BUZ LIFE

毎度ご乗車ありがとうございます。

2007年

2007年12月31日 | Weblog
もう、終わりか、という感じ。

他人にいろいろ迷惑をかけてしまったと思うが、自分と付き合ってくれた人に心から感謝申し上げたい。

ありがとうございました。

来年もよろしくお願いします。

日記。

2007年12月31日 | Weblog
今年ももう終わり。

突然だが、実は毎日、日記を書いていた。手帳に。一日のざっとした流れを時間と共に記し、内容を文章で。

流れは割りと細かく、夕食は家だったのか、外だったのか、外なら場所と店はどこだったのか、毎日分かるようになっている。

起きた時間と、寝た時間も。昼寝した時間もだ。

文章は細かい字で書き、毎日600~700字くらいになっている。

だから数分で終わるような日記ではなく、結構時間がかかる。

書かれている内容は大したことないかもしれない。まあそれはそれでもいい。いつか、将来、再び日記を開いたとき、ああ、このときはこんなことしていたんだ、こんなこと考えていたんだ、と楽しめないこともないだろう。

そして、毎日700字分、何かをして、何かを考えなくてはいけない。何もせず、何も考えなければ、何も書けない。

だから、日記は毎日を有意義に過ごそうというインセンティブを与えてくれる。毎日欠かさず埋めてきた。空欄一切なし。時にはあまりにも多くのことが一日でありすぎて、欄外へ。一日として、空虚だった日はなかったと、並んだ文字が証明する。他人からすれば、どうでもいいことばかりかもしれないが。

稚拙な文章だ。読み返して、嫌になることもある。しかし、それでもまあ、捨てずにおいておこう。365日、何かをしてきたんだから。

あ~あ、

2007年12月30日 | Weblog
やられたかも、完全に。

これは千載一遇のチャンスだと自分に言い聞かせ、自分でも驚くほど大胆な・・・違うか、計画的な・・・でもなく、醜い・・・いや言い過ぎだ、とにかく、普段とは異なる行動をとり、傘を置きに戻った。雨はあがったから。ちゃんと理由はあったもんね。

小さい、その姿を見つけ、声をかけ。疲労が余計な考え、躊躇をおとなしくしてくれることに感謝する。一瞬、雲がかかった。ほんの一瞬。でも、やはり傘は必要なかった。

普段はすいているのに、阻むように混んでいる店内。せっかく、遠くまで歩いてきたのに。歩いてもらったのに。しかし、あとから取って付けたような、端っこの席に落ち着けた。

落ち着いて、時間が飛んだ。

ちなみに、今まで乗ったことある国際線の会社は

JALウェイズ、キャセイパシフィック、中国北方航空、中国南方航空、日本航空、全日空、ノースウェスト、サウスウェスト、スイスインターナショナル、アリタリア、エジプト航空、シンガポール航空、アロハ航空。

この中で、お気に入りは?

あなた。

違うか。

とりあえず、ライアンエアーはCheck it Out!

3時間。NRT→SHEのCZのフライトと同じだ。3分に感じたけど?



携帯を持つ手が、不覚にも、震えた。用事があれば、と。ないだろうけど。こちらからも。

その後、考えた。

人の魅力って何だ?自分の魅力って?他人に自分をよく魅せる、その力。

疲労がさらに、蓄積され、考えるに及ばなかったが、でも、なかったのでは、と、結論だけが刻印された。




そして、あくる日、その笑顔に魅せられた。あぁ、これが魅力か。

クリスマスイブは

2007年12月30日 | Weblog
バイトしてみた。

点検あわず、2時間無駄に残業。よりによって、クリスマスイブにこうまで合わなくなることもないのに、といったほどであった。地面にはいつくばってまで、間違いを発見しようと努めたが、結局分からず、退社した。

それが、まだ夕方だったんだな。12時間近く会社にいたのに、まだ夕方。これがもう23時とかになって、あーあ、店はどこも閉まっちゃったね、ってことになれば、立派にクリスマスをやり過ごすことができたんだろうけど、まだ夕方。

ロンリークリスマス?

いや、回避。しかも、これぞ、正しいクリスマスイブの過ごし方、といような内容で時間を過ごせたので、大満足。世の中、大半の人がクリスマスイブの過ごし方を間違っている、自分は、自分たちだけは、正しい道を歩んだ・・・。

夜の1時過ぎに、みなとの見える丘公園で夜景を見、ベイブリッジ(のしたの一般道路)を環境に優しい車で走り・・・ロストのDVDを朝5時過ぎまで観て・・・、でも僕は大満足だったよ。

