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チーズハムトーストはいかが?(その2)エールと「戦争」

2020年11月19日 15時07分00秒 | Weblog
チーズハムトーストはいかが?(その2)



  10/14 のハムトーストと芋ケンピ  

今朝(10/14)  の「エール」は

酷(むご)かった


申し訳ないと思いつつ

今朝のチーズハムトーストを

頂きながら 朝ドラ・エールを見て

いろんなことを考えた

@@@@@@@@@@@@@@@@@

裕一が 慰問のため

インパールまでゆき

その駐屯地で

かつての先生と再開して

音楽を合奏して

他の隊員とも交流を温め

極めて不利な戦況の中にあって

実にしばしの憩いのひと時で

あったろう

(戦記や記録、ドキュメンタリー、

水木しげるさんの本などを読んで 

戦争の、特に日本軍の現実を知り

私は 何度愕然としたことだろう)


これからまたとない再会と

慰問の会になるという時に 

敵の激しい襲撃に遭い

ほとんどの仲間(兵士)が

目の前で次々に倒れていくという

悲惨で酷い戦地の現実を

裕一は目の当たりにしてしまう

(もちろんこのストーリーは

あくまでドラマでの筋立てであり

裕一のリアルな体験ではないと

思うが 実際はもっと悲惨で

酷いこともあったと推測できる

私の叔父も  先の大戦で戦死をし

骨さえ帰ってないということだから 

戦地が いかに

余裕がなかったかということが

私にも理解できる


何らかの理由で 日本は

世界の片隅に追いやられ

四方を敵対国に囲まれ

政治的・経済的な味方を

次々に失い 外交でも躓き

挙げ句の果てには

自暴自棄な行動に

打って出たのかもしれない‥?


ただ 

戦争体験者を親に持つ私でさえも

この程度の認識しかないので

私の子や孫の代になると

戦争体験や戦争への思いは

更に風化しているだろう

(風化させないことは大事だが)

このある意味厳しい現実は

日本だけのことではなくて

周辺国はもちろん 現在

戦争状態にない国々の人達にも

共通することだろう

(過ぎゆく時間は 癒しや許しを

齎す反面 悪いことも繰り返す土壌を

醸成する恐れもある)


社会や平和への認識が冷めた人や

地政学を極めた人は

かなり冷めた目で社会や世界を俯瞰し 

観察しているかもしれない


私の母方の叔父も

中国南方で亡くなっているそうだ

まだ二十歳過ぎくらいの時だった

記憶によれば 

骨など何も帰らなかったと聞いている

(だが 肝心の情報源の母が

5年前に他界して 今では

尋ねるよすがもない

母が死ぬ直前に 少しでも

話ができたことはありがたいが

その時 大事なこと、聞きたいことは

そのうちそのうちと後回しにされ

いつの間にか聞けなくなっていることが多い

またデリケートな話は尚更聞きにくい、

話しにくいので ついつい

後回しにされてしまうのだ

更に いわゆる戦争体験話は

被害者としての話が多く

加害者としての話がとても少ないから

確かな伝承としては 

不備な面があるという専門家もいる)


ps 2020.10.14 草稿 11/19 追記と改稿

朝ドラ「エール」は

話が戦後に移り 裕一の苦悩の様子、

再出発の出来事、三羽ガラスの復活、

音さんのチャレンジと新たな取り組み、

そして 一人娘・華の仕事と恋愛の話へと

どんどん進行している

やはり平和な社会は 大切だと痛感する

(ただ、この平和も油断をすると

国内外の仕組みや世情が ギシギシと

軋み出すと うちから、外から

音もなく静かに崩れ出すから 

厄介ではある してその歯止めは?)

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日本学術会議の争点が…? 私的な疑問 期間限定版

2020年11月19日 14時30分00秒 | Weblog

日本学術会議の争点が

  イマイチ 私には わからない

   (蛙 🐸の八つの私的な疑問)



画像は  ピンクの菊と蝶 11/3 公園にて 

11  3 日は  文化の日だった

本来なら日本の文化について深く考え 

文化の発展に貢献した人たちを

顕彰する日であった

だが 

肝心のその人たち(学者や実践家)や

活動について 全体的に 菅首相が

疑問を呈している

初めは何のことだろうと思ったが

新聞やテレビ、ネット報道で

双方の言い分や 支持者の動向が

幾らかわかってきた

それにしても 

創設の発端や活動の期間、

そして 政府や研究機関との関係など

歴史的に長く いろんな関係者が

複雑に入り組んでもいて

中々理解しづらい印象を受ける


奇しくも 先日(11/12

ノーベル賞受賞者の小柴昌俊さんが

亡くなられた 現日本学術会議会長の

梶田隆章さんも師弟共にの受賞者だ

(実は 小柴さんの受賞記念会の時

私の知人も若手研究家の一人として

研究発表の栄誉を受けた思い出がある)


