小林稔第六詩集『蛇行するセーヌ』2003年(旧天使舎)以心社
パリとの再会
小林稔
スコットランドの旅から戻り再びロンドンに着いた時、この都会に親
しみがいっそう強く感じられ、このまま滞在したら好きになるだろうと
思った。四月はもうすぐ終わる。一ヶ月のイギリスの旅に終止符を打ち、
パリに戻らなければならない。コート・ダジュールに沿ってイタリアに
抜ける目論見であった。先の旅を思うと心が逸るばかりで、惜しみなが
らもロンドンを去った。ドーバー海峡を渡り列車でパリに向かった。
地下鉄に乗り換え、サン・ミシェル駅から地上に出た。樹木は青々と
した葉を風にそよがせ、通りのカフェでは観光客が色とりどりの服装で、
にぎやかに会話をしている。私の知っているパリではなかった。夏を思
わせるほどの暑い一日であった。冬を越したこの街は、私にとって旅の
寄留地に過ぎなかったのだろうか。それにしてもパリは私に消えること
のない刻印を押してしまったに違いないのだ。ヨーロッパのさまざまな
土地で感じ入ったことが、この街に集約されていた。エジプト、イラン、
モロッコのような異文化でさえ取り込まれてしまっている。屋根裏部屋
を引き払ってしまった今となれば、私も一人の旅行者に過ぎない。カル
チェラタンにある安宿にいく日か居を定めたが、パリは春とともに若返
って、私を再び拒んでいるように感じられた。六ヶ月前の、初対面のパ
リは老いて私の若さを拒んでいた。今は逆にパリの若さと華やかさに拒
まれているのであった。
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