老人雑記

生活の中で気づいた浮世の事

  美しい黒猫

2019-11-16 20:55:57 | 俳句

   

 

昨日の仏生山公園で見た紫陽花。

紫陽花の季節にはこんなに柔らかい薄桃色の紫陽花は無い。

桃色でも、もっとはっきりした色の主張をしている。紫しかり藍色しかり七色、七変化の色をもっともっとはっきりと誇る。

このやさしい紫陽花。いかにもひと夏を過ごし、それでも身にそった温度に恵まれたのか、しずかに咲いていた。

紫陽花の好きな私でなければ、振り向いてもくれないような場所でひっそりと咲いていた。

仏生山公園は高松市の南部、仏生山町にある。高松藩侯の松平さまの菩提寺の法然寺に隣接をした、市民の憩いの公園だ。

昨日も小学生が秋の遠足に来ていた。

鳰の池をしばらく見、大きな掛け声が公園狭しと聞こえてくる。何の声か興味をそそられて体育館に近づく。

体育館の裏に狭い河が流れている。春は枝垂れ桜が美しいらしい。その陰と、体育館の陰に挟まれて紫陽花が咲いていた。

 

     

 

決して日当たりの良い場所ではない。何が紫陽花のお気に召したのか?思わず目を奪われた。勿論

    ☆    紫陽花に秋冷いたる信濃かな

久女の句が浮かぶ。何度も、私の好きな句だからブログにも書いた。

秋冷の信濃ならこのような、優しいピンクは想像ができぬ。濃い紫、深い藍色。

大きな声の正体は体育館で、中高年の人々に指導者が掛けている声だった。指導者の声に合わせて、身体に負担の無いように身体を動かしている生徒たち。

高い窓から、体育館が覗ける。 荷物を置いて、指導者の身振りに合わせ、少しの時間、私も体操に興じた。

簡単な中高年向きの体操。ここ仏生山公園は近ければ、私も会員になり参加をしたいと思う体操教室のようだ。家からは小一時間かかる。たまに、暇つぶしに遊びにくるのはよいが、例え一週間に一度でも無理な距離だ。

鳰に接し、紫陽花に接し、満足をした。これくらいで良いではないかと自分に云い聞かす。

帰り、公園の端っこで逢った猫ちゃん。

 

    

 

美しい黒猫だ。公園にはたくさんの野良ちゃんがいる。

「ニャアンー」と話かけると、じっと私を見ていたが、近づくと離れて行った。

野良にしては気品がある。貴婦人に抱かれるとなぞと想像をした。

外に出ると何かに出会える。気分転換のできた昨日。楽しんだ。

 

     🐈    黒猫の明眸美しき律の風

     🐈    一枝手折り法然さまに秋紫陽花

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