羽生結弦選手 絶賛応援ブログ 花になろうよ!

類稀な才能に溢れ、何よりスケートを愛する羽生結弦選手を神格化・偶像化なしで心から真剣に応援し、素晴らしさに注目します!

戦後76年目、平和への祈り~「国立広島原爆死没者追悼平和祈念館」の写真で知る「原爆投下」の真実

2021-05-07 | 羽生選手と日本の未来を応援する!

再UPしておきます。

4月20日:国別対抗戦の番組宣伝での羽生選手の映像とコメントはこちら(UP感謝です) 

羽生選手コメント「日本の選手団、そして、観ている方々の想いとかも、全部ひっくるめて、世界に届くような演技になったらいいなというふうに 思います(笑)」

テレビ朝日公式ツイッターから、羽生選手の国別対抗戦への意気込みを語った映像はこちら

 

←シチズン中国が12:07に出した、羽生選手とのコラボ時計。時を刻み、時を超える。

1年目Origin衣装は、本当はこういう、黒に金が輝く、宇宙に輝く星のような、かっこいい、希望の光、希望の星のイメージが本来のあるべき衣装でした。(でも正反対の悪魔イメージにされたのです。わざとでなければ絶対にそんなことにはなりません。騙し目的の裏アカウント「カモンカモンさとみ」(=伊藤聡美)のウソだらけの演技やファンを愚弄する行為に、騙されないようにご注意下さい。誕生日を昭和天皇の誕生日にまで嘘で設定して羽生ファンを騙して、何がしたいのでしょう?)

プログラムに込めてきた想い、少しでも正確なイメージと真意が、多くの人に伝わると幸いです!

 2021年3月11日:東日本大震災からちょうど10年目の日ですが、なんと広島が、全国でトップを切っての、「桜の開花宣言」の日となりました!こちらの記事より)ちょっと感動ですね!(笑)

本当の「春が来た」ということですけど、本当に様々な意味でも、「春が来る」1年となりますように…! 今までの全てをご存知で、全国に先駆けて、広島で桜を咲かせて下さった天地創造主たる神様に心から感謝します!ハレルヤ♪

 

2021年3月:初掲載が2019年8月15日だったこのページを、再UPします!

黙っていたら決していけない被害というものがある。放置したらいつか必ず、その結果に自分も巻き込まれることになるのです。

2020年8月:原爆投下後、当初は「今後75年は草木も生えないであろう」などと言われた広島。その75年目が、今年でした。この75年間、世界中のどこよりも、切実な祈りと嘆き、涙が積まれてきた場所でもあるかと思います。思い出すのも語るのも辛いはずの中、自分の身を切るようにして、この悲劇の真実を伝えようと生きた人たち、そのことに全ての生命力を注いだ人たち、ただそのためにのみ生き抜いた人たちがいます。いずれ、実際に目撃・体験した証言者たちが一人もいなくなる日が来る… 今でなければならないこと、今しかできないこと、今決してしてはならないこと、というのがある。

 ←まだ寒いけど、「もうすぐ春が来る」というタイミングで咲く、「じんちょうげ(沈丁花)」の花です!「春よ、来い」の歌詞の冒頭に出てきます。

朝日新聞がポッドキャストで被爆証言を音声で残す試みを始めたようです。こちらから

NHK for school 戦後75年特集

このページは、今から約1年半前に初掲載した内容のため、ここのタイトルは最初、「戦後74年」となっていましたが、2021年の今年で、戦後76年になりますので、誤解を招かないために、今回、タイトルを「戦後76年」に変更いたしました。

2020年7月30日: 「黒い雨」訴訟の原告側の想いや事情を取材した記事と番組。被害地域の線引き問題は、福島の原発問題でも、被災地域の補償問題でも生じていたし、人々を分断させていきます。いつの時代も何に置いても、不正の富を狙う一部の人の影響によって、本当に苦しんできた人が泣き寝入りさせられるようなことが多々起きる。

長い苦しみ、何重に重ねられる無理解や誤解や差別や嫌がらせ、何重にもなされる心の傷に耐えられずに沈黙してきた方々や、必死で耐えて行動してきた方々が、少しでも癒されて支えられて生きていける、せめてもの思いやりのある国、社会になりますように、尽力しながらも、既に天に召された方々が報われますように、主イエス=キリストの御名で祈ります!アーメン。

