馬ひでの助

街道歩き&城廻りの記録、
そして滋賀県情報&つぶやき
β《#^ひ^♯》でヒヒーン

【ラジ耳】グラマー

2019-04-19 14:28:43 | 阿波国の史跡


"『NHK総合ラジオ』

若い男の子が、
「オレ、グラマー!」
と、言ってる。

グラマー?

太鼓を叩いてるヤツ

いや、それは、

ドラマーや!

広辞苑へ。
【グラマーgrammar】
1、文法
2、文法書。文典
Φ(*^ひ^*)Φ
そういや、英語の教科書にグラマーがあった。
懐かしいッスね。
現在進行形、過去進行形、ややこしかったな。

この男の子は歩く文法かい!


再び広辞苑へ。

【グラマーglamor】
女性が肉感的なからだつきで、魅力があること。
Φ(*^ひ^*)Φ
そうそう、我が輩も最初はこれだと思った。
ボインボインですわ💓

ボインの男の子って?


違うよね。



実は、このグラマーとは、

インストグラマー

ことで、

略して

グラマー



ビックラマーや!


Φ(*^ひ^*)ΦΦ(*^ひ^*)Φ

早速、我が輩もインストグラムに投稿してみた。



讃岐国、引田城から引田港を見た動画


Φ(*^ひ^*)ΦΦ(*^ひ^*)Φ

これで、我が輩もグラマーや!


馬《●▲●》助ヒヒーン♪

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『阿波~讃岐』その12 引田城登山口~北二の丸

2019-04-18 16:35:00 | 讃岐国の史跡

"2019年3月31日(日)
二日目、

08時41分、
引田城の港側登山口を通過し
田の浦方面へ向かう。


この山の上に城跡がある。

城山の西側だけが、陸続きだが、
低湿地だった。
それ以外の三方が海に囲まれた岬の上という要害の場所です。


田の浦海岸。
上天気で良かった。

キャンプ場があり、何組か利用されてた。

ここがキャンプ場側登山口。駐車場もある


667年、引田氏が築城した。
天智天皇6年なので、高松の屋島城とともに瀬戸内海の防衛上の役割があったようです。

その後、戦国時代に
四宮右近が城主となって城を大改修し、城下町も整備した。
三好氏・十河氏と対立。

1571年、三好長治に攻められ、
家臣の矢野氏が入った。
この矢野氏は、前日訪ねた阿波府中の矢野城の矢野氏です。

その後、十河氏、仙石氏、長曽我部氏が争い、
再び入った仙石秀久が、城の大改修をした。
現在の城の遺構は仙石氏時代のものかも?
1587年、秀吉の四国統一で、
讃岐国城主となった生駒親正が入城

生駒親正は讃岐聖通寺城を本拠とし、
引田城を讃岐・阿波国境を守備する城として維持した。

江戸時代、廃城。

09時00分、


いざ、登山開始!

09時04分
『北曲輪』


細長い曲輪で、丹後丸と呼ばれる

突き当たりの分岐


左へ行くと麓の田の浦キャンプ場へ行ける階段があるが、

現在通行止め。
崩落があったのかな?


右へ向かう。



尾根道を行くと前方にシートあり!

09時10分
『北二の丸』


石垣に囲まれた曲輪で、城内では一番重要な場所。
御殿があった。

石垣は上下段に分かれる。
石垣構築技術が未熟なので二段に分けたのか?
それとも防御の構造のためなのか?

下段石垣(約5m)を見る

自然石を積んだだけの野面積み。

地元産出の和泉砂岩、礫岩が使われてる。

上段石垣はシートで覆われてる。


災害で崩れたのかな?


石垣の写真の説明によると隙間に間詰石を用いて、算木積みのようです。
石垣の高さは低い(約3m)が大きな石が使われた。
シートの隙間からはみ出した石垣を見る


上段石垣は、新しい時期に造られたのか?
時期的には、天正期後半~文禄期の特徴があり香川県内では最古の石垣だと言われる。
となると、仙石氏か生駒氏どちらかの築造ですな。


北二の丸と南二の丸を分離する堀切?

広い曲輪です


斜面には崩れた石垣が残されてる。

これにより、曲輪全体が石垣で囲まれてた、とわかる。


↑ここに大手門があったとか?

↓下の道が大手道?



30分ほど二の丸を見て回った"

Φ(*^ひ^*)ΦΦ(*^ひ^*)Φ

天皇・皇后両陛下が平成最後の伊勢神宮参拝をされた。

テレビを見てると、

天皇と皇后、別々に参拝されてる。

なんで、一緒じゃないの?

