《伝記小説》-----「一茶」と
薄幸の歌人長塚節を描いた「白き瓶」
ここで、藤沢がこだわっていたのが
「非凡さと共存する、---ただの人ぶり----に徹底的に迫る」という事です
まさに藤沢らしいと思います
彼は 相当の事実を集めていてもまだ、本当の事実がある-----
と、本を書く上での下調べにも余念がありませんでした
さらに単行本--文庫本--全集になるごとに
加筆改稿を重ねていったのです
そしてここには、彼の仕事部屋も再現されているのですが、
和室の襖の上の壁に掛けられた写真が印象に残ります
それは、、当時鶴岡=湯の浜 間を走っていた
庄内交通 湯の浜線の鉄道写真です
こんな事からも藤沢がどれだけ、故郷 鶴岡へ
郷愁を抱いていたのかが窺えます
そして彼の小説にたびたび登場する
架空の「海坂藩」----海坂とは=ゆるやかな弧を描く日本海の水平線、
その傾斜弧を指すのだそうです。。。
まったく知りませんでした、なんて美しいんでしょう!
東京と庄内を行き来する時の、電車の車窓の景色を
藤沢はさらに、こう言い表します
「新潟から山形の県境を越える頃から
左手に海が見えてくる。もう少しで読み終える本から思わず
目を上げれば、折から海に陽が沈むところである。
こんな美しい風景がよそにあろうか。。。と思わずつぶやく。。。」
どれだけ、藤沢が故郷とその景色を愛していたのかが分かります
そんな藤沢が執筆以外の時間は、
いろんなジャンルの音楽を聴き、映画を観て
海外のミステリー小説を読んですごしたそうです
そこから、イメージを膨らませたり、気分転換をはかったりしていたんでしょうね
そして、藤沢の娘は、家族思いの
父のプライベートの様子をこう語ります。
「------父は物事にこだわらないのではない。。。平凡な生活を守る事に
こだわったのです。家族仲良く、病気をせず平和に暮らす
普通の生活を守ることにこだわっていたのです。。。
そして、普通でいることの難しさも分かっていたのです---------」
何とも藤沢らしいエピソードです
家族を病気で亡くし、自らも青年期に結核を患った
藤沢は、人生についてこう考えていたのです。
だから、こそ彼の小説には、歴史をひっくり返すような英雄は出てこず
はっと驚くような、ストーリー展開があるわけでもなく
現代の自分たちに通じるごくごく平凡な一個人の
人生を描き、その真摯な生き方に共感させるチカラがあったのです。。。
俳句を愛した藤沢の文章は実に簡潔でありながら
読んだ人のこころの奥のひだを震わせる
静かな愛情を秘めているのです。。。
ここの記念館は彼のイメージにピッタリです。
木をふんだんに使い、たくさんのガラスから光が
差し込み、
ここ庄内の景色にピタリとハマります。。。。。
あぁやっぱり、本が読みたくなってきた!!!
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