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マスコミ関係者には、使命感をもって真剣に仕事している方々も大勢いらっしゃると思いますが、誠意をもってしっかり使命を果たしてほしいと思います。

既に散々心に傷を負わされて、精神負担を多大に負っている被害者が声を上げると言う行為が、どれほど当人たちにとって精神負担が重くて大変なことか、どれほどキツイことなのかと言うのは、もっと理解されなければならないと、私は強く思います。こちらの記事を読んで。

羽生選手は、ISUスケートアワード2020で、最優秀選手賞を受賞!おめでとうございます!プログラム「ORIGIN」と「SEIMEI」に込めてきた本当の想い、誰よりも真の神様が一番ご存知です!ハレルヤ♪

7月8日追記:On Ice Perspectiveさんが、昨年のスケートカナダEXで「パリの散歩道」を練習着で練習している羽生選手の「最後の映像」を公開して下さいました。羽生選手の想いや心がよくわかるかと思いますので是非ご覧下さい!ツイッター動画はこちら インスタグラム動画はこちら とてもいい、素敵な笑顔ですね…♪ 

2020年7月7日追記: 羽生選手の希望により、Origin衣装に本当は羽生選手が込めたかった想い、紫の意味するところは、このページの記事とこちらの記事で公開中です!  

さらにもう一つの、関連記事のこちらもどうぞ。

「4月21日」の意味との関連もわかるかと思います。「花」がなぜ大事だったか、伝わると幸いです。技術妨害となる「立体装飾花」にされた卑怯なやり口が、どれほど残酷なことだったかも、わかるでしょう。大けがを負って体育教師を2度と出来なくなった「星野富弘さん」のことが紹介してあります。素晴らしい絵をお描きになるからこそ、紹介した私でしたが、わざと怪我につながるような「技術妨害」衣装を仕掛ける人を、もてはやしたり放置することは、私には考えられないほど恐ろしいことですし、信じがたい人権侵害です。

この上のリンク先の内容でもある「国別対抗戦2017」は、羽生選手にとって、この1年後の「平昌五輪」への、重要な意味があった大会でした。

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羽生選手の新シーズンコメント「一生懸命、全力でがんばります!」(日本スケート連盟公式・強化選手プロフィールより)

伝わるべき人たちに伝わることに感謝し、今日まで、この悲劇と真実を伝えようと尽力されてきた全ての方たちに敬意と心からの感謝を込め、そのお一人お一人に、天来の祝福と報いとが大いにありますように…!今日まで本当に真剣に、不屈の情熱とやる気で、信じがたいほどに陰湿で執拗な衣装の妨害、無理解、侮辱、あらゆる便乗利用、怪我と痛みに耐え、乗り越えてきた羽生選手にも天来の報いがありますよう、私たちの主イエス=キリストの御名で祈ります!アーメン。

2020年7月2日追記:2年前の今日、国民栄誉賞受賞した時の羽生選手の一問一答をこちらで再掲載して下さいました!感謝!内容を読めば、羽生選手の考え方や想いやここまでの背景、何を頑張ってきたか、何を目指したか、何を嫌がるか、平昌五輪前からの真実は何かなど、改めて色々わかると思います。余計なプレッシャーには決してなってほしくないし、羽生選手も、国民栄誉賞などを狙ってここまで頑張ってきたわけでは全くなかったのでこの展開には驚いたけれども、ここにくるまでの真実の結果としては、深い意味があったと強く思います。その人に担えない使命を、神様は与えない。「品格ある美しき黒」の仙台平(仙臺平)はとても似合っていましたね! 黒やピンク、紫と一口に言っても、非常に様々な色があり、品を感じる色から安っぽい色まで多様ですし、人によって似あう似合わないもあります、そして例えば、淡い桃色と蛍光ピンクでは、同じピンクと言っても、全く違うものであり、シースルーでくすんだ色の紫と、シルクの気品ある紫、淡く優しい薄紫では、伝わる意味や与える印象、使うのに最適な場などが全く変わってくるのです。