と、思ったら、


母が、


お伊勢さんは、夫婦やカップルで参拝してはいけない!


と、言う。


えー~!

これは知らなかったぞ!


一緒に参拝すると、別れることになるとか?


いやぁ、びっくりポンや!


ま、独り者の我が輩には関係ないけどね。


馬《●▲●》助ヒヒーン

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『阿波讃岐』その11 引田城下町を歩く

2019-04-17 16:36:13 | 讃岐国の史跡

2019年3月31日(日)
二日目、
城下町散策の続き。
明治時代に建てられた醤油屋の煙突
レンガ積みはレトロ感あっていいけど、意外に災害に弱くて倒れるそうです

"「日下家住宅」


長屋門。


江戸時代、引田村の庄屋、大内郡の大庄屋でした。

日下家由来。

讃岐高松藩の浦番所や米蔵があり、当時の藩の貴重な史料が残されてる


日下家の石垣と塀。



「旧引田郵便局」


本来は、日下家住宅でした。

風の港館と書いてある。
現在は、カフェ。
まだ開店してなかった。

08時20分、

『讃州井筒屋敷』


ここでも続百名城スタンプ押せるが10時開館なので、


先に引田城に登ることにした。

井筒屋敷の裏門?


ちょっと変わってますね。

赤い建物が登場


『かめびし屋』


醤油さんで、現在も営業されてます。

由来。
生駒家の家臣だった西山丹後の子孫が江戸時代、引田に移り岡田姓に改名、1753年に醤油製造をおこなうようになった。


こんなに国登録有形文化財の建物が残ってるなら、国重伝建地区に指定すべきなのでは?




御幸橋を渡る

08時27分、
『誉田八幡宮』

左こんぴら道の道標。

無事に登山下山できますように、
お祈りしました



誉田八幡宮、本来は引田神社と呼ばれてました。

八幡宮御伝書紀に、「又御宮地を改め則ち誉田の田を称え美しみて号を引田と改む」の記述あり。
これが、引田地名の由来だとか?

ただし、引田地名由来に関しては諸説あり、

干潟の「汐が引いた後地」のことで、引田に。
阿倍氏・阿部氏関連の引田部族が地名に。
などなど…


引田湊(風の港)


08時41分、
引田城の港側登山口。

ここから登ってもいいけど、
ここを下山口にすることにした。

なので、田の浦キャンプ場方面へ向かう。

その12に続く


Φ(*^ひ^*)ΦΦ(*^ひ^*)Φ

ひこにゃん市役所、

一向に改修が進まなくて、

いまだに

駅前の鳩のマークのスーパーの建物に間借りしてます。

1ヶ月の家賃は、約800万円。

年間にすると、

約1億円!

税金が消えていく😭



ところで、パリのノートルダム大聖堂の復旧寄付金が900億円ほど集まったらしい


ちょこっと、その一部だけでも


我が市に寄付してくれませんか?


バーカ、いってんじゃねぇよ!

と、チコちゃんに叱られるよね😲


馬《●▲●》助ヒヒーン♪


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【ラジ耳】一円玉天気

2019-04-16 17:35:02 | ラジオ耳

"『NHK総合ラジオ』

今日のような快晴の日を気象用語で

『一円玉天気』

と呼ぶそうです。

空一円みな晴れの上天気☀️

という意味ではなくて、


天気が安定していて
これ以上崩れない。
一円玉もこれ以上くずせない。

という気象仲間内の隠語らしい。


Φ(*^ひ^*)ΦΦ(*^ひ^*)Φ

我が輩は、街道歩きや旅に出る時に一円玉を持っていきます。

自販機や電車、バスでは使えないけど、
寺社で使えます。

そうなんです、お賽銭ですわ。

毎回、数十の寺社に参拝し、トイレも無断で借りてる。

そのためにお賽銭あげる。
一円玉が大いに活躍してくれるわけです。

ただし、一円玉は軽い。
うまく入れないと途中で止まって入らないことがある。

何よりも音がしない!
これが難儀。
音がしないと神様に聞こえない。
隣近所の人にもお賽銭をあげたことをわかってもらえない。


けちなやつや!
音のする硬貨を入れろ?

と、言われそうだが、


無職の我が輩としては
苦しいのです。
10円玉を10件の寺社にあげたら100円になる。

20件なら200円…

うーん…

しかし、たまに天気が良くて足の状態も良い御機嫌な時は
百円玉入れることもある。

これで許してね。
♪神様ぁ、お願い!

て、
ショーケンかい?

