BUZ LIFE

毎度ご乗車ありがとうございます。

人生で一番ともいえる幸せを感じた瞬間であった。

2018年10月30日 | Weblog

まだ、大学生1年の頃、短期のアルバイトでバス会社に通っていた。
長時間勤務となることもあり、特別にその期間だけ、運転手と同じ社員食堂を利用させてもらっていた。
気さくに話しかけてくれる運転手も多かったからか、不思議と疎外感はなく、与えられた休憩時間を使っての食事を私は楽しんだ。
ふと、窓の外を見れば、バスがずらっと並んでいる。そこで、運転手と一体となって食事をとる。
なんか、この上なく充実していて、とても満たされた気持ちになったことを今でも鮮明に覚えている。

彼らの仕事は早朝から夜遅くまでの不規則な勤務で、楽なものではないことは、素人目でも分かった(つもりだ)。
だが、そんな中でも、暗い雰囲気はなく、多少の不平不満は聞かれたものの、バスの運行について特段の大きな問題があるようには到底感じられなかった。
大手である、運行管理に粗漏はないだろう。

今般、家の近所で発生したバスの事故については、本当に痛ましいものだ。
恐らくは、不慮の事故であり、本来起こるはずのものではなく、何か突発の事象により避けられがたいものであったものだろう。
とはいえ、一日も早く、事故の原因が究明され、再発防止策がとられることを願ってやまない。

私はただの伯父さんなんだ

2018年10月30日 | Weblog

すっかりおしゃべりな甥っ子。
いろいろな疑問は余すことなく聞いてくるので、答えるのも必死。家にいるときは、黙っている時間の方が少ないのではないかと思われるほど、ずっとしゃべっている。

先日の日曜日もお出かけのことを教えてくれた。伯父ちゃんとではなく、本当のパパとのお出かけ。訳あって、今は別々に暮らしており、会うのは1か月に1回程度。
うちの近所で一緒に遊んできたようで、「パパと遊んできた!」と元気な声で帰ってきた。

”パパ”がどんな存在か、本当は家族の一員であり、血がつながっていて、毎日一緒に暮らして、ということをおそらくは知らないだろうけど、”パパ”という言葉がなんかとても力強く聞こえた。
久々にわずかな時間あっただけであったが、やっぱり、何か感じるものがあるのかもしれない。
帰ったとき、別に悲しそうな風ではなかったが、伯父ちゃんに背を向けて遊ぶ姿に、やはりこの子とは、本来一緒に暮らすはずではないということを痛感させられたし、とても悲しい気持ちになった。

それでも、甥っ子は伯父ちゃんに非常になついてくれていて、毎晩会社から帰ると、いろいろお話をしてくれる。
それはそれでとてもかわいく、今はまあ、この歪な暮らしでもまあ、いいかなって思うと同時に、そろそろ大人になっても子供のころの記憶が残っていてもおかしくない年齢である、伯父ちゃんとの記憶は限りなく少ない方がいいのかな、とも思ってそれはそれでまた、何ともむなしく感じることだ。

せーと目線!

2018年10月28日 | Weblog

私は、そしてその他全員、当時は仕事をする上で、生徒のことしか考えていなかったと思う。
いかに生徒を成長させられるか、それに尽きる。
私も試行錯誤、あらゆるアイデア・体力を結集させて生徒の未来を切り拓いたつもりだ。

修善寺に当時の同僚が10名以上集まり、一夜を共にした。露天風呂で全員が揃って入る姿は、ある意味壮観。
一つの目標に向かって行動したからか、たった1年しかともに時間を過ごせなかったが、再会してもとても懐かしく、居心地のよい時間を過ごすことができた。

翻って、今の仕事、私は一体何を目指しているのか。みんなと一つの目標を共有できているのか。
いつかみんなが離れ離れになった際、あの頃は、と思い出話を咲かせられる関係性が築けているのだろうか。

普段のオフィスでは、そこまで考える必要はないのかもしれないが、そうやって考えることで、ひょっとしたらもっと充実した会社生活が送れるのかもしれない。

みなさん各社でご活躍のご様子、プライベートも充実しているようで、自分ももっと、頑張らないといけないな、と思わされた。

私はそれでも幸せだった。

2018年10月22日 | Weblog

と、本当に言えるのか。

結局、その後1回も会わず、こちらからさようならを言って、それに対してもノーコメント。私は一体、何をどこまで信じればいいのか、最後まで分からなかった。

でも、いろいろ応援してくれて、アドバイスをくれて、うまくいったときは一緒に喜んでくれた。
そのことについて、自分はとても嬉しかった、と、素直に伝えることができた。あまり自分が話題の中心になることはなかったので、そうなったらそれはそれで居心地が悪かったのだが、一応一定のインパクトを与えることができたのは、まあ悪くはなかったのかもしれない。