2020年6月10日追記: ToshIさんがさらに証言。感謝です。  次のページもまた映像ごと感謝です。羽生選手ととしさんの膝まづいた丁寧な挨拶は、奇跡の生存被爆者のBさんの最後の姿を思い出し、思わず涙が出ました。羽生選手は深く考えて演技できる優しい人です。

昨年のアイスショーでの羽生選手のコラボの時、羽生選手がどれほど細かいところにまでこだわってリハーサルを重ねているかを証言して下さっています!こちらをどうぞ  こちらは、としさんが「なぜリハーサルなのにそんなに全力なのか」と質問したら、「一生懸命にやることしか能がない」と笑顔で答えたという羽生選手の話。 どちらも、とてもよくわかります。羽生選手、いつもそこまで一生懸命にやって下さって、どうもありがとう…♪ だからこそ、想いが良く伝わるんだと思います…!

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再UPします  

これは、初掲載2019年8月15日のページです。

羽生選手の25歳の誕生日に、何を出すのかはこの時には既に決まっていました。(羽生選手の25歳の誕生日に公開した記事はこちらです!クリック)

Originは、アメリカに抗議するためのプログラムやケンカを売るプログラムでもなければ、日本が間違った優越感に浸るプログラムでもないし、まして、悪魔的なものをキャーキャー喜ぶようなプログラムでも、羽生選手が妄想対象にされるようなプログラムでもありません。

プルシェンコさんへのリスペクトや感謝を込めていますが、ニジンスキーが関係ないことは、1シーズン目の最初から明確に語ってきました。

怪我を誘発する技術妨害装飾を肯定できる理由なんてありません。回転技術の妨害になる大量の立体装飾花をとったら、悪魔的イメージが強調されるだけのシースルーの衣装。そしてわざと胸の谷間があるように見える胸元のカットと装飾。衣装デザイナーが仕掛けたこの異常な「残酷さ」がわからない人は、自分で本当に大けがしない限り、相手の気もちを考えることさえできないのでしょう。

 

プログラムで何をするかなどの決定をしているのは羽生選手です。

羽生選手は自分が「表現したいものが見えること」が好きだったのです。「表現者」としては、当たり前のことです。

それを、陰湿に、執拗なまでに意図的に壊してきた人は誰でしょうか?

 

戦争とは結局、陰湿な犯罪と陰湿な嘘の、積み重ねの上に成り立つもので、「究極の人権侵害」が特徴だと私は思います。

でもこの「人権侵害」は、戦争がなくたって行われています。

誰にも証言できないと思って、昨シーズン、(2シーズン連続ですけれども)羽生選手に対し、衣装による究極の「人権侵害」を強いたのは、他でもない日本側のデザイナーでしたし、全てをあざ笑うように踏みにじってきたデザイナーは、もし私が暴露しなければ、今も平然と続けて、羽生選手の意思に反した、怪我につながる衣装や悪魔イメージ衣装を正当化させ、プログラム破壊と羽生選手の選手生命つぶしにつなげられていたことは間違いないです。

神様が見ているのは、「一人ひとり」の行動ですし、判断が下されるのも、一人一人に対してです。

本当にベストな衣装にして迷惑かけないようにしようと思っている、「普通に誠実な」デザイナーさんだったら、全日本選手権2019まであのような衣装(Origin2年目衣装)が継続されることなど、決してなかったのはもちろん、最初から技術妨害衣装になどなりようもないです。そして、プログラムを変更する必要もなかったことでしょう。

すさまじい陰湿すぎる妨害衣装にも負けずに頑張ってきた羽生選手に、全てを知る神様から、今までになかったような祝福が、試合とは関係なく、試合があるかどうかにも関係なく、今後大いにありますように、羽生選手の自由と意思決定が尊重され、保障されますように、闇は徹底して暴かれ、裁かれますように、主イエス=キリストの御名でお祈りいたします!アーメン。

 

2019年11月4日: 広島に続き、同じく原爆投下の被爆地となった、「長崎」の公式サイトへのリンクも追加しておきます。 

国立長崎原爆死没者追悼記念館 の公式サイトへのリンクはこちらから

追悼記念館の紹介ビデオへのリンク(公式・約3分間) クリックどうぞ

Nagasaki National Peace Memorial Hall for the Atomic Bomb Victims (official website)

