日々乃家日誌 まにまに・てい子の日々の発見

母まにまにが娘てい子と始めた、日々の発見を綴るブログです。

騙されちゃだめだよ

2019年04月30日 | 日記
みんな、騙されちゃだめだよ。

世の中はお祭りみたいに浮かれているみたいだけど、与えられるものだけをそのまま丸呑みしていたらだめだよ。

今、私たちの目の前で国が盗まれている。

国っていうと教科書の中の言葉みたいでわかりにくいけど、私たちの立っている自宅の絨毯や座る畳のことだよ。
台所の蛇口から出る水のこと、お味噌汁に入れる菜っ葉のこと、パンの小麦粉、息子の時給、病院に見舞う親の病気、娘が結婚するかどうか、次の世代が生まれるかどうか、その子が生きる社会があるか。

もうすぐそこで人口がぐんと減る。
それを止めることはできないのだから、みんなで力を合わせて賢く生きていかなくては。

なのに私たちは盗まれ奪われ消費されていく。

自分で、調べてみて。

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いってきます

2019年04月28日 | 日記
朝からの空の高さ光の強さを見て、今日は本気を出してきてるなと思った。

昨日の雨空から一転、毎日は同じようで全く違う。

あまりに空気が芳しいので寄り道して森を見て行く。滴る緑からはなにかが立ち昇って小さな私を飲み込む。

関東あたりの気候では5月と10月が一番好き。
完璧な日が何回もあるから。(まだ4月だけど今日のこれは私の中では5月の完璧な日にカウント)

大好きな東海道線下りに乗って、遠足に向かう。

どんなものどんな人に出会うかな。







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蛇と自由

2019年04月27日 | 日記
ちょっとショックを受けたことがあって考えていた。

とても立派な素晴らしい仕事をしている人の口から、蛇のようなものが出てきた。

後味の悪いいろんな気持ちを、すぐに散らそうとせずにしばらくじっと抱えていた。

その中には小さなパニックもあって、あちこちの人にその人がおかしいと同意してもらいたい、その人を例外として排除し小さな井戸の平和にしがみつきたいという願いもあった。
憎悪して排除して攻撃したい、気持ち。

それは最低ですね、と言えばよかった。

でもそれはほんの小さな部分。
そんなことをしても仕方ないしする気もない。

どんなに素晴らしい人でも素晴らしくないところもあるだろう。他のものと同じように、人間はそのくらいの混沌や矛盾を含む立体的なものだ。
人がどんなに大きく成長したとしても、それが自分の足元に届くのは一番最後かもしれないし。

ちょっとショックだったのは確かだけれど、よく見たらダメージは大して受けていなかった。

おそらく私は誰かを100%尊敬したり期待したりしない。どんなものも私から見える角度が全てではないし、人もものごともそんなに簡単なものではないと思うから。自分の判断や印象だって、絶対でないどころか刻一刻と変わっている。

何かに期待したり尊敬したり、こうであって欲しいと願いすぎると、自分の一部を他の誰かのあり方に委ねることになる。
私はあまりそれをしない。そんなことするもんか。
相手に対してもその方が公平な気がする。

しばらく前に聞いた、自らに由るという言葉が浮かんだ。
そうか、時々言われることがある。
そんな風に私は自由なのか。










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おやすみの日

2019年04月25日 | 日記
外ではホケキョが鳴いている。
(実は彼らは夏まで鳴いている)

力が出ない日はお休みの一日にする。

身体も意識もぼんやりたらんとして、いろんな気持ちが浮かんではどこへともなく流れていく。

誰のためにもなんのためにも役にたたないけど生きている。

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2019年04月24日 | ホームスクール・ホームエデュケーション・不登校
くしゃくしゃに畳まれたコウモリの羽や羽化したてのチョウの羽のように、広がっていきたい伸びていきたいという力が人には内蔵されているんじゃないか。

だけど充分な時間と空間がなかったり型を示されて誘導されたり見当はずれの方向に引っ張っぱられたら、それはうまく広げられない。

一年前にはできなかった話をこどもとしているのは、こどもの側の都合もあるかもしれないけれど、その話をするような形に私がなかったというのもあると思う。

こちらの形、期待、尊重に合わせて相手も展開する。

人が人に与えあう影響の大きさ、

そして息をのむような繊細さ。



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