北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

【京都幕間旅情】上賀茂神社,ならの小川畔さくらが咲いた!夏越大祓式を目の前にした社殿の前に桜の花々

2023-06-21 20:23:54 | 写真
■さくら咲く六月の社殿
 さくらが小さいけれども六月の京都に咲いていたといいましたらば信じてくれるでしょうか。

 上賀茂神社、京都を散策していると不思議な出来事というのはよくあるのですが、なにしろこの広い京都で懐かしい人と再会というよりも、居ましたよね、と後で言われたり、まあいろいろあるのですが、こんかいのこの六月の桜花というのは、不思議な経験だ。

 サクラサク。ラブひなアニメ版のOPではない。ちょっと古すぎるか。しかしもっと古い千年以上の歴史を湛える上賀茂神社では、六月に季節外れの桜が咲いていました。イチゴの花では、と疑ってみましたが神社の方曰く、これは季節外れのさくらですよ、と。

 十月桜という、冬に咲くさくらは実際にあるのですけれども、これは普通に春に咲く桜で、春というよりは初夏、まさか桜の季節が熱すぎてそのあと涼しくなったので一年巡った、と勘違いしたなんてことはないでしょう、もちろん満開というにはほど遠いけれど。

 楼門は寛永5年こと1628年の建立なのですが、その朱色の楼門を背景に確かに、割いているのですね。しかしいまはもう六月下旬、遅咲きという事で知られる仁和寺の御室桜も見ごろを過ぎて二か月以上経ちますし、まさか桜の話題をいま時分みることになるとは。

 本殿はその楼門の向こうにありまして、文久3年こと西暦1863年に再建されたものという、吉兆か凶兆か、遅れた補欠合格通知か、参拝の作法とともに何かいいことありますように、ではなく、あれが吉兆でありますように、とも祈るほかないのですけれどもね。

 橋殿こと舞殿と細殿という拝殿に土舎、ここをむすぶならの小川というせせらぎが神域に冷涼かつ水音が雑音を遮る静謐さを湛えていまして、そして幾度かわたる流れとともに複雑な造形美をある種人口の森林が如く醸し出しているのはこの上賀茂神社という。

 ならの小川、式年遷宮を定期的に行います上賀茂神社は常にその歴史を新しく、灰の中から新しい息吹が生まれるように歴史を受け継いでいるのですが、それでも現代史を見ますと、戦後の混乱でかなりの文化財と施設、歴史風土が失われていることを少し考える。

 細殿という拝殿の前には立砂が、これはいわゆる盛り塩という玄関前の厄除けとも縁結びともいわれる全国の風習の原型となったものといい、もともとはこの社殿のご神体である神山を模したものという、その神山の山麓全体が永らく神社の神域であったといい。

 神山の山麓という神域は、広く深泥池もほとりまでを結ぶ広大なものだったといいますが、戦後GHQの占領軍が何故かゴルフ場をこのあたりに建設するといい、多くの古い建物が破壊され、そのご住宅地などの再開発にもみまわれて今に至る現実を思い出させる。

 立砂とともに神山の山麓、その往時の姿を連想してゆきますと、平和憲法、戦争放棄、民主主義、といや民主主義は大日本帝国憲法の時代からあっただろう、と思うのですが、占領軍のものをありがたがる京都の風潮をみれば、ゴルフ場開発もありがたいのかな、と。

 舞殿、ならの小川、少々立砂とともに歴史を思い出し過ぎましたが、この神域は清冽な清水が湧き出ていまして、これは飲むことも出来るのですがなにかほのかに甘みのある、古い水道管による京都の水道水とは違う味わいに、この美味しさから真夏の近さを思い出す。

 夏越大祓式が6月30日の夜にこの舞殿にて執り行われますので、まさに真夏はもうすぐそこ、という厳しい現実を思い出します。たしかに六月の時点でもうここまで暑い、その汗をそっと拭いながら季節外れの桜の花々をまた傍目に愛でながら参拝を終えました。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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【京都幕間旅情】上賀茂神社,梅雨の晴れ間に参拝の社殿は競馬会神事と葵祭経て無病息災を願う茅の輪潜り

2023-06-21 20:00:54 | 写真
■青空と洛北の歴史ある社
 洛北の情景は素晴らしいのだけれどももう熱くなってきたのだなあ。熱いというよりもこれからは蒸すことでちょっと出歩くには勇気ある季節がやってくるのだけれどもね。

 上賀茂神社、天気が良かったのでちょっと散歩ということで歩いたまま上賀茂神社まで巡ってきました、が、そこは京都、六月の梅雨の季節は雨滴に紫陽花、という写真が象徴するようにもう少しじめじめしていても気温だけは低かった気がしたが、気のせい。

 賀茂別雷神社という名が正式という上賀茂神社は京都市北区上賀茂本山の、北大路堀川から散歩で巡っていてもそう時間はかからない立地で、もっともごはん時となりますと堀川通には幾つか心惹かれるお店がありまして、寄り道をすると時間はかかりますが。

 参道は白い砂が敷き詰められていて、いや雪の日には白い砂といっても雪ほどではない、なんていうものだけれども、初夏の日差しとともに青空と緑の木々とともにこの参道を眺めますと、歴意志ある神社、という風格を大事にする風潮が見てとれるようです。

 天武天皇6年こと西暦677年に創建された神社は、平安遷都遥か昔まで遡るという神域なのですが、そのはじまりは神話の時代、神武天皇が当地まで行幸の際、心配した父の彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊が当地に様子見に降臨したため、という伝承により創建された。