English Video tour for the memorial Hall (Nagasaki) Long Version (3 minutes)

Chinese (China)(简体中文)     祈念馆宣传片 长片(3分)

Korean (한국어)     기념관 소개 영상 롱버전(3분)

 

 ※ 施設の公式ホームページへのリンクを複数追加、英語表記を追加しました。

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 初掲載    2019年8月15日

 

2019年8月15日は、戦後、74回目の「終戦の日」でした。

 

 

当時の「大日本帝国軍」の間違った「野望」と、「原爆投下」という結果の 最大の被害者となったといってもよい、広島と長崎の被爆者の方々、当時の残酷すぎる被爆地の惨状を想い、

止めることのできなかった人々の、すべての深い悔い改めと、計り知れないほど深い悲しみと慟哭とを思いながら、

このページを祈りを込めて捧げます。

広島の「平和記念公園」内にある、「国立広島原爆死没者追悼平和祈念館」(長い名前ですが…)

Hiroshima National Peace Memorial Hall for the Atomic Bomb Victims

を、今日は写真でご紹介したいと思います。

こちらが、その日本語の公式ホームページです。「国立広島原爆死没者追悼平和祈念館」(クリックどうぞ)

英語による公式ホームページはこちら。Hiroshima National Peace Memorial Hall for the Atomic Bomb Victims(English)

中国語による公式ホームページ(中文)(Chinese)

韓国語による公式ホームぺージ  (한국)(한글)(Korean) (Hangul)  

 

当時、広島と長崎への原爆投下による、被爆の犠牲となったのは、日本人だけでなく、当時日本の植民地であった朝鮮半島出身の方々も多数いただけでなく、中国出身者・東南アジア出身者・さらには、アメリカ軍の捕虜だった方々、当時 半強制的に徴用された人々も多数含まれていて、(施設内公式説明文より)

それらすべての方々のための、追悼施設となっています。

(もう一つの被爆地、長崎にも、同様の施設があります。)

 

 

「広島」に観光や「修学旅行」などに行かれるなら、

「平和記念資料館」(原爆資料館)   

Hiroshima Peace Memorial Museum (Official English Website) 

には、みなさん必ず行かれるだろうとは思うのですが、

広島に行くなら、時間をとってでも、ぜひ同時に立ち寄っていただきたい、広島平和記念公園内にある別の施設が、これです。

追悼施設ですので、写真撮影禁止のものも結構ありましたので、ここに載せられるのは、本当に一部の、限られたもののみですが、行ったことのない方々や、興味もなかった方々、そして諸事情で、動きたくても動くことのできない方々、

何よりも、羽生選手を応援している、日本と世界の方々すべてに、少しでも伝わるものがあれば、幸いです…

 

 

まず最初に、下の写真。

これは、タイトルにある追悼平和祈念館とは関係ありませんが、広島平和記念公園内の、平和記念資料館のすぐそばに建てられている、「マルセル・ジュノー博士」という方の記念碑です。

広島が原爆投下による被爆後、最初に人々を助けるために、広島に薬を持ち込んで治療したといわれる、お医者さんです。

何一つ、治療に使えるようなものがなかった「悲惨そのもの」「地獄そのもの」だったといわれる原爆投下後のすぐ後の時期に、本当に多くの人が、この方の勇気と行動力のおかげで助かったり、

もはや死を待つだけの状態でも、まともな人間的な扱いをしてもらえ、心救われたり、あるいは、やっと治療のようなものを受けられたのだといいます。

本当に多くの方に感謝されている、偉大な博士だということで、心からの感謝を込めて、このようなものが建てられています。

 

 

人間を、ただの研究対象としてみなしたり、あるいは、人間をただのモノや奴隷のように扱うのではなく、

心があり、人生があり、家族もいて、血が通っていて生きていた、一人の「人として」 接すること、扱うことの大切さは、

当たり前のようで、全然当たり前でないのがむしろ当然だった「戦時中」の恐ろしいまでの異常さや、

人々の感覚がマヒしていく現実の恐ろしさ、

そして、多くの人がそのようなものと命を懸けて闘ってきた、過去の壮大な歴史を思いながら、

今日と未来に、少しでも生かしていきたいですね…

 