ちゅごくちゅーごく!~中国江南地方旅行最終日

2007年12月30日 | Weblog
ついに中国旅行最終日。3時間睡眠で朝7時に起床するが、意外と眠くない。

帰国日だが、フライトが午後のため、午前もがんばって観光。河坊街という観光地に行く。清の時代の街並みを再現したところで、お茶の店やら、装飾品の店やらが両側に並んでいる。歩行者天国なので、車を気にすることなく、とおりを歩くことが出来る。

朝からでも多くの観光客でにぎわっており、テンションがあがる。中国はどこに行っても人が多い。さびしがり屋の自分にはありがたいが、彼らが日本のシャッターどおり商店街なんかを見たら、きっとびっくりするだろうな、と。

バスに戻る。ちょうどカメラマン兼ガイドアシストの人がいたので、一緒に写真を撮る。この人、仕事で、というより自分たちのツアー客とともに旅行を楽しんでいる、といった印象が強く、ツアー客とかけっこしたりなんかもして、なんか見ていて楽しい。もちろん、写真にも笑顔で一緒に写ってくれた。

5日前に降り立った杭州の空港にバスで向かうが1時間もしないうちに12時前には到着してしまった。フライトは13:40発NH930便成田空港行き。時間が少しあるので、小銭処理をしようと、ターミナルのみやげ物屋を物色するが、中国の物価とはかけ離れた、外国人向けの高額商品しか置いておらず、何も買うことは出来なかった。

仕方なしにイスに座って、時間をやりすごしているうちに搭乗開始となり、飛行機に乗る。ボーディングブリッジから機体を見ると、塗装は確かに全日空そのものだが、Air Japanの表記が見つけられた。全日空の子会社のはずだが、このフライトは委託されたものだろうか。この点に関する説明は特にされなかったのでひょっとしたらそのまま全日空によるものだったかもしれないが、クルーさんが往路と少し雰囲気違ったような、違わないような・・・。

あっという間の3時間のフライト。旅の疲れと寝不足とで、ほとんどを寝て過ごし、あっという間に到着。隣の友人は元気に映画を観ていたが。

成田に到着して、ターンテーブルで荷物を拾い、税関を抜け、バスのチケットカウンター前へ。たまプラーザ行きは30分前に満席の表示。どんだけ人気なんだろう・・・。自分は18:50発の横浜YCAT行きに乗車。計32名が集まり、こちらもなかなかの盛況。チケットカウンターで渋滞のためアクア経由で2時間程度、といわれていたが、途中で渋滞解消されたのか、そのまま湾岸線へ突っ込み、見事1時間40分で横浜に到着した。毎度思うが、横浜への移動はバスに限る。

こうして、相当充実した中国旅行は幕を閉じたが、素晴らしい旅行として心に刻まれたのは言うまでもない。同行者、ツアー客、ガイドなど様々な人的要素に恵まれ、きっとこのひとたちとでなければ、楽しさも、八掛けくらいにはなっていたのではないかと思うほどであった。謝謝。

さよなら、またね

2007年12月16日 | Weblog
という題名の絵本を読んだ。

20歳過ぎの男だって絵本を読む機会、ゼロじゃないんだな。

内容としては、主人公のクマと、その友達のクマは毎日遊んで仲良し。いつも帰り際には「さよなら、またね」と言い合って別れる。でもある日、いつものように主人公のクマが「さよなら、またね」というと、友達のクマは「さよなら」としか言わなかった。なんでかな。そう思いながら家に帰ると、友達のクマの母親が家に来て、明日家族で引っ越してしまうという。「だからか」もう”また”遊べることはないのだ。主人公のクマは家でゴロンとして、どうしたものかと考え悩んでしまう
。はっと名案が浮かんで、手紙を書くことにした。自分と友達の似顔絵を添えて。しかし、次の朝、主人公のクマは寝坊してしまう。「大変だ!」急いで駆け出して、友達のクマの列車になんとか間に合う。友達のクマに手紙を渡せたのだ。

そこで絵本は終了した。と、思ったら絵本の持ち主に「ちゃんと背表紙も見て!」何かと思って本を裏返しにしてみると、絵が描かれている。友達のクマからの手紙を受け取って飛び上がって喜ぶ主人公のクマ!

なんてことはない、単純な話だが・・・泣くところだった。まず、クマの絵がとてもかわいい。そして、本当に仲良しのクマが別れ別れになってしまう・・・。両開きいっぱいに、主人公のクマが悲しそうに家で洋服にくるまったりして悩む姿がいくつか描かれている。背表紙の、本当にうれしそうに飛び跳ねる手紙を持った主人公のクマ。

なんか、こういうお別れ系、だめなんだよな・・・。三丁目の夕日や、手紙などの映画で一切泣けなかったが、たった5分で読める子ども向けの絵本は一気に自分の感情を揺さぶった。