 葵祭。そうこの散策は先月に久々の葵祭を撮影できたものの、時間の都合というか交通規制の都合というか体力の都合というか、徒歩で重い撮影機材と脚立を担いではこの上賀茂神社までいくことが出来なかったため、という心残りの整理がその背景にあります。

 茅の輪潜りがとりおこなわれる季節、そうもう2023年も半年を過ぎたところでして、和菓子屋には水無月が並べられる季節、しかし熱くなったり寒くなったり空梅雨の先にいきなり台風が来たり、ちょっとイミワカンナイといいたくなる気候の中の茅の輪潜り。

 無病息災を願う茅の輪潜り、そのご利益のほどはと考えるところですが無病息災といえばどうしても考えるのは季節外れのインフルエンザ流行で、COVID-19の陰に潜んでいた伝統的な流感、しかも夏には予防接種をやるところがほとんどないという状況だ。

 神頼みというわけではないのですが、コロナウィルスの次はインフルエンザで、その危険性は確かに新型ではなく、季節性インフルエンザではあるのですが、怖いとも思う。こうしたなか、まあ、心落ち着けて社殿の歴史を思い浮かべ、そして歩みを進めるのですが。

 山城国風土記によれば、玉依日売が懐妊し賀茂別雷命を生んだことを神社の始まりと記すところがありまして、神話の世界には整合性を超えた何かがあると深く詮索はしません、が、賀茂別雷命を祀る社殿は京都有数の歴史を紡いだ社殿であることもまたたしかです。

 競馬会神事の反省会が行われたこの日。競馬会神事で反省会というのは、ウマ娘のコスプレ出来不出来の検証や、なぜスッてしまったかを次に備えて馬に詳しい新聞などで勉強する事では決してなく、五月五日に執り行われる上賀茂神社の行事に由来するところ。

 賀茂の競べ馬を見侍りしに車の前に雑人立ち隔てて見ええざり、こう徒然草にも記されているところで、賛同の横を勇壮に騎馬が駆け抜ける様子は、脚立を用意して一度しっかり、と思うのですが例年その季節は騎馬よりも戦車の撮影で忙しく、とこれも毎年思う。

 祭事はそう、上賀茂神社といえば葵祭は有名なのですが、実のところその葵祭も数多ある祭事、京都の祭事ではなく上賀茂神社の、祭事の一つというもので、これもCOVID-19からの日常が回帰してこその日常、といえるのでしょうか、次は九月に烏相撲が行われる。

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ウクライナ情勢-旧イギリス海軍サンダウン級掃海艇のウクライナ海軍チェルニヒウ、チェルカースイ再就役

2023-06-21 07:00:53 | 防衛・安全保障
■臨時情報-ウクライナ情勢
 ロシア海軍は5月31日にウクライナ海軍最後の艦艇ユーリオレフィレンコを破壊したと発表しましたが、それは正しくはありません。かつての海上警備隊の様に掃海艇から復活する。

 ウクライナ海軍はイギリスより供与を受けたサンダウン級掃海艇の訓練をほぼ完了させたとのこと。サンダウン級掃海艇は1989年に1番艇が竣工したイギリス海軍の主力掃海艇で満載杯資料は600t、15隻が建造されましたが中古艇エストニア海軍やルーマニア海軍への売却が行われておりイギリス海軍は2022年に退役した2隻をウクライナへ供与します。

 サンダウン級掃海艇のグリムズビーとショアハムが2022年に退役し、ウクライナ海軍はグリムズビーをチェルニヒウ、ショアハムをチェルカースイとして再就役させています。イギリス海軍はサンダウン級掃海艇をまだ3隻現役運用していますがこれらも、2025年までに全廃し、有人掃海艇そのものを廃止し新しい無人掃海システムへ置き換える方針です。

 ウクライナ海軍は現在壊滅状態で、黒海を任務海域とするウクライナ海軍はオデッサなどで温存されているものの出航できないままロシア海軍のミサイル攻撃に曝され、当面ウクライナは水上戦闘艦艇を運用しての反撃を想定していない為、都市防空などに防空部隊を集中しています。ここで、サンダウン級は貴重なウクライナ海軍の新戦力となるでしょう。
■サンダウン級掃海艇
 掃海艇をどのように回航するのかは重要な視点です。

 ウクライナ海軍がイギリスから受領したサンダウン級掃海艇について。その任務の重要性と共にウクライナへ回航できるのかという問題があるようです。現在トルコはロシアが戦争を開始した場合には黒海から外海である地中海へ至る唯一の海峡であるボスポラスダータネルス海峡のロシア及び交戦国であるウクライナの艦艇を航行禁止としています。

 掃海艇のウクライナ海軍配備について、ウクライナ海軍は今後主力産業である穀物輸出を再開する為には黒海にロシア軍が大量に敷設した機雷との戦いが待っています。掃海艇はこの為に不可欠であると同時に海洋法執行をも担うイギリス海軍、30mm機関砲を備えたサンダウン級は哨戒艇としての用途があり、将来の停戦後にはその任務も期待されます。

 ボスポラスダータネルス海峡の封鎖はローザンヌ条約とモントルー条約に基づくものであり、イギリス近海で訓練を受けている旧サンダウン級掃海艇チェルニヒウ、チェルカースイについてもその適用が想定されます。海峡は最狭部で800m、ただ、黒海に入ればロシア巡航ミサイルの標的となる懸念が有り、今後の旧サンダウン級運用に関心は尽きません。

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