というか、

こういうのを


現金なやつ

一円玉天気者


と呼ぶべきではないかい?


馬《●▲●》助ヒヒーン♪"

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『阿波→讃岐』その10 二日目 引田城下町

2019-04-15 16:55:02 | 讃岐国の史跡

"2019年3月31日(日)

二日目、
6時半からホテルで無料の朝食があるが、それでは遅いので、食べずに6時過ぎにホテルをチェックアウトした。
毎度のことながら、せわしいない旅です。

眉山を見上げる。
20数年前に登ってます。
風が強かったという記憶しかない

徳島駅、


青春18きっぷ、最後5回目のスタンプ。
06時37分発の高松行きに乗りました

四国三郎と呼ばれる吉野川通過。


川幅が広い。



まだ3月末なのにすでに水田になってる。

07時49分、
『引田駅』到着。


「ひけた」と読む。
香川県東かがわ市の駅。
香川・徳島県境越えは列車の本数が少ないので、早起きしたのです。

続百名城の引田城に向かうが、その前に城下町を見て歩く。

東かがわ市引田支所、


百名城スタンプはここで押せるが、9時に開館なので、まだダメ。
パスする。

『萬世寺』


笠置シズ子さんゆかりの寺らしい。

『善覚寺』


この門は、引田城の門の移築だとか?


『積善坊』


西行法師の歌碑


あら鷹の下も引田の浦なれば 沖へに懸る白鳥の松

桜と仁王門

仁王像は、四国第一の像だと言われる


詳しくは、由来を読むべし。


石垣と塀



どこの城下町でもそうですが、寺を集中させて城の防御の役割を担ってます。

歴史的町並み

ここが町のメインストリート?

これより国登録有形文化財の建物群が出現

手前から旧松村医院→泉堂→松村家が並ぶ。

「旧松村医院」


昭和初期の建物。
裏の蔵で清酒の製造をしていた。


「泉屋住宅主屋」


江戸時代末期の建物。
海産物の販売が本業だった

「松村家住宅」


江戸時代末期の建物。
由来、


多嶋屋の屋号で、魚の卸し商を営んだ。
"

城下町散策は楽しい

その11へ続く


Φ(*^ひ^*)ΦΦ(*^ひ^*)Φ

徳島県から帰ってきて、

「一宮城に登った」

と、弟に言ったら、

『愛知県の?』

と、返された。


確かに一宮と言えば、愛知県の一宮市が有名だが、



一宮は、全国にあるぞ!


弟は歴史、地理が全くわかってない

一宮、二宮、三宮、四宮など、国ごとにある。

ちなみに愛知県は、尾張一宮と三河一宮がある。

兵庫県は、但馬一宮、播磨一宮、淡路一宮がある。

播磨三宮は、神戸市だが、弟は全国で三番目の神社だと思ってたりして…


馬《●▲●》助ヒヒーン♪

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老ノ坂峠を越えた、の巻

2019-04-14 15:46:08 | 旅行

"2019年4月13日(土)

昨日、久しぶりに丹波街道(山陰街道)を歩いた。
桜のシーズンだが、電車に座れた。
しかし、近江八幡駅の手前で電車が急停止!
おばさんが倒れそうになって我が輩にもたれかかった。
車内アナウンスによると、線路内に立ち入った人がいて、自動停止した、という。
録り鉄の人が入ったのかな?
迷惑この上ないですな。
電車は約9分遅れで再スタート。

京都駅で乗り換え、
下車した駅は、『桂川駅』


学生時代、京都→西大路→向日町→神足→山崎と、駅名を覚えた。
その後、神足は長岡京駅に改名され、西大路と向日町の間に桂川駅が誕生した。
駅の表示によると、開業10周年と書いてある。
もう10年も経ちますか!
桂川駅に降りるのは今回初めて。

桂川駅、制覇したぞ!

この後、本来は物集女城跡に行く予定だったが、電車の遅れのため今回はパス。
阪急洛西口駅へ移動し、

隣の阪急桂駅


これより丹波街道歩きリスタートです。

桂駅からしばらく歩いて、ちょこっと『革嶋城跡』に立ち寄った。


痕跡は、小さな三角形の公園のみ。
ここで、昼休憩、パン食べた。

腹ごしらえ済んだので、ひたすら丹波国へ向かう。

洛西地区は竹薮の宝庫!
街道は竹薮地域を通過する。


今の時期、竹薮は要注意。
不用意に入りこむと、筍泥棒と間違えられる。


幕末志士の墓に参るために山に入ったら筍採りのオジサンに遭遇して、
びっくりポン。
速やかに退出しました。

山城国側から老の坂へ


15時過ぎ、無事に『老ノ坂峠』を越えて、丹波国に入った。

↑国境の道標
まずは、ホッと一安心!

