先日の新国立競技場将来構想有識者会議後の、建設費について、森喜朗・大会組織委員会会長(元総理)の「極めて妥当だと思いますよ」というコメントには唖然とした。国民のほとんどが、壮大なるムダだと思っているのに、全く驚いた! 2016年の東京オリンピック招致の際には、コンパクトなオリンピックを掲げていたのではなかったか?
ロンドン五輪の4倍、2,520億円という巨額の新国立競技場建設計画には、呆れるばかりだ。当初の1,300億円から膨らんだ理由は、巨大な2本のアーチ。これだけでも、
756億円を要するといのだ。しかも、五輪・パラリンピック用に造るのに、間に合わないので開閉式屋根などは五輪後に先送りするという。五輪後の活用に必要だからというが。
さらに、今になって、周辺整備費72億円が見積りに記載されていなかったことが明らかになった。実に馬鹿げた話で、常識ではありえない。こうなると、意識的に後から小出しにして、「今となっては、見直していては間に合わない」というふうにもっていこうとしているとしか思えない。
このデザインは12年11月に採用が決まった。この3年間、何をやっていたのか。なぜ工事の難しさや、設計者のザハ・ハディド氏がアンビルト(建設されていない)の女王だというリサーチが、しっかりとなされなかったのか?
今になって、「民主党政権時代に決まったこと」「選考過程を検証する必要がある」「デザイン変更は五輪に間に合わない」などと、財務大臣や文部科学大臣といった責任ある立場の人間が、それぞれが勝手なことを言い合っている始末。デザインの審査委員長は会議に出席もしない。どこが最終的な責任を持って進めているのか。国を挙げて招致した以上、最終的には、国が責任をもつのが当たり前の話だろうに。
今の日本は、果たして、こんな巨額な費用を五輪・パラリンピックのために投入する状況にあるのか。国の借金は実に1,053兆円、国民一人当たり830万円の借金。(3月末現在) 加えて、東日本大震災で、未だに「普通の生活」に戻れない被災者が大勢いるのだ。先日のニュースでも、津波被害に遭った福島県南相馬市の「みちのく鹿島球場」がやっと使えるようになって、地元の人たちが喜んでいた。大震災の復興が最優先されなければならないのだ。
もっと言えば、何十年間もの長きにわたって苦しめられている北朝鮮による拉致被害者の救出、またご家族のためにも、世界を巻き込んでの大胆な戦略を実行するために、五輪に関わる費用を最小限にして、それらの活動に回すべき時なのだ。国家プロジェクトとして解決すべき問題の順序が違うのだ。選挙の時だけ、「政治生命をかけて頑張る!」と頭を下げる政治家たちや、「スポーツマンシップ」を声高に叫ぶ五輪関係者の見識を疑う。
もう一つ、どうしても引っかかるのが、ラグビーのワールドカップ開催を絡めていることだ。見直したら工期が間に合わないというが、新競技場は、あくまでも五輪用だ。ラグビーのワールドカップを切り離して考えれば、工期は1年余裕ができるはずだ。五輪後の維持費にも膨大な金がかかると懸念されており、こんないい加減な計画は、決して許されない! あるテレビ解説者が「裏で何らかの大きな力が働いているとしか思えない」と語っていたが、その通りだと思う。
ちなみに、ラグビー協会会長は、森喜朗氏が10年間務めてきた。(6月末に退任し名誉会長に) 森氏は、オリンピック・パラリンピックの大会組織委員会会長でもある。
良識ある建築家たちや国会議員が具体的な見直し案を発表しているが、今からでも遅くはない。こうした声に耳を傾け、即刻見直すべきだ。ほとんどの国民が納得していないのだから。
新国立競技場が白紙になった直後の森喜朗・五輪・パラリンピック大会組織委員会会長の発言には、またまた驚いた!
「私は、あのデザインは嫌いだった」と言い、その上「国が、たったの2,520億円を出せなかったのかねぇ…」と発言したのだ。本当に開いた口が塞がらない。
元総理とはいえ、この程度の認識しか持てないようでは、大会組織委員会会長の資格はない。今までの経過を見ていると、少なくとも文部科学大臣、大会組織委員会会長は、この混乱の責任をとって辞めるべきだ。
そうでなければ、また同じような事が起こりかねないからだ。