古い都で

たまたま二つ続けて仕事を引き受けたので週末もなく働いた。

出張先のホテルに帰り着いたのでお茶をいっぱいだけ飲んで、立ち上がれなくなる前に夜ご飯を食べに行こうと靴を履いてダウンジャケットを着た。

中心地まで行けなくてもせめて駅まで歩いていこう。

ちょっとだけベッドに腰掛けたら、そのまま一時間くらい気を失った（ように寝てしまった）

…人って休まないとだめなんだね。

せっかくだから何か土地のものを食べようとか

せめて駅まで出てデパ地下でテイクアウトしようとか

せめてやせっかくは脳の欲しがるもので、体はちっともそんなの欲しがっていなかった。

ホテルを出たらすぐ左に安いうどんやさん。

迷いなく足はそこに向かい、素早く暖かいうどんを食べて部屋に帰り眠った。

そしたらなんとですね、そのうどんやは二月前娘ていこが初出張ひとり旅でご飯を食べたところだったらしい。

そんなことってある？

サンスクリットとパーマの間

冷蔵庫みたいによく冷えた夜のプラットフォームで上り電車を待ちながら私たちは話していた。

（タイトルはその時のひとりのことば）

わあ！と思う対象が哲学と宇宙のふたりにあなたは何にわくわくするの？と聞かれて、部屋に小鳥が迷い込んだ話をした。

うん、まあ、ただの小鳥なんだけれども。

でもそれ、ああ！awe は多分古文書にも天体望遠鏡にも道端の石ころにも入ってる。

なんて面白い、とみはる目の中に。

星の運行を見るようにうっとりとものごとが流れていくのを眺めている。

からだを持つ身として私が出会うすべてのあなた〈迷いこんできた小鳥であり初めてパーマをかけて何ヶ月かたつうつくしい友人であり冷たい空気の帰り道である〉湧き上がり表れる世界。

あるいは

触れる世界として表れる私。

在

母を失望させたことも死なせたことも

夫をしあわせにできないことも

こどもたちにおいしいご飯を三度食べさせてあげられないことも

だれかをひどく傷つけたことも

痛みや言い尽くせないきもちのままに

膝が黒くなっていくことや
皮膚が緩んで落ちていくことと同じように

あるいは日々のくらしのおもしろさや

一緒にいられる、会えたよろこびも

悪いところもいいところも

どちらともいえない変なところも

そのまま私というものの
なっていったものの表れなのです

勲章？
いや、そうではない

もっとそのままに
ただそうあるので
ただそうあらせて

そのままに

みんな晴れ男

砂漠の国のサッカー少年たちが日本にやってきた。

秋も深まりずいぶん寒くなってきたから、せめてお天気がよければいいなと思いながら傘やタオルの手配をした。

バスで移動中に雨が降ってきたけれどグラウンドに着いたら止んでいて、その日は傘の出番はなくてすんだ。

よかったなあと思っていたら、出発時間にまた小雨。ああ。
サッカーは雨でも雪でもやるんだそうだ。
雪の日用には色付きのボールもあると聞いた。

バスに傘とタオルを積んでいたら、なぜか道端で写真を撮り出す少年たち。

「雨は珍しいんですよ」

なるほど、そうか、たしかに。

交流試合のグラウンドに着く頃には止んでいた。

「彼らみんな晴れ男ですから」

たしかに。

髪を切りに

覚えてる限りずっと髪を短くしたかった。

ほんとは憧れは坊主あたま。

あまりにその思いが強いものだから、いつか病気になって髪が抜けるのかなと想像した。それか出家。

たまにトライしても人の三倍ある量とメンテナンスを考慮して結局短めのボブだったり、あからさまな失敗（猿のぬいぐるみ）だったりして安定のストレートが半世紀。

生きてるうちに短くしたいと最近行っている海辺の美容院で相談したら、やっぱりこの量だと無理と言われた。

うん、まあ、私も雑誌やカタログ見る気もしないんだ、これだと思う髪型があるわけじゃないから。
じゃあもういいよ短め前下がりのボブで。

じゃんじゃん切ってるうちに、もしかしたらいけるかも、と美容師が言う。

そっと試みるように鋏が動く。

出来上がった形はどの雑誌にも載っていない、特にいい格好とも言えないショート、だけどすごく気に入った。

私の頭と髪とやりとりしながらたどり着いた第一段階の着地点。

そうなんだよ、そんな風に切って欲しかったんだ。

カタログにゴールがなかったのも、美容師の言うロングから直接ショートは無理も、やっぱりその通りだった。

意味が１本につながった。

また年内に来てくれれば。
美容師が言う。

うんうん、また来ます。