 

 

上のものは、下の写真「原爆の子」の像の建立のきっかけとなりモデルとなった、「禎子さん」(さだこ)についての説明です。

説明文を、下に転載してみます。

「原爆の影響と思われる白血病でなくなったのは、禎子さんだけではありません。

被爆から何年もたって白血病などの「原爆症」を発症し、

子供がなくなることは、当時報道を通じて広く知られていました。

このことも「原爆の子の像」建立運動を後押ししました。」 と書かれています。

 上の写真が、「原爆の子の像」と呼ばれるモニュメントです。

折り鶴を掲げている少女の像で、平和への祈りを象徴しています。

広島と原爆について調べるとき、「サダコ」という少女の名前がよく出てきます。
佐々木禎子(ささきさだこ)さんは、2さいで被爆(ひばく)し、10年もたってから、
白血病(はっけつびょう)で 短い一生を終えたけれども、最後まで生きる希望をもって白血病とたたかった少女のことです。 

このモニュメントのモデルとなった少女「禎子(さだこ)」さんについての情報やアニメが、

こちらの、「キッズ広島平和ステーション」という公式HPで公開されています。(日本語版)

「Kids Peace Station Hiroshima」Official website (English)

↑ Hiroshima was the first city in the world to suffer an atomic bombing. That terrible experience gave us a new understanding of the cruelty of war, the terror of nuclear weapons, and the importance of peace. Until the day when all people on Earth can live in peace, we will continuously send messages of peace from Hiroshima to the world.

Anyone who studies Hiroshima and the atomic bombing is likely to encounter
the story of a girl named Sadako.
 Sadako Sasaki experienced the atomic bombing at the age of two. Struck by
leukemia ten years later, her short life ended.
 Through Sadako Sasaki, people around the world have come to understand how
war makes children suffer-in particular, the unhappiness inflicted on them
by the atomic bombing. And they take courage from the image of Sadako battling leukemia
and clinging to her hope for life till the end.
 Sadako was one of the many children who suffered and died because of the atomic bomb. Let us use her short, twelve-year life to learn about the damage the bombing brought.

 

 

こちらが、世界遺産となっている、有名な「原爆ドーム」。

原爆投下の 爆心地付近にあって、今もその当時の惨状を伝え続けている、大切な建物です。

無残な姿が、原爆の威力と、その同じ威力の下で命を一瞬で奪われた、多くの人の悲しみ、

尊い人生を、今日にまで伝えてくれています…

 違う角度から、さらに2枚。

 

 

 

 

 「平和祈念・死没者追悼空間」の入り口前にある説明です。

 

下の写真は、その空間の一部ですが、

360度ぐるっと見渡す限り、当時の原爆投下直後の広島の爆心地付近から見た景色になっていて、

その下には、それぞれの方角に存在していた、焼け野原となった 当時の「町の名前」が記されています。

細かいタイルでできていますが、この細かいタイルの数すべてが、なんと、犠牲となった被爆者の数を表しているとのことです!!

(360度分すべてです)

あまりにも細かく、数が多すぎて、わけがわからないほどです…!!

見ていて気が遠くなります。

14万人、なんて数を言われてもピンとこない人は多いと思いますので、その犠牲者のあまりの多さに改めて絶句させられます…

 

この追悼空間の真ん中には、被爆により残酷なまでに無残な姿で、熱く焼けるような苦しみの中、

水を求め、欲しがっても飲むことができないまま亡くなっていった、多くの犠牲者を悼み、

絶えずキレイな水が湧き出て流れている形になっているのですが、

その噴水は、原爆投下の時刻、8時15分を象徴するデザインにしてあります。

 

こちらが、公式HP内の、より広範囲で見たこの追悼空間の写真です。(←クリックどうぞ)

 

 

以下は、4か国語による、原爆投下時の状況の説明文です。

上から、日本語、英語、中国語、韓国語、で書かれています。

(写真から、それぞれの言語で読んでいただけるとよいのですが…)

 

 

 

 

 

これは、原爆投下直後に、爆心地付近となる広島市内を撮影した、当時の写真。

 

 

 

 

