■自衛隊装甲化の立役者
自衛隊を代表する装備、自衛隊が異世界を侵略するアウトブレイクカンパニーなどの作品でも描かれイラク派遣では世界中にその様子が報じられた装備が軽装甲機動車です。
陸上自衛隊の軽装甲機動車は運用開始から20年以上を経ており、実はその大量配備開始当時に北大路機関が創設されたものですので親しみある装備の一つなのですが、初期の車両についてはそろそろ老朽化、耐用年数というものを考えなければならない時代なのかもしれません。そしてその製造は2017年度を最後に生産終了となっているのです。
イーグルとハーケイ、防衛省は2022年に軽装甲機動車の後継装備品、というものの提案書を防衛産業各社に要求し、三菱重工業と丸紅エアロスペースがこれに応じました、そして三菱重工業はタレスオーストラリア社のハーケイ軽装甲車のライセンス生産を、丸紅エアロスペースはスイスのモワク社製イーグルⅣ装甲偵察車をそれぞれ提案しています。
ハーケイもイーグルも、共に悪くない装備ではあると思うのですが、大きさと重さを見ますと軽装甲機動車のようにCH-47輸送ヘリコプターでは空輸は難しい、イーグルについては7.6tでぎりぎり可能か。また取得費用もかなり高いもので、これを軽装甲機動車のように十数年間にわたり毎年100両以上調達することは可能なのだろうか、と思うのです。
軽装甲機動車、陸上自衛隊といえば装甲化が遅れている、というこれは1990年代までの通説で、長らく普通科連隊の装甲車といえば北部方面隊の第3普通科連隊、第11普通科連隊、第18普通科連隊、第27普通科連隊を除き、連隊本部に一両配備されている82式指揮通信車だけという時代が続いていた状況を全国へ大量配備により一転させた装備です。
第3普通科連隊、第11普通科連隊、第18普通科連隊、第27普通科連隊、この普通科連隊に装甲車が集中配備されていたのは冷戦時代にソ連軍侵攻の脅威を直視し戦車部隊を重視していた北部方面隊が、隷下の第2師団と第5師団に第7師団と第11師団に戦車部隊と連携する装甲化された普通科連隊を一つだけでも必要だ、という構想で置かれたもの。
普通科連隊は40個以上ありますので、変な話で毎年2個普通科連隊所要の装甲車を調達した場合でも20年間連続調達しなければなりません、一個普通科連隊を装甲化するには普通科中隊が4個乃至5個あり、各普通科中隊には14両は装甲車が必要です、しかし自衛隊の73式装甲車は生産数が350両、しかも装甲車は戦車連隊本部などにも必要な装備だ。
自動車化も遅れていた、今でこそ高機動車により普通科部隊は自前の長距離移動が可能ですが、これも高機動車が配備される1992年以前は連隊の本部管理中隊にある輸送小隊が10両程度の大型トラックを装備していて、大型トラックは24名の普通科隊員を輸送できますが、これで不足する分は師団輸送隊のトラックの増援を受け漸く移動ができました。
軽装甲機動車は、普通科部隊をすべて装甲化させる目的をいったん棚上げして、第4中隊だけでも装甲化させるという念頭、また一個小銃班を二つの車両に分乗することで、機械化部隊のきめ細やかな分散運用と集中運用を両立させるという発想で研究され、フランスのVBL軽装甲車とドイツのウィーゼル空挺装甲車を参考としたうえで装輪型を開発した。
01式軽対戦車誘導弾が開発されていた時代、普通科部隊の移動が徒歩では重量のある戦闘防弾チョッキと合わせて01式軽対戦車誘導弾の重量は大きすぎ、その機動展開に用いる手段としても軽装甲機動車は採用、量産開始の当時には陸上自衛隊は普通科連隊に特科大隊と戦車中隊や施設小隊を配属させる連隊戦闘団編成を採用し、これに合致していた。
連隊戦闘団は2000名規模、普通科連隊に14両の74式戦車とFH-70榴弾砲10門、これに79式対舟艇対戦車誘導弾4セットと連隊固有の120mm重迫撃砲16門に81mm迫撃砲16門と87式対戦車誘導弾16セット、91式携帯地対空誘導弾が8セット、ここに軽装甲機動車が17両配備されたものですから、まあ、形の上ではまずまずの装備水準といえる。
高機動車については、しかし今も生産が続いていますので、古い高機動車を新しい高機動車で置き換える事ができます。ただ、今回論点とします軽装甲機動車についてはもう製造が終了しているため、後継車両を考えなければ普通科部隊の限られた装甲車両がなくなってしまいます、そう限られている、度重なる防衛大綱改訂でもう連隊戦闘団は見る影も。
重装備の劇的な削減、そして2022年までは地域配備師団と地域配備旅団は機動運用に対応しないとの想定でしたが、2022年国家安全保障戦略の確定によりこれらの師団と旅団、戦車も即応機動連隊も持たない部隊も機動運用に対応させる決定が為されましたので、軽装甲機動車の後継車両については重装備を補う重責もまた、担わなければなりません。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
