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枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

彼岸の入り・中潮・ご先祖供養

2025年03月17日 | Weblog

 庭の華やぎに梅が加わり、枇杷葉との饗宴に山桜桃梅も咲き出す。雨神が袖を機めかすと、小さなひとが飛び跳ねるさまを眺めている。クリスマスローズの茎も伸びるなか、花の彩艶やかさ増すのも雫が濃くなり薄くを調整。

 拙ブログへの訪問時、波動を受けての方は心の清さと素直さがあるもの。自らの逝き方問えず、有るが儘に為すが侭と思えるものの亘ること少なくに繋がる歓び也。枇杷葉の援けには、自分勝手や想い通りは含まれず覚れる。

 認知症カフェに参加して、姿勢の良さを云われるが身体を動かせることへの感謝。掃除は手作業の所以と足も高く上がり、スクワット平気。食事の工夫も多々あるが、砂糖・乳製品・油・小麦粉の摂取に注意して暮らすもの。

 消費しないでの廃棄は、物のない時代に育つ環境できずと少量に済ませる。一人で居ても孤独とは云えず、方法・やり方への見当も愉しい。〇〇だからと云い訳をしない、路は未知数なのも思考に選り探索することで解決。

 自らを糺し心を安寧に保てること、有難さに想いが篤い。想定予期せずに、慕われること殊更うれしく気持ち高まり祈れる也。他人の長短は、自分への戒めであり気づけること容易くはない森羅万象の訓えと感謝してとも。

 介護の業務広範囲にあり、担当者にも縁るが何よりも介護者への配慮が必要なのだ。金銭的・体力から精神力もまちまちながら、心の底を汲み取れる援けが重要と思える。誰もが生きてのことに、自由と平等さを求め止まず。

 ああ・無情とならず、介護の実態を憂いて明日の我が身と思う也。個人的には、清貧・旧暦で暮らせば医者や薬は不必要心得る。

コメント (8)
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