ほかにも、被爆により亡くなった方々すべての名前が、次々と画面に表示されて流れていく追悼スペースや、

当時の体験・証言を、映像によりプチ・シアター形式になって 映画のように見ることのできるスペースなど、

いろいろあります。 (日本語と英語の両方で説明)

 

この証言の再現映画は、涙なしでは見ることも聞くこともできない、本当に胸に迫るものでした。

 

当時の方々の生活と、被爆直前・直後がどんなことが起きていて、

それぞれ、一人一人がどんな目にあって、どんな恐ろしいほどの悲しみを目の前にさせられたのか、

よくわかるものになっています。

 

そして、この祈念館の中には、膨大な、被爆者たちの証言資料がおいてあり、検索できる図書室のようなスペースがあり、

パソコンからも、あるいは、そこにある膨大な数の本・証言集などからも、見ることができるようになっています。

 

このページの一番最初に載せた、

この施設の 公式ホームページ内からも、かなりの情報を検索できるようになっています。 

 

さらに、広島と長崎の両方の原爆死没者の証言集を合わせた、公式ホームページがありますので、

そちらから、様々な方の証言を読むことができます。(クリックどうぞ)

 

 

このページはここまで…

 

もっと詳細に当時の現状を克明に記し、被爆の実態と原爆の恐ろしさ、戦争の愚かさ、悲惨さを伝えているのが、

「広島平和記念資料館」(原爆資料館)   

Hiroshima Peace Memorial Museum (Official English Website) 

ですが、

今年、熟慮の末に、より伝わるようにと工夫され、

リニューアルされましたので、そのことについても、また別ページでとりあげてみたいと思います。

 

 

 

「嘘」でも「虚偽」でも「ねつ造」でもない、「真実」を伝え、「真実」を知る勇気の大事さ…

「ウソを守り通す」ことの「恐ろしさ」「罪深さ」 を知らずして、

本当の平和など、決して実現できません。

 

 

「神よ、わたしに変えることのできないものは、

それをすなおに受け入れるような心の平和を、

変えることのできるものは、それを変える勇気を、

そして変えられるものと変えられないものとを、見分ける知恵を、

このわたしにお与えください。

主イエス=キリストの御名によって。アーメン。」

(「心の平和の祈り」より)

 

 

平和を求める祈り

神よ、
わたしをあなたの平和の道具としてお使いください。

憎しみのあるところに愛を、
いさかいのあるところにゆるしを、
分裂のあるところに一致を、
疑惑のあるところに信仰を、
誤っているところに真理を、
絶望のあるところに希望を、
闇に光を、
悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください。

慰められるよりは慰めることを、
理解されるよりは理解することを、
愛されるよりは愛することを、わたしが求めますように。

わたしたちは、与えるから受け、ゆるすからからゆるされ、
自分を捨てて死に、
永遠のいのちをいただくのですから。

 

人々の身代わりとなって罪を背負い、愛によって赦しを与える、

唯一の神であり 真の救世主、主イエス=キリストの御名によって。アーメン。

 

※ 注釈 :  

ここでいう「ゆるし」とは、決して、酷いことをした相手の悪行を肯定したり、残虐行為を受け入れたりしなければならない、などという意味ではありません。

自分がその怒りや悲しみや恨みに囚われ続け、苦しめられ続けることを拒否し、それらとは自分の人生や心をもう切り離して、そのことの裁定は天の神様に全て委ねて、

恨みや怒りの中に生き続けることを拒否すること、その選択をする「決断の心」を意味します。

傷が深ければ深いほど、人間の力や思いでは、到底不可能となる この「ゆるし」は、

その「ゆるすという決断」をすると、その「選択をした決断」を神様がご覧になり、そこに本当の神様の力が働いて、天来の平安、心の慰めや癒しを、奇跡的な形で経験できるようになっていきます。

苦しみの果てに疲れている方や、怒りや恨みが深い場合、日々この「ゆるし」を選択・決断して、心の中で宣言していくことをお勧めいたします。

苦しんでおられる一人でも多くの方に、天からの祝福と癒しがありますように…!

歴史上の犠牲者たちの上に、神様からの深い慰めと癒し、長年の苦しみからの解放と名誉の回復、真の救いがありますように…!

主イエス=キリストの御名で祈ります。アーメン。

 

  

 

 


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