結局はうまくはいかなかった。そのことについては申し訳ない(本人に対しても)と思う。
開けっ広げな会である、もし自分がうまくいっていれば、どんな夜を過ごしたか(どうやって彼女を抱いたか)について本当は根掘り葉掘り聞きたかったらしく、そのことについて答えられるエピソードを作れなかったことについても申し訳なかったと思う。
終盤、全員グレープフルーツサワーが止まらなくなった。確かに甘くておいしいグレープフルーツであった。最後はそんな思い出にいっそ塗り替えてしまおう、これを機に。

祝うのは、100歳のお誕生日

2018年10月20日 | Weblog

士別という土地を初めて訪れた。北海道は旭川からさらに北上した位置にある人口2万に満たない小さな市だ。
目的は、士別軌道が運行する1982年に製造された古い日野製のバスに出会うため。期間限定で土日も運行されるとのことで、当地を訪問したのだ。

秋晴れの当日、9:40の出発時刻には、総勢20名弱の客が乗り込んだ。今日が期間限定の最終日ということで、多くのファンとともに地元の新聞社まで取材に入る盛況ぶり。
サングラスをかけたドライバーも、普段は閑散とした車内なのだろう、なんだか嬉しそうである。我々も思い思いの場所に座って、風連駅を目指す。

35年以上も走り続けてきたご老体とは思えないほど、快調に道を走って行くが、2018年の現代を駆け抜けるこのバスは、とても示唆的である。

このバスに乗るためにはわずかな現金(あるいは回数券)さえあればよい。乗ってしまえば向かう先は同じで、また着く時間も同じ。誰かを抜いたり抜かされたり、そんなことは一切気にしなくて良い。没個性が完全に認められ、保証されている空間は、とにかく独創性や個性が求められる何とも落ち着かない現代にとっては、とても貴重なもののように思われる。

だからこそ、車窓に写る広い秋晴れの青空と、紅葉し始めた木々は、一層美しいものとして目に飛び込んでくる。
ここで紡ぎだされる言葉や、生み出される数式の定理は、AIやスーパーコンピューターからはじき出されたものより、きっと人間的で美しく、心に響くものだろう。

何より、35年以上の経年車とは思えない快適さである。手元のスマホでさえ5年ともたない中、ものを大切にするという基本原則を改めて思い知らされる。
ドライバーからも「その辺のバスよりも癖がなく、とても操りやすい。走行距離も10万キロに満たず、交換部品も手に入りやすく、まだ走りそう」とのご発言があった。

風連駅で折り返し、士別軌道の本社に戻る。「来年は弊社の100周年。このバスを使ってのイベントも何かあるだろう」と、とても頼もしいことを語っていた。
この会社の100周年のみならず、このバス自体の100周年も、見届けたいものだ。

子供3人と銀座でランチ

2018年10月09日 | Weblog

以前、ゼミの飲み会で騒いだしゃぶしゃぶやの銀座の別の店舗。
個室が取れたので、ここにした。

12人の個室の中に9人。うち3人は8か月、1歳、3歳の子どもだからスペースは余裕。
8か月と1歳は、同じ学年になる予定の女の子。今日が初対面。おそらく本人同士はわかっていないだろう。母親同士も初対面。
3歳はうちの甥っ子。2年前はこんなに小さかったのか、と2人の女の子をだっこして実感。とーっても軽々持ち上がり、ピタッと体を寄せてくる。かわいくて仕方ない。
2人ともちょうど人見知りの時期ではないようで、泣かずに大人しくしていてくれた。
うちの甥っ子もかわいい(というか、やはり1番かわいい)。騒ぐでもなく、いつも通り大人しく座っている。ところどころ、「自分は3歳」と自ら積極的にしゃべる場面も。持ってきた連接バスもしっかり見せていた。

店から追い出されてしまったので、2時間くらいしか一緒に過ごせなかったが、とっても幸せを感じられる空間であった。

自分もいつか、と思うけど、全ての案件が暗礁に乗り上げ、お先真っ暗な状況。人を信じられなくなるくらい。
早急な立て直しが必要で、でももう閉じこもりたいから、今週末の北海道旅行は、おそらく携帯はほぼ電源入れないで過ごすのだろう。
先週買った文庫本だけがお友達。

カーネギーとともに、仕事をしてみよう。

2018年10月01日 | Weblog

この土日、気になる本があり、一気に読み切って仕事に行く。

その本の内容はいかに人を動かすか。

結局、人はプライドを傷つけられることをとても嫌い、逆にそれを高めるような刺激を与えると、こちらの味方になるらしい。
また、
・まずは相手の話を聞くこと
・自分がしてほしいことを相手にすること
・命令せず、自ら選んで行動したと思わせること
・議論で打ち負かしてはいけない

など、まあ聞けば当然、と思えるようなことが書かれていたが、いざやはり意見を対立させる人を目の前にすると、実際に自分がどれだけこれらが出来ているか。

今日は、そっと冷静に自分を見つめてみたが、分かっていてもやはり難しい。つい、自分の言いたいことを言ってしまいそうになる。
明日もまた、カーネギーとともに、仕事をがんばろう。