自衛隊を代表する装備、自衛隊が異世界を侵略するアウトブレイクカンパニーなどの作品でも描かれイラク派遣では世界中にその様子が報じられた装備が軽装甲機動車です。
陸上自衛隊の軽装甲機動車は運用開始から20年以上を経ており、実はその大量配備開始当時に北大路機関が創設されたものですので親しみある装備の一つなのですが、初期の車両についてはそろそろ老朽化、耐用年数というものを考えなければならない時代なのかもしれません。そしてその製造は2017年度を最後に生産終了となっているのです。
イーグルとハーケイ、防衛省は2022年に軽装甲機動車の後継装備品、というものの提案書を防衛産業各社に要求し、三菱重工業と丸紅エアロスペースがこれに応じました、そして三菱重工業はタレスオーストラリア社のハーケイ軽装甲車のライセンス生産を、丸紅エアロスペースはスイスのモワク社製イーグルⅣ装甲偵察車をそれぞれ提案しています。
ハーケイもイーグルも、共に悪くない装備ではあると思うのですが、大きさと重さを見ますと軽装甲機動車のようにCH-47輸送ヘリコプターでは空輸は難しい、イーグルについては7.6tでぎりぎり可能か。また取得費用もかなり高いもので、これを軽装甲機動車のように十数年間にわたり毎年100両以上調達することは可能なのだろうか、と思うのです。
軽装甲機動車、陸上自衛隊といえば装甲化が遅れている、というこれは1990年代までの通説で、長らく普通科連隊の装甲車といえば北部方面隊の第3普通科連隊、第11普通科連隊、第18普通科連隊、第27普通科連隊を除き、連隊本部に一両配備されている82式指揮通信車だけという時代が続いていた状況を全国へ大量配備により一転させた装備です。
第3普通科連隊、第11普通科連隊、第18普通科連隊、第27普通科連隊、この普通科連隊に装甲車が集中配備されていたのは冷戦時代にソ連軍侵攻の脅威を直視し戦車部隊を重視していた北部方面隊が、隷下の第2師団と第5師団に第7師団と第11師団に戦車部隊と連携する装甲化された普通科連隊を一つだけでも必要だ、という構想で置かれたもの。
普通科連隊は40個以上ありますので、変な話で毎年2個普通科連隊所要の装甲車を調達した場合でも20年間連続調達しなければなりません、一個普通科連隊を装甲化するには普通科中隊が4個乃至5個あり、各普通科中隊には14両は装甲車が必要です、しかし自衛隊の73式装甲車は生産数が350両、しかも装甲車は戦車連隊本部などにも必要な装備だ。
自動車化も遅れていた、今でこそ高機動車により普通科部隊は自前の長距離移動が可能ですが、これも高機動車が配備される1992年以前は連隊の本部管理中隊にある輸送小隊が10両程度の大型トラックを装備していて、大型トラックは24名の普通科隊員を輸送できますが、これで不足する分は師団輸送隊のトラックの増援を受け漸く移動ができました。
軽装甲機動車は、普通科部隊をすべて装甲化させる目的をいったん棚上げして、第4中隊だけでも装甲化させるという念頭、また一個小銃班を二つの車両に分乗することで、機械化部隊のきめ細やかな分散運用と集中運用を両立させるという発想で研究され、フランスのVBL軽装甲車とドイツのウィーゼル空挺装甲車を参考としたうえで装輪型を開発した。
01式軽対戦車誘導弾が開発されていた時代、普通科部隊の移動が徒歩では重量のある戦闘防弾チョッキと合わせて01式軽対戦車誘導弾の重量は大きすぎ、その機動展開に用いる手段としても軽装甲機動車は採用、量産開始の当時には陸上自衛隊は普通科連隊に特科大隊と戦車中隊や施設小隊を配属させる連隊戦闘団編成を採用し、これに合致していた。
連隊戦闘団は2000名規模、普通科連隊に14両の74式戦車とFH-70榴弾砲10門、これに79式対舟艇対戦車誘導弾4セットと連隊固有の120mm重迫撃砲16門に81mm迫撃砲16門と87式対戦車誘導弾16セット、91式携帯地対空誘導弾が8セット、ここに軽装甲機動車が17両配備されたものですから、まあ、形の上ではまずまずの装備水準といえる。
高機動車については、しかし今も生産が続いていますので、古い高機動車を新しい高機動車で置き換える事ができます。ただ、今回論点とします軽装甲機動車についてはもう製造が終了しているため、後継車両を考えなければ普通科部隊の限られた装甲車両がなくなってしまいます、そう限られている、度重なる防衛大綱改訂でもう連隊戦闘団は見る影も。
重装備の劇的な削減、そして2022年までは地域配備師団と地域配備旅団は機動運用に対応しないとの想定でしたが、2022年国家安全保障戦略の確定によりこれらの師団と旅団、戦車も即応機動連隊も持たない部隊も機動運用に対応させる決定が為されましたので、軽装甲機動車の後継車両については重装備を補う重責もまた、担わなければなりません。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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