といっても、老ノ坂峠の標識も看板も無いので、どこが峠なのかよくわからないけどね。

国境を越えたこの付近↑が老の坂だとか?


そういえば、この前に越えた中山道の今須峠も標識が無かった。

国境の峠越えは、気を引き閉めて必死に越えるので、標識があれば、感動も倍増するのだが…

↑足利尊氏挙兵ゆかりの神社


そして、17時過ぎに馬堀駅到着。

できれば、亀岡駅まで行きたかったが、もう脚がクタクタでした。

本日の歩数は、37000歩。
約24キロ、でした。
ちなみに桂川駅から馬堀駅までの直線距離は、約14キロです。

Φ(*^ひ^*)ΦΦ(*^ひ^*)Φ

帰りの電車の中から見た

『梅小路京都西駅』

先頃出来たばかりのホヤホヤ駅です。

ホームに転落防止柵があります。

京都市内ではここだけではないかな?

というか、

嵯峨野線の丹波口→梅小路京都西駅→京都駅。

電車、走ってるより停まってる時間の方が長い!

短い区間に駅つくりすぎや!

Φ(*^ひ^*)ΦΦ(*^ひ^*)Φ

行く先々で桜が満開!

今日は上天気で微風だが、
それでも次々に桜の花びらが舞い、
地面が花びらで埋まってる。

今年の桜はこれが見納めですわ。
一句作った
『老ノ坂 桜吹雪が 舞の坂 』
『丹波路で 肩に桜乗る 背負い坂』
もう一句
『老ノ坂 歩きすぎて膝 痛い坂』
膝サポーター付けるべきだった…


馬《●▲●》助ヒヒーン♪"

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『阿波徳島』その9 阿波国分尼寺~観音寺、1日目終わり

2019-04-12 16:39:37 | 阿波国の史跡

"2019年3月30日(土)

16時46分、


考古資料館から矢野城跡を見る

資料館の枝垂桜
時間が遅いので、資料館見学はパス。

北上すると分岐あり。


右へ行けば16番観音寺ですが、ちょこっと寄り道

左方向へ。

石井小学校尼寺分校

向い側に、
『阿波国分尼寺跡』国史跡


全体看板



石碑

史跡整備をされてます。

講堂跡




南の金堂方向を見る

国分尼寺跡はなかなか残ってないだけに貴重。
建物の復元も何もないけど、我が輩はこの風景好きです。
立ち寄って良かった。

そして、

17時21分、
『四国霊場第16番札所観音寺』


入母屋の楼門が威厳ありますね。

本堂

境内に


阿波国総社八幡総社

以前述べたが、
阿波国府跡の場所は不明だが、
先程の尼寺からこの観音寺付近にかけて、では?
と推測されてます。

わずかですが、13番~16番まで四国巡礼しました。
少しはご利益あるかな?

『大御和神社』


「府中の宮」と呼ばれてた。
阿波国の中心の神社だったのだろうね。

17時42分、


府中バス停。

17時49分、
府中駅


これにて1日目の探訪終わり。

現在、徳島県の中心地は徳島市ですが、古代から戦国時代までは
この府中付近が阿波国の中心地だったわけで、四国霊場が集中してるのもその証かな?

これで、古代阿波国を制覇した!
と、言えるのでは?

この後、徳島駅に戻り、
駅の飲み屋で晩御飯食べた。
正確には、ビールとツマミだけだが…

駅前の郵便ポストの上に阿波踊り像。

雨が真剣に降りだした。
ホテルは眉山の麓にある。
傘さして歩くのはイヤなので、
ホテルからこのポストまで迎えに来てもらった。

今までいろんなビジネスホテル利用したが、送迎OKのホテルは今回初めて。

嬉しかったのでホテルの会員になりました。

本日、30444歩、約20キロでした。


二日目に続く

Φ(*^ひ^*)ΦΦ(*^ひ^*)Φ

失言で辞任する大臣が続出ですね。

実は耳が痛い。

我が輩も今まで失言のためにどれだけ失敗したことか!

十数年続けてメルマガも廃刊することになってしまった。

私生活でもいろいろあった。

そんな我が輩が言うのもなんですが、


日本人は、あら探し、しすぎ!

島国根性や!

また、叱られるかな?


