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はじかきハズカ史
2006年09月02日11:02
誕生日を迎えて思うところを書いてみた
どこまで続くか、気まぐれにアップしてみよう
自分史が流行ったときがあった
そのときがわが身に巡り来るのはまだ早いが、祝ってくれた方々への感謝をこめて、お礼の気持ちがわたしをつき動かす
まわりのいまの人なくしては人間は生きてはいない
そんな思いがあふれ来る
固有名が結構出てくる
煩雑な向きには省略しよう
はじかきハズカ史①
愈々、還暦をむかえて、はじかきはずか史を記す。自祝は、自分から進んで自分の言動を慎むことをこころがけて、ジシュクとす。その齢に達したという想いは、歳相応にして恥ずかしい。恥じる、とは、劣る、ひけをとることのほか、名誉・地位などに釣り合わないと、大辞林の記述にある。まことにもって、いまのわたしにふさわしい。
還暦の語は国語辞典では、次のよう。生まれた年の干支エトが六十一年後にめぐってくることから、満六十歳の、めでたいとされた年齢、とある。本卦がえりとは、いかに。漢語的表現とする華甲は、華の字を分解して、とあるのが、いかにもそれらしい解説だ。甲は、甲子、きのえね、十干と十二支の最初をさし、華甲は数え年61歳の称、とある。
還暦はまた、ウイキペディアの解説では、次のよう。日本における還暦の祝いでは、本人に赤色の衣服、頭巾やちゃんちゃんこなどを贈る。かつては魔除けの意味で産着に赤色が使われていたため、再び生まれた時に帰るという意味でこの習慣がある。また、還暦を機に隠居する例も多かった、とある。赤子といい、隠居といい、賑わしい。
つづけて、満60歳を定年とする所が多い、とあるから、お役ごめんとなる年齢、さらにまた、西洋での60年祭では、ダイヤモンドを60周年の祝いに贈ったり、60周年の象徴とする風習がある、とするのは、長寿記念のゆえだろう。外見の恥ずかしさをそのままに、うちにある思いをあらためてかみしめて、その齢の喜びを素直に受けとめよう。
生い立ちをふり返ってみよう。成長するまでの経歴となれば、それより過去を語ることは得意としない。いずれ美化し潤色しておぼろげのかなたに消え行く。いささか記しとどめおくことがあるとすれば限られた記憶のうちにあるものを垣間見ることになる。それを社会心理学のライフサイクル(Life cycle)は、人生の経過を円環に描いて説明した。
Erikson's stages of psychosocial developmentによると、developmental stagesは、次の8段階となる。これはおもしろいから、ここに拝借してみよう。
1 Infancy (Birth-12 Months) 乳児期
2 Younger Years (1-3 Years) 幼児期
3 Early Childhood (3-5 Years) 少年期初期
4 Middle Childhood (5-11 Years) 少年期中期
5 Adolescence (11-18 Years) 青年期
6 Early Adulthood (18-34 years) 成人期初期
7 Middle Adulthood (35-60 Years) 成人期中期
8 Later Adulthood (60 years-Death) 成人期後期
段階説は日本の学齢に合わせると考えよい。小学校高学年から始まる青年期は、まさに中学、高校生の時期である。青春の想いは人それぞれであろうから、小学校から大学生になるまでの間に起こるアイデンティティーの確立は、また、それを語るとするのなら、複雑な感情が去来するにちがいない。社会心理的発展と名づけられた。
ステージからステージへと上がっていく。そのようすの記述は、そのステージでの成功者に与えられるものらしい。これはいかにも西洋的だ。中心に、自我に注目するのはよいとして、そのステージに襲いかかる危機と、問いかけの疑いと、主たる仕事と、現れる結果、それを定義づけ、このステージはさらなる、発展的仕事へと結び付く。