思い出すのはその昔、自分が幼稚園くらいのとき、NHK教育テレビで夕方あたりに放送されていた歌。少女が電車で山に遊びに行く。そこで出会った寒そうにしているタヌキ。少女はかわいそうに、と自分の手袋を着せてあげる。春、温かくなって、タヌキは少女に手袋を返そうとするが、少女は来ず、タヌキは少女に手袋を返せない。こんな内容の歌で、何度泣いたことか。タヌキの悲しそうな表情と、歌の暗いトーンとが涙腺を緩ませた。いま、この内容を書いているだけで不覚にもまた泣けてくることだよ・・・・。

共通するのは、とにかく動物絡み、弱いのかも・・・。

無駄に高い。

2007年12月15日 | Weblog
4300円
2500円
3400円
1500円

11700円が1夜で渋谷へ吸い込まれた。

2時間と言われつつ次の予約の人が早く来たと言われ、2時間前に追い出される代わりに10パーセントひいてもらったのに4300円。

ギネスビール1杯とピーナッツ頼んだだけなのに、2500円。コートかけ代とか含まれてたのかな。

1時間しかいなかったのに3400円。うどん一本300円くらいの計算。

ビール1杯と切り干し大根のお通しで1500円。隣の人が500円しか出さなかったからマイナス分を埋めてみた。



飲んだわけだが

2007年12月10日 | Weblog
先日はサークルの同期飲み。店を予約したのは自分だから、集合前から落ち着かなかった。予約抜けてたらどうしよう・・・心配性なのは昔から変わらない。

終始右寄りに位置した1次会。それなりにアルコールを摂取し、楽しい気分になってしまった。

2次会はテンションが場違い、はなはだしい。まあでも抑えることができず。共にいる人々と同じ時間・話題を共有し笑っていることがこんなにも楽しいこととは。軽々しく口にする言葉ではないが、「幸せ」ってこういうことをさすんじゃないか。

しかし、一つの感情に没頭できないのも昔から変わらない。旅行を楽しんでいても、残っている宿題が気になる。映画を観ていても、ひょっとして違う映画の方が面白かったのではないかと後悔する。

このときも同じ。あぁ、この感覚が失われたら、それはどんなに悲しいことだろう。考えずにはいられなくなった。そしてこの可能性が非常に高く感じられたので、もうその感情を自分で殺すしかなくなった。表を消せば裏もなくなる。

とある小説で主人公の母親が、子どもの主人公を残して失踪した。彼女の主張は確かこうだ。「私は非常に幸せ。幸せすぎて、これを失うのが怖くなった。だから私は幸せのもとから自らいなくなった」

この母親の気持ちが痛いほど分かるような気がした。

そして、もう一つ。やはり、まだ傷は癒えていないのだ、と。もう、近くにはいれない。また、やられる、と。いや、ワタシマケマシタワ。弱いよね、自分。

「明日、バイトがあるから」

半分事実、半分言い訳だった気がする。


ちゅごくちゅーごく!~中国江南地方旅行4日目

2007年12月08日 | Weblog
そんなわけで中国旅行も半分があっという間に過ぎ、4日目に突入。

最初に六和塔に行く。高さ100メートルくらいはあるだろうか。その中に登るが、中は階段がない。上に上がると杭州市内を一望できるのだが、1つ気になるものが目に飛び込んできた。

一直線の道路。それも横幅がかなりあり、大きな川と垂直になるように伸び、端っこは川ぎりぎりまで来ているようだ。周りに大きな建物がなく開けており、ひょっとして飛行機の離発着用かな、とも考えられる。民間用ではなく、軍事用。

次に茶葉博物館に行く。館内では葉をすりつぶす器具が展示されていたり、パネルでお茶に関することが解説されていたりしたが、最後には試飲の時間も。一部屋に15人くらいが集められ、一人の係員が日本語でお茶をいれながら説明してくれる。一葉茶やジャスミン茶などを、小さなおちょこくらいの大きさの入れ物で飲むが一葉茶が非常に苦い。しかし不思議なことに二口、三口と飲むにつれ、苦さがなくなり甘さも感じられるようになる。きれいなお姉さんの上手な日本語を聞きながらの試飲はあっという間に終わってしまった。

午前中最後の観光地は黄龍洞。「縁」と赤字で大きく書かれた岩がある。ほかのツアー参加者はグループごとに仲良くその前で記念撮影をするのだが、自分たちはすこぶる仲が悪いので、岩の前で取っ組み合いながら記念撮影・・・。

ツアーの参加者、4日目ともなると毎日同じ顔を合わせ一日の大半を一緒に過ごすので仲がよくなってきた。

昼食はまた円卓で食事。8~9人ごとに分かれるのが、顔ぶれが固定されてきた。最初のうちはいろいろなグループが入り混じっていたが、この頃になると、「こっち、こっち」と手招きされ同じ顔ぶれの円卓に招かれる。

