんっ・・・」



きらびやかなホテルのパーティー会場。
「SASEBO」の全国大会優勝祝賀会兼リトルリーグワールドシリーズ出場の激励会が開かれている。
来賓席には市長のほか地元有力者たちや米海軍のお偉方がズラリと円卓を囲んでいる。

「・・・ここまでやる必要があるんか、・・・ッタク、ナニ考えてんだこのリーグは、・・・」
抑えきれない苛立ちの言葉だった。それを言ったのはタカシの父タナカだった。
義母の看護費に加えタカシの遠征費。このところ運悪く不漁も続きタナカ家の家計は逼迫していた。借りたくない金も嫌な親戚から借りている始末だった。
タナカはパーティー会場の片隅で一張羅のスーツに身を包んでいたが白髪交じりの日焼け顔には不似合いだった。

ユニホーム姿のタカシがマイクの父を連れてタナカの前にやってきた。
「はじめまして、スミスです。」
スミスは右手にビール瓶を持っており、ぎこちないやり方ではあったが日本式で誠意を表そうとした。
しかし、タナカはそれを無視したのだった。



「SASEBO」が関西空港からアメリカに向けて飛び立とうとしていた。期待と不安を乗せたジェット機が大阪湾を後にする。

その頃、タナカは漁の準備をしていた。
一方、スミスは日米合同演習の準備に余念が無かった。
快晴だった。
タナカは同僚とともに港を出た。タナカは金が必要だった。多少の無茶も仕方がないと考えていた。演習海域で豊漁という話を聞いていた。

海域に到着してしばらくの後、天候は急変し海上は時化だした。加えて激しい雨と濃霧。
タナカたちは動じなかった。この程度のことはこれまで幾多も経験してきたからだった。
しかし、危機は刻一刻と迫っていた。

気が付いたときには手遅れだった。
黒灰色の鉄の塊がタナカの船を砕き潰した。
「アメリカがッ!」タナカは叫び、大海に投げ出された。


「民間漁船と接触した模様です」
下士官が上官に報告する。
「接触?」
「いえ、衝突したようであります」
「船員は?」
「わかりません」
「救出を急げ、周辺艦船にも捜索を依頼しろ」
タナカの船に衝突したのは海上自衛隊の巡洋艦だった。

捜索の要請はスミスが乗船している艦船にも届いた。
直ちに捜索のヘリが飛び立った。

時化の海原に放り出されたタナカは後悔していた。
死ぬかもしれないと思った。
大波に飲み込まれるたびにもうダメだと思った。
しかし、タカシや妻のことを考えると・・・
タナカは必死でもがき、己の生命力を、力つきるまで信じようとした。
「生き抜いてやるっ!」

皮肉にも遭難者の第一発見者は米海軍だった。
ヘリの側部に取り付けられたホイストが回転し、ワイヤとともに救助隊員が荒れた海に降下していった。
タナカは救助された。びしょ濡れのタナカに救助隊員が声を掛ける。嵐とローターの回転音で隊員の声が聞きづらい。しかし、その声には聞き覚えがあった。マイクの父、スミスだった。驚いた表情のタナカにスミスは微笑んでみせた。

パイロットがもう一人の遭難者を発見した。奥の操縦席からインターコムを通じて声が掛かる。スミスは再度救助体勢に入った。
降下前、スミスは振り向いてタナカにじっとしていろのサインを送った。
タナカは頷いた。

スミスは遭難者を抱えるようにしてホイストの回転とともに上昇してきた。
そのとき、突風が吹いた。強風に煽られヘリは操縦不能に陥った。
操縦桿と格闘するパイロット。
ヘリは大きく傾き、揺れるワイヤにローターが当たった。

スミスと同僚は、切れたタコ糸のようになったワイヤとともに漆黒の海に消えていった。
「スミースッ!」
タナカの声は嵐の轟音に虚しくかき消された。


「SASEBO」の一行はジョンFケネディ国際空港に到着した。
そこでマイクは、父スミスに起きたことを初めて知った。
それは「SASEBO」にとっても激震だった。
青ざめるマイク。静まりかえる「SASEBO」の一団だった。

しかし・・・、マイクは「SASEBO」のみんなに向かって搾り出すように言った。
「お父さんは死んでなんかいない・・・、死んでなんかいない、絶対に・・・」


時化の残る東シナ海に無数の漁船が散らばってゆく。
船団の先頭を走るのはタナカが乗り込んだ船。
タナカは荒波を全身に受けながら信じていた。そして決意を固めていた。
「生きていろ、必ず助けてやる」

後編へつづく

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