日々乃家日誌 まにまに・てい子の日々の発見

母まにまにが娘てい子と始めた、日々の発見を綴るブログです。

応援歌

2020年06月29日 | 出会った人たち

文房具を片付けていたら校章のついたブックマークが出てきて、ある夏に訪れた北の名門校を思い出した。


生徒たちはまっすぐに育つ時間の中にいて、余計なものがついてない顔がピカピカ光るようだった。


遠くから来た私たちを迎えて彼らが企画した歓迎会は一生懸命考えた挨拶(あ、間違えちゃった!)から始まり、長い歴史を受け継いだのであろう応援歌の実演も含まれていた。


素朴な印象が一転、のバンカラ。


ドスの効いた声。

振り回される長い髪。

立ち上る獣の匂い。

(これは想像)


私たちは蒸し暑い教室で椅子に座り、度肝を抜かれてただただ異形の舞を見つめていた。


そうか。


今思い返してわかった。


あれは本物だったんだな。

本当に、やってたんだ。


地を巡るエネルギーを集めてこねて放つ。

原始の踊り、振り、歌、動き。


なんて面白い。


汗だくになって終えた彼らに、私たちから惜しみない拍手喝采。


嬉しそうにニコッと笑う顔は、また素直なこどもに戻っていた。







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夜の森

2020年06月27日 | 日記

お風呂が沸くまで蛍を見に行こう。


つきあわない?と階上のこどもにラインしたけど望みは薄い。

お風呂のスイッチを押してから玄関を出て自転車に乗った。


あんまり混んでるといやだけど、全く人がいなくても心細い。

夜の森は家族連れでちょうどよく賑わっていた。


ほんの何年か前まで住宅地の小川にもいっぱいいたんだよと誰かに聞いたのももうずいぶん前になってしまった。


光る虫は珍しいからみんな何かうっとりしちゃうのかな。


いろいろ考えてしまいそうだけど、あえて何も思わずに、ただ光って飛ぶようすを見て帰ってきた。


空に半月、夜の森を散歩するのはいい気分だった。


「どうしてもというのであれば」


OKの返事が来てた、帰ってから気がついた。








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講義

2020年06月20日 | ホームスクール・ホームエデュケーション・不登校

お世話になった方に頼まれて「ホームエデュケーション」がテーマの講義で娘が少しお話をした。

娘はだいたいこういうのはお引き受けしている(足を向けて眠れない人たちのお願いだし)


話す要点を一通りメモしておいたらいいかなと準備もした。


なんでも思うように話したらいいよと言ったけど、ちゃんと時間内でまとめて話せたようだった。


オンラインの向こうにはちょうど彼女と同じくらいの年の人たちがいたはず。


学校に行かなかった時期がある以外みなさんと何がちがうかなと思いをめぐらせてみるに、娘ほど「自分であること」「ここで生きること」と長く激しく格闘してきた人は多くないのではと思う。


多分いつかは誰もが覗き込む深い淵のような鏡を、もう馴染み深いものとして自分で抱えて立っている。


「勉強だけが学びではない」


私もそう思う。







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生きものは

2020年06月18日 | lesson
これは大切だから忘れないようにしよう。

生きものはいつも同じではない。

同じ状態がいいとは限らない。

変化して大きく変わっていく時もある。

なんの動きもない時もある。

いつもまんべんなくいろんなことができなくてもいい。

波打つようにうねるように、なだらかなこともあるけれど、多くの場合は階段状に、生きものは変わりながら生きている。











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紫陽花

2020年06月14日 | 日記
ふる雨の気配と音と湿り気を
しみこませるように
静かに呼吸する









山の紫陽花






海の紫陽花



駅の紫陽花







町の紫陽花


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