馬《●▲●》助ヒヒーン♪"

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『阿波徳島』その8 阿波史跡公園~矢野城跡

2019-04-11 16:27:25 | 阿波国の史跡

2019年3月30日(土)

"16時04分、
『阿波史跡公園』

「宮谷古墳」


3世紀末頃。
徳島県で最古級の前方後円墳。

竪穴式石室が見つかってる

公園の奥へ向かう

この石垣に、びっくりポン!




住居が復元されてる。

高床倉庫

阿波国府の所在地は確定されてないが、

古代よりこの付近一帯が栄えてたようです。

山が見える

城跡です。


石垣を伴う段々畑が曲輪跡に見える

どこから登ればいいのかわからず、しばらくぐるぐると

周囲を徘徊した。

そして、ようやく見つけた!

16時36分、
『矢野城』


城跡入口

登る



古墳を利用したようです

「城山神社」

石碑によると、


戦国時代、三好義賢の重臣、矢野駿河守の居城だった。
義賢は、長慶の弟の実休のこと。
和泉国の久米田の戦いで実休が戦死。
死後、幼君の三好長治を支えた。
天正元年、讃岐引田城主に迎えられた。
引田城には翌日行きます。
まさか、引田城と関係あるとは?
知らなかった。

土佐の長宗我部軍に攻められて矢野氏は滅びた。

「第14代将軍擁立」石碑。


足利義栄のことです。

擁立されたが、1度も京都に入れなかった将軍です。

「農兵活躍史」石碑


この地域の村人が駆り出されて海を渡り摂津での戦いに参加したようです。


周りは薮で遺構さっぱりわからない

ともかく城山神社が城跡だったようです

「日本最初のクリスマス」石碑


いわゆるクリスマス停戦の先駆け?


再び段々畑

道路の入口に登山口看板。

すぐ隣は徳島市立考古資料館の駐車場でした。

ここから登るべきだった。

振り返って見る

結局、遺構はよくわからなかった。
冬なら藪をかきわけて探したのだが、いずれにせよ他県で無茶はしません。


16時36分、さらに北上します


その9に続く

Φ(*^ひ^*)ΦΦ(*^ひ^*)Φ

昨日は、花冷え、

冷たい雨の一日でした。

関東では雪が降ったとか?

まだまだ冬物は片づけられない。

冷えたおかげで、

我がひこにゃん城の桜は今週末も楽しめますよ。

お越し野洲!



馬《●▲●》助ヒヒーン♪"

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けいたくん防犯情報:詐欺電話が多発!!

2019-04-10 13:19:28 | 滋賀県情報

滋賀県からのお知らせ!


"本日(4月10日)も、大津市内の高齢者宅に対し、健康保険事務所職員を名乗って、「保険料の還付金があります。」「キャッシュカードを取りに行きます。」などといった詐欺電話が続いています。

 ここ最近、滋賀県各地で、市役所職員、銀行員などを名乗って、
  キャッシュカードを騙しとる手口
による被害やアポ電が多数発生しています。

 今後、滋賀県各地でも発生するおそれがあります。

 電話で「キャッシュカードを取りに行く。」といった電話があれば、詐欺の可能性が非常に高いので、110番してください。

滋賀県警察本部生活安全企画課


Φ(*^ひ^*)ΦΦ(*^ひ^*)Φ

もう電話にはでんわ。


というか、詐欺電話が流行ると

人間不信になる。

これが一番の問題!


馬《●▲●》助ヒヒーン♪

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『阿波徳島』その7 常楽寺~国分寺

2019-04-09 17:50:38 | 阿波国の史跡

"2019年3月30日(土)

寄神社を出てしばらくは、プチお遍路さんになりました


14時53分、


鮎喰川(あくいがわ)の橋を渡る

『日枝神社』


枝垂れ桜満開!

そして、

15時09分、


四国霊場第14番『常楽寺』

雨で桜の花びらが散りかけてる。

寺の石垣、


お城と同じですな。

境内に入ると、山肌の石がそのまま露出していて、雨で滑るし歩きにくい。

とりあえず、ここで20分ほど雨宿りの休憩をしました。

15時30分、出発。

15番国分寺へ向かう


15時48分、
『薬王山国分寺』


聖武天皇勅願所と書いてある。

本堂は修築中のようです。

史跡範囲

「七重塔心礎」


環溝型という珍しい形式らしい。


外から眺める


16番観音寺へ向かう。

その8へ


Φ(*^ひ^*)ΦΦ(*^ひ^*)Φ

マイカー、夏タイヤへ交換した。


て、今ごろかい?


馬《●▲●》助ヒヒーン♪

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