ヒーメロス通信


詩のプライベートレーベル「以心社」・詩人小林稔の部屋にようこそ。

小林稔詩作品「仏頭」・詩誌「へにあすま」掲載より

2015年11月21日 | ヒーメロス作品

仏頭

小林稔

 

光を産み出す闇ではなく

さらに闇のふところの奥深く

半眼の笑みを称えた仏頭がある

作者不明 歳月を堪えた銅の鋳造

闇がさらに闇を呼びこむ

こころという井戸に

木の葉がひらり身をかわし

水の鏡面を切り器の底へ

一枚いちまい降りていく

意味の衣を剥がされ落ちていく

かろうじて灯る蝋燭の火は吹き消される

破損 褪色 不遜

あるべきこころの岸辺にたどりつく

一つのいのちが感受し思考したあとの

意識の破片が途切れなく落ちていく

重い石を背負う体躯を立ち上げる

突風をはね返し 病魔の不意打ちに闘う

空の高みに駆け上がる雲雀

言葉の妄念を恐れることなし

不覚の渦中からこの世に迷うべく生まれ

名を捨ておいた父と母の輪郭が次第にほぐれて

意識の破片が途切れなく落ちていく

世界をつくるものは何

われらは何処からきて何処に還るか

幼いころから今につづく謎

わたしは砂浜に腹ばいになり 

広げた両の腕で地球を抱こうとする 

高波の振動が全身をふるわせて

世界を所有する願望を捨てよ

コトバという虚妄をもてあそぶだけだ

そういう声が脳髄の片隅でささやく

ニンゲンの悪にまみれた世界の闇と表裏して

一つひとつの物象が宇宙と互酬する

もはや空(くう)になったあらゆる経験から

あるがままの真実の種子(しゅうじ)が

滝のように撥ね上がる 仏師のこころと

仏頭に対座するわたしたちのこころに

しかも 世界の様相は何一つ変わることなく

 


小林稔詩作品「地上のドラゴン」

2015年11月21日 | ヒーメロス作品

地上のドラゴン

                 

 

明け方、夢の中で少年は

一羽の鳥になった。赤い眼で私を見上げ

ぼくをにんげんにして、と脆弱な声でしきりに鳴いた。

 

数式がきみを追跡し迷路に追いこんで

英語の文字が怪獣になりきみを呑みこむが

破裂を告げる赤ランプが点滅するきみのところに

あやしげな蜘蛛の糸をつむいで送信される

のっぺらぼうの電子メール

遠方からケータイにとどく言葉たちに

白い線を引いたこちら側で

きみはたしかな手ごたえを送信する。

 

グロいアニメーション

鎌をふりまわし足首から流れていく

モノクロの血、あざけりわらう少女の声

きみの胸にMの傷を引いていく。

オトナたちの仕掛ける罠にひきずりこまれ

きみのしなやかな体躯にはらむ魂は

世界と慣れ親しむほどに傷口をひろげるだろう。

後方にひかえるどろどろの沼地で

夕映えの空を瞬時に暗雲が立ちふさがり

きんいろの光が、まるで躍り出た龍のように

天も割れんばかりに発現する。

きみの瞳孔に神経の枝枝が走り

おさえられていた欲情は防波堤を乗り越えた。

 

きみと私がふたたび地上で結ばれるには

世界の〈悪〉に捕えられ

なぶられ、縛られ、それでも

十四歳の魂は私の愛にこたえられるか。

うなだれ、起立するきみの首は

私の手のひらにもみほぐされ

謎かけを求める底なしのやさしさに

ためらい、よろめき、すりぬけ

私の注いだやさしさがきみの掌からこぼれ

私の掌にそそがれ、きみは魂を甦生させなければならない。

少年の衣を脱ぎすてるきみも愛する者になり

生涯、私と友愛をいつくしむことができるか。

 

闘うべきはドラゴン。

私たちの内に棲む怪物dragon

世界の胎盤に貼り廻らされたその血管は

いまぼろぼろに崩れかけて

ロゴスに魂を刻印する私たちの旅は

とどまることをしらない。