自分たちが所属したグループは若い夫婦2組と女性2人組、そして自分たち3人組み。出会ってまだ数日だが、みんな1つも目標に向かって懸命だった。そう、「完食」大概の円卓は、出される食事の量が多く食べきれないのだが、この円卓だけは明らかにその量が少ない。そしていつしか、これ全部食べれるんじゃね、みたいな雰囲気になり・・・この昼食で初の目標達成。食事の最中は異様な雰囲気に包まれる。量の多い野菜炒めが出されると、うわ、これいけるのかよ・・・と考えつつ箸を止めない。止めれない。そして白くなった皿がどんどん積み重ねられ・・・全ての皿がそうなったとき、思わずみんなでその前で記念撮影。いや、楽しい食事だわ。

午後は、西湖を遊覧船でまわる。この杭州という都市のシンボル的な存在となっているようで、環境の悪い他都市に比べ、この湖があるおかげで、環境に恵まれた都市として人気が高いそうだ。しかい、正直なところ遊覧船に乗っても特に見所はなく、少々退屈な船旅となってしまった。

続いてその西湖周辺で自由行動となる。地図を広げて、とりあえず湖の周りを歩いて出島みたいになっているところまで歩いてみようと。おしゃれな喫茶店が並び、湖の周りで憩う現地の人が大勢いる。ごみごみして空気の悪い少々汚い中国、というイメージはまったく当てはまらない。

その出島の近くまで来たところで、湖と反対の少し高くなっている山を見て、「人がいる」と一人の友人が。次に「あそこへ行きたい」と。自由行動の時間はそう多くはなく、また少し離れている上、少し山を登らなくてはならなさそうなところを見て、それは無理だと主張するも、そんなのお構いなしに人を引っ張っていってしまう友人である。今回も勝つことはできず、仕方なくそこへ向かうが・・・、そこは「宝石流霞」という杭州の新名勝地であった。階段を駆け上がり、岩を登ると(わりと命がけ)確かに杭州の街並みが眼下にひらけ、いい景色をながめることができた。まあ疲労もすごかったが・・・

集合時間に間に合わせるため、通りでタクシーを拾う。集合場所のホテルの名前を書いて見せても理解してくれない。仕方ないから近くの観光名所の名前を書いてやっと発車。無事に集合時間に間に合ったわけだが・・・


最後の夕食。円卓はもちろんあのメンバーで。目指すはもちろんあの二文字。そして食事が運ばれてくるが・・・、今回もその種類と量は半端なく多く、しかも途中で白米がどかんとのった皿が出され・・・「これはさすがに無理だね」っていう声が。しかし、その声は異様な雰囲気に消されることになり、誰もが黙々と食べ続ける。よく分からない目標のために。そしてよくわからないうちに再び空の皿の前で二回目の記念撮影をしたのだった・・・。あの一体感、一体なんだったんだろうといまだになぞである。旅のいい思い出にはなったが。

食事後、バスはホテルへと向かうのだが、食事したホテルが繁華街にあり、このままホテルに戻るのはもったいない、ということでバスには乗らず、繁華街を練り歩くことにした。さっき円卓で一緒だった女性二人組も交えて、5人で延安路というメインストリートを歩く。やたらケンタッキーが多い。ほかにもブティック店など様々な店の明かりで、非常に明るい。

交差点の角で本屋を発見し、入ってみる。中国で本屋を見るのは初めて。雑誌やら専門書やら、4階分すべてが本で埋め尽くされていた。友人は日本語の参考書を買っていたが、逆にわれわれからすれば中国語を学べることになるのか。自分は地図を購入。そしてガイドブックのコーナーで気づいたが、なぜか日本のそれが抜けている。カナダやイタリアはあるのだが、まだ敵国ニッポン、なのだろうか。

先ほどの西湖まで歩き、運よく噴水のショーを見ることができた。音楽に合わせ高くあがる噴水は見ていて楽しかった。そして近くのスタバへ。ここで1時間ほどみんなで話をする。日本と同じような雰囲気の店内は非常に落ち着き、楽しい時間を提供してくれた。

ホテルへはまたタクシーで。もう中国のタクシーは完全に乗りなれた。いつものようにホテル名の書かれた紙を差し出し、メーターを倒すよう促すだけ。何のトラブルもなく、初乗り200円もしないタクシーは非常に便利。

中国最後の夜は、明け方まで眠らずに続いた。

最長記録

2007年12月03日 | Weblog
混雑したら2時間制限、と言われつつも、幸い客が少なかったようで追い出されることなく…

結局6時間

居座った。1つの店で。

いつのまにそんなに時間が、って感じであっという間に過ぎていった。

一人3400円だったからコストパフォーマンスはいい。
1日の25パーセント
起きている時間の30パーセント超を同じ場所で過ごしたことになる。いや、でも楽しかったからいいか。