それで あくまで 今のところでは

下記のことが疑問として挙げられる

         ( 私見 )

(1)政府も学術会議も なぜ

今まで 国民に 組織や活動、

そして その成果と課題などについて

新聞やテレビ、HPなどで

広く広報してこなかったのか

(2)会議の構成員は 定期的に

見直し吟味してきたのか

また広報してきたのか (推薦や

選挙、承認の実態は?)

(3)戦後 アメリカの主導のもとに

開始したにしろ 構成員や規約などを

決めて 定期的に改めては来なかったのか(普通 職場は  組織や活動、成果を

振り返り課題などを見つけるものだが)

(4)広く国民の利益となる研究や

取り組みをしてきたのか

技術や社会の仕組み、国際社会の

有り様などの変化にも対応してきたか

(5)構成員一人一人が 文化や

技術に対してどんな考えを持っていたか

(6)国や政府は 科学者や研究者を

リスペクト(尊重、尊敬)し

将来の未来の科学者を大事にして

また 彼らの活躍の場を

予算や雇用などの面で保障し、

かつ 支援をしてきたか(いわゆるポスドクの扱いは酷いと思う)

(7)「技術」や「研究」とはどんなものか 政府や各省庁、各大学などは 

きちんと捉えているのか

(研究の成果を見るまでは 

かなりの人材や予算や時間を要するし

その成果を実用化、応用化するには

更にまた期間や予算が必要となる事実)

(8)研究や技術、研究者や技術者の

国外流失を 政府や会議、企業、大学は

どう考えているのか

(⑹ 、⑺  にも関わることであるが

それらの流失の背景や  その責任の所在は 調査、検証をしてきているのか?)


これらの疑問に それぞれの関係者が

きちんと的確に答えられない限り

国民の不信感は 政府と会議、

各大学、関係企業・団体などに

向けられていくだろうと思う


そもそも 科学や技術、製造物は

広く国や世界の人々に

幸福と平和をもたらすものでないと

いけないのではないか

ノーベル賞を創案したノーベルさんも

真の願いは 人類の幸福ではないのか


国家間の競い合いは 

技術の発展進化の上からも

全否定はできないと思うが

ただ闇雲に「国益を優先せよ」との

主張は 偏狭だし 先止まりで

歪なものになるのでは?

私は 「こくえき」を 「国民益」

あるいは 「国子孫益」または

最終的には「人類益」と捉えたい


実際 今回のコロナ禍では

その「新型コロナワクチン」の開発と

互いの融通、購入などで

いろんな動きがあっている

本来ならば 国連やWHO 

先頭に立って 全世界への供給を

図るべきだが うまく運営していない

いわゆる常任理事国がエゴを出して

〇〇ファーストに邁進しているからだ

そんな国連機関は 取り敢えず

みんな解体したらどうだろうか

それから全世界で知恵を絞って

連帯と繋がりを再構築するのだ

75年前の戦勝国とか敗戦国とか

もういい加減その呪縛から

解き離れる時ではないか? 

反省は反省として

正確かつ公平に 記録を残した上で


もう戦争当事者は

ほとんど亡くなっている今 

企業で学校で活躍している世代は

孫やひ孫の世代ばかりではないのか

私ら戦争当事者や関係者、被害者は

社会の前線から身を引いている人が

ほとんどだと思う

いい加減 戦後の影を引きずるのは

やめにしてはいかがだろうか?

特に常任理事国のメンバーに 

提言と行動を行って欲しい


だから 国内でも 国外でも

技術の軍事利用は 

基本慎重であるべきだ

(特に歯止めがかからない、ストップが

できない国外・国内への技術移転は 

核兵器のように 誰かに悪用されたら

人類にとっても非常に危険だと思う)

ps 2820.11.4 草稿 11.19 追記、改稿

以上 科学にも興味を持って

科学雑誌・ニュートンなどを読んできた

私だが あくまで素人の身なので

的外れや認識不足も散在していると思う

だから 一つでも何かのお役に立てれば

幸いであるし うれしく思